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今年もあの舞台で、最強の戦士が相対する。

 

 この世界の住人はよく暦をみる。年中代わり映えのしない景色のため、ともすれば今がいつなのかすぐに分からなくなってしまうのだ。

 ジュデンのバッジオもその例に漏れない。

 10月14日。ジュデン国建国記念の祭の真っ最中である。

バッジオは己の屈強の腕をぶんぶんと回してみた。軽く回る。うなり声すら上げそうなくらいに。

「ふむ……アーシー!」

アントーニはルームメイトであり舎弟のバッジオのアーシーを呼ぶ。

呼び声に応え、キッチンからかけてきたのは、黒髪を角刈りにした小男のアーシー。料理中だったとみえ、黄色いチェックのエプロンをつけていた。

「どうしたんですか、アントーニさん」

「今日だ」

「!」

「今日は最強の日だ……アーシー!トーナメントに申し込みにいくぞ!」

「はい!」

元気よく返事をしたアーシーは部屋をがさごそとあさって、一本の長剣を見つけ出した。

ふたりはうなずきあうと、急いで部屋を出た。

ふたりが飛び出したジュデン都の街は祭り真っ只中であった。

ジュデン国建国祭。この時期ジュデンの民は牛を追いやぐらをぶつけ合いトマトを投げつけ牛を食い牛を投げ酒を呑みつつトマトを貪り食う。歴史の浅いこの国では騒ぐことこそが祭りなのである。祭りはみんなが飽きるまで続き、長い年では15日以上にも渡って国中で騒ぐ。飽きるまで祭りなのである。たまにいつまでも祭り気分の連中がいてそれはもう毎日楽しそうに騒いでいるのもいる。有名な祭り好きじじいエヤーレスの一人祭公式記録(こんな記録をつけていることからジュデンという国のバカの程度が推して知れるであろう)は今年を持って12年連続であり、まだ継続する勢いである。

好き勝手に騒ぎ暴れる。馬鹿のように楽しい祭りである。

エリクシアの旅行者が訪れてこの祭りを見たとき「莫迦のようだ」と評したが、それはまったくもって正解である。

さて、そのバカ祭りを尻目にバッジオとアーシーは闘技場に向かう。祭り期間中の帯剣は禁じられているが、警護兵も酔っ払っているし酒瓶と剣を一緒に持っていない限り検挙されることはない。

「バッジオさん」

「何だ、アーシー」

「心躍りますね。あ、いや、祭りにではなく」

「ふ、ふふ。そうだな。俺もだ」

バカみたいに楽しい祭りが、彼を待っているのである。

さて、ジュデン闘技場であるが、これはジュデンで開かれている剣闘トーナメントの会場である。世界的に有名な剣闘の試合であり、ここジュデンではほぼ毎日対戦が組まれている。祭り期間中も例外ではないが、客足は祭りのほうへ向くので通常のトーナメントと比べ、観客は少ない。

ここに集まるのは根っからのトーナメントマニアである。彼らは知っている。シーズン最高のカードは、諸外国から剣士を招待した世界選抜戦でもなく、年間成績上位者が頂点を目指すプレイオフでもない――いや、もちろんトーナメントマニア達はじめジュデン国民達にとっては絶対に見逃せない試合ではあるのだけれど――。

カルロは年配のトーナメントマニアに話しを聞き、祭り期間中ずっと闘技場に入り浸っていた。今日で4日目。平日の試合であれば仕事もあるしチケットもさっさとはけてしまうためそう頻繁には足を運べないが、祭りの期間中は皆大騒ぎで闘技場に足を運ぼうという客は少ないため、チケットはあまっているうえ安価で取引されているため、入手しやすい。

