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翌日の日曜日、彼女は来なかった。

正直、失敗したなと思った。
去り際の『考えてあげてもいいです』。
あんないかにも社交辞令臭プンプンの言葉を真に受けるほど俺はおめでたい奴じゃない。
…いや、正直聞いた当日は思いっきり真に受けてたけど。
帰ってからも思い返しては一人でニヤニヤしてましたが何か?俺きめぇ。
だがそのあと冷静になって考えてみると、どうもアレはうまくかわされたんじゃないか、
という気がしてきた。
ああいう風に言っておけば、俺みたいな単細胞は期待していい気になるだろうということを見越して、
とりあえずその場は逃れられるし、俺の出現場所も図書館に絞られて避けることも容易になる。
…くっ。どうしてなかなか策士じゃないか。そっと謀る私コーメイ。
まあ考えてみれば10歳以上も年上の男が突然つきまとってきたらそりゃ逃げたくもなるよな。
なんだ。俺は結局、また同じ失敗をしでかしたわけか。調子に乗って空回って。
まるで成長していない…!
気づいたときには全ては手遅れ。ダウナー系スパイラルに陥った俺は、その日一日頭を抱えていた。


だから。
「そんな絵ばっかりの本、楽しいですか?」
次の土曜日に彼女が現れたときには。
喜ぶ前に、ひどく驚いた。


「むっ、絵が多いと何故つまらないのか、30文字以内で述べよ」
「修辞を咀嚼して視覚的イメージを投影する作業を阻害するから、です」
「でも挿絵なんか昔の本にもよくあるぞ」
「あの幼稚なマンガみたいなタッチがよくないんです」
俺達は先週同様、噴水前のベンチに並んで腰掛けていた。
ちなみに俺が家から持ってきたポカリを渡したところ、「冷えてないんですか」と
こちらのお嬢さんからありがたい言葉をいただいた。SHIT!
「画風はなあ…でもああいうジャンルはどんなトンデモな事やっても許される
実験的余地が残されたマーケッツなのだよ」
「荒唐無稽なストーリー、なんかですか?」
「おうよ。例えば、千年前の世界から近代欧州風世界にタイムスリップしてきた未来人の美少女が、
ロボットをお供に海賊やるなんて話もあったぞ」
「…それ、ほんとに面白いんですか?」
「ごめん。ちょっと自信なくなってきた」
ううむ、しかしこの世界に誇る変態帝國日本において、今までヲタクコンテンツにまったく触れず
生きてきたなどということがありうるだろうか。いやない(反語)。
大体どこのクラスでも、ヲタなんて探せば一人や二人いそうなもんだが…。
「じゃあ誰かクラスの友達にでも聞いてみなよ。こういうの読んでる人絶対いるから」
「聞きません。興味ないですし」
「そうか、俺なんかなぁ…」
俺は高校時代に、なぜか図書室に多数置いてあったラノベを図書委員の女の子の嫌そうな顔を
ものともせず入学早々借りまくった話や、それを目撃されてクラスの女どもにキモがられたこと、
その後でクラス一おとなしい子が『あたしもああいうの結構好きだよ』とフォローしてくれたこと、
ヲタ男子どもがやたら寄ってきて俺に暑苦しいながらなかなか楽しい高校生活を送らせて
くれた事などを話した。
「今思えばあのこのフォローはフラグだったかも…ううむ惜しい。
あ、ちなみに中学のときの愛読書は横山三国志…」
「もういいです」
いままでで一番の強い声。
その迫力は、正直殺気と言い切ってしまってもいいレベルだった。


調子に乗って高速回転していた俺の口と心が、一気に凍りつく。
…俺ばかり喋ってたから怒ったのか?
口を噤む俺を、幸香の切れ長の目が横から睨む。
「随分充実していたようですが…その割には倉崎さんって友達いないですよね」
幸香の口元がいびつに歪む。
「だって、土日もこんなところで小学生に媚売ってるわけですし?」
嘲笑を含んだ声で紡がれた明らかな侮蔑の言葉。
それに対して俺は起こるより先に戸惑った。
…何かよく分からんうちに地雷でも踏んだのか、俺。
俺の困惑に気づいたか、幸香は小さく「あっ」と声を洩らして俯いた。
「……ごめんなさい」
…なんだったんだ、今の。なんとなく気まずい空気が流れる。
「ま、まあこういうのを試してみるのも悪くないと思うぞ、俺!」
明るく声を張り上げて、傷ついてませんアピール。
いくらなんでもわざとらしすぎたか?
「あ、そうだ!なんなら俺の秘蔵コレクションを貸そうか」
「……倉崎さん」
「俺んちすぐそこだからさ、十分で戻るよ」
「倉崎さん」
「色々面白いのあるぞ、例えば」
「倉崎さん!!!」
さっきに負けず劣らずの鋭い声だった。
「もういいです」
「も、もういいって…」
幸香が眉間に皺の刻まれた顔でこちらを見る。
「私、今日は倉崎さんの様子を見に来ただけなんです」
「?…様子?」
「倉崎さん、ロリコンなんでしょう」
「!!」
いきなりなんてことを。
た、確かに幸香に一目ぼれしたりネタにしたりもしたけど…
「ロリコンって大人の女性に相手にされないから、子供に走るんですよね」
「べ、別にそういうわけじゃ…」
「そういうわけですよ。…で、この子は思い通りになりそうですか?」
手を胸に当て、ねじれた笑いを交えながら彼女は続ける。
「『本を貸してあげる』?ふん、そんな下心の見え透いた手に乗るほど私は馬鹿にみえます?
そうやってモノで釣ろうなんて、甘いんですよ考えが」
小馬鹿にしたように鼻で笑うと、彼女は俺に背を向けて早足で歩き出す。
「お、おい…どこへ?」
答えはない。全身から来るなオーラが最大パワーで放出中。
…とても後は追えなかった。


幸香の去った後も、しばらく俺はその場から動けないでいた。
この理不尽を、受け入れられないでいた。
立ち上がるどころか、指一本も動かない。
なんで。どうして。なんでまたこんな事に。
「倉崎?」
半分ぐらい廃人状態の俺に呼びかける声。
そっちのほうを振り向くと、そこには意外すぎる顔があった。
「高科…?」


高科礼司は怖い奴だった。
俺は中学二年の一年間しか知らないが、彼を知る人間のほとんどはこんな印象だろう。
クラスメイトには積極的に関わろうとせず、いつも一人で本か音楽。
部活のOB達による「ケジメ」に反抗、これを返り討ちに。結果部活は退部処分。
…こんな感じの奴に、関わろうなんて物好きはいない。
それに、向こうからも関わってくることはない。ないはずなのだが…

「久しぶりだな、中学以来か」
俺の目の前にいる男は、やたらにこやかに話しかけてきている。
「ん、ああ、そうだなあ…」
「なんだ、元気ねえな。どうした?」
間抜けな声しか出せない俺に対し、高科は一貫してフレンドリー。
…こいつの顔、なんかにこやかというかニヤニヤって感じだ。大爆笑をこらえてるような。
「…なに笑ってんだよ」
「俺さ、中学のときからどうもお前が他人に思えなかったんだ」
なんだ急に。アッーな展開はやめろよ?
「その理由が、今わかった。まさかお前が俺の『同類』だとはな」
「…は?」

「レイちゃんごめんねー、遅くなっちゃって……あれ、その人誰?お友達?」
建物の影から現れた人影が、高科に後ろから抱きついた。
…中学生くらいの、女の子が。

な、なんだってー!