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「何してんだ」
ロッカーの中をひっくり返していた俺に、誰かが声をかけてきた。
こんな渋い声の奴知り合いにいたっけ、っと思って首を捻ったその先。
そこにいたのは『あの』高科玲司だった。
全身の筋肉が一瞬縮こまるのを感じる。やばいのに会っちまった。
なんといってもこの高科という奴については碌な評判を聞かない。
『高校生10人をリアルファイトで半殺し』
『毎晩のようにサラリーマンから金を巻き上げている』
『学校中の女子をレイプして脅してる』
『父親がヤクザで教師連中も手が出せない』
…等等、これでもかというほどバッドイメージのオンパレードだ。
そんな噂の絶えないような奴が、俺に一体何の用だろう?
「もう下校時間だろ。なにやってんだお前」
高科が一歩踏み出してくる。慌てて俺は答えた。
「あー、カポがさ、どっかいっちゃって…」
「それ、ギターの部品か?」
「部品というか道具というか。…って、えっ?」
さらに一歩近寄った高科が俺に差し出した手。
そこには確かに俺が探していたものが乗せられていた。
「…これ、どこで?」
「音楽準備室。掃除してて見つけた」
どうやら昼休みに忍び込んだとき、落としたらしい。
しかしこいつは掃除当番なんざ真面目にやる奴だったのか。意外すぎる。
「大切なもんなら、ちゃんと管理しとけ」
俺の当惑には構わず、高科はカポタストを俺の手に押し付けると、
さっさと教室から出て行ってしまった。
後に残された俺は呆然とするよりほかになかった。


「まともに話したのって、あの一回ぐらいなんじゃないか」
「一回だけなんてことはねえよ。後ニ、三回話してるはずだ」
「覚えてない…ってかそもそもよくあれが俺のだって解ったよな」
「お前が昼休みに色々やってるのは有名だったからな、他に考えられねえだろ」
「それに、わざわざ届けに来るなんてなあ…」
図書館から歩いて五分ほどの場所にあるファミレス。
俺と恐怖の大王・高科玲司はなぜかそこで今一緒に飯を食っている。
しかも昔話を肴に。喋ってたのはほとんど俺だけど。
「そーだよ、なんでそこまでしたの?レイちゃん、ホモ?」
なぜか、といえばこの子もちゃっかり付いて来ている。さっき高科の腰にしがみついていた女の子だ。
今は俺の斜め前、高科の隣に引っ付いている。
「ホモじゃねえよ。そりゃおまえが一番よく知ってんだろ」
「あーそっか、ホモじゃなくてロリコンか。やーいヘンタイ」
渋い顔をする高科を気に留める様子もなく、女の子は俺のほうに向き直った。
「えーっと、はじめまして。あたし、藤村ひとみっていいます。
レイちゃん…玲司さんとおつきあいしてます」
太陽とも張り合えそうな笑顔でいうと、彼女は軽く会釈してみせた。
そのときメロンソーダに入りそうになったウェーブヘアーを手でかきあげる。
「あ、どーも。倉崎…正美です」
「えー!正美っていうの下の名前!?男なのに!?かわいいー!」
「かわ、いい…?」
「正美とか薫とか、男でも珍しくねえだろ。変なとこに食いつくな」
「はいはいわかりましたよー。空気読めない子は黙ってまーす」
そういって藤村さんは口を尖らせて下を向く。
そしてスプーンを手にとって、目の前の海老ドリアをかき混ぜ始めた。
やれやれだぜ、これで少し静かになったか。これで話に集中できる。
…だがちょっと待って欲しい。よく考えたら俺、こいつと話すこと何もないんですが。
昔話もひと段落着いちゃったから再開しにくいし。
だいたい誘ったのは高科の方なんだが、こいつさっきからチキンのソテーにかぶりついてて自分から話を振ろうとしない。
「ど、土曜日なのに梳いてるよな」「夕飯にはまだ早いからな」
…終了。つなげろよ!リレーを!キャッチボールをよォォォッ!くそ、静寂が痛いぜ。
そんな頭を抱える俺の左前方、さっきから海老ドリアをシェイクしていたノイジーガールが顔を上げた。
スプーンがドリアの中に落ちる。