とはいえ。

ここ数日で見たのは、どれも大した試合ではない。剣士の中にも祭り好きは多いため、多くはそちらに流れる。必然、ここに来るのは祭りに参加する余裕のない、とにかくトーナメントに参加して名を売りたいという、意気こそ高いが錬度の低い戦士たちばかりである。カルロもここ何日かで1人2人、今後応援をしていきたいという掘り出し物の剣士を見つけたが、それ以外で特に見るべきものはなかった。

そんなわけだから、会場はますます閑散とするのである。今日もそのとおり、まだ試合の時間まで間があるとはいえ、会場の入りは1割そこそこか。最終的には2割程度まで埋まるだろうが、どのみちその程度だ。

 ぐでえ、と砂被りの手すりにもたれていると、

「あ、マリオさん」

 よ、と手を掲げて現れたのは、知人のマリオ。赤毛のくせっ毛で、すらりとした外見。無精ひげをどうにかすればもてそうな男だった。肉を落とさなければちょっともてそうにもないカルロと比べればだいぶいい男である。ジュデンの歌姫の友達のピアノ奏者の男だったといっていた。

 カルロに祭り期間中のカードのことを教えたのが、このマリオである。カルロが強い戦士を熱心に追っていることを知っていたからだ。彼が以前マネージメントを勤めていた強い戦士の影を追っているのは誰の目にも明らかだった。めったなヤツには、この情報は教えない。実際、マリオがこの話をしたのはカルロが初めてだった。家族や、親しい友人にも言っていない。

「ここ15年、祭りが行われている間にトーナメントに現れる最強の二人……ジュデンの最強はな、国中が祭りで浮かれている間にひっそりと決まる……っていっても、祭りの期間自体定めがないし、いつ来るやら」

「名前で分からないんですか?その日の勝利者は翌年発行の暦に名前が載るんでしょう?」

「去年の祭り期間中の優勝者と、一昨年、その前の優勝者に共通の名前は見つけられない。この時期は登録枠から出る戦士も少ないし、そのせいで予選枠からの優勝者も多いからすべての動向を追うのが難しい。多分偽名、というかファイトネームか、で参加してるだろうからな、それに」

「?」

「そもそも、その人らの同行を本気で追おうなんて考えてる無粋なやつはいないんだよ。そんな気にさせてくれる戦士さ」

「なるほど……」

祭りが始まってすでに8日。祭り予報によると今年の祭りは長引きそうだということだ。期間中人の入らないコロシアムも頭を悩ませていることだろう。

「待つさ、気長に」

 カルロはそういって、目の前の試合の試合に目をやった。

――その頃、ジュデン王城。ジュデン国王フォルガは屈強な体を私室のソファに投げ出し、鼻をほじっていた。傍らには、白いカイゼルひげを蓄えた執事のセバスチャンが眉をひそめながらその様子を見ていた。

「一国の嘔吐……もとい王としてはいささか品がありませんな」

「アホか。自分の部屋にいるときくらいのんびりさせろやー」

 あまりにゆるみすぎてソファと一体化せんばかりの中年男見て、今更何もいうまい、国民の前に顔を出さない祭りの間くらいは小言を言わないでおこうと決めたセバスチャン。そうだ、この男の抱える重圧は重過ぎる。国を背負う、お飾りではない本物の王。このような国を抱えていなければ十賢者の席に名を連ねてもおかしくないほどの器量を持った男なのだ。もっとも、今の姿だけをみれば到底信ずるに値しないが……。

