※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 黒い編み上げブーツが踏むかつかつという音、大きく膨れ広がった裾、ラクドニア国独特の民族衣装に、袴と呼ばれるこれまた風変わりな衣装のたてるさしゅ、さしゅ、という衣擦れの音。腰に挿した細身で肉厚の刃を、黒い鉄拵えの鞘から抜き放つ音――

 白刃一閃、天にまっすぐ伸びた竹は横一文字の斬れ目から真っ二つになり、上の身が滑り落ちた。

「御見事です」

 横でそれを眺めていた眼つきの鋭い男が声をかける。大柄で、筋骨たくましい体はゆったりとした衣装に隠されているが、体から放たれる人を寄せ付けない威圧感は相当なものだ。

「ふう」

 刀を振るった男は布で刀身をぬぐうと、刀を鞘に収めた。こちらは横で見ていた男と違い、細身の優男風。背丈はそう変わらないが、脂肪も、筋肉ですらも無駄なものは削ぎ落としたという感じの、より絞られた体であると知れた。

 広い木造の屋敷の庭で、二人の男が肩を並べる。共に真っ赤に焼けた長髪とスラリと長い手足をもっていた。2人とも炎の民の出だ。

小さい島国であるラクドニア島は炎の民の故郷のひとつである。その昔、炎の民は神の手によってこの島に閉じ込められたという言い伝えがある。ラクドニア島の民の約半数は炎の民であり、百数十年前に興った、現ラクドニア国の前身である小さな国の建国王も、炎の民であったと伝えられている。現在、ラクドニアに起こった諸王国は全て統治され、人間の王が国を治めている。

 もっとも、人間の話ではラクドニア建国王は人間だったと伝えられているが。

「ハセクラさん」

 屋敷の奥から、まだ歳若い男の声が聞こえる。まだ声変わりが始まるか始まらないかの幼い声。

「どうしたんだい?スズキ」

 ハセクラ――細身の男――が応える。

「あの、城から遣いが来て、ハセクラさんに出頭するようにと…」

「へえ、珍しいな。わかりました。支度をしましょう。スオウくんはどうしますか?」

 ハセクラはスオウ――巨漢の男――に声をかけた。

「呼ばれていないのでしたら、ご迷惑でしょう」

「そんなことないでしょ。お目通ししておいて覚えがよくなったら得でしょう?」

「隠しておいたほうがよい場合もありますので」

 お道化て言うハセクラに対しても、スオウの表情は緩まない。

「そうかい。それじゃあ僕は行ってくるよ」

 ハセクラは編み上げのブーツの靴紐を緩め、脱いだブーツを持って屋敷の奥へ引っ込んだ。

城へ上がるときにだけ着る仕立てのいい紺色の着物の上に、革ごしらえの上着を肩から羽織る。腰に大小2本差し、足元はさきほどと同じ履き込まれた黒い編み上げのブーツ。脇には、小姓のスズキ。スズキもハセクラからもらった一張羅の着物を着込んでいる。ハセクラと並ぶとスズキはまるで子供のように小さい――いや、まちがいなく子供ではあるが。炎の民の出にしては小柄すぎる。

「ハセクラさん、お城ですか」

 小道具屋の店番をしていた、丸い黒めがねをかけた男が声をかけてくる。

「ええ。火薬屋さん、近々世話になるかもしれないね」

「へへぇ。勉強さしていただきます」

 小道具屋は揉み手で応える。

 ハセクラは手を振って別れた。

ハセクラ、スオウ、スズキ。

彼らはラクドニアに仕える、武士と呼ばれる者たちだ。貴族である騎士とは立場を異にする、平民出身の者だ。建国当時から人間と炎の民には階級差が自然と生まれた。そして、階級の下に位置する者の多くは炎の民だ。

炎の民の武士たちはいつの頃からか国のあちこちに自然発生した。最初は愚連隊のような連中だったが、やがて指導力のある者がそれらをまとめ上げ、1個の「武士団」と呼べるものを形成した。彼らは国のために剣を振るって貢献し(その多くは、集団からはぐれ、単なる野盗と化した武士の成れの果てたちの後始末だったが)、やがて国に迎え入れられるようになった。「人間と炎の民が等しい権限を得た」、というのが一般の認識だろう。だが、それは正しくはない。

