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 寒風吹きすさぶ北の大地。いくらこの世界が常春の楽園とて、厳冬期のこの地では、人が薄着で歩き回ることを許さない。黒々とした土の上には、最も強い雑草がぱらぱらと生えているだけだ。

 枯れ葉すら残っていない大木の影で、少年と少女が火を囲んで座っていた。

「フラウの村っていうのは、あとどれくらい歩けば着くんだ?ユーネ」

 ボア付きの厚いジャケットを羽織り、腰に赤い柄の剣を差した少年が、長身の少女、ユーネに尋ねる。

街で購入したばかりの流行りのコートを着込んだユーネは、少年の質問に淀みなく答える。

「あの村でもらった地図は、どうもあまり信憑性が高くないわね。だって、もうあり得ない岩場を3つも通り過ぎたもの」

 はあ。少年は一つため息をつく。

「チャンス、ため息をつくと幸せが逃げていくわよ」

 チャンスと呼ばれた少年は、ユーネにそう窘められて、「だってさー」とぼやく。

「道を間違っていないと仮定するならば、そろそろ着いていいはずだけど……」

 チャンス達は町や村を巡りながら諸国漫遊の旅をしている。3日前に立ち寄ったシガキの村でこの先にあるフラウの村までの地図をもらったが、かなり古い地図のようで、ここまでの道のりでほとんど整合性がなかったという、ほとんどあって無いような代物だ。

 そもそもシガキとフラウはお互いの村が交易圏外ということもあって、行き来はほとんど無い。当然、街道も整備されていないため、一本道をたどってすんなり到着というわけにも行かない。それが今回の行程を厄介なものにした。

「ってか、散歩とかいいながら、JTのやつどこまでいったんだ?」

 チャンスがもう一人の仲間、JTを気にかける。兄妹のように育った二人は、お互いのことをとても心配する。同時に、深く信頼もしているが。

「そうね。あの娘、どこまで……」

 少年達がそんな話をしていたところ、向こうからパタパタと駆けてくる足音があった。 懸案の少女、JTである。

「チャンス~!ユーネ~!あっちに、ほこらみたいなのがあるよっ!」

 小走りに走りながら、JTが大声で呼びかける。小さな体ながら、JTは非常に体力的には優れている。

 JTがたき火のそばまで走ってくる。

「JT。あんまり遠くまで行くなっていっただろ?」

 チャンスが気遣わしげにJTに注意を促す。

「ごめんね。なんかおもしろそうなものないかな~って。」

 ぺろりと小さく舌を出すJT。あまり反省の色は見えない。

「それで、ほこらって?」

 ユーネがJTに尋ねる。

「うん。そこの崖を降りていくとね、岩作りの洞穴があるんだ」

「へえ……」

 横で聞いていたチャンスの瞳に、好奇の火が宿る。

それに気づいたユーネが、わずかばかりの抵抗を試みる。

「……チャンス?ここで道を外れると、また面倒よ?」

「この馬鹿でかい樹だったら離れたってすぐ分かる。目印にはうってつけだ。それに、どうせ地図は役立たずだしな」

 そういって、チャンスとユーネは散策の支度を始める。

 はあ、と今度はユーネがため息をついて、苦笑する。

 

 巨大な岩の前にたつと、その岩には誰があけるのだろうというくらい大きな門扉がはまっていた。

「開けられるか?」

 チャンスは横にいた小柄な少女・JTに呼びかけた。

「ん~。なんとかやってみる」

 そういうとJTは、右手に持っていた、彼女の背丈より優に長い包を地に置き、中身を取り出した。

 包の中から取り出されたのは、異様に柄の長いハンマーだった。長い柄の先に、樽ほどの大きさの頭が乗っている。筋骨隆々の大男でなくてはとても扱うことはかなわぬような道具であった。

 しかしJTは、その小柄な少女は、おもむろにそのハンマーの柄の端を握って振り上げ、扉に思い切り叩きつけた。

 金属と金属がぶつかる、きぃん、という音と共に魔力の波が弾け、左右2枚の扉はその振動で抵触する岩を粉々にし、口をあけた。ただし、の扉が開いたというよりは、単に奥に倒れただけなのだが。

