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 西方の砂漠地帯のオアシスにひっそりと存在する、大きな遺跡のある小さな街。チャンスたち3人の冒険者は、捜し求めている男の足跡を追い、この街までやってきた。

「本当か?その話……」

 外で剣の素振りをしていたチャンスは、ユーネの持ってきたその話に怪訝な顔で答える。

「真偽を問うには情報が足りないわ。そもそも新生カデス派の情報自体、他に聞こえてこないもの……」

 情報を持ってきたユーネが丹精に整った顔に苦々しさを浮かべ、呟く。ユーネはこの街に到着してから2日、独自に情報を求めて奔走した。

「情報をくれた情報屋の顔も怪しかったし」

「そ~ゆ~稼業の人間って、もれなく怪しい顔をしてるもんなんじゃないの?」

 いつの間にか二人の傍にいたJTが偏見に満ちた言葉を吐く。彼女もまたユーネとは別方向で情報を探し回っていた。

「JT。お前のほうはどうだった?」

「なんと、ユーネと同じ情報が入ってきてま~す。今宵、街外れの史跡でなにやら怪しげな人たちが怪しげな談合を行うらしいという怪げな人からの怪しげな情報」

 もしかしたら同じ人だったかもね。情報料1回分損こいたかも。JTがひとりごちる。

「とにかく、情報がそれしかないならそれを信じるしかないか。夜を待って行ってみよう」

 

 チャンスたち3人は旅をしている。

その昔、危険な魔剣を奪い逃走した父の仲間、白衣の男ルーを捜し出し、魔剣を取り戻すという使命を与えられたユーネは、かつてのルーの仲間であったアークエスの息子・チャンスの存在を知り、彼を旅の仲間に選んだ。そのチャンスにくっついてきたJTは、ユーネとは姉妹のように仲が良い。

彼らは世界中を巡り、ルーの影を追った。

数少ない情報によると、ルーは現在、新生カデス復活派という組織に属しており、組織の活動のために世界中を転戦しているという。

 チャンスたちはその足跡を早足にたどり、この街にルーが潜伏しているという情報を得たのだ。

 薄暗い遺跡の中にこっそりと忍び込むチャンスたち。月明かりだけが彼等のしるべとして輝く。

 200年ほど昔の王宮であったといわれるこの遺跡。規模は相当なものだが、広く認知されている遺跡ではないために調査などは行われていない。いまさら調査したところで、学者より耳の早い盗賊が荒らした後だ。そもそも敗戦国の王宮であったらしく、戦火と掠奪の後がありありと伺える。盗賊が取るものさえなかったかもしれない。

 そんな不気味の巣窟で新生カデス復活派の連中が如何なる奇行を行っているのか、チャンスたちには想像もつかなかった。

「やっぱり変ね……」

 チャンスたちが遺跡の暗闇の中を極力物音を立てないように進んでいると、ユーネが疑問を口にしだした。

「ここで何らかの会合が行われているのなら見張りをつけたっておかしくないわ。それに、この暗闇の中、火を焚いている様子もないようだし……」

 遺跡の中をかなり奥まで進んできたが、ここまで火の気も人の気も全く無かった。

「暗視の魔法を使ってるんじゃないか?」

「わざわざ?人気の無い街の外れの、しかも屋根も壁もある遺跡なら松明なり光源の魔法なりで照らしたって問題ないはずだわ」

 チャンスの指摘にユーネが返答する。暗視の魔法は光源の魔法に比べて魔力の負担が大きく、維持が難しい。わざわざこのような場所で使うことも無い。

 チャンスたちは今回、隠密行動をとることに決めていたので、朽ちた天井の隙間から洩れる月の光のみを頼りに宮内を移動している。

「やっぱりガセネタだったのかなあ」

 JTがそっと呟く。

「話し合いなら宿屋の部屋に篭ってこっそりやってればいいんだし、魔術的な因縁や宝物の話も聞かない。こんなとこに来る理由なんて想像つかないや」

 もはや誰もいないと踏んだのか、JTはもう普段の声量で話している。それだけで、パーティー内にわずかに漂っていた緊張感がとけた。もともと信憑性の無い話だった。チャンスたちにしてみれば「とりあえず行ってみるか」くらいの感覚だったのだ。

