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東の大陸の、その北東に位置する島国ラクドニア国。四方を囲む海から得る多様な海産物と、恵まれた肥沃な土地がもたらす農作物。自然がもたらす大いなる恵みは大陸諸王国の羨望を受けてやまない。

神に寵愛されたラクドニアの地――だが同時に、ラクドニアの地には戦が絶えることがなかった。現ラクドニア国として統治される以前は、そう広くないラクドニアの領土を占有せしめんと、いくつもの小国がひしめきあい、覇権を争った。ひとつ消えてはふたつ現れ、ふたつが統治されるとそれはまたみっつに分かれ……その戦は本当に永い間繰り替えされた。50年ほど前に国が現ラクドニア国として統治されると、今度はトアル大陸のある国から攻め込まれた。その戦争が和平という形で、終結を迎えたかと思えば、今度は再び内紛の火が燃えた。

そして現在に至る。

――ラクドニアは他国からの侵略を受けていた。

「姫、姫!」

 一人の歳若い騎士が、自国の姫を探してキャンプ中を走り回る。

「どうした?オリバー」

 槍を片手に警護番をしていたがっしりとした中年男が、その姿を見て声をかける。

「いつものごとく迷い姫の捜索か?」

「こっちにはこなかったか?」

「さあね。海っぺりの見張り台で遠くでも眺めてるんじゃねえのか?」

 オリバーと呼ばれた騎士はそれだけを聞いて海岸のほうへ走っていく。警護番の男はその彼の背中を破顔して見守る。

海を面した高い崖の上に聳え立つ見張り台。遠く海の向こうまで見渡せるほどの高い台は、腕っ節の強い戦士たちですら上ることを少しためらうほど背の高いやぐらだ。オリバーなどはこのやぐらを見るたびに身震いをするくらいだ。ここからでは、上にだれがいるかは分からない。

 オリバーはやぐらの足元からはるか上へ大声で叫ぶ。

「ひめ―――――――――!」

 といった声は、程なくしてやぐらのてっぺんの見張り台――台なんていう立派なものではない。あんなものは長い木のてっぺんにのっけた単なる板だ、とは見張り番を1日で辞したオリバーの談だ――にいる人物の耳にとどいた。

「なんですか―――――――?オリバ――――!」

 見張り台の上から少女の声が地上に届く。まだ手足が伸びきっていない、少女の声。

 オリバーたちが崇める“姫”の声。意中の人だと確信し、また叫ぶ。

「本陣に―――――っ!いてくれなきゃ―――――っ!困るでしょう――――――――――!早く降りてきてくださいよ――――――――――ッ!」

 櫓のてっぺんと下。お互い、大声での会話となる。そうしないと、二人の声は風にさらわれてしまうのだ。

「い―――――や―――――っ!も―――――少し―――――っ!」

 キレイな大声が降り注ぎ、オリバーはその声にめげそうになるが、彼のほうは仕事なのだ。

「だ―――――め―――――で――――――――――す!いつもいつも―――――そんな危ないところ―――――!」

「じゃ―――――あ、オリバーが迎えに来て―――――ッ!」

「うあ……」

「何処にいても―――――、オリバーが守ってくれるんじゃないの―――――?」

「…………」

 それっきり、言葉を紡げなくなるオリバー。

 逡巡し、やぐらを見上げ、いろいろな想像をしては地上の視線を落とす。

「…………」

そうやってたっぷり迷ったオリバーは、やがて、

ハシゴに手をかけた。

「…………」

 一段、二段、と赤ん坊のあんよのほうがよほど早いといえる牛歩の遅さで、はしごを上るオリバー。

 それを見やりつつ、“姫”は反対側にもうひとつかけられている、こちらはオリバーが上っている組み木の頑丈なハシゴとは違い、縄梯子であったが、これをするすると降りてきて、あっという間に地上へ降り立った。オリバーは、足がやっと5段目にかかったところだ。

オリバーは彼女を放心したように見つめ、上るときと同じような遅さではしごを降りた。

 地上に降りた姫は、その整った顔をに神妙さと少しのいたずらっぽさを浮かべ、

「ごめんなさい。意地悪でした」

 そういって頭を下げた。オリバーは我が身の不甲斐なさに思わず目を逸らし、

「……いえ」

 といって赤面した。

 少女はそれをくすり、と笑い、手を伸ばしてオリバーの手を握る。二人はそうやってテントへ帰った。

 東の大陸の某大国の軍が宣戦布告してきたのは13年も前だ。いや、宣戦布告してきたというのは正確ではない。何の宣告もなく、西の海から大挙して攻めてきた。この時、西の海岸へ守備軍を置いていなかったラクドニアは首都の近くまで攻め込まれた。