「ちょっとJT?……これって魔法の扉じゃないの?」

 魔法に詳しいユーネが顔をしかめて洩らす。

「そんなのわかんないよ。でも、これも魔法のハンマーみたいだし。おあいこ」

「何がおあいこなのか分かんねーけどが、まあ開いたことだし」

 チャンスとJTは舞い上がった砂埃を吸い込まないように袖で口を押さえながら、中をのぞき込む。

(まったく。あの子達の不用心さ、お気楽さときたら。親の顔が見てみたいわ)

 そう考えつつ、ユーネは彼らの母親であるモモという女性の顔を思い出した。繊細なところはあったが、どちらかというとやはり大雑把であった。ユーネはそう記憶している。

 チャンスは中の様子をもう少し詳しく確かめようと考え、倒れた扉を踏みつけて(その大きさから『乗って』という方がふさわしいか)、中に入ろうとした。

 その時、中から「ウオォォ……」という低い唸り声がし、次いで、どすん、どすん、となにか大きなモノが動くような音がして(それはちょうど、JTがハンマーを地面にたたきつけたときの音に似ていた。それも連続で)、だんだんと近づいてきた。

 尋常ではない様子に、チャンスが炎の魔剣を、JTがハンマーを構えた。魔術師のユーネはその後ろに控え、いつでも呪文を唱えられるようにする。

 ほこらの闇から姿を現したのは、チャンスの数倍の巨躯をもつ巨大な石造りのゴーレムであった。その全身は炎の赤に彩られている。

 ゴーレムは、動かない口から音を発し、口上をあげた。

「ここは炎が属の封印のほこら。貴様ら、火の神に害意ある者とみたぞ」

 いきなり問答無用で攻撃される者と思っていたチャンス達だったが、この生真面目そうなゴーレムの口上に調子を狂わされた。

「火の神?がいい?なんだそりゃ」

 チャンスが頭をひねる。

「私たち別に害意なんてないよう」

「扉を無理矢理開けといて、害意はないと言われても通じないわよ」

 ぎゃーぎゃーわめくチャンス達を尻目に、ゴーレムはなにやら呪文を唱え始めていた。ユーネがそれに気づき、チャンス達に注意を促す。

 ゴーレムが右手を振りかざすと、煌々と燃える真っ赤な火球が展開した。ゴーレムは腕を振り切り、火球をチャンス達めがけて投げつけてきた。

 チャンスとJTは左右に散開して回避し、ユーネは己の身の周囲に強大な水の守りを張った。

 火球を放った後のゴーレムの動きは遅かった。左右に散ったチャンスとJTはかわすと同時にゴーレムに走り寄り、同じタイミングで攻撃を仕掛けた。チャンスは跳躍してゴーレムの右腕に斬りかかり、JTはゴーレムの左膝を一撃する。

 二人の攻撃はいくばくかのダメージを与えたようだが、致命傷にはならなかった。

 ユーネは、撃ち合うチャンス立ちを尻目に、依然先ほどと同じ場所に立ち、なにやら思考を巡らせている。

(チャンスの炎の魔剣があまり効果を上げていない。火の神……おそらく火が属の守り手)

