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 ジュデン王都の大通りを6本ばかり外れた寂れた通りにたたずむ一軒のこぢんまりとした酒場『とぅるーらぶ』。

外見から見てもわかるのだが、10人も入ればいっぱいの小さな酒場だ。しかしこの店に10人も入った記憶があるかと聞かれたら、マスターのヘンリクはニヒルに笑って誤魔化すしかないだろう。せいぜいなじみの客がみんな集まってもその半分より少し多いくらいだ。

そんな酒場『とぅるーらぶ』は、今日もやっぱりがらがらなのであった。

「それにしても…………」

 この店の従業員であるエルドラッドはカウンターでちびちびやっている、この日たった一人の客である女の顔を見て怪訝な目をする。

「アルマリア…………あんたアニーちゃんにきっちりフラれたのに、まだ未練たらしくこの店に来てるなんてねぇ。まあ、お客なら歓迎だけど」

 カウンターの上でグラスを磨く小人族のマスター・ヘンリクがボソッと口を挟む。

「エルドラッドも似たようなもんだけどね~」

「……………………」

 アルマリアは先日、この店の常連であるアニーという女性にフラれたのだ。もうこの店に来ることもないかと思っていたが、以前と同じ頻度で店に顔を出している。

 そんなエルドラッドも、アルマリアに恋をして、そして失恋した口である。そんなアルマリアの姿を見ているのは、自分にダブって痛々しいのである。

「他の店ってなんとなく入りづらいし…………習慣みたいなもんだから…………」

「なんかダメね~。なんかのきっかけがあったら何処彼処か変えるもんよ。以前までのパターンに回帰して現実を見ないのって、逃げてるのと同じよ~?」

「うっせーな。オカマのクセに一人前な口聞いてんじゃねーよ」

 エルドラッドはオカマである。

 オーガと見紛う巨躯。青々とした髭の剃りあと。背中まで一生懸命に伸ばした黒髪、頭のてっぺんにちょこんと鎮座する黒のリボンに同じ色のフリフリのドレス。

 どこからどう見てもオカマであった。知らない人間がこの来店したら、そのテの店と間違えても無理はないだろう。それこそが、この店が常にがらがらである理由のひとつなのだが。