 セバスチャンは王に気遣い部屋を出ようとしたとき、窓の外にきらりと光る小さい点が見えた。

そのとき、空の向こうから猛烈な勢いでハトが飛んできた。そのハトは勢いのまま窓に突っ込み、窓ガラスを突き破…………れずに、ぽとりと庭に落ちた。

 しばしの間呆然とするセバスチャン。

「…………はっ!何事!敵の攻撃か!それとも『強欲』から出張か!?」

「落ち着け。そのネタはだれもわからん。……心配するな、俺が遣っている私兵からの文だ。すまんが回収させてくれ」

 いわれたとおりセバスチャンは使用人にハトを回収させ、フォルガ王に引き渡した。フォルガはハトの足にくくられていた細長い紙片を広げ、読み上げた

『最強の祭り、本日開催せり』

 ふ、ふふ……フォルガ王は不敵に笑った。先ほどまでだらけきっていた体に、緊張が戻ってきた。

「セバスチャン。すまんが、用ができた。外出させてもらう」

「外出ですか」

 ……はっ。セバスチャンは昨年のことを思い出した。ここ数年、フォルガ王は祭りの期間中、1日だけ城から消えることがあった。それを去年、セバスチャンはどこで何をしているのか追跡し、突き止めたのだ。

 あのときのフォルガ王の行動は、セバスチャンを驚愕させたものだ。

 フォルガ王はセバスチャンを尻目にいそいそと着替えを始めた。

「セバスチャン」

「デインフォーサードをもて、ですか」

「…………」

 魔剣デインフォーサード。ジュデン王戦に用いる剣である。特別な力を持ち、あらゆるものを断つ豪剣。国宝たるジュデン最強の剣――

 それを、あのような下らぬことに!

「セバスチャン……」

「なりませぬ、王。王の力量であれば何も不安はございませんが、万にひとつ、間違いがないとは言い切れません」

「万に一つ、か……違うな、セバスチャン」

「…………?」

「戦士がなぜ、日々を剣の鍛錬に費やすのか。それは、自分より強いものがいるからだ。より高い山がなければ、自分を研磨することは出来ぬ」

「王は十賢者の高みを目標に鍛錬をなさっているのではないのですか?失礼ながら……十賢者はいずれも、王を高みから眺める者たち……」

「分をわきまえているとはいわないがな……セバスチャン、そんな連中は、雲の上だ。俺たちと雲の間には何がある?空だ。手がかりも足がかりもない空を、手足を掻いて上っていくなどということは出来ぬのだ。雲の上に登る前に一番高い山を見過ごしていくのは思い上がりというものであろう」

「…………」

「まず俺は、自分の手足でいけるところ……一番高い山に登るのだ」

 強大な意思を持った、王の瞳。その威力に屈してしまいそうになるのを、セバスチャンは必死でこらえた。

ぐぐぐ、と拳を握るセバスチャン。

「……ふふ、ふ。全くもって頑固者ですな」

 笑いあう、ふたり。

「何を今更」

「だが!」

 着ていた上着を脱ぎ捨てるセバスチャン。

「このセバスチャンとてそれは同じ!どうしてもいくと言うのであれば……」

 セバスチャンの筋肉が盛り上がる。胸の筋肉が白いシャツのボタンのすべてを弾き飛ばし、膨れ上がった上腕がシャツを引き裂く。あっという間に両の腕は外気に晒され、その太すぎる腕を誇示する。フォルガ王の体躯も見事なものであったが、セバスチャンの筋肉はフォルガのそれを5割も上回っているようであった。

 剣の国ジュデン。王の側に仕える執事であろうと、戦死に劣らぬ強者が置かれるのである。いや、置かれた執事が強者であった、と言うべきか。

「王に降りかかる些事、そのことごとくを潰し、強大な力を持って王を律する……それこそ、我等最強執事一族の職務にして使命ッ!」

「全力を持って俺を止めるというか……されば相応の覚悟をせよ、セバスチャン……はぁッ!!」

 気合一閃、王の周りの空気が一変する。戦場の空気が、フォルガ王を包む。

 セバスチャンが指をぱちんと鳴らす。フォルガ王の背後のドアが蹴破られ、左右の壁に巨大な穴がふたつ空いた。それぞれから、セバスチャンと同様の程度の筋肉を纏った3人のメイドが現れ、フォルガ王を取り囲んだ。

 ふっ、と笑うフォルガ王。

「行きますぞ、王よッ!」

( つづく )