ラクドニア国はこの野蛮な軍を国号では呼ばず、“海賊軍”と称している。

旗城の眼前まで攻め込んできた海賊軍を退けたのは、王妃アリシーナの強大な魔法力であった。アリシーナは軍の先頭に立ち、その美貌と魔法の力で兵たちを鼓舞し、数に勝る海賊軍を海岸際まで追い詰めた。

アリシーナの影響力により、海賊軍との抗争は早期終結に向かうかと思われた。しかし、そうはならなかった。

一本の流れ矢がアリシーナの背を貫き、その傷が元で彼女は間もなく亡くなってしまった。彼女の夫である王と、一人娘のアニエティースを残したまま――

それが原因で、戦争は思いのほか長引いた。海賊軍は定期的に兵を送り続け、ラクドニア国がそれを迎え撃つ。それが、13年以上も続いてきたこの戦争の構図だ。海賊軍が攻め、ラクドニア軍が守る。そしてその構図が変わることはない。

ラクドニア軍は軍艦を造船するほどの船舶技術を持ち合わせていないし、単純な軍事力だけなら海賊軍には及ぶべくもない。ラクドニア軍は、ラクドニア島で戦うほかに道はないのだ。

だが、この戦争に絡む要素がそれだけならば、戦争は海賊軍の勝利でとっくに終わっているはずである。大艦隊を編成し、ラクドニアへ大量の人員を送り込めば済むだけの話だ。

海賊軍がその圧倒的な戦力をもってラクドニアを攻めないのには理由がある。海賊軍には優れた造船技術があるが、それでもなおこの海峡を征服するにいたっていない。その昔、大陸の13人の男とラクドニア島の13人の乙女が身を投げたこの海は、温厚なる海神の気を狂わせ、ひと月のうち26日は海を荒らし、船を沈める。

それでも、野蛮な海賊軍を率いる愚かな大陸の王は出兵を止めず、ラクドニアに船を送り続けた。

ラクドニア海峡と島の西海岸には死体があふれた。

この海は完全に呪われた。

オリバーが騎士団長に呼び出されたのは1年前のこと。

(どんな面倒ごとを押し付けられるやら……)

心配しながら出向いた先にいたのは、

「はじめまして騎士様。アニエティースと申します」

ラクドニア国の英霊アリシーナが娘、アニエティース姫。アリシーナ王女の一人娘である。

「よろしくお願いします」

 突然呼び出されてお姫様と引き合わされて、そのお姫様から「よろしくお願いします」と、いわれても何の事だか全くわからない。わけも分からず、

「こちらこそ」

 なんて返事をしたら、腹を抱えて笑われた。こんな美しい女が(少女だけれど)腹を抱えて笑っているのを観るのは初めてだったけど、そのときは気が動転していたのでそのことには気が付かなかった。ただ、オリバーも彼女に合わせて引きつりながら笑った。

 笑うアニエティース姫の横で咳払いをし、騎士団長がオリバーに彼の使命を伝えた。アニエティースはまだ小さく笑っていたが、オリバーはさすがに笑えなかった。

「……アニエティース姫はラクドニア海岸軍へ出征する。騎士オリバー、貴殿をアニエティース姫の守護筆頭に任命する」

「は……」

 突然転がりこんできた大面倒だった。

選出理由を聞けば「一番頑丈」であることと「姫と同じくらいの歳の妹がいる」という2点。

 大面倒であったが、彼にとっては大出世でもあっただろう。滅多な者であれば姫につけることをするとは考えられないから、よほど信頼があるのか。単に騎士団長の覚えがよかっただけかもしれない。あとは、顔に傷が無いから怖がられないとか。

