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 赤石修一は犯罪者であると己を戒めていた。その悔恨は遠い過去の、彼の幼少期に発生した侵略戦争に端を発する。敗戦という事実を素直に受け止め敵国に渡航した彼は、だが類まれな身体能力から兵士として重宝され、また彼の破壊に対する懺悔の気持ちが彼を入隊にせりたて、たった一つの夢を頼りにその後の戦争を駆け抜けていく。美しい妻と娘を護りきること。彼は祖国との戦争状態になったときでも、家族愛を理由に躊躇いもなく戦争に参加した。戦争を憎む末の決断であったが、その内容はあまりにも皮肉と絶望に包まれている。そして我々が彼を見失ってから6週間が経過した。願わくは天国にて彼があらゆる不条理から解放されているように。 (赤石修一の死に関しての戦友のスピーチ) 雨弓 天王寺 6週間前 01  トルバテス、と呼ばれたとき彼は斥候狙撃隊として前線近くの街に駐屯していた。彼は、彼らはその街を敵から解放した直後であり浮かれていた。補給線が絶たれた敵の敗走部隊が街に流れ込み、市民を追い出して簡易な要塞を建築していた。その街の中央区はまさに要塞と化していて、高層ビルの各所に設置された RPG砲からは大量のロケット弾が地上に降り注いだ。斥候狙撃兵の役割は特殊部隊と共に高層ビルの屋上を制圧し、その屋上から周囲に展開している敵兵を直上から狙撃することだった。浮かれていたのはその作戦に限り味方が誰一人として死なず、要塞の中心だったビルから攻撃されたことで混乱した敵部隊が投降したことでこの戦いが終ったからだ。この一週間は包囲部隊にとって地獄だった。包囲された敵兵は何をするか分からないところがあって、ガス管を使って携帯音楽プレーヤーを高圧空気で送りプロパガンダを永遠に流し続けたり、8人ほどが突然包囲部隊に向かって突撃を敢行したり白旗を降ったりした。激戦の最中なのであらゆる噂が流れた。大量破壊兵器が使用される、とか、まだガスが残っているガス管を爆破させて俺達を殺すつもりだ、とか、空軍が昔敷設していた補給トンネルを使ってあいつらは補給を続けているんだとかそういう信憑性のないものだった。両軍共にこの戦闘であらゆる状況を経験したので、包囲部隊にも脱走兵がいるという噂があったのを覚えている。脱走兵は基本的に発見され次第銃殺される。また脱走兵と発覚した時点で戸籍を抜かれたり重犯罪人として扱われるので、包囲部隊から脱走するには包囲している中に向かうしかなかった。本拠地だったビルの屋上でマガジン7つを浪費して、階段を使えとせかされている投降兵を尻目にエレベーターで颯爽と降りてきた直後に連絡が下ったトルバテスは緊張しながら本部となったオフィスビルへ入った。解放から3時間しか経っていないにも関わらずオフィスビルにはこわもての衛兵2人が直立していて、数々の書類が通路に散らばっていた。こっちだ、と押し込められたのはオフィスビルの1階にあったコーヒーショップの中だった。照明をわずかに暗くした古風な感じで統一されたフランチャイズ店だったが、軍用の強力な照明によって部屋の隅々にまで見えることができた。机が4つ並べられ地図が広げられている。もう移動するのだろうか。本隊が移動するためには必ず移動経路の安全が確保されなければならない。ここが孤立されたのは前線との間に急峻な山岳があるからだったが、敵兵が出没する可能性は否めなかった。国鉄のトンネルでは今も激戦が続いているらしい。鉄道輸送じゃなかったのかと思って彼は落胆した。トンネルを使わずに山を越えるのか。 「山岳に潜むゲリラの制圧ですか?」  地図を睨んでいたのは見知らぬ上官だったが、彼はその問いに対して苦笑した。違う、そうじゃない、と言った。地図にはやはりトンネル周辺に駒が青ピンが打たれている。