「まっ。相変わらず口が悪い。いっそ清々しいくらいだわ。だいたいそれってオカマ差別よ?世間で言うところの」

「世間でオカマの話なんてしねえよ」

 さて、このアルマリアという女性、全く口が悪い。剣士である彼女は、ふだん闘技場の荒くれたちに囲まれているせいか、言葉遣いや仕草が粗暴に過ぎるのだ。

「だいたいね、アルマリア。グラス一杯でちびちびやってるなんてね、営業妨害?」

「うっさいな。決定的に酒と相性の悪い日ってのがあるだろーが」

 本当は、このごろ闘技場に出ても負けが続いて、収入が乏しいのだ。

「だいたい何処が営業妨害なんだよ。椅子なんかがらがらじゃねーか。ここの店を満席にするんならジュデンの歌姫でも連れてこなきゃ無理だね」

 アルマリアの暴言を聞いて、エルドラッドがマスターに耳打ちする。

「マスター、アルマリアってばあんなこと言ってますけど?」

「ははは…………」

 マスターのはまるっきり苦笑いであった。

 アルマリアはガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。

「あ~うっせ~!わかったよ。あ~あ~ぁこんな店二度とこねーからな!」

 アルマリアが財布から銅貨を取り出して支払いをしようとしたところ――

 カランコロン。ドア鈴が鳴る。ドアのほうを見れば、馴染みの客。

「あら、アニーちゃん。いらっしゃい」

「はぁ~い」

「あら、アニーちゃん。いらっしゃい」

 常連客の一人で、別の酒場でピアノ弾きをしているアニーであった。アルマリアの想い人だった女である。

 アニーはカウンターの、いつもと同じ席に座る。

「って、あれ?」

 アニーの横を見ると、アルマリアがしっかり座っている。

「こ、こんばんは……アニーさん」

「うん。こんばんは、アルマリア。それとマスターにエルドラッド」

 アルマリアの挨拶に笑顔で答えるアニー。一見、先日の件については気にしていないように見える。

「……アルマリア、あんた帰るんじゃなかったの?」

 エルドラッドが半眼でアルマリアを皮肉る。

「あら、何を言ってるのかしら。見た目通りおかしなエルドラッドさん」

 アニーがいると猫を被って話すアルマリア。咄嗟の事で毒までは抜けきらなかったようだが。

 エルドラッドはアルマリアの耳下に呟くように問いかける。

「あんた、まさかアニーちゃんのことあきらめてないワケ?」

 アルマリアもぼそぼそとそれに答える。

「うっさいわね。そばで見てるくらいいいでしょーが。……本当なら、ずっとそのままで良かったんだし……」

 アルマリアは変わらぬ日常を愛する女だ。いつも同じ緩やかなリズムで生活し、ささやかな変化すら嫌う。だから、行きつけの店を変えることもできないし、フラれたはずの相手を未だに見つめ続けている。

 こんな湿ったい、淀んだ水のような女だったろうかとエルドラッドは思った。アルマリアとは逆で、アルマリアに失恋して彼女への未練をすっぱりと断ち切っていたエルドラッドは、すっかり醒めた目で彼女を見ていた。

以前だったら彼女のそんな顔にすらときめいていたのだろうか。

アルマリアたちの横では、アニーとマスターが楽しげに談笑している。

――カランコロン……。ドア鈴が鳴る。

「いらっしゃい」

 マスターが声をかける。入ってきたのは、身なりはいいがどこかしょぼくれた印象のある若い男だ。男は窓際のテーブルに座った。そして、テーブルに着くなり大きなため息をついて「すみません」と、小さい声でウェイトレス(ウェイター?)のエルドラッドを呼ぶ。

 エルドラッドは男のテーブルにオーダーを取りに行く。

「よく来る人?」

 アニーがマスターに問いかける。

「近頃よく来るね。だけど待ち合わせに使うだけで、ほんとにすぐいなくなっちゃうんだ。ここで飲んでけってーの」

「ふうん」

 アルマリアはその様子を少しだけ面白くなさそうに眺め、男のほうを横目で覗いた。

「……あれ?」

 アルマリアはその男のしょぼさに覚えがあるような気がした。

「~~~~~~……あらぁ?」

 心当たりを脳内検索して、合致する顔があった。

「アルマリア、知り合い?」

 マスターがアルマリアに問いかける。

「知り合いじゃないけど、……知ってる人。っていうか、マスター知らないの?」

 言われてみても、マスターには全く覚えが無い。

 アニーのほうは何か心当たりがあったようで、少々無遠慮に男の顔を見た。

「あっ!闘技場の……!」

「そう。ジュデントーナメントのランキングで2年連続年間次席にランクした実力派の剣士ステフォンです。……稼ぎ良いのに、何でこんな寂れた店に」

「余計なお世話だよ」

 マスターは聞き逃さない。

「僕は闘技場観戦とか行かないんだけど、そんなにすごい人なのかい?そんな風にはとても見えないんだけど」

「まあ、あの人は年間次席といってもちょっとアレなんだけど……」

 アルマリアはマスターに解説する。

 ここ、ジュデン国における最大の娯楽は、闘技場で行われるジュデントーナメントと呼ばれる剣闘試合だ。1年を通してほぼ毎日カードが組まれており、参加選手は成績によってポイントを得ていく。年の終わりには年間獲得ポイントの上位16傑がプレイオフトーナメントを戦い、年間主席を争う。

「うん、それくらいは僕でも知ってるな」

 マスターがアルマリアの解説の途中に相槌代わりに口を開く。ジュデントーナメントに興味が無いマスターでもこれくらいのことは知っているのだ。まさにジュデン国民に根づいている競技といえる。

「まあ、そうでしょうね。で、あのステフォンって男のことなんだけど……」

 彼はジュデントーナメントに参加する剣士の中でも最も名の知れた一人だ。とはいえ、それは年間次席にランクされる実力ゆえではない。いや、実力は確かなもので、剣技だけをみればジュデン国でも最高の技を持つ剣士といえるだろう。

