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 ジュデン王都の大通りを6本ばかり外れた寂れた通りにたたずむ一軒のこぢんまりとした酒場『とぅるーらぶ』。

外見から見てもわかるのだが、10人も入ればいっぱいの小さな酒場だ。しかしこの店に10人も入った記憶があるかと聞かれたら、マスターのヘンリクはニヒルに笑って誤魔化すしかないだろう。せいぜいなじみの客がみんな集まってもその半分より少し多いくらいだ。

そんな酒場『とぅるーらぶ』は、今日もがらがらなのであった。

「お客さん、こないわねえ」

 従業員のエルドラッドは高い声でカウンターにぼやく。カウンターには、ワインボトルの半分にも満たないほどの背丈しかない、小人族のマスターが座っている。

「何言ってるんだい。いつものことじゃない」

 いつものやり取り。

こんなに客が入らなくて経営は大丈夫かとたまに来る客に訊ねられるが、その心配だけはないのだ。酒場『とぅるーらぶ』は、昼間は大衆食堂『えっちゃん』の看板を立てていて、そちらのほうは客の入りが『とぅるーらぶ』よりずっと良いのである。昼も夜も働いて、何故そこまでして酒場にこだわるのか。エルドラッドは一度店長に尋ねてみたいと思っていたが、未だに聞けないでいた。

 店にはたまに外見愛らしい小人のマスター・ヘンリクを目当てにふらりと新規の客が入ったりするのだが、たいてい2度目はない。この店の常連は、なぜか変わり者ばかりなのだ。

 カランコロン。ドア鈴が来客を告げる。

「いらっしゃい……あ!アルマリアぁ~ん!いらっしゃい!」

 エルドラッドが高い猫なで声で客を招き入れる。アルマリアはエルドラッドのお気に入りの客なのだ。

「……ちょっと待て。これはあたしが変わり者ってことかい?」

「ん?何の話なの?」

 入ってくるなりおかしなことを言うこのアルマリアは、おんなだてらにジュデン剣闘トーナメントに参戦している女剣士なのだ。背中まで長く伸びた金髪をみつあみで結っている。腰にはスラリと長いレイピア。

 エルドラッドはこの凛々しいアルマリアにぞっこん☆Loveなのだ♪

「……何が☆で♪だ」

「うふふ。それじゃあ今日はサービスするわね☆」

 何がそれじゃあなのか。エルドラッドは浮かれポンチに騒ぐ。

「おいおい。アルマリアが来たときはいつもサービスじゃない」

 小人のマスターが突っ込む。しかしこの小人はそういうところに寛容だ。だから、エルドラッドみたいにちょっと特殊な店員も雇っている。

 エルドラッドはすざささっと手際よく紹興酒のボトルとグラス、作りおきの簡単な肉料理をトレイに載せてアルマリアのテーブルに運ぶ。

「いつものでいいのよね」

「持ってきてから聞くんじゃないよ」

 アルマリアは口が悪い。闘技場で男たちに囲まれているから自然とそうなったのかもしれない。口を開けばボケだのカスだの×××だの×()×だの挙句の果てには×♂×××♀×だのといったような純情可憐なヲトメであれば泣いて逃げ出すような下品な言葉を平気で吐くような女だ。

「でも結局それでいいのね」

「うっせーな。さっさとあたしの視界から消え去れよ」

「ううん、いけず。あたしの気持ち、知ってるくせに」

 アルマリアの前でくねくねと腰をくねらせしなを作るエルドラッド。アルマリアは心底鬱陶しそうだ。

 短気な彼女はすぐキレた。

「邪魔クセーな!オメーのツラはあたしの精神衛生によくねーんだよ!このオカマ!」

 

 

 そんな完全無欠のオカマに口の悪いおんなががなりたてる。

「大体オカマだったらオカマらしくあたしみたいな女じゃなくて男を追っかけろよ!男を!」

「何言ってんのよ。それじゃあゲイじゃない。変態だわ」

「オカマもゲイもどっちも変わんねえよ!変態が服着て歩いてるバケモノのくせにいらねえ反論するんじゃねえよ!」

 ったく。アルマリアは紹興酒のグラスをぐいとあおる。

 アルマリアが何故このバケモノに好かれるようになったかというと、ある日、店でこのバケモノことエルドラッドに絡む物好きなヤツ(ある意味スキモノというべきか。特殊な嗜好をしたやつだった)があって、見かねたアルマリアが自分の精神衛生とその日の試合で負けたうっふんうっぷん晴らしのためにその男を斬って突いて叩いて張って店から追ん出したのだ。