「あ~あ。はずれか」

チャンスは大きく伸びをする。ユーネだけは柱の影でこそこそあたりの様子を伺っている。

「平気だってユーネ」

 チャンスはユーネを諭すと大きく息を吸い、

「もしも~し!だーれーかーいーまーせーんーかー!」

 広い遺跡内に響き渡る表な大声でいないはずの誰かさんに呼びかけた。

「は~い。こちら新生カデス復活派特務部隊キマイラ、どうぞ?」

 返事を求めたわけではない意味のない呼びかけに、返事をする者があった。それも、チャンスたちの背後から。

 チャンスたちは驚いて声の方向へ振り向いた。

 すっかり暗闇になれたチャンスたちの目に移ったのは、バトルアックスを握った巨漢の男と、腰に剣を下げた女。

 相手の獲物を見て、チャンスたちもあわてて構える。

「物騒な方たちですね。ああ、私の持ってるこの斧はきこりの道具ですよ」

 男はゆっくりとチャンスたちに歩み寄りながら、顔や体躯に似合わない丁寧な口調でおどけるように話す。大仰な斧の刃に槍の先やら装飾やらが月明かりに照らされて鈍く輝いている。どう考えてもきこりの使うものではない。

「へえ。で?きこりのあんたはこんなところで何やってるわけ?こんなところに木は一本だって生えちゃいないぜ」

 正体の知れぬ男にチャンスが口上を並べる。

「ええ、ここにですね、伸びすぎると邪魔な木がありましてね――」

 大男はバトルアックスをチャンスに向かって振り下ろした。チャンスは横に飛んでそれをかわす。が、バトルアックスが床を砕き、破片がチャンスを打った。

「――切り倒して薪にしてしまいなさいと、ルー先生がおっしゃっていたのですよ」

 大男の後ろに構えていた剣を持った女性が鋭く斬りかかる。標的は、チャンス。

 女の剣が振り下ろされたところに、JTのハンマーが割り込んだ。

 撃った反動に任せ、女は後ろに下がる。その女に向けて、闇の中にひときわ煌く炎の塊が飛ぶ。女はそれを右に飛んでかわす。

「あなたたち、ルー先生、って言ったわね。やっぱりこの奥にいるのね?」

 火球を放ったままの右腕を突き出した姿勢で、ユーネが二人組に問う。

「チャンス!一人で奥まで行って、ルー小父様を捜して。護衛がいたとしても、そう多くはないはずだわ。ここは、私とJTで相手をする」

 JTは正面の敵を見据えながら頷く。

チャンスもこくりとうなずき、大男たちに背を向け、遺跡の奥のほうへ走った。

 大男はその様子を薄ら笑いを浮かべながら見ていた。

「余裕ね。追わなくてもいいの?」

 JTが一歩前に出て大男に話しかける。

「必要ありません。彼ひとりなぞ、取るに足りませんからね」

「あっそ!」

 JTはハンマーを横薙ぎに大男に叩きつける。

 大男はバトルアックスの柄を床に突きたて、それを受ける。

「申し送れましたが」

 大男は床に突き立てたバトルアックスを頭上で軽々と振り回しながら名乗る。

「私は新生カデス復活派特務部隊キマイラ・広報役グレン・グレイカ!」

「グレイ、あんた喋りすぎ」

 大男――グレイの脇を走り抜け、女がユーネに斬りかかる。ユーネは咄嗟に、腕に魔力を展開して女の剣を受ける。

「くっ」

 剣の衝撃に、ユーネが後ろへ弾き飛ばされる。

「名乗っても仕方が無いけど、そうしろとルー先生に教えられているからね。あたしはイリーナ。ルー先生の命により、あなたたちを殺すわ」

 遺跡の奥まで走った。たどり着いたのは、広いホール。

他の場所よりだいぶ広いその場所は、どうやらかつて王の座があった空間であると察することが出来た。今は天井が砕かれ、その上に月が爛々と輝いている。

 月の蒼い明かりに照らされた王座に、腰掛ける者があった。その人影に、チャンスはどきりとした。太古の国の王がいまだそこに座しているのかという錯覚にあった。

その何者かに、チャンスは話しかける。

「……あんた、ルーさんか?」

 チャンスの問いかけに反応したように、王座の人間がすっと立ち上がる。

より近くで確認したその姿は美しい少年のものだった。月と闇の蒼に彩られた銀髪。腰に携えた魔剣。顔は端正に整い、幼さの抜けきらない顔は、チャンスと同じくらいの年齢に見えた。背丈はチャンスには届かないものの、すらりと伸びていた。