そんな彼だが、致命的な弱点があった。

 大舞台というやつに極端に弱いのだ。

 トーナメントではまず決勝まで残るが、たいてい顔が青ざめてふらふらになり、振るう剣もどこかおどおどしている。昨年のプレイオフは特に悲惨だった。弱々しいながらも何とか決勝まで勝ち上がったものの(精神力の伴わない、純粋な技だけで3人を凌駕したところ、彼の剣技だけがずば抜けていることが伺える)、決勝では青ざめて汗だくになった上に大声援にびびって体を震わせ、挙句の果てに相手と剣を交わす前に勝手に剣を取り落とし、あっさり敗れさってしまった。

 ジュデンにおける彼は、若くして卓越した剣の技を持つ凄腕剣士としてではなく、蚤の心臓という不名誉なあだ名で有名なのだ。

「ってなわけで、普段闘技場で見かけても大体あんな感じっスね」

 ふ~ん。マスターは興味半分といった感じでその話を聞いていた。当のステフォンは、エルドラッドが運んできた軽いエールでちびちびやっている。その姿からも、しょぼくれオーラが発散している。

 それを見てアルマリアが、

「しけた顔してるわ、まったく」

「まあ、それでもジュデントーナメントの16傑なんだから、右向けばキャー。左向いてもキャー。女の子には不自由しないでしょ」

 あたしはそんなに安くないけどね。アニーが冗談じみて話す。

「そんでそのうちの一人と今夜逢引、と。この店なら絶好の潜伏先だもんね」

「まあ、そういう使われ方してるけどね、ウチ。別にいいけどさ」

 日の本で堂々と会えない人たちの待ち合わせスポット、酒場とぅるーらぶ。まさに知る人ぞ知る、といった感じだ。

 アニーが思い付きを口に出す。

「アルマリア。闘技場仲間なんだし、挨拶でもしてきたら?」

 愛しのアニーの提案だが、アルマリアは渋い顔。

「や~ですよぅ。別に仲間じゃないですし。話したことないし、試合で当たったことだってないし。……だいたい蚤だチキンだオケラだっつったって、結局あたしなんかとじゃぜんぜん格が違う有名人だし。ってか格上だからタメなのになんかへこへこしちゃったりしそうで、なんかそんなのすっげ、癪だし……ですし」

 あーだこーだ言ってるけど、その実「単にイヤ」なだけなのだ、この女は。アニーはそう思った。人見知りで、その上変にプライドの高い女なのだ。

「馬鹿だな、マリーちゃん。話したこと無いから話さないってんなら、誰とも話せないままなんだよ。たまたまこんな僻地で一緒になったんだから、いい機会じゃん」

「僻地っていうのはひどいな、アニー」

 マスターが苦笑して異を唱えるが、アルマリアとアニーはとりあえずそれを流す。まあ、ジュデン王都の中ではこの場所も僻地といって差し支えないと言えるかもしれないが。

 ステフォンは自分の正面の壁にかけられている時計を見て、椅子から立ち上がった。

「ほら、もう行っちゃうみたいよ。マリーちゃん、早く行きなさいな」

アニーがアルマリアの背中を押す。

「い、いいですってば……やめてやめて押さないでマジで~……」

 マスターは、端から見てるとステフォンのファンの女の子ふたりがサイン貰ってきなよヤダ~恥ずかしいモンとか言って押し合い圧し合いしてる図に見えるなあと思った。

 結局、カウンターの前でステフォンと正面に向き合う形になったアルマリア。顔を引きつらせながら、何とか微笑んで、声をかける。

「こ、こんばんは……」

 突然のことに驚くでもなく、ステフォンはゆっくりと顔を上げる。

 間近で顔を見ると結構美形だな、とアルマリアは思った。それが彼に対する興味かどうかはまた別の話だが。

「闘技場でよくお見かけします。ええと、あの……」

「ああ、ありがとう」

 にこりともせずにそう言って、ステフォンは右腕を差し出してきた。アルマリアはついその手を握って、

「あっ、ども。ええと、がんばってくださいね」

 と、彼への応援のメッセージを送ってしまった。

 ステフォンは勘定を済ませ、店を出た。

 アニーはゆっくりと自分の席に着いた。

「……………………」

 マスターとアニーが苦笑いをしていた。アニーと逆隣の席にはエルドラッドが座っていて、顔がものすごく笑っていた。

「ア、アルマリア!それってファンよ、ファン!ぶははははは!」

 エルドラッドは今度は口に出して笑った。

アルマリアは立てかけていたレイピアをすらりと抜き、エルドラッドへ突きつける。それをアニーがあわてて圧しとどめる。

「マリーちゃん!どう、どう」

 羽交い絞めにして無理矢理椅子へ座らせようとする。アニーは炎の民の血を引いているので、普通の人間の女性より幾分か力が強い。しかしそれでもアルマリアを押さえつけることは出来なかった。アルマリアの興奮はなかなか収まらない。

