十房を育てた狸は玉梓の怨霊であり、その怨みを果すべく高木家へ来ることになった。狸の和名「玉面(ぎょくめん)」を訓読みすると「たまつら」となり、これが「たまつさ」に通じる名詮自性であった。
滝田城が安西に攻められた際、「大将首を獲れば伏姫を嫁にやる」という順一朗の戯言を信じて、本当に首を獲ってきた。しかし義実が別の褒賞でごまかし続けたことに怒り、伏姫に襲い掛かって義実から刃を向けられた。結局伏姫が両親を説き伏せ、彼女を妻として迎えることになった(第十五回)。二人が富山に入ると深い霧が立ち込めるようになったが、十房は山を自由に行き来でき、伏姫のため食料を確保していた。洞穴ではずっと伏姫の歌を聞いており、それによって玉梓の怨霊は浄化された。しかし伏姫を愛する気持ちと、伏姫が十房を慈しむ気持ちが交わり、結果が伏姫の中に子として宿ることになった。死を決意した伏姫により殺されようとしたところを大輔に狙撃され絶命した(第十七回)。
原作では伏姫が十二三歳の頃(1452,3年)に生まれた。飼われていた小屋に狸が鬼火の形で通っていたことが目撃されている。生まれて十日で目を開き、四五十日で自ら餌をとるようになる。里見家にはその年の内に貰われてきた。富山に入るまで玉梓の怨霊が宿っていたが、伏姫が法華経を読むのを聞き続けたことで怨霊は成仏した。景連を殺したときに数珠の八文字が「如是畜生発菩提心」に変わったことはこれを示唆するものであった。死を決意した伏姫と共に川へ身を投げようとしたところを大輔に狙撃され絶命した。
名詮自性は最初のものに加えてもうひとつあり、「狸といふ文字は、里に従ひ、犬に従ふ。これすなわち里見の犬なり」がそれにあたる。乳母の「狸」の字を分解すると犬と里になるから「里見の犬」であるという意味。また「八房」を分解すると「八一尸方」となり、これが「一つの屍(しかばね・尸)八方に散る」の意味となり、数珠の大玉が散ることを示唆している。
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