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マネージャーがやりたい!っていう子達を私の独断で断るわけにもいかず(っていうかまあ一桁まで何とか減らしたのだけど、それでも部員数に対して明らかに過多)、一応部長に相談することにしたあたしは、放課後を待ってサッカー部の部室へ足を運んだ。

 ん?……部長?

 あれ……うちのサッカー部って、“部長”なんていたっけ?

 え、ええっと……不知火先輩でいいんだよね、多分。あんまり考えたことなかったけど。

 ……あんまり考えないようにしよっと。

 グラウンドに行くと、目的(多分)の姿が見えた。

「不知火せんぱーい!」

 声をかけてとてとてと近寄る。

 不知火先輩はリフティングをしていた。ボールを蹴り上げ、上へ下へ。体も巧みに動かしてボールと一緒に舞っているようだった。

フリースタイル。人がまったくいないときの先輩は、もっぱら一人でボールと遊んでいる。

しばし見とれてしまって気付かなかったが、周囲には何人かの女子のギャラリーが遠巻きに見て嘆息をついていた。

そう、不知火先輩の技術はすごい。球技の別を問わず、あれほどにボールを巧みに扱う人を、あたしはみたことがない。ボールの扱いというのはボールに触れる時間が長ければ長いほどに上手くなってゆく。先輩はそれを、努力をしないで身につけた。

――いや、それは正確じゃないかもしれない。先輩は、練習を練習とは思わない。サッカーにかかわる練習を、先輩はすべて「遊び」と捉えていた。それらをこなすことが出来るようになった過程を、先輩は努力とは思っていない。サッカーのための努力のすべてを、先輩は特に意識もせず「あたりまえ」のこととして自然に受け入れることが出来る。それこそが、不知火先輩の一番の才能――ていうか、天然?

 おっといけねえ。見とれてしまっていた。

「先輩、ちょっと」

 あたしの声に気付いた先輩は、それでも右足だけでリフティングを続けながら返事をした。

「なんだ、須唐部か」

「なんだとはなんですか」

「だってよ、毎日毎日同じ顔見続けてると見飽きねえ?お前、今度会うときはプチ整形してこい」

「なんですかそれー!そっ、そんなにひどい顔じゃないでショー!?」

「…………」

「かっ、かわいそうな物を観るような目のまま黙らないで下さいっ!ほんとっぽいじゃないですか!?」

「あのな、キレイ汚いじゃなくて見飽きたッつってんだろ。それを理解できんおめーに同情したんだ」

「うわ、マジむかつくんですけど!」

 この間、先輩は全くボールを落とすことなくリフティングを続けていた。この人じつは、あたしと話してるとき、反射だけで言葉を返してるんじゃなかろうか。考えて言葉を選んでるなんてとうてい思えないんだけど。

 不知火先輩が続ける。

「そうだな、井○和香みたいにしてこい」

「あたしの顔形じゃプチで収まりません!っていうかさりげなく自分の好み押し付けないで下さい」

「ああ、でも顔だけ変えても胸の釣り合いがとれんな」

「あんなのと比較しないで下さいっ!」

お世辞にも大きいとはいえない胸を両腕で抱いて隠すあたし。

「あーもーうるせーな、部長命令だ」

「あ」

やっぱ、不知火先輩が部長でよかったんだ。

「あんだ」

「いえ、こっちのことです……で、ですね、先輩」

 あたしは急に殺到するように集まったマネージャー希望者の話をしようとした。だけど、その声は別のところから上がった声でさえぎられた。

「あーあ、なにアイツ。ちょーロコツすぎじゃね?」

「だよねー。いい男ぞろいのサッカー部でマネージャーなんて。絶対男狙いだよねー」

 遠巻きに不知火先輩のフリースタイルを見ていた3人の女子だった。あたし達のほうを横目で見て、手で口を覆って……だけどそれが単なるポーズなのは明らかだった。先ほどの声はあまりにも聞こえよがし。張った声は、あたしに聞こえるように喋ったに違いないから。

 あたしは一瞬だけ振り向いたけど、何事もなかったかのように先輩の奉免顔を向けた。気にしていないように装ったけど、表情まで取り繕うことが出来たかは自信がない。

 ああいった類の陰口を耳にしたことはあったけど、ここまでロコツなのは初めてだった。

「…………」

「……先輩?」

 不知火先輩は、無表情の顔を不意にあたしから逸らすと、その場でまたフリースタイルを始めた。さっきまでのフリースタイルより、ずっと難易度の高い技を次々に繰り出す。目の前で繰る妙技に改めて驚く。背後からも感嘆の声が聞こえた。さっきの3人組だ。

 先輩は頭、肩とリフティングしたボールを――空中に高々と蹴り上げた。ものすごく、ものすごく高く。私も3人組も、ボールを目で追った。そのボールは緩やかに下降線をたどり――えっ!?

 先輩が蹴り上げたボールは、さっきの3人組の輪の中に落ちた。

「ぎゃっ!」

 輪の中から悲鳴が上がる。ボールは彼女らに当たりこそしなかったものの、予期せぬボールの襲撃に2人がしりもちをついて転んだ。あ、黒パンツ。

 ボールは「ボーン」という音をたてて大きく跳ね上がった。それだけで、どれだけの落下エネルギーが伴っていたかが知れた。ボールは何度か、彼女らの近くでバウンドした。

(え!?)

 ぼんやりとその光景を眺めていた私は、急に引っ張られるような感覚を覚えて、気付くと不知火先輩と一緒に彼女たちの前にいた。

 先輩が口を開く。

「おめえらさあ、サッカー部のマネージャーがうらやましーんならいつでもきてくれていーンだぜ?仕事ならちゃんとあるからよ。俺の敵軍ゴールのゴールポスト役とかな」

 とかなんとか、あたしの肩を抱いた。って、ええぇぇっっ!?

 3人組は転ばなかったひとりがふたりを立ち上がらせ、そそくさとその場を立ち去った。

「ち、おっかしーなー。当たんなかったか。風の計算甘かったか」