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そいつは、ポツリとこういった。

「あのさ、フツーの学園生活っつーの?憧れるんだよね」

「は?」

 連れとつるんでやってきたファミレスで初めて会った、ぼくの知らない、ぼくの友人の友人(他人)。

ぼくの友人――神谷っていうんだけど、神谷はポケットに入れていたケータイが鳴って「ちょっと、悪り」とかいって便所に引っ込んでいった。

 おいこら。

「…………」

 その場にはぼくと、ぼくの知らない彼、初対面同士のふたりが取り残された。

 ぼくは初対面の人間と何を話していいかわからないくらいには、人付き合いがニガテだ。だから必然的に「…………」だ。相手のほうも似たような感じ。

 と、これがもういい具合に気まずくなったところでそいつが言ったのが、「フツーの学園生活」ってやつ。ああ、こいつもたいがい話の上手くないヤツなんだろうな。それでもぼくよりずっとましだろうけどさ。

 そして相手に先に口を開いてもらったぼくは、わずかな躊躇の後その話題に乗る。

「なによ、フツーの学園生活って?」

「ああ゛~……よくわかんねえけどさ、……殲滅、とか言われねえ学園生活」

「なんだそりゃ」

「いや、ウチの学校すげーよ?」

「どんな学校だよ……」

 と、何か話のきっかけをつかめそうになったところで、神谷のアホが無駄なハイテンションで戻ってきて話に割って入り、自分勝手に話を進めたからぼくらの話はそれで終わりになった。ぼくが苦笑いをすると、そいつもぼくに向かって小さく苦笑いをむけた。ちょっといいやつかもしれない。神谷のアホはアホだからお互いの紹介もしやがらない。アホめ。

 

結局、名前も聞かないでぼくは一人で先に帰ったけど。

 

 ぶらぶらしながら帰りの道を歩く。季節は秋で、まだ夕方の18時前くらいだけど、日はすっかり落ちてしまっていた。商店街から結構離れた、昔の漫画の背景みたいな古くさい感じの住宅街は、ボロくて蛾がたかっている弱々しい光の街頭が照らす。

 コツ……と、スニーカーのつま先に小石が当たった。小石がこつこつと2mくらい転がる。ぼくはその小石に追いつくと小石をつま先で弾いて浮かし、その浮いた小石をサッカーのリフティングの要領で2,3度蹴り上げ、4度目で遥か頭上に蹴り上げる。小石は、どっかの果てしない暇人のワルフザケでピンク色に塗られた街頭に照らされながら最高点まで達し、そして落下を始める。

 ぼくはその小石に向かって強く念じた。

強く。強く。

小石はそのまま勢いをつけて落下して、ぼくの額を強か撃った。

眠い目をこすって朝食の卓に着く。

「おはよう、秋」

 とぼくに挨拶するのは朝食の支度をしている母さん。ぼくは「う~い」で済ます。父さんこと親父はさっさと飯を食って仕事に出かけた。2年前に家を出た姉ちゃんがたまに飯を食いに来るけど今朝はいない。ここから車で1時間の場所に住んでるのに、朝飯を食いに来るときはいつもぼくより早く食卓についてる。ヘンな女。

 新聞を見ようと思って(どーせテレビ欄しか見ないから“読む”ではない)いつも新聞を重ねてあるケージに手を伸ばす。

「あれ?」

 ぺらっぺらに薄い感触。どうやら、昨日の夕刊らしい。

「母さん、朝刊は?」

「あれ、来てない?休みじゃない?」

「ありえねーし。だって水曜だべ?今日」

 新聞が休みだったとしても、休刊日は月曜のはずだし。

「親父がもってったんじゃねーのかよ……ちぇっ」

 まあいい。夕刊にはちゃんと今日のテレビの放映予定が載っている。いつも観てるバラエティ番組の名前が忌まわしい野球中継の下にないことを確認し、ついでに今朝は休刊日だったかを確認しようと新聞を開いてみる。

 夕刊は、文化欄、ってゆーのか、あんまり重要じゃない記事が多い。

 その中のひとつに、魔法の分類学ってのがあった。現代魔法の種類の傾向とか、江戸時代末期からの西欧文化の流入による魔法の変遷……とか、ま、つまんない記事。っていうか中学生くらいになれば習う一般常識。