 複雑に表情を変えるオリバー。

 いやしかし、ここで重要なのは自分のことではない。遅まきながらそのことに気づき、はっと姫の顔を見つめる。

 我が国の姫が、何故にまた最前線であるラクドニア海岸軍の駐屯地へ赴くことになったのか。オリバーは騎士団長に問うた。

 だが、それに答えたのは当の姫であった。

「誰かがわたしに命じたわけではありません。私自らが志願しました」

 誰かといって、彼女に何かを命じたりできる者は王様しかいないのだろうけど。

「どうして」

「国の英霊である母アリシーナの意志に倣い」

 ということだ。

そして、

「弟、妹たちを守るため」

とも。

正妻であったアリシーナの死後、ラクドニア王は複数の妾腹たちとの間に4人の王子、王女をもうけている。アリシーナの死後、ラクドニア王は今日まで10年も、新たに正妻をとらなかった。世論は「王はアリシーナ王妃を忘れ、妻を娶るべき」と唱えている。

オリバーはあることに思い至った。

前妻アリシーナの娘であるアニエティースが亡くなれば、父である王は前妻であるアリシーナとその血へ気兼ねすることがなくなるのではないか。そして、アニエティースはそんなことを考えて、戦場に死に場所を求めているのではないだろうか。

(年端もいかぬ少女が、この覚悟…)

 まだ幼い、今年14になったばかりの小柄な少女が、偉大な母の意志と弟妹への愛情、もしかしたら父王への気遣いを抱えて戦地へ立つのだ。

王の血。英霊アリシーナの魂。守らねばならない、オリバーはそう思った。

 オリバーは姫守の騎士に与えられる重い鎧と、それ以上の重さを持つ決意を抱き、姫の前へ跪いた。

「お守りします。命に代えて」

 姫はにこりと笑い、オリバーに顔を上げさせ、こう言った。

「ならばあなたが守ってくれる限り、私は国の命と民、そしてあなたの命も守り続けましょう」

 守り守られる関係。そして、二人でラクドニアを守り続けるという契約が、この時結ばれた。

 いや、契約なんていう格式ばったものではない。あれはきっと、約束だった。

 ラクドニアには、かの大国が欲しがるようなものは何も無いといえた。ラクドニアの地には世界各地で地に埋もれて眠っているという古代の空飛ぶ戦艦もないし、偉大な十賢者に祝福を受けた地でもない。あるものといえば恵まれた肥沃な大地のみだが、ラクドニアを植民地にし、島のすべてをまったいらにしてすべて農地として開拓しても、そこで生まれた農作物を運搬するには、呪われたラクドニア海峡を渡ならければならないのだ。農作物も家畜も、全て狂った海神への供物となってしまうだろう。もちろん、船に乗った人間も同様に、だ。

 それでもラクドニアを攻撃する理由はなんだろうか。長年戦争を続け、領土こそ小さいながら武力に秀でるラクドニア国、その国に攻撃される可能性に脅威を覚え、先に掌握してしまおうというのだろうか。はたまた、この地にはラクドニアの民が未だ知らない何かがあるというのか。

 海賊軍が征服戦争に走った理由はわからない。しかし、姫に降りかかる火の粉は払うのみ。姫守の騎士オリバーの使命はそれだけだ。

「……見えました!海賊軍の船です!」

 見張り台からの一声で、ラクドニア海岸軍全軍に緊張が走った。

 しかし、彼らの士気は高い。その要因は――

「アニエティース姫!」

最前線の、それも一番前の陣に、アニエティース姫がいる。

年配の戦士隊長が叫ぶ。

「アニエティース姫!いつも言っていますが、危険ですからなるべく後方へお下がりください……」

「私もいつも言っていますが、アニーちゃんと呼んで下さって結構です。それに私が一番前にいないと、あなたたち全員を守ることが出来ません。私は大丈夫ですから」

 彼女の横に慄然と構える、“大丈夫”の根拠。

 兜、胴、手甲、脚あて、背中……傷だらけのフルアーマー。ラクドニア最上位の騎士“アリシーナの騎士”に与えられる、ラクドニアで最も美しいと言われる、白銀の全身鎧。傷だらけのその鎧からはもはや華美さなど失われていたが、代わりにこの上ない逞しさを身につけていた。