国に迎え入れられたといっても、武士団の屯所は全て城外に置かれ、仕事の全ては城から伝えられるくだらない用事ばかり。結局のところ彼らは国に首根っこを掴まれて身動きできない状態になっている。

「ハセクラさん…」

 ハセクラの左後方から少し距離を開けてついてくるがスズキが、ハセクラに声をかける。ハセクラは前を向いたままそれに応える。

「どうしたんだい?」

「あの、スオウさんの事なんですけど…」

 ハセクラはスズキの顔を見ただけでそれで大体の話を察した。

スオウは有能な男だが、人に媚を売ったり愛想を振りまいたりということをしない。このスズキも、スオウにはあまり懐かない。

案の定、スズキの話はそういうものだった。

「ハセクラさんは何でスオウさんみたいなのを下に置いとるんですか」

「みたいなの、ね」……スオウは優秀な男だよ」

「わかっとります。だからこそ余計にです」

「どういうことかな?」

「…うちに通う若い連中はみんな言うとります。『スオウさんはハセクラさんの首獲って、後釜に坐る気じゃ』って…」

 それを聞いたとたん、ハセクラの肩がびくりと弾ける。左手は、太刀の鞘に添えられる。スズキは、その動きに身を強張らせる。

 が、それも一瞬のこと。ハセクラはすぐに平静を取り戻した。スズキの顔は汗で濡れている。

「軽口は構いません。だが、当人の聞こえないところでなさい」

 スズキは声を出そうにも、声がかれてしまったかのように、声を絞り出すことも出来なかった。

「しかし、下の者もよくわかっている」

 その、ハセクラの言葉の意味するところは、スズキにはわからなかった。

「僕の首を獲ることが出来る者がいるとしたら、彼のほかにはいないだろうからね……」

「…………」

「さて、城への道すがら、彼と僕の昔話でもしましょうか」

 

 

 同じ地区で育ったハセクラとスオウは鏡に映したように似ていた。勉学に優れ、膂力のよいところもいっしょ、今でこそ体格に差が出てきたものの、同じように体も大きかった。ただひとつ、違ったものがあったとすれば、それは笑顔。たった一つの違いだが、そのたった一つが決定的になった。

 ハセクラの周りには人が集まった。今の立場の差も、それだけだ。

「むしろ彼より、僕のほうが酷薄なのにね」

 というのはハセクラの独白。ハセクラはスオウの情に厚い人柄を知っていたが、それを彼に言うことはしなかったし、周りの連中はハセクラしか見ていなかった。

 スオウは、ことあるごとにハセクラと張り合った。そして、いつも互角の仕合いを繰り広げる。学問であったならばその場で決着がつくがかもしくは黙っていh気わけで終わらせられたが、木刀での剣術仕合いとなるともう、誰かが止めに入らないことには収まらないほど白熱した。野次馬がハセクラに歓声を送ればハセクラはそれに応えようと奮戦するし、スオウも彼独持の反骨精神でさらに張り合う。剣に対して負けず嫌いなところもそっくりで、お互い生傷が絶えなかった。

 だが、仕合いが終わると、みんな決まってハセクラの下に集まった。

13になると、ハセクラは武士団に入った。武士団の中でもそれなりの地位にあった者が、彼のことをとかく気に入っていたのだ。

面白くないのはスオウだ。彼はハセクラの武士団入りを快く思っていなかった。自分のほうが上回っているとは言わない。だが、劣っているとも言わない。その頃のスオウは、社会性がひとつの能力だということを信じていなかったのだ。