これが、4度のミレニアムを越えるといわれる長命の種、エデューテの姿だろうか。

しかし、チャンスはその姿に違和感を覚えた。ユーネに聞き及んだところ、ルーという男は白衣を身に纏い、顔には眼鏡をかけているはずだという。それに、この男の耳殻は絵デューテのものではない。

「お前、誰だ……?」

 チャンスの問いに答えるように、男が名乗る。腰の剣を抜きながら。

「ぼくは新生カデス復活派特務部隊キマイラ所属、若葉」

 男――若葉の抜いた剣の刀身は露に濡れ、月明かりで不気味な輝きを放っている。その輝きに照らされるのは、若葉の整った薄笑い。

「君たちを始末するように言われている。ルー先生にとって邪魔な者は、ぼくらがすべて始末する――」

 鋭い横薙ぎの剣がチャンスを襲う。若葉の斬撃は、その軌道を予測したチャンスの炎の魔剣によって遮られた。いや、遮ったはずだった。

 若葉の剣の刀身を濡らしていた雫が、剣戟の衝撃で飛沫となり、その飛沫が刃の如き鋭さを持ってチャンスを襲った。

 グレイのバトルアックスによる突きが連続して繰り出される。JTはハンマーを前に突き出して刃の線を反らす。

 全てをやり過ごしたところで、今度は下段から斧が襲い掛かる。しかしこれもジャンプしてかわす。

「身が軽いですね!」

 グレイはJTの身のこなしに感嘆の声を上げる。

「お褒めに預かりど~も」

 JTはここまで防戦一方。

 グレイの技は外見にそぐわず以外に器用で、バトルアックスという超重量の獲物ながら、突きや、それから派生する細かい技を使いこなす。まるで槍のような技を使った。

「っていうかこんなごついの、どう考えてもチャンスの担当じゃん!」

他方、ユーネもまた、イリーナ相手に防戦を強いられていた。

速く鋭い斬激の連続に、ユーネに反撃する隙を与えない。武器を持たないユーネは周囲に魔力を廻らせ、イリーナの攻撃を防いだ。魔術に比べて達者ではない体術でやり過ごすことができているのは、己でも知らず発揮されている、魔という種の身体能力ゆえだった。

イリーナの攻撃の手は一向に緩まない。たまらずユーネは、犬の顔を模した巨人の像の頭の上へ、跳躍の魔法を使って跳んだ。

ほっと一息ついて下を見下ろす。

イリーナはそのユーネの様子を見下ろすと、剣を持つ手を下ろして視線を別のほうへやる。JTとグレイのほうだ。

 JTとグレイは常に保っていた中距離――彼女たちの武器のぎりぎりの攻撃範囲――の間合い離し、にらみ合っていた。

 しばし、沈黙。JTは油断無く構えているが、グレイのほうは気負い無く、脱力して立っている。

「……なんていうか、余裕ですね。おじさん」

 なんとなく癪に障ったJTが思わず口に出して言う。

「ホントにこの先にルーってヒト、いるの?」

 グレイはニコニコしながらその問いに答える。

「いえ。ルー先生は当地でのお仕事を終えられ、一足先にこの地を発たれました。私たちが残ったのは、言ってみれば残務処理みたいなものですね。以前からちょろちょろとうるさい3人組を始末するのにちょうどいい機会だからとね」

「じゃあ、奥には誰もいないわけ?」

「チャンスくんは水の魔剣使い若葉くんが相手をしているはずですね。君たち3人が揃うとさすがに少々厄介でしてね。参謀のユーネを後方に置き、その指示によって組み上げられる連携……これには手を焼くだろうと思い、あなたたちを分断しました」