 で、最後のほうで、現代魔法力の減衰……だってさ。

「ご飯は?」

「いらない」

「あら、そう」

 ぼくのこんな気まぐれが母を困らせることはない。たぶんだけど。

「じゃあアンタの分もあたしが食っちゃうよ」

「食えば」

 というと母はぼくの分のトーストとサラダとベーコン入りスクランブルエッグを自分の椅子の前に引き寄せ、テーブルについて嬉しそうに喰い始めた。

多分、ぼくは母さんにはそんなには似ていない。

クラスに久米久美と久留米くるみという完全に親のネタがカブったふたりの女子生徒がいる。いや、親が名前をつけたとは限らないけど。

久米久美はニックネームがそのものずばり“クメクミ”。フルネームだし。割ときれいなやつで、体育祭とか文化祭とかの行事ではっちゃけるタイプ。体育祭のときとかにクラスのオリジナルTシャツとか作るのに先導してたのがこいつだった。

他方、久留米くるみにはそーいったメジャーなニックネームがない。クルクルだのクルクミだのクルメクだのが一時的に言われたりしてたがしっくりこなくてすぐに消えた。近頃はもっぱら「久留米」か「くるみ」。クメクミに比べて微妙にあだ名をつけにくいのが彼女の第一のネック。そして、性格的に穏やか、というのもあった。まあ、それもこれもクメクミとの比較で、ってことなんだけど。

ぼくはふたりとは小学校の頃から(ついでに言えばクメクミの方は幼稚園の頃から)一緒で、その頃のふたりの関係はといえば、すごい微妙だったと思う。小学校の頃は男子グループと女子グループが結構明確にわかれていて、そんな壁の隙間から覗いてみたような感想だけど多分そう。

だけど、高校に入ってからの二人はずいぶん仲が良かったと思う。体育祭のクラスTを作ったとき、仕切ってたのはクメクミだけど一緒にいたのはくるみだった。くるみはそのとき、Tシャツに明らかに外宇宙から来たとしか思えないイタい未知生物のイラストを描いてほんの一時的にウケたが、製作の段には周囲から明らかに引かれていた。

そんなイタイ女の子だけど、ぼくとは彼女とはけっこう仲がいい。いや多分、けっこう……程度じゃないと思うけど、付き合ってるの?って聞かれたらどうなんだろっていうくらいの。

「ねえ」

 放課後。電灯の明かりを灯さない教室には、ぼくとくるみの他は誰もいない、昼間と比べたらカラッポみたいな状態。帰るやつは帰って、部活をやってるやつはまだ戻ってこない、そんな時間帯。くるみは後ろから3番目の窓側の机に腰を降ろして、まっくらな窓の外を見ていた。秋の夜長っていうけれど、春よりずっと早く訪れる闇は、昼間なら見える校門や、その先へ下る坂道もすべて隠してしまう。だけど彼女のめがねは、そんな闇も関係無しにすべて見通してしまう。

「ねえ……」

 ぼくは彼女の二つ前の机の椅子に反対向きに座って背もたれにひじをかけ、頬杖をつきながら暗闇に慣れた目でぼんやりと彼女の姿をみていた。

「ねえってば」

 彼女の「ねえ」を2回無視したふりをする。二人でいるときの彼女の「ねえ」は、ぼくの都合を考えないときの合図だ。

 ぼくは顔を上げて彼女の顔を向く。めがねの奥の瞳はぼくにはちっとも見通せないけど、彼女のほうはぼくの目をじっと見ているに違いない。

 彼女が作った、闇を見通すめがねで。

「ねえ、秋ちゃん。秋ちゃんの魔法、見せてよ」

「…………」

 二人きりでいるときの「ねえ」のあと、くるみはいつもぼくに魔法を見せてと要求する。

彼女の悪趣味。

「ねえ、秋ちゃん」

「……俺、帰るわ」

「ええぇ~」

 お互いに何も口を聞かないで過ごすぼく達ふたりの時間は、いつもこうやって終わった。

 ディパックを背負って彼女に背を向ける。

「ねえ、明日、伊達めがねかなんか持ってきて。百均とかで買えるような安いやつでいいから。窓の外の昼みたいな夜、一緒に見ようよ」

「伊達めがねなんかねえし」

「サボって買ってきたらいいよ」

「ばかめ」

 彼女を置き去りにして、教室を出る。先に帰るのはいつもぼく。2年生に上がってから、放課後ぼくらはいつもそうやって過ごした。毎日じゃないけど、週に1度か2度はそう。

 一緒に帰ったことはないけど。

 彼女はいつもそう。彼女は自分の魔法にプライドを持っていて……それをみんなに披露することなんてしないけど、ぼくにだけは見せつけるように披露する。アホみたいなショボイ魔法しか持ってないぼくにだけ。彼女の魔法は、すべて名前がかぶっているクメクミとの比較でしか語られない彼女のほとんど唯一のアイデンティティなんだろうと思う。たぶん。