スオウはいつものようにハセクラを河原のそばの野っぱらに呼び出し、剣の仕合いをした。ただ、そのときに用いたのは木刀ではなく、真剣で。

人を斬ることが出来る刃で打ち合った二人は、とにかく目茶目茶にやった。木刀で打ち合ったときのような綺麗な型はどちらにも見られなかった。太刀の重さのせいでいつものように振り切れず、危なっかしい相手の刃をかわそうとしてみっともなく尻餅をついて。何度も何度も刃を合わせ、刀はぼろぼろになった。「折れず、曲がらず、切れ味鋭く」といわれたラクドニアの太刀二本は、ボロボロのなまくらになった。

最後には太刀の重さに負け、二人ともそのまま寝そべった。

 最後の勝負はそんな感じだった。そして、その時ハセクラが言った言葉といえば――

「スオウ、僕の下につけよ」

だった。

「あ?」

 スオウは、これ以上ないくらいのしかめ面でハセクラを睨み付けた。が、ハセクラはそれにひるまず続けた。

「僕の下につけよ。おまえが横にいれば助かる」

「ふざけろよ……」

「お前が僕を助けてくれれば、一緒に出世させてやる。」

「…………」

「お天道様はふたついらない。お前には、月のほうが似合ってるよ」

 月のほうが似合っているという言葉は、やけにしっくりとスオウの心に染み入った。

 その後、ハセクラは武士団に頭を下げに行き、スオウを一緒に入れるように頼み込んだ。

 それから15年。ハセクラは武士団一番隊屯所所長にして武士団総括、スオウは副長。彼らは武士団の旗頭になった。

 御伽噺のように、出来すぎた話。

「確かに、ふざけろよって話だな…本当によ」

 月夜の晩。

猪口に酒を満たす。わらで編んだ畳敷きの床に寝そべる。木の枠組みに紙を貼った障子戸は、冬の寒空にも関わらず開け放たれている。白い雪が、ポツリポツリと控えめに舞い散る。冬の寒さと雪は炎の民への罰と言う者が在るが、何を言う、これほど風流なものが他にあるだろうか。なにせ、こんな綺麗なものが、街で一番背の高い木よりも遙か上、遙か高い高い天空から落ちてくるのだ。寒さを受け入れるだけの価値はある、周防はそう思っている。

 スオウはぐいと猪口のなかの酒を飲み干すと、彼の脇に坐った女が空になった猪口をすぐに満たす。スオウが店で贔屓にしているアケノという女だ。スオウと同じ赤い髪の、炎の民。