トンネルの中には赤いピンが、そしてその中間には鉛筆で何度も書かれた線がある。前線だ。その横には民間の、恐らくポラロイドで撮られた写真があり、トンネルの中に展開している敵戦車の姿が映っている。空気が止っているから敵も戦車しかおいていないが、空気が止ってるんだぞ。もうこのトンネルは置いておいたほうがいい。だが、別の任務を君には任せたい。赤石修一を知っているか。  赤石修一か、訓練学校の同期だった。何でも黙々とこなすスマートなやつだったが、眼鏡をかけていたからか若い研究者といった風情だった。日曜日にミサに言っていないことで教官と揉めたような事件があって、教官から「あいつに気をつけろ」といったのを覚えている。訓練学校を出てからは知らない。そういったことをかいつまんで話した。その後になって、ようやく上官は自分のことを語った。スェロ少佐、オプトスィーク軍統合幕僚部付き連絡将校。オプトスィーク軍とは新設された軍で、要するに敵と戦うために各軍から必要な部隊が引っこ抜かれたこの大戦のための陸海空軍が統合した軍隊だった。連絡将校は階級ではなかったが、どこか自分を卑下した感じがあった。重要な仕事がなければこんなとこに来なかった、という意味かもしれない。何せ統合幕僚部は軍全体の指揮に関わる部署で、各軍から優秀な人材が引き抜かれたと聞いている。セロ少佐、なんで私が呼ばれたんですか。一応、この都市の指揮は統合幕僚部ではなく現地部隊の指揮官が優先される。指揮官に許可は貰っているんだろうか。ごくたまに、統合幕僚部による現場を無視した作戦が執られたこともあり、オプトスィークでは基本的に後方からの命令は信用されていなかった。赤石修一、彼はαロメオだった、αロメオだ。  まさか。地図では未だにこの都市は敵と戦闘していることになっていた。αロメオはビル突入に先駆け内部に侵入した特殊部隊だった。同じ同期から特殊部隊が出ているなんて知らなかった。αロメオは志願制のはずだ。志願した訓練兵が9週間に及ぶ基本訓練の地獄を潜り抜けた後、2年に及ぶシャーマンヒルの警備活動をしなければならない。志願したのか。トルバテスは赤石の理知的な風貌を見て、どうしても彼が特殊部隊に志願するイメージが湧かなかった。αロメオ、だった。だった?  途端に、彼は全てを理解した。一仕事やり遂げた部隊にまた仕事が舞い込むとは思えない。だが、全てに例外があるように、この状況でも考えられるケースがある。敵の突然の侵攻、クーデターの発生、脱走兵の捜索。脱走したのか。スェロと名乗った中年の男は地図を見つめながら、無表情に呟いた。 「場所は大体分かってるんだ」  スェロは将官だったが連絡将校だったので、軍服の上からプラカードを胸に提げていた。スェロ・オークルロー。血液型や顔写真の下に、空軍出身、と書かれていた。空軍だったのか。いかに陸海空統合軍といえども、兵士達はそれぞれの出身軍の作戦に重点的に割り当てられる。組織にはそれぞれ都合があるからだ。何故陸軍の作戦に来ているのだろう。そういえば、人手は俺だけか?俺はなんだろう。捕まえればいいんだろうか。その場で射殺すればいいんだろうか。オークルロー少佐は珍しく碧眼だった。淡い青の眼はまるで深層意識を見透かすようにくっきりとしている。説得しろ。射殺許可は出る。説得して、判断しろ。  彼は訓練時代教官に言われていた言葉を思い出した。「アイツに気をつけろ、アイツは北部少数民族出身だ」―――アイツはきっと、まだ戦ってるんです。そう呟いた後、最低限の声量で任務を復唱し、完全装備を許可されαロメオに配備されているPDAを貰った。携帯端末で、地下街の地図が正確に記されている。その中で赤く塗られたエリアがあった。 「なんばウォークという商業用の地下街区だ。まだ制圧していないのはそこだけだ。本当に、敵と戦っていたらPDAで連絡しろ。これがマニュアル。