 それ以来、エルドラッドはアルマリアにべったりホの字なのである。今やアルマリアは何でこんなやつ助けちまったんだろうと悔いる毎日。

 だったらこんな店出入りしなきゃいいのに。だけど人にはそれぞれ都合や事情っていう奴が存在しているわけで、それは口の悪い(口の悪さは関係ない)彼女だって例外ではないわけで。

 カランコロン。ドア鈴が鳴る。

「こんちゃ~」

「いらっしゃい」

 入ってきたのは炎の民と思しき赤い長髪と長身を持つ女性だった。この店では馴染みの客で、名はアニーという。

 アニーはカウンターに腰掛け、頬杖ついて小人のマスターに挨拶をする。

「やっほーマスター、今日もプリティだね」

「おいおいそりゃないなあ。これでも今年で132歳なんだぜ?年長者は敬いなさいね」

 そう言って笑いながら、マスターは自分の体と同じくらいのワイングラスを抱えてアニーに差し出す。アニーはありがとといって受け取り、エルドラッドが運んできたワインを自分で注ぐ。

「今日はお店休みだっけ?」

 カウンターに腰掛けたマスターがアニーに話しかける。

「うん」

 アニーは別の酒場でピアノ奏者をしている。たまの休みの日には何を気に入ったのかこの店で飲んでいる。「休みの日ってあんまり店の人に会いたくないんだよね」というのが彼女の弁。確かにこの店なら知り合い同士で鉢合わせることなんてことはないだろうねとマスターは苦笑したが、どんな理由であれここが気に入ってくれているのなら悪い気はしないな、とマスターは思っていた。

 マスターと談笑していたアニーがふっと右を向くと、

「……わっ?」

 いつの間にやら、そこにはテーブルに座っていたはずのアルマリアがグラスと皿を持ってそこに座っていた。

「あっ!アニーさん。奇遇ですねっ」

 アルマリアはエルドラッドに対するものとは違う、完璧な発情期の猫なで声でアニーに話しかける。

「ああ、アルマリアじゃない。最近調子どう?」

「う~ん。最近負けが込んでて……」

「そっか。まあ男たちに負けずがんばりなね」

 ふたりはこの店で知り合った顔なじみである。とはいっても、この店で落ち合う以外でふたりが顔を合わせることはない。アニーの話も穿った見方をすればほとんど社交辞令とかそういった類の言葉ばかりを選んでいるようにも見える。それがマスターの感想だった。