「月が、太陽になりたいとなんて考えること、あると思うか?」

 その彼女に、スオウは呟きかける。

「なあに、なにかの御伽話やの?」

「いや、気にするな」

 アケノは優しい顔をしてふふ、と小さく笑う。

「そうやねぇ。でも、お月さんがお天道さんにならはったらウチ、困ってまうわ。家が百姓やから」 

 彼女は口減らしのために遊郭に売りに出された口だが、家族に対する愛情は未だに持っている。愛情というよりは未練かもしれないが。

「お月さんやと明かりが足らへん。お天道さんに変わるなんて、分をわきまえなあかん」

「……月は無くてもいいか?」

「そないなことあらへん。いっつもお天道さんに見張られてたら、ウチらみたいなおんなは後ろめたくって表を歩かれへん。お月さんくらいがちょうどええ……」

 アケノが擦り寄る。

「ハセクラはんのことなんて気にせんとき。人には天分がある。アンタは夜道を照らす月でええ。夜に出歩く者もある。ウチらみたいな少しの人を照らすだけでええやないの…」

 確かに、ふざけろよ、だった。

 明けて翌日。

「というわけで、常々話題に上っていた組織“丙の13号”のヤサが割れたので、明日の夜、闇に乗じて襲撃をかけようと思います」

 ハセクラはまるでたいしたことではないようにさらりと言う。

しかし、一番隊屯所に詰める二十数名の武士たちは内容を聞いてざわめく。

「わくわくしている人、不安な人もいるかと思います。今夜は景気づけがてら、うちの詰め所で宴会をしますので、漏れなくご参加ください」

 小さく歓声が上がる。

 その後、彼らは解散し、道場で剣の稽古をする者、屋敷の掃除をする者、早くから刀を研ぐ者、皆、思い思いに過ごした。

ハセクラとスオウは居間に引っ込み、二人で茶をスズキの淹れた茶を飲んでいた。

「どうしたんだい、スズキくん」

「いえ……」

 青ざめた、とまではいかないが、なんとなく浮かない顔をしている。

「……襲撃するってことは、やっぱり連中、殺さなきゃいけないんですよね……」

 スズキが口を開いた。

「そりゃあ、そうです。相手はテロリストですからね。やらねば、やられるのはこちらです」

 丙の13号なる組織は、人間と炎の民の種族間の隔たりの解放を謳っては国の機関がある場所に爆弾を仕掛けて回るテロ集団だ。主張するだけして、後は人を斬り、爆弾に火をつけるだけ。主張は単なる建前だけ。本来の目的は単なる破壊衝動の主張のないテロ。国内ではそう見られている。

「それはそうですが――俺、殺しは……」

 それを聞いて、スオウが冷たく言い放つ。

「じゃあ、おめえは何でここにいる?」

「なんでって……」

「ここはなぁ、国の御用聞きで人も殺すし便所掃除もする。テロが邪魔だったら殺す。そういうところだって知らないでいるわけじゃねえだろう?」

 スズキが押し黙る。

「あらら、スオウくんはいいことしか言ってないねぇ。僕の面倒を片付けるのが仕事の癖に、ぼくにスズキに嫌われろと」

ハセクラが苦笑いを浮かべる。

「まあ、スオウくんの言うことは建前だね。ほんとのところは、僕らは国からの仕事はある程度選別する。利害が一致したときにだけ、動く。便所掃除なんてつっぱねちゃうね。僕らは僕らの代にそれだけの力をつけたんだから」

 ハセクラのどこか飄々とした顔は全く崩れない。スオウの仏頂面も同様だが。

「その利害というやつだけど、要するに炎の民と人間が融和するなんてことは、僕らも城の連中も望んでいない。僕らは僕らの、炎の民の尊厳を守るために、城の上の方、人間たちは自分らのカス程度の利益を炎の民に享受させないために。丙の13号は邪魔臭い」

 スズキは言葉もない。

 スオウが口を開く。

「坊主、教えといてやる。ラクドニア島は炎の民の国だ。そして、炎の民はいるだけで戦の煙を生み出す火種だ。ラクドニア島の戦の火が絶えないのも全ては俺らがいるためよ。阿呆海賊の王様が絶えず兵を送り続けるのも、炎の民の魔に魅入られて狂っちまったからよ。火がついちまったのさ、大陸の王さまも、うちのお姫さんも」

 結局のところ、この二人は同類で、しかも二人揃えば恐らく敵はいない。怖い二人だった。

「さて、それでは……」

 ハセクラが場の緊張を取り払うように、ひょうきんな声で和ませようとする。

「スズキにはスオウくんと一緒に火薬屋までお使いに行ってもらおうかな」

「は、はい」

 声だけは元気よく返事をするスズキの脇で、ハセクラが紙にすらすらとペンを走らせる。

「とりあえずこれだけ。支払いは後でね」

「はい」

 立ち上がって部屋を出ようとしたとき、スオウに声をかけられる。

「結構な荷物だからな。新入りのフセとショウジも呼べ」

「……はい」

 それだけで、スズキは今度こそ本当に部屋を出た。

 スオウはスズキとフセ、ショウジを伴い、大八車を牽いて“火薬屋”を尋ねた。火薬屋は武士団の武具整備の用聞きを任されている、いわば武士団のお抱えだ。狼煙や煙幕なども用意する。わざわざスオウが出向いたのは、品の受け取りに幹部級の署名が必要だからだ。そうでなければ国から支払いを受けられないのである。