 自室のベッドに寝転がったぼくは、ガラステーブルの上に置いた縦置きのビデオゲーム機のてっぺんをつま先で軽く蹴った。DVDジャケットほどの厚さしかないゲーム機は、ちょっとだけこらえたけど、すぐに倒れた。

薄っぺらいやつめ。

あっけなく倒れた薄っぺらいやつのトレイを開けてCDを入れる。好きなミュージシャンのベスト盤。ゲーム機のパッドを操作して再生すると、耳に馴染んだメロディがテレビのスピーカーを通じて流れてくる。

 廊下で、くるみとすれ違った。くるみはぼくに視線を向けるでもなく、友達の中村とつかつかと歩いていった。

目もあわせやしねー。

 だけどこれが普通。

トイレからでてきたクメクミと鉢合わせをした。

 クメクミは手にタバコの箱を持っていた。クメクミはそれを恐るべき機敏さで背後に隠したかと思えば、ぼくの顔を見るやほっと一息ついて、安心と「驚かせるんじゃねえよボケが」の折半の顔をした。タバコの箱を腹の前でもてあそぶ。

「――ヤニくさ」

「ゆったら殺すし」

「別に……」

 いちいち教師に告げ口したりするつもりはない。ただ、あんまり堂々としているのもどうかと思ったけど。

 ぼくは手洗い場の台に腰をかけ、クメクミに話しかけた。

「愛煙家には世知辛い世の中だな」

「は?」

「どこ行っても禁煙禁煙で」

「いやあ、それ以前に高校生だしねぇ」

 悪びれずにいうクメクミ。だったら吸うな。

「そのうちきっとこう言われる時代が来るな。“いまどきタバコ吸ってんのなんて、高校生か中坊くらいだ”ってな」

「だからなによってば。うざっ」

 言うや、クメクミは何を考えてか目をきょろきょろと泳がせてそっぽを向き、手に持ったタバコの箱を、まるでぼくに気づかれたくないかのように、こっそりとスカートのポケットに隠した。そして、ぼくの向かいの手洗い台に腰を掛ける。

 別に何を言うでもなく、口をへの字に結んで視線を下げて、時々、どこか恨めしげな上目遣いでぼくを見た。クメクミにそんな表情をされる覚えはないんだけど。

だいたい、ぼくだってここでこうやって彼女と向かい合っている理由なんてない。こうやっているといつもくるみと過ごしているいつもの時間を思い出すけど、目の前のこいつはやっぱりくるみじゃない。だから、二人の間に流れた沈黙に耐えられない。口が下手なぼくがよどみなく話せる数少ないクラスメイトだけど、それとこれとはやっぱり別なんだ。

彼女が口を開いたのは、そうした沈黙に耐えかねたから、かどうかはしらないけど、ともかく、彼女が口にした話題は、ぼくにとって唐突な話だった。

「……今日も、くるみといっしょだったん?」

「は……」

「だって、いっつも……つか、週に何日とか、教室で一緒にいるっしょ?」

 ぼくとくるみのふたりの時間は、ぼくらだけの秘密だった。秘密にしていたつもりだった。

「もしかして、クラスの連中、みんな知ってたりする?」

「……あたしは見たことしか言ってないし」

 他のクラスメイトが知っているかどうかは知らない、と言ってるのか。

「仲いいみたいじゃん」

「ぜんぜん……」

「だって……」

「…………」

 ぼくの顔を見て、クメクミは次に言おうとした言葉を飲み込んだ。ぼくはどんな表情緒をしていただろう。

 だからぼくは、そんな風に出来たおかしな間を、自分の言葉で埋めた。

「アイツは自分のことしか興味ねえよ……」

 きっとものすごくいやそうな顔で、それを言っていたに違いない。だって、ぼくの顔をみてクメクミの表情がすこしだけこわばったから。

「わざわざ、自分の魔法みせつけんだよ、あいつ……俺、やだってのに」

 それを言う自分の顔をクメクミの視線にさらすのがいやだったからかどうか、自分で分からなかったけど、ぼくは言いながら、完全に別の方向へ顔を向けていた。視線は一切合わさなかった。

 すうっとした空気がぼくらの間に流れると、クメクミは、

「ばっかじゃないの……」

 そう吐き捨てて、明かりのついていない廊下へ消えた。