 どうやら、敵の作戦にはまったということらしい。いや、それよりも自分たち3人の目的と動向が知らぬ間に悟られていた、そのことがJTの胸をどきりとさせた。

「ユーネさんはイリーナが押さえつけていれば指示も援護も出せませんからね。個々に分断すればあなたたちの力量など知れたものです」

 饒舌の収まらないグレイにイリーナが、

「グレイ、あんたしゃべりすぎ」

 そう諭す。

「へえぇ……」

 巨像の上でグレイの話を聞いていたユーネの表情が変わる。

「JT、聞いた?今の話」

 ユーネの声にJTがなぜかびくりとしながら返事をする。

「……いえっさー!ばっちり聞いたであります!」

 JTは苦笑いしながら膝を折り腰を沈める。

「あたしたち、すっげえなめられてるね」

「!?」

チャンスの体に出来た無数の切り傷から血が舞った。チャンスはその場に膝を突く。

若葉の剣から弾かれた飛沫が、剣の鋭さでチャンスの身を切り刻んだのだ。

「なんだ……今の」

「早く立ち上がらないと、すぐに殺しちゃうよ!」

若葉が剣を振り下ろす。チャンスはそれを飛んでかわし、若葉に連続で切りかかる。若葉はそのすべてを上手く受け流す。

「くそっ」

 チャンスはバックステップで一時間合いを取る。月明かりが大きく差し込んでいるとはいえ、それでも暗いことに変わりは無い。こんな状況では間合いを取りにくい。

 幸いなことに、チャンスの身に刻まれた傷は出血こそ派手だが、その全てが浅いものだった。動きに影響を及ぼすような傷は無い。

 若葉は間合いを詰めるでもなく、その場でだらりと剣を下げていた。

「がっかりだ。君はその魔剣の使い方を知らないみたいだね。手入れのいらない頑丈な剣、くらいにしか思っていないんじゃないか」

 若葉の剣から、水が滴っている。妖しく輝くその刀身は魔剣のものと知れた。

 若葉が間合いを離したまま剣を振り下ろす。雫が飛礫のようにチャンスを襲う。

「くっ!」

 チャンスは横に跳んで雫をやり過ごし、そのまま走り寄って間合いを詰める。

 間合いに入り、下薙ぎからの一撃、振り下ろしの二撃。若葉はその攻撃の手も軽くかわしてやり過ごし、また間合いから離れる。

 若葉は手に持った剣を石畳の継ぎ目に思い切り挿しこみ、突きたてた。

 構わず、チャンスは再度間合いを詰めるべく走った。が――

ゴッ!

「!?」

 鈍い音と共にチャンスの足元の石畳が砕け、水の奔流が噴水のように噴き出した。

大量の水はチャンスの腹を強か打った。

チャンスは堪らずその場にうずくまり、魔剣を取り落とす。若葉の追撃は、飛んでこない。

「四大元素属性の魔剣は――」

 若葉はまた、だらりと剣を下げる格好でゆっくりとチャンスに近寄る。

「全て大地を母体とした魔石から作られる」

 若葉の剣の下の石畳が、黒くしっとりと濡れている。

「大地との距離を測り、大地と調和することで、魔石の力を得ることが出来る」

 床から霧が立ち昇り、若葉の魔剣を濡らす。

「なろ!」

 チャンスは倒れたまますばやく剣を拾い、地を這う一撃で若葉の脚を狙う。

「!?」

地面を擦ったチャンスの炎の魔剣は、暗闇の中で一際眩い炎を発した。

炎に一瞬躊躇した若葉はチャンスの攻撃に対する反応が遅れたようだった。チャンスの魔剣が、若葉の脚の皮一枚を裂いた。

「へえ……」

若葉が再び間合いを離す。剣の間合いではない。完全に若葉は遊んでいる。

チャンスはやっとのことで回復し、剣を構えて立ち上がる。

(今、火が出たよな。大地との距離……)

 チャンスは若葉を真似て剣をだらりと下げてみた。

 火は出ない。

「それじゃあ無理だよ。大地との距離は魔剣によって違う」

 若葉もだらりと剣を下げる。先刻と同じように、床から水が立ち昇り、若葉の魔剣を濡らす

(ヤツの魔剣とは違うか……さっきは……)

 チャンスはさっきの状況を思い出しながら、引き金になった事象を考える。

(……!)

 閃き、チャンスは魔剣の先端を床にこつんとぶつけてみた。

 火が爆ぜる。

 チャンスは剣の弾むままに2度、3度と剣で床をこんこんと敲く。

「……わかった」

 チャンスは思い切り、床に魔剣を走らせた。魔剣の軌道を炎が走り、その炎が魔剣に絡みつく。

魔剣に火が灯った。

「マッチだ」

チャンスの顔が、新しい遊びを発見した子供の顔に変わった。

若葉もチャンスと同じ顔をしていた。

巨像の頭の上から火球を連続して放たれる。攻撃の対象となったイリーナは走りながらそれをかわしていく。いくつかは耐燃・耐刃繊維に魔力を付加したマントの影に隠れてやり過ごした。