「へえ。預かっておりました刀剣と鎧の整備も済んでおりやす」

 丸い黒めがねをかけた小太りの店主が受領伝票をスオウに渡す。荷物はフセとショウジが積み込んでいる。

「で、昨日の城の件ですか?」

 黒めがねの質問にスオウが何も応えないので、スズキが応えた。

「うん。丙の13号のヤサが割れたんで、明日の晩に……」

「べらべら喋ってんじゃねえ、馬鹿」

 スオウがスズキの額をぐいと押しやる。

「ぶるる。物騒な話ですねえ……うちの近所じゃないでしょうねぇ?」

 スオウは店主の話は聞かず、店の工房の奥、襖の脇からわずかに顔を覗かせる大きな筒に目をやる。

「……あまりろくでもないもんはこっそり作れ。城に睨まれる」

 店主はスオウの視線の先を追いかけて、あわてて襖を閉めてそこにあったものを隠し、苦笑いをした。

この男は暇なときにこっそりと怪しげなからくりをこしらえて遊んでいる。今のところ武士団の邪魔にならないところで遊んでいるので、ていよく放って置かれている。

「……だからよ、黒めがねさん。怪我したくなきゃ明日の晩は家で機械いじりして遊んでるんだね」

 最後にスズキがそれだけ言って、スオウ以下4人は屯所へ引き返した。黒めがねは彼ら一人一人に頭を下げ、そのまま彼らの後姿を眺めたのち、店に引っ込んだ。

一番隊屯所の中で宴会場と呼ばれる大部屋がある。80人は入れる部屋の中央には、これから酒宴が催されるというのに酒も料理も、卓すらもない。

決められた時刻に近くなるとぞろぞろと人が集まってくるが、その閑散とした様子に皆、首を傾げる。なかにはすでに酔っていた者もあった。

「おいおい。ちゃんと手配しとらんかったんか?手際が悪いのう」

 すでに出来上がっている髭を生やした大柄の男が大声で喚く。

 それからもぞろぞろと所員が集まり、最後にハセクラがスオウとスズキを伴って入ってきた。それで全員が静寂し、所長の言葉を待った。

 ハセクラは宴会場の真ん中に立ち、所員たちに告げた。

「緊急のことで誠に恐縮なのですが、今日の酒宴は延期といたします」

 所員たちがざわつく。それには構わずハセクラが続ける。

「代わりといっちゃあなんですが、これから丙の13号のヤサで血宴といきましょう」

 その言葉で、ハセクラとスオウを除いただれもが驚いた。

「所長、どういうことですか!?」

 所員のうちの一人、歳若い男がハセクラに質問した。

「何のことはないですよ。こういうことは早く済ましてしまえばそれに越したことはないでしょう?」

 所員たちのざわめきは止まらない。

「まさかよ、お前ら緊急に対する備えをしてねえ、ってわけじゃあねえだろう?」

 スオウがどすの聞いた声で全員に告げる。

 それから数瞬、場が沈黙したが、やがて所員の一人が大声で笑った。

「がはは!そしたら、今晩片付けたら、明日は朝から宴会ってことでどうじゃろう?所長」

 酔って屯所に入ってきた者の一人が、大声で笑いながらそういった。

「なるほどねえ。じゃあ、そうしましょうか。明日は朝から晩まで呑みましょう」

 ハセクラの宣言に、所員の気勢が一気に上がる。

「今から半刻後には発ちますので、皆さん支度にかかってください」

 

20余人の武士団一番隊隊員で4人ずつの5班を形成し、分散して移動、目的の場所へ集合する。そろいの胴甲冑に黒の袴。陣笠と、腰には2本。月は雲に隠れ、彼らを闇に包む。ぱらぱらと降る雪は、積もるにいたらない。

都のはずれにある炎の神の大きな寺社。そこが丙の13号の集会場ということだ。

今夜の血の宴の会場であった。

寺社の石段の下。隊員は全員集まった。明かりを焚いてくる間抜けなどはもちろんいない。

「さあて。ここからは早い者勝ちです。それでは…」

 ハセクラが刀を抜き放ち、石段を登る。わずかに洩れた月明かりに白刃がきらりと光る。それを合図に全員が石段を登り始める。

 一番に頂上に上がったのはハセクラ。続いてスオウ。

「まだ僕に張り合う気があるみたいですね」

「恐れながら」

 二人は併走しながら寺社の引き戸を蹴破る。

 中では、4人の炎の民と人間がいくつもの箱になにやら詰める作業をしていた。

 ハセクラの剣閃が光る。問答無用の剣は目の前に炎の民を袈裟がけに斬りつける。ほぼ同時にスオウの剣が閃き、真一文字の剣が人間の腹を裂く。間もなく死体になるふたつの体は、自分たちの作った血だまりに倒れる。 