 思考が終わり、ユーネは紡ぐべき呪文を頭の中に思い浮かべた。

 チャンスは2度、3度と赤熱する炎の魔剣でゴーレムの腕を撃ったが、さほどダメージを与えているようには感じなかった。

「この!」

 ふたりはさらに2度、獣の疾さでゴーレムを撃つ。ゴーレムは闇雲なチャンスの隙をつき、右手で払うようにして吹き飛ばす。

 洞穴の壁にたたきつけられるチャンス。追い打ちをかけるように、ゴーレムの拳が迫る。

 かわせない。

そう思った大きな拳は、チャンスには飛んでこなかった。ゴーレムの左膝が砕け、自らの左腕を地面に押しつぶすように倒れたのだ。

「JT!」

 JTの方を見ると、彼女は右手でVサインを作り、にぱ、と笑った。チャンスも同じように笑う。

 しかし、ゴーレムは依然、動きを止めようとしない。残った両腕と右足で体を起こそうとする。

「二人とも、どいて!」

 先ほどから静観していたユーネが、二人に声をかける。それを聞いて二人は弾けるようにその巨人から遠ざかった。

 辺りに冷気が充満する。冷気が収束し、倒れているゴーレムに集まってゆく。冷気は大気を凍らせ、微少な氷片舞い散らし、やがて――

 ゴーレムは、氷の像となった。

 チャンスとJTはユーネの魔法の威力にやんやの喝采をあげる。ただ、ユーネは己の魔法の予想以上の効果に、わずかに首を傾げたが。

「懐かしい、氷の混じった空気……」

 ゴーレムの氷像の向こう、洞穴のさらに奥から、澄み切った少女の声が聞こえてきた。

 突然のその声に、3人は思わず身構えた。

「誰だ!」

 チャンスは構えたまま、奥に向かって呼びかける。返事はなく、こつ、こつ、という足音が近づいて来るだけだった。

 やがて、足音の主がゴーレムの氷像の脇から顔を覗かせた。

 美しい少女であった。白い花のように慎ましく微笑み、肌は真っ白。同じように真っ白な衣装を纏い、足は素足、白い衣装の隙間から肩を覗かせていて、ひどく寒々しい印象を3人に与えたが、脚にあかぎれもなく、寒さに肩をふるわせてもいない。

 チャンスは黙っていられず、白い少女を問いただした。

「誰なんだ、あんた?」

 白い少女は、顔を上げてこう答えた。

「私は、雪の精霊……」

「雪の精霊?」

 三人は揃えて声を上げた。

 白い少女はこくり、と頷く。

 それを聞いたチャンスの疑問はというと……

「雪って、何だ?」

 チャンスはJTと顔を見合わせて首をかしげる。そんな二人を見ながら、雪の精霊と名乗る少女はかわらず微笑む。

 困ったような顔をして、ユーネが説明を始める。

「氷の大陸を除けば、雪なんて降る場所はないものね。雪というのは空から降ってくる……氷の結晶、といえばいいのかしら……」

 ユーネがしどろもどろ説明する。ユーネとて、知識としてはあるものの、その目で雪を見たことなどないのだ。

「そんなもんが降ってきたら危ねえじゃねえか!」

 チャンスは鋭く尖った氷の固まりが空から落ちてくるのを想像し、難しい顔を作る。横にいるJTも同じことを想像して、チャンスに同意するようにうんうんと首を縦に振る。

 ユーネもユーネで、

「そうよね……子供の頃から気になってたのよね……」

実際見たことがないので、チャンス達の懸念を払拭するどころか、同じような顔をしてうーんと唸る。

 そんな3人の顔を見て、雪の精霊がクスリと笑う。そして雪の精霊は黙って3人の前に両の掌を差し出した。すると、その掌からいくつかの白く小さな結晶吹き上がり、彼女の掌の上で舞い踊る。彼らがついぞお目にかかることのなかった、白く、冷たい雪である。

「うわあ……」

 チャンスは口を開けっ放しで魅入り、ユーネは白く輝く雪の舞いにうっとりしている。JTが持ち前の好奇心で雪にふれようと手を伸ばすと、雪はJTの温度でしゅっ、と溶け、水になった。慌ててJTは手を引く。それを見て雪の精霊が少女の外見相応にくすくすと笑う。

 やがて雪片はすべて消え去った。

 雪の精霊は手を引き、口を開いた。

「この世界に雪が降らない理由を知っていますか?」

 チャンスとJTは「もちろん知りません」という風に首を振り、揃ってユーネの方を見た。幼い頃から書にふれて育ってきた彼女ならば知っていると踏んだのだ。

 当のユーネは少し考え込み、やがて昔読んだおとぎ話の内容を思い出した。

「……確か、昔は世界中どこでも雪が降っていたのよね。ただ、火と爆発と祭の神スレイダが、雪の降る間は祭がやってこないという理由で、雪の精霊達を牢屋に閉じこめた。そういうお話があったような気がします

「へえ。その、スレイダ?って神様は、よっぽどの祭好きなんだな」

 チャンスが場違いな感想を洩らす。それにまたくすくすと笑い、雪の精霊がユーネに向き直る。

「スレイダが私を閉じこめたのは間違い有りません。ですが、それは決して己の愉しみの為ではありません。彼は慈悲を司る者ではありませんが、全くの無慈悲であるならば、私の存在はその場で消されていたことでしょう」