「あんたにゃわかんねーだろよオカマ!タメにあんなすげーヤツがいる気持ちが!どうせあたしが剣闘やってんのもほどほどに遊び程度にやってると思ってんだろ!あんなヤツ、ステフォンなんかいつかぶっ倒してやろーと思ってんだよ!こっちは!」

 闘技場にいても、女がいるのを見て「どうせ遊びでやってんだろ」といったようなことをいつも言われる。そのたびにむかむかした気持ちになる。アルマリアは理想に腕が追いついていないが、剣に関しては誰よりも本気だった。そして、高みにいるつもりになって自分で何もしない、そのくせ言うことだけ言って冷笑するだけの奴等が大嫌いだった。そいつらは本気ではないからだ。

「なめてんじゃねーぞ、畜生……!」

 激昂するアルマリアの頭を、アニーが後ろからそっと抱いてやる。そうしてやると、アルマリアの肩から力がだんだんと抜けていった。

「ごめんアルマリア……面白半分で焚きつけたりして。あんたの言うこと、焦りもいらだちも、あたしわかるわ。あたしも似たような事、あるから」

「…………」

「あんたのそういう、すぐムキになるところ、好きだよ」

 アニーの言葉に、アルマリアは泣き出すのをこらえるのが精一杯で、返事をすることも出来なかった。

 エルドラッドは、ただそれを見ていることしか出来なかった。

店の時計はもう朝の2時近く。エルドラッドは店の掃除と片づけを終え、一息つこうと椅子に着く。

「ねえマスター」

「ん?」

「あたしって、本気で生きてないかな」

 さきほどの、アニーとアルマリアのことを考えての発言だ。

「アルマリアはアレで本気で剣に打ち込んでるし、アニーもピアノがんばってるし、マスターだってこの店を本当に大事に思ってるでしょ……」

「……」

「あたしには、何にもない。何もやっていないから、アルマリアやアニーのこと、同じ位置で話せないような気がするの。ねえ、どう思う?」

「そうだな……」

 マスターは自分より大きいグラスを磨きながらポツリポツリと話し始める。

「何かに本気で生きているヤツなんて、そんなには多くないよ」

「そんなものかしら」

「そう言ってやれば、君は楽だろう?」

「……どうも」

「でも半分は本当さ。この国は豊かで、豊かな環境だからこそ何かに打ち込む余裕ってヤツがある。だけど豊かさに余裕だけを得て、何かに本気でなくてもなんとなく生きていける。これはこれで、幸せなんじゃないかな」

「…………」

「でもさ、エルドラッドって」

「?」

 エルドラッドはマスターの言っていることがよくわからなかった。

 マスターが続ける。

「エルドラッドって、本気でオカマやってるんじゃないの?」

「……え?」

 思いもよらぬことをいわれて、エルドラッドは唖然とする。

「だってさ、オカマなんて相当な覚悟をしていないと、そんな姿で人前には出れないでしょ」

 さり気に何か酷い事を言った気もしないでもないマスターだったが、エルドラッドは気づいた様子も無かった。

「あたしが、本気?本気の、オカマ……。だって、あたしはなんとなくオカマやってるだけだし」

「じゃあエルドラッドはオカマに、なんとなく本気だったんだよ」

 マスターにそう言われて、アルマリアは衝撃を受けた。自分で思いもよらぬこと、そうとは思っていなかったこと、それが以外にも自分で本気だと今気づいたのだ。

「マスターって、すごいわね」

「そ、そう?」

 マスターはほとんど適当なことを並べたつもりだったのだが、アルマリアが感銘を受けたようなのでヨシとした。

「そうよ!マスター!ありがとう!」

 アルマリアはマスターを両手で持ち上げ子供にするように(人の子供に比べても小さいが)高い高いをした。

 次からは、彼女たちと肩を並べて話せるような気がした。あたしは本気にオカマをやっていると。