 残りの二人は絶叫して腰を抜かす。ハセクラもスオウも、刀を振るって一人目の血と脂を飛ばす余裕すらあった。

 そのあいだに、別の隊員がなだれ込んできた。同時に、何事かと言う声といくつかの足音が聞こえた。

 やってきた者も全て切り伏せる。そして、奥へ奥へ。

 寺にしては不相応に広い建物の、奥の奥の部屋。ハセクラは一人でやってきた。

 そこには、見知った顔があった。

「火薬屋さん……」

 いつもかけている黒めがねを額に引っ掛けた見慣れない様だったが、そこにいたのは紛れもなく火薬屋の黒めがねだった。体ほどもある大きな葛篭を抱きかかえたその顔は、恐怖で引きつっている。

「なんで……、襲撃は明日じゃあ……」

「日ごろからこっそりやれと言ってたでしょう?僕も、スオウくんも」

 ハセクラの酷薄な笑み。

「それに、なんだかんだで僕らのところには下手な細工はしなかったからね、あなたは。僕とスオウくんにもいくばくかの情があったから放っておいたけど、下の者に『あの火薬屋、芝居の下手な男ですな』なんていわれたら捨て置けんでしょう、ねえ」

「……知ってたんですか?」

 ハセクラが上段に構える。

「最近、仕事が雑ですからね。仕事相手を変えようかと思ってまして」

 ハセクラの足が動く――

「!?」

 ハセクラは右の背と腹に熱いものを感じた。痛みの源を見ると、そこから鈍色の刃が突き通っていた。

 ハセクラが振り返るとそこには――

「スズキ……くん?」

 小姓のスズキが、ハセクラに体を預けていた。手には、脇差がしっかと握られていた。刃が、ぶるぶると震えていた。

ハセクラの振り向きざまの一刀で、スズキの首が飛んだ。

 その首に一瞥もせず、ハセクラは黒めがねに向き直った。黒めがねは、葛篭からなにやら茶筒大の筒を取り出し、それから延びる紐に火打石で火をつけた。

 ハセクラは火薬の灼ける匂いに反応し、黒めがねのそばにすばやく走りよった。

 彼の刀が黒めがねの頭を割る寸前、筒が弾けた。

 目が覚めると、視界に入ってきたのはスオウの顔。彼の口が開口一番、何を言ったかと思えば…

「ざまあねえな…」

 長年の戦友に対する言葉としては、手酷いものだ。

「……スオウくん、僕ら、スズキに騙されてたみたいだよ……」

 そういうと、スオウは横のほうに視線をやる。ここは、さきほどまで戦っていた寺社だ。彼の視線の先には、スズキの屍骸があるのだろう。

「……たいした役者だよねえ」

「そうかもな」

 スオウはゆっくりとハセクラに向き直る。

「そういえばねえ、スズキが言ってたよ。スオウが僕を殺すんじゃないかって。殺して、僕の後釜に坐るって」

「…………」

「でも、いいんだ。スオウもお天道様だから…」

「殺して欲しいか?」

 スオウが腰の刀に手をかける。

「やれるもんならやってみなよ」

 もう何も言わず、スオウは何のためらいもなく、刀をハセクラの首に振り下ろした。

血も吹き出さなかった。

どてっぱらに大穴が開いていたら、もう助かるはずはなかった。

幸いにも、体を離れて転がった首は綺麗だった。

スオウは、体を失った首に話しかける。

「俺じゃあ、太陽をやるにはもう足りねえのを知ってんだ。光が足りねえんだよ……」

 かつては太陽だった片割れは、一番の高みで輝くことを忘れ、月に堕ちてしまったのだ。

 お天道様が隠れた夜。月もまた、どこかに姿を消した。