 女ふたりだけで盛り上がっているのが面白くないオカマのエルドラッドはオカマの図々しさで(偏見)ふたりの会話に割って入る。

「あ~らぁアニーちゃん。あたしには挨拶ないの?」

「うわ~。いやな絡み方だねえ、えっちゃん。それって学校のいやな先輩みたいだよ」

アニーは笑ってエルドラッドの頬にちゅーしてやる。ちなみにえっちゃんとはエルドラッドの愛称である。

それをみていたアルマリアはすこぶる厭そうな顔をした。

「ちょっとエルドラッドさん。アニーさんとはあたしが話してるんですから」

といってアルマリアはアニーの右の腕をぐいっと引っ張る。アルマリアはアニーと話す時だけ、おんなのこ口調だ。エルドラッドさん、だって。

「なによお。あたしにだってアニーちゃんと話す権利はあるでしょ」

エルドラッドはアニーの左の腕を引っ張る。これも全て、アルマリアの気を引くため。

「あっは~。モテる女はつらいねえっていうかいたいいたいいたいってばまじでまじで」

「あ、ごめんなさい!」

 アルマリアはあわてて腕を話す。アニーはそのままエルドラッドのほうに抱き寄せられる形になる。アニーは顔は笑いながらも冷や汗たらり。

「ちょっとエルドラッド!アニーさんを離してよ」

 アルマリアにそう言われるとつい意地悪しちゃいたくなるエルドラッドは、ちょっとだけぎゅっとアニーを抱きしめてやる。

「あんたはぁっ!」

 さらに激昂するアルマリア。

 そんな彼女にエルドラッドは、決定的に状況を打ち崩す一言を言ってしまったのだ。

「なによアルマリア。アンタ、アニーちゃんのこと好きなんじゃない」

 その一言で、アルマリアは口を半開きにして驚いて、顔を真っ赤にしてゆっくりとあごを引くように俯いてしまった。

 まるっきり、図星だった。馬鹿なエルドラッドにも、自分の失言には気づいた。

 永い永い沈黙が、狭い店の中を支配した。

 アルマリアもエルドラッドもアニーもマスターも、誰一人永い間口を開かず止まっていた。

 沈黙を破ったのは、アニーだった。

「あはは……嬉しいな、なんか……って、何言ってんだろうね。でもごめんね。あたし、彼氏いるし……」

「あ、はい……」

 アルマリアは泣きそうな顔で返事だけを返した。

 エルドラッドとアルマリアは失恋した。

 めちゃめちゃ雰囲気が悪かった。

その後はアニーと全く動揺のそぶりを見せないマスターが二人で世間話をし、時折ふたりでアルマリアに話を振ったりした。アルマリアは必死で自分を律して無理に笑おうとしていたが、その試みは上手くいっているとは言いがたかった。笑っていながらも、常に泣きそうだった。

そんな感じで、いつの間にか席はお開きになった。

エルドラッドは太い腕でぐわっしゅぐわっしゅと床をモップ掛けしている。時計は朝の2時。

「エルドラッド、もうあがっていいよ」

 カウンターの奥からマスターのくぐもった声が聞こえる。カウンターの影にいるのだろう。小さすぎて姿は見えない。エルドラッドは返事もせずに仕事の手を納める。

「エルドラッド?」

「マスターは、何で酒場を続けてるの?」

 エルドラッドは常々聴いてみたいと思っていたことをマスターに聞いてみた。

「なんで、か……」

 マスターはカウンターからぶら下げている小人用縄梯子をよじ登り、カウンターの上に登る。

「人がつっこけるのが面白いんだ」

「……は?」

 マスターは自分の小人用のグラスのほかにもうひとつ、人間用のグラスに赤ワインをなみなみと注いでエルドラッドに差し出した。

「人間は大きい。いや、単に僕たち小人族が小さいだけなのかもしれないが、僕らからしてみれば、人間なんてヤツは途方もなく大きい。そんな人間たちが、酒を飲むと右に左にふらふら歩いて、最後にはつっこけるんだよ?それを眺めているだけでも楽しいね」

「冗談みたいな話ね」

「まあ、半分冗談なんだけど」

 半分本当かよ。

 マスターは自分のグラスをぐいと傾け、赤い液体を流し込む。

「人間の営みとか、輪とか、そういうものに混ざってみたかったのさ。いや、営みとかよりもっと深いところ。酒が入ったときの、人間の素面を見ていると、その人が僕に心を許してくれたような気がするんだ。そうやって人間に混ざって、やがて自分も人間みたいに……」

 ばた。

 話半ばで、マスターはその場に倒れこむ。寝に入った。

 マスターはそれほど酒に強くないのだ。

 エルドラッドはグラスの赤ワインを一口にあおり、手のひらにマスターを乗せ、店の二階にあるマスターの自室に運ぶ。人間用のつくりの部屋を改造した、小人の家としてはかなりの広さがある部屋。その部屋の真ん中にあるテーブルの上に乗っている犬小屋のような家の屋根をぱかっとあけると、その中に少女が遊ぶお人形用のおもちゃのベッドがある。そこに、マスターの体をそっと横たえる。

 エルドラッドは店に戻り、帰り仕度をして店を閉める。

「人間の輪の中、かあ」

 マスターの中に人間への憧れなんてものがあったなんてエルドラッドには想像もつかなかった。彼は体が小さいながらもどんな人間よりも堂々としていた。

 彼の心の内を知ったエルドラッドは、出来る限り彼の理想に手を貸してあげていと考えていた。

 失恋した。アルマリアはもう店には来ないだろう。もしかしたらアニーも。明日からは少し仕事への張りを失うかもしれない。

でもがんばろう。すっぱりと患部を切ったこの心の傷はもう広がらない。

たかが恋。明日からまた強く正しく図々しく生きていこう。ジュデンの夜の空に誓うエルドラッドであった。