「ふうん」とチャンス。

 今度はJTが雪の精霊に問いかける。

「それじゃあなぜ、祭?火?まあいいや。その神様はあなたを閉じ込めたの?」

「はい。その昔、理由は分からないけれど雪の精霊が世界中で増え、雪の精霊力が不自然に強くなったのです。やがて、世界は氷に包まれました」

 ユーネはじっと聞き入る。それは、自分の知らない世界の歴史であったから。

 一息ついて、雪の精霊は話し続ける。

「極寒の世界で多くの人間が死にました。そんな世界の未来を憂えたスレイダが、炎が属の配下を従え雪の精霊を各所に封印しました。私が封印されたのは雪の精霊狩りの後期だったらしく、そのころはもう、雪を見ることはありませんでした」

 その時の”雪の精霊狩り”の結果、元々雪の精霊力が強い極北と極南を除いて、雪の精霊は居なくなってしまった。雪の精霊はそう語った。

 洞穴の中はしん、と静まりかえった。雪の精霊はこつこつと歩き、ゴーレムの氷像に近寄っていった。

 ユーネも雪の精霊のそばに行った。

「このゴーレムは、あなたの封印だったのね」

 雪の精霊はこくりとうなずいた。ユーネは、己の氷の魔法が予想以上の効果を上げた理由を悟った。ユーネの魔法が媒介となり、ゴーレムの内部に封印されていた雪の精霊の魔力と呼応して、魔法が強大な威力を持ったのである。

「このゴーレムさんは、私にとても良くしてくれました。私が退屈しないようにお話をしてくれたし、騎士のように守ってくれました」

 雪の精霊は口の中でもごもごと小さくつぶやいた。それは、よく聞けば火と爆発と祭の神スレイダを信仰する者の祈りの言葉であったかもしれない。

「私はこの地で唯一の雪を司る者として、冬には雪を降らせることにします。封印を解いていただいてありがとうございました」

 雪の精霊は前に並んだ3人に謝辞を述べ、右手を差し出した。チャンスが彼女の手を握った。ひどく冷たいと思われたその手は、人の手と変わらず暖かかった。

 この精霊は、仲間もいない、今や話し相手のゴーレムもいないこの地で、ひとりぼっちで生きていくことを決めたのだ。

「あ、あのさ」

 チャンスがおずおずと口を開く。

「俺はチャンス、そっちの背の高い女がユーネ、んで、このちっこいのがJT……」

 JTはチャンスの頭をハンマーで殴りかかろうとするが、ユーネが止めた。

「あんたの、名前は?」

 チャンスが雪の精霊の名前を問う。

雪の精霊は困ったように笑った。

「私は極寒の時代に突然生まれた数多の精霊の一つ。名前はありません……」

 ずっと笑っていた雪の精霊の表情が淋しげに陰る。そんな雪の精霊とは対照的に、JTが花のように笑い、雪の精霊に話しかける。

「じゃあさっ、雪の精霊さん。あなたの名前はゆきこちゃん!雪の子のゆきこちゃんだよ!」

「ゆき、こ?ゆきこ……ゆきこ」

 雪の精霊はその名前を2度、3度つぶやき、やがてその名前を受け入れるように、実に嬉しそうに笑った。チャンス達も、本人さえも知らないが、それは雪の精霊のこれまでの生涯のなかで一番の笑みだった。

「ゆきこちゃん。いつかまた、ここにくるわね」

 ユーネが手をさしのべる。雪の精霊・ゆきこはユーネの手を握る。その手に、JTが自分も自分もというように手を重ねる。

 別れを惜しみながら、4人は再会を誓った。

 ゆきこと別れ、洞穴を外に出ると、外にはぱらぱらと、白い雪が舞っていた。

「うわぁ……うわぁ」

 JTが空を見上げながらはしゃぎ回る。

 チャンスも馬鹿みたいにぽかんと空を見上げている。

「すっげえ……」

 ユーネは頬に当たる雪に、ほのかな暖かさを感じていた。

「冷たくない雪」

 きっとこれは、炎のゴーレムやチャンス達の心に触れた、ゆきこちゃんの温かい心の雪なのだろう。

 走って先を行ったJTが、ユーネとチャンスに呼びかける。

「突っ立っていないで、早く行こうよ!」

 JTはもうはしゃぎ回りたくて仕方がないようだ。

 それでチャンスとユーネは、JTのもとに歩き出した。

 この日からここは、世界でも数少ない雪の降る地となった。