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「あなた、なんなんですか?」

この上なく簡潔な、直球ストレートど真ん中。
…もちろん、「あなたと合体したい」とかその類の告白が来るとか甘ったれた事は考えてなかったけど。
こんな攻撃的な態度で来るとは。
「昨日一日、ずっと付きまとってましたよね」
気圧されて言葉を失った俺に対して、矢継ぎ早に棘を放つ彼女。
逆光で陰になったその顔の中で、冷たい色の目だけがいやにはっきりと目だって見えた。
「そういうの、やめてください。気持ち悪いし、迷惑です」
棘の、最後の一本。そして、ふんと小さく鼻を鳴らす音。
それだけを残して彼女は足早に去っていった。俺の足も、声帯も、まるで動こうとしなかった。


その後、半分夢遊病状態のまま帰宅した俺は、
最後の力を振り絞ってベッドまでたどり着きたおれこんだ。
産卵後の鮭とかこんな感じなんだろうな。俺男だけど。
…しかしまあ、ものの見事に振られたもんだ。心の真ん中にミサイル直撃。
胸の辺りに鈍い痛みを感じながら、俺は今までのことを思い返していた。

正面衝突+尻わしづかみ

髪をクンクン

女子トイレまでスネーク

「気持ち悪い」←今ここ

…今日ほど社民党が政権とってなくてよかった、と思った日はないな。
これはひどい。
あんなに心惹かれた女の子は初めてだったから、つい調子に乗りすぎた。
もっとやり方ってもんがあっただろうに。
『キミは一目惚れって信じるかい?』耳の奥でリンゴ・スターが歌っている。
ああ、今なら信じてもいいよ。なんてったって自分のことだ。
でも、今はもう……




次の土曜日に、図書館から電話がかかってきた。
俺が借りっ放しで一週間ぐらい返却期限が切れていた本に、誰かがリクエストを入れたらしい。
至急持ってきてくれとのことだったので、仕方なくあの忌まわしい図書館へ再び行く羽目になった。
出来れば二度と行きたくなかったんだけどな。こんな事なら閉館してる時間を狙って
ブックポストに放り込んで置けばよかった。
カウンターで返却手続きを済ませると、もう俺と図書館の赤い糸はきれいさっぱり切れてしまった。
さすがに、あの後でもう来る気はしないからな。
…もういい。いつまでもグダグダ考えたって仕方がない。
あのことは梅雨のさなか、ただのひと時訪れる晴れ間のようなものだったと思って
忘れよう。わー俺って詩人。…はあ。
よく分からない感傷に浸りながら、一瞬迷った後俺は図書館の奥へ進む。
一番入り口から遠い、ヤングアダルトのコーナー。
相変わらず人気のないその棚をぐるりと回る。
本の数週間前のことが遠い昔のようだ。あの時もこうやって本を選んでて…
「あ」
「え?」
…赤い糸、復活フラグ?
「つきまとうのはやめてくださいって、言いましたよね?」
幸香の澄んだメゾ・ソプラノが俺に浴びせかけられる。あ、やっぱり怒ってらっしゃる。
「いや、今日、本、リクエスト、返さないと…」
日本語でおk。俺、噛みすぎ。
見詰め合うと素直におしゃべりできない。これもいきもののサガか。
「そこ、通してください」
「で、そのほら、可及的速やかにね、本もって」
「いいからどいてください。帰るので」
「う」
なんでこの子小学生くらいなのにこんな威圧感があるんだ?
「か、帰るって…今そこで本選んでたんじゃ」
「本を返したら終わりなので。いいかげんに」
そこで彼女は言葉を切った。どんな本を読んでいるのかと
バッグを凝視していた俺に気づいたのだろう。
一層険しい顔になる。
「…?」
「あ、いや、その本面白いなって」
苦し紛れの言い逃れ。
しかし、このとき一瞬本のタイトルを確認できた事が救いとなった。
「…読んだ事あるんですか?」
「あーー、いや、ちゃんとは。でもドラマは録画して三回ぐらい見た」
「ジェラール・ド・パリューが主演の?」
「名前は覚えてないけど、やたらゴッツい人」
「それです」
彼女の眉が、少しだけ緩んだ。


「エドモン・ダンテスはともかく、ジャン・バルジャンは大男でいいのでは?」
「まあ怪力設定だもんな。でも俺リーアム・ニーソンの映画のほうが先だったからさ。
あの人も、今じゃジェダイ・マスターのイメージが強すぎるけど」
「スターウォーズ? 見たことないです」
「アレは見といたほうがいい。意外に奥が深いぞ。
リーアム・ニーソンはエピソード1でいきなり死ぬけど」
「別にその人よく知らないし、興味もないのでいいです」
図書館の裏側、小さな噴水が備え付けられている休憩スペース。
そこの小さなベンチに俺達は並んで座っていた。
彼女が持っていた本は『岩窟王』。
無実の罪で投獄された主人公が後に巨万の富を手に入れ、
自分を陥れた連中に復讐するいわずと知れた名作だ。
…いや俺は本読んでないんだけどな。ただTVドラマ晩は欠かさずみていた。
本も映画も人並み程度な俺の数少ないストック。
それが幸香の興味を引いたのはほとんど奇跡だった。
この話を振られた彼女の食いつきぶりといったら。
俺達は何度も脱線を繰り返しながらかれこれ二時間近くジュース片手に喋り続けていた。
ちなみにこのジュースは、俺が近所のコンビニまでダッシュして調達したものだ。


「じゃああの本、初めて読んだんじゃないのか」
「あれだけ有名な本、もっと早く押さえています。
…そうですね、回数は数えてませんけど、たまにすごく読みたくなって何回も借りているので」
「ふーん、じゃあ、…えーと」
「三平です。三平幸香」
知ってます。もう十回くらい抜きました。
…なんてもちろん言ってないけど。
俺が単に話につまったのを都合よく解釈してくれたらしい。
「三平…さんはそれ好きなんだな」
「相手に名前、言わせっぱなしですか?」
「あー、ごめん。俺、倉崎正美っていいます」
「倉崎さん。そうですね、この本は何度読んでも飽きないです」
「そうだよな、後ろ向きだけど新聞に垂れ込んだりとか、みててちょっと気持ちいいよな」
「そうですね。相手をだんだん追い詰めていくのがたまらないです」
「そんな力説されても。怖いぞ小学生」
「…私、小学生に見えます?」
「違うの!?」
まさか、悪の組織に薬飲まされて体縮んじゃったとか?
「…違いませんよ。五年生です」
「あ、一応高学年なんだ。この話の流れだと年長さんとかそっちだと思った」
「なんでですか!
…そういえば、その年長さんの髪の匂いを嗅いだり、体に触ったりした人がいましたね」
おーい!話をそこにもっていくんかい!ちなみに二番目は事故だ、一応!
「…思い出したら、なんかムカムカして来ました。もう帰ります」
再び顔をきつく引き締めて、彼女は立ち上がった。
遠ざかるボブカットに、俺は腹に力を入れて声をかけた。
「また、来るだろ?」
「危ないところには近寄りません」
立ち止まって、背を向けたまま応える彼女。
やがてゆっくりと振り返る。
「でも、楽しいお喋りにジュースが付くなら、考えてあげない事もないです」
そういって幸香は一瞬、ほんの少しだけ唇の端を持ち上げて笑った。