「ここは通夜か、葬式かぁ――――――!」
「うおっ!?」
魂のハイトーンシャウトにのけぞる俺。
「これじゃ話し進まないじゃん!」
「いや、そもそも話すことが」
「もういい!あたしが仕切る!」
なにそれ。いきなり何をいいだすんだこやつは。
高科を見ると「またか」という顔で平然としていた。止めてくれ。
「レイちゃん。さっきの話だとマー君とはそんなに仲いいってわけでもないんだよね。
じゃあなんで今日はこんなにお近づきになってるわけ?やっぱり尻穴目当て?」
冗談でもそういうのはやめてくれ。ってか既にマー君呼ばわりかよ。
「ああ、言ってなかったか。どうも、こいつの抱えてるいざこざが人事に思えねえんだよ」
「?どういうこと?」
「さっきこいつ、えらく小さい女の子とでけえ声でケンカしてたんだよ」
「マジで!?なに、マー君もロリコンなの!?」
「…さすがに、あそこまでチビなのはヤバイと思うけどな」
いやいや、それは五十歩百歩というものですぞ高科君。
「で、ここぞとばかりにロリコン仲間を増やそうと思ったわけ?」
「平たく言えばな。ついでに相談にも乗ってやろうかと」
「エラいじゃん。しかしこの人がロリコンねー…意外。見た目普通そうなのに」
「俺は普通じゃねえのか。ま、たしかにこいつは色々見かけによらねえよ。
全校生徒の前でソロギターやっちまうんだからな」
ぐはっ。お、俺の黒歴史を…。当時ディメオラにはまりまくっていた俺は、何を血迷ったか
年に一度の生徒発表会でギター演奏を披露するという愚行を三年にわたりやってのけたのだ。
しかも記念CDとして残ったその演奏、これがまた酷い。死にたくなるほど下手糞なのだ。
よって現在CDは厳重に封印中。
「へーギターかぁ、いーな、今度教えて!…あ、でも変なことするなよー?」
「心配ねえよ。多分察するにひとみじゃデカすぎる」
「うわー重症ですなー」
「なんかさっきからすげー歪められてるな、俺の人物像」
しかも話がどんどんずれてきてるし。
「あのさ、藤本さん。そろそろ話を…」
「ひとみでいいよ。あ、そうだマー君。そのちっちゃい女の子にはさ、何で振られちゃったの?
パンツガン見したとか?」
「いやあ、まあ…いろいろあって」
ヘタしたらそれどころではない変態行為の数々です。俺の口からいうとか拷問だろ。
「ほら、はやくはやくー。今更引かないからぁ。言ってみな?」
「大方、リコーダーを舐めたがったとかじゃねえのか」
「マジ変態だわ、それ」
「すごい引いてる!」
「ひょっとしてあのときの教室でも、女子のリコーダーを物色してたとかな」
「リアルに探しもんだよ!あれは!」
「…ねーレイちゃん。あたしのリコーダーだったら、なめたい?」
「いや、リコーダー経由なんかより、直接のほうがずっといい」
「きゃっ、もーやだぁ、こんなとこでー」
…何でこんな最初からクライマックス状態なんだこの連中。俺、放置!


結局なんだかよく分からないまま六時過ぎまでファミレスに居座った後、解散となった。
つかれた、本当に。もう帰って寝たい。
「マー君」
会計は全部持ってくれるという高階をレジに残してすっかり変えるモードになっていた俺に、
後ろから今日一日ですっかりおなじみとなった声がかけられた。
まだ何かあるのか、と少しばかりうんざりして振り返った先の顔は、
先ほどのバカ騒ぎがウソに思えるほどの真面目な顔だった。
「何でそのことケンカしたのかよくわかんないけど」
言葉を選んでいるのか、やたらと慎重に穏やかに。
「小さい子って臆病だから。怖がらせないように、優しくしてあげて。
どうしても怖がる子には、もう一切関わらない事。それがお互いのためだから」
諭すような口調で言う彼女は、俺よりずっと年上に見えた。
「それだけ。約束ね」
「…わかった」
なんだかいたたまれなくなって、俺はやっと一言答えるとそこから走り去った。
日が伸びて、うっすらと明るい空の下。
かすかに吹いてくる風が、梅雨の近い事を感じさせた。