南の通路の兵士に言えば通してくれる」そして一切の仕事を押し付けたセロ少佐は、コーヒーチェーン店のカウンターに立ちカップを取って、タンクを傾けてコーヒーを淹れた。そして店で一番豪勢なチェアにぐったりと座り込むと、コーヒーを啜った。もう終わりだという合図だと思った。まだアイツの戦いは終っていないんだ。とりあえず、自分にそう言い聞かせながら、彼は敬礼をして通路に出た。歓声が遠くから聞こえてきた。通路には暖をとる兵士達が騒ぎあっている。階段をころがり落ちてきた泥酔している兵士が、トルバテス軍曹を不審そうな目で見つめた。何故自分が選ばれたのかも分かっていた。この都市に来るまでにあった作戦で彼の不始末から作戦がふいになったことがあった。つまりスェロにとっても使いやすい存在で、これを無事に解決すれば不始末を帳消しにすると暗に迫ったのだ。解決する方法は簡単で、同期であることを利用して彼の味方になり隙を見せた瞬間に殺せばいいのだ。トルバテスは狙撃銃を衛兵に押し付け、かわりに突撃銃を貰った。マニュアルは読まずに終わる。 02  佐伯理子はその日、ジャンガリアンハムスターがジ、ジという声を出して喧嘩している音で眼が覚めた。喧嘩しているのは夫婦の予定のオスメスの2人だった。驚いて飛び起きたが、喧嘩に対して私ができることは何もなかった。ああもう、と呟いてケージを爪で叩いたけど、2人は喧嘩したままだった。もしかしたら寒いのが原因なのかもしれない。そう考えるほどその日の朝は寒かった。ファンフィーターは駄目でしょう。今まで寝ていた毛布をそっとケージにかけることにした。そうするとすっと声がしなくなり、少し毛布をどかすと2人揃って昨日の夜の分の餌を食べていた。すばやい変化だった、やっぱり寒かったんだ。毛布を爪や歯で齧られる危険もあったけど、今日はこうしておこうと決めて、簡単な朝食を作った。キッチンには小さな写真が飾られている。高校生の頃の写真で、部員が5人しかいなかった天文部の合宿で流れ星を観測したときに撮った写真で、その中の一人に結婚を前提にした付き合いを申し込まれた。2ヶ月前の話で、この写真もそれを機に引っ張り出してきたものだった。あれから6年が経っていて、記憶が風化するのには充分な時間だった。高校時代は東京に対する羨望が強かった。高級ファッション店の一つもない寂れたシャッター商店街を眺めながら、いつか大都市に出て海外へ旅立つという想いを抱きながら平凡な日々を過ごしていた。天体部にいた彼はその頃から私に興味を持っていたのだろうか、と考えて、そんなどうしようもないことを考えてもしょうがないと思った。嫌なわけではなかったが、自分でも流されているという意識があった。うん。しょうがないしょうがない。こんがりと焼けたパンを齧りながら、寄り添ったハムスターを眺めながら、彼女はまだ自分が大阪にいることを確認した。ここはまだ東京ではなかったが、東京とか未来とかについて色々知っていったら幼い頃憧れた東京が次第に腐っていくような感じがして、彼女は今も東京の職場への転勤願いをかけないでいる。  駅に向かいながら佐伯理子は考え始めた。これからのこと、これまでのこと、今どこに自分がいるかとか、そういった抽象的だが大切なこと。目標だけはある。愛しているという言葉を最愛の人に呟くことだ。一度も彼女は付き合っている彼に対して愛しているといったことはなかった。それはもしかしたら、まだ付き合っていると認めたくないだけなのかも知れない。子どもなのかも、と考えていたら、昔に好きだった人の家にいったことを思い出した。年上の人で不動産の仕事をしていて、耕作放棄地を大量に買う計画を進めていると聞いた。一目惚れで、自分でも無理やりその人の押しかけたのはわかっていて、彼はそんな私に優しくしてくれて何もしなかった。彼が2時間ほど仕事に出かけた後も私は必死に言い張ってマンションに残らせてもらった。