 それを纏うはアリシーナの騎士の称号を持つ、姫守の騎士オリバー。

 アニエティース姫が彼に頷きかけると、彼もそれに応えた。

「皆さん」

 アニエティース姫のスピーチが始まる。よい指導者の証である、良く通る声で。

「あと半刻ほどで海賊軍の船はこの海岸へ到着するでしょう。戦は苛烈なものになると思います。願わくば、誰一人死ぬ者が無く……」

 一息をつける。彼女の顔が引き締まる。

「……自分の身を守ってください。国を守ってください。私もあなたたちを、守ります」

 全軍から歓声が上がる。歓声は大音響となり、大地を揺さぶった。

 ラクドニア軍は姿を見せた海賊軍の5隻の船に火矢を浴びせる。矢は突き刺さり、船体がところどころ火を上げる。

 その船からもまた、無数の矢が放たれる。しばらく双方で打ち合ったが、やがて船が停泊すると、海賊軍の兵がぞろぞろと降りてくる。それを合図に矢の打ち合いは収まった。ロングシューターの矢は味方までも傷つける恐れがあるからだ。

 ラクドニア軍と海賊軍がぶつかり合った。数はラクドニア海岸軍400、海賊軍800と敵が優位。しかし、呪われた海を渡ってきた疲れとストレスが彼らに蔓延していた。気勢は明らかにラクドニア軍のほうが上だった。

 呪文の詠唱を開始したアニエティース姫をオリバーが必死で守る。一人切り伏せ、二人切り伏せ、時には同時に2人3人を相手にしながら、オリバーは全てを退けた。他の戦士とも連携をとり防衛するが、激戦のさなかに倒れていった。

 永い詠唱の、半分。

 アニエティース姫は東方でも稀有の魔力を持っていた。魔法王国エリクシアの祖である王家の血を受け継いでいるという噂もあったが定かではない。だが、それもあながち嘘ではないかもしれないと、ラクドニア海岸軍は誰もがそう思っている。

 オリバーたちに守られながら、いよいよ永い詠唱を終える。彼女の周りに白い光が展開し、明滅する。やがて、彼女の周りに無数の蛍火のような光が漂い始める。その蛍火が一瞬だけその場に静止し、そして――

 蛍火は光の尾を伸ばしながら飛び、次々と海賊軍の兵を撃った。

 アニエティース姫自身が放つ光を中心に蛍火は続々と生み出され、次々に海賊軍を撃つ。かつて母アリシーナが海賊軍を退けた呪文“聖戦の魔法”。

 見たこともない魔法に恐れをなし、海賊軍は恐慌をきたす。やがて指揮官らしき男と隊長格の戦士がなにやら喚き、それを合図にラクドニア軍は撤退を始めた。

 ラクドニア軍は追撃を始める。戦の音はやがて、勝鬨と怒声と恐怖の声と、ラクドニアの姫への呪詛の言葉だけとなった。

アニエティース姫初陣の前の晩。海賊軍の船が動いたとの報があり、ラクドニア海岸軍のキャンプはぴりぴりとした緊張感に包まれていた。

守役の務めとして姫と同じ天蓋に番を張っていたオリバーは、緊張に体を強張らせるアニエティース姫の姿を見ていた。

少し、話をした。

 王室の事を聞いた。利権の関係で、妾腹たちがいろいろな働きかけを行っていることなど。

「それでも、彼女たちの子は私の弟でもあるし、妹でもあります。まだ小さいあの子たちは何も知らないから、守ってあげたい」

「しかし、ここは戦場ですから、人を殺します」

 その一言に、しばし沈黙する。

だがまもなく、アニエティース姫は意を決して口を開く。その肩に、恐れも躊躇もなにもない。毅然とした、王の、英雄の血を引くものの姿勢。

「たとえ歴史上で最も人を殺した姫と呼ばれても、私は弟や妹たち、父、国民、ラクドニアの地、そしてあなたを守ります」

「微力ながら、お手伝いいたします。私は私を守り、あなたを守ります」

 しばし、眠っていた。

 アニエティース姫が目を覚ますと、目の前にはオリバーの顔。その後ろには多くのラクドニア兵。

 聖戦の魔法発動による魔力の消耗で昏倒した彼女は、オリバーに抱きかかえられていた。ごつごつと硬い手甲を外した彼の手に、アニエティースは心地よく抱かれていた。

「姫、ご覧ください」

 といって、オリバーは砂浜に散らばったラクドニア全軍を一通り見回す。

「姫様が守りました」

 歓声があたりを包む。「ラクドニア!」と「アニエティース姫!」を交互に称えた大合唱。

アニエティース姫はふらつきながら自分の足で立ち、全軍に対してよく通る声でこういった。

「守ってくれてありがとう。生き残ってくれて、ありがとう」