パソコンがつけっぱなしになっていて、そこでサウンドと文章が流れてくるパソコンゲームがついていたので、それを読んだ。美しい純愛の物語だった。ヒロインが死んで廃人同然になった主人公の悔恨のところから読み始めて、だがヒロインが帰ってくると堅く信じながら彼女の家の広大な花畑に花を植えながら5年待つのだ。ヒロインの妹が求婚しても地震で花畑が崩れても彼は植え続け、そして最後に帰ってきたヒロインと抱き合うのだ。気付いた時には、おお、という彼の声が後ろから聞こえていた。彼も途中から読み始めていたらしい。人の愛はかくも美しいものか、といって彼は目尻を拭った。彼は仙台に彼女を残してきたらしかった。何故思い出したのか分からないけど、あのときのことはまだ私の記憶に残っている。  同じ時間の電車に乗り込み、人に押されながら天王寺に向かった。純愛と未来に対する問題が重くのしかかっている。それは日常という問題かもしれない。もう、仕事を変えてみようか、と窓に向かって吐き出した。帰ってこないかもしれないヒロインを信じてひたすら待つのが正しいのか、東京やニューヨークに対する子どものときの憧れを夢見て挑戦する方がいいのか分からない。 03  赤石修一は混乱と葛藤と苦悩の末に発砲した。若い女性の体がおおきく痙攣し、そしてそのまま倒れこむ。実は敵に当たる銃弾は20グラムもないので、運動エネルギーも自然にかなり小さい。だが彼女を殺すには充分で、胸から広がる血がシャツにべっとりと広がっていった。彼女は声すら出さなかった。失血による死亡ではなく、撃たれた事によるショック死だった。周りで悲鳴が聞こえた。廻りを取り巻いているのは私服を着た男女で、明らかに恐怖と困惑の表情を浮かべていた。赤石はそこでもう何がなんだかわからなくなって、ただ倒れた女性の死体を眺めていた。海軍士官が着るような制服を着ていた。女性士官にしては若すぎる。また、銃撃を受けショック死するのは民間人によく起こることで、戦闘慣れしていないということだった。赤石は彼女は民間人かもしれないと、だが仕方がなかったと思った。悲鳴がこだまして、人々はもう全員が逃げる態勢に入っている。つい1分前、彼はこの地下街に流れ着いた。自分でも何故そこにいるのかわからなかった。救助されたのかとも思ったが、自軍の野戦病院は屋外の巨大なテントの中にある。周りにいるのは敵軍人しか考えられなかった。敵軍により占拠されて1ヶ月近くが経過しているこの都市は既に民間資本は完全に撤退している。目の前に彼女が現れ、彼女が鞄の中から小型拳銃を出した時に彼の考えは確信に至った。噂はあった。民間人がレジスタンスとして敵軍の補佐をして、自軍に対してゲリラ攻撃を行っているという噂だった。こんな地下街に、こんなに大勢のレジスタンスがいたのだ。目の前の光景が信じられない。やはりどこかに山脈を越えるトンネルがある。彼は彼女が握っていた小型拳銃を拾った。昔、敵軍の諜報部が使用していたという武器で、まるでパスケースのように折りたたんで持つことができる。それを使うときには、開け、ボタンを押すと、面一杯に成型炸薬とそれに埋め込まれた釘があり、バンという音とともに大量の釘がショットガンのように飛来するという恐ろしい武器だった。目の前のまだ少女ともいえる女性が使用しようとしたことが信じられない。また、実物のそれを見るのは初めてだったが、埋め込まれた発光ダイオードが奇妙な光を発していた。拳銃と見破られないための偽造工作だろうか。こうしてみると前衛的なリモコンに見えないこともなかった。簡単に開けそうだったが、彼は誤爆を怖れて開くことはできない。結局ズボンにそのまま終いこむと、すぐさま移動しようと思った。地上に出よう。まだ戦いは終っていない。
*南田辺小学校同窓会ウィキ。

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