「あ~あ。おじさんが余計なこと言うからだよ。ユーネってあれでプライド高いから」

 ユーネとは対称的に、JTはすっかり落ち着いているというか、ユーネの凶行に呆れているというか、面白がっているというか……。

「だけど、ここにル~先生がいないならさっさと退散しちゃいたいな」

「むう。あなたこそ、私たちを見くびりすぎてはいないですか?」

「過小評価はしないけど、過大評価だってしないつもり」

JTは魔法のハンマーを振り上げ、グレイに突進していった。

 グレイは一歩も動かず、バトルアックスを構える。

 JTはハンマーを振り下ろす。間合いに入っていない位置からのその振り下ろしに、グレイは少しだけ身を強張らせる。

 JTのハンマーは石畳の床を強烈に打ちつけた。途端、建物全体が地震が起きたかのように激しく揺れ動いた。

「おお!?」

 グレイはまとも立っていることもままならず、背後にあった大石柱に寄りかかる形になった。その隙にJTが素早く接近し、魔法のハンマーを振り上げる。

 グレイはバトルアックスでそれを受け止める構えをとったが、ハンマーはグレイに振り下ろされなかった。

 JTのハンマーは後ろの大石柱を撃ったのだ。

 撃たれた大石柱は激しく振動し、間もなく砕け散った。JTが何をしたのかと考える間もなく、グレイの頭上から崩壊し、瓦礫と化した柱と屋根が落ちてくる。

「うおおおおおおおお!っ!」

 慌ててその場から離脱するグレイ。間一髪、石の下敷きになるのを免れた。

 その上から、また何か別のものが振り下ろされるのを見た気がするが、その次の瞬間にはグレイの意識は飛んでいた。

「くっ」

 イリーナは巨像の上から次から次へと飛んでくる魔力の炎をかわし続けた。

走り続けて体力を浪費した彼女は、慌てて大きな柱の影に隠れた。その陰で乱れた呼吸を整える。

背後からまた数発、火球が飛んでくる。イリーナはマントの裏に縫ってあった皮拵えの鞘から、三本のナイフを取り出した。持っていた剣は左手に持ち替える。

(……埒が明かない。これで――)

 投げナイフの精度と速さには自信がある。陰から飛び出して一気に仕留める。

 また2発の火球が放たれ、柱に当たって爆ぜた。

 次の行動を素早く決定し、柱の陰から飛び出す。そして、巨像の上に狙いを定め――

「!?」

 巨像の頭の上に、目標となるべき魔術師の姿はなかった。飛び出すと同時に投げるつもりだった3本のナイフは中途半端に彼女の手から離れ、床に落ちてからからと転がっていった。

 呆然と立ち尽くすイリーナの背後からそっと手が伸びる。その手がイリーナの剣に触れると稲妻のようなものが走り、剣を砕いた。

 イリーナは驚いて振り向き構える。構えた剣は刀身の根元から砕かれており、用に足りていない。

「……どうして?」

 己でも知らず呟くイリーナ。その問いに、ユーネは妖しい笑みを浮かべながら答える。

「あなたが見ていた巨像の上の私は幻。あなたはずっと幻の炎から逃げ回っていたのよ。いくらなんでも、魔法をあんなに連続で放ったら魔力が枯渇するんじゃないかって、疑問に思わなかった?」

「くっ……!」

 イリーナの顔に苦渋の色が滲む。

「闇の中だと隠れるのもやりやすいわ。それに、闇の中には魔力が満ちているし……」

 ユーネは、口の中で何かの呪文を唱える。そしてその右手を、柱に向けた。

「これ以上歯向かわないなら、今日のところは見逃してあげる。帰ったらルー小父様によろしく」

 ユーネが右手を向けた柱は赤熱し、ユーネがその場を離れると爆発して砕けた。同時に、JTがその反対側の柱をハンマーで思い切り叩きつけ、これも砕いて逃げた。

 両柱が砕け、支えられていた屋根が落ちてきた。イリーナは素早くその場を離脱した。

 全てが崩れ落ちると思った太古の回廊は、どうやらあのふたりが砕いたところだけ崩れ落ちたようで、全体に影響を及ぼすものではなかったようだ。瓦礫の向こうには、グレイが倒れている。駆け寄って呼吸を確認してみるが、どうやら気を失っているだけのようだった。頬を2、3度張ってみると目を覚ました。

 追撃しようかと考えたが、やめた。彼等の始末を命じられていたイリーナたちだったが、それよりも身の安全の確保をルー先生に言いつけられていたからだ。

 炎を纏った剣でチャンスが斬りかかる。しかし、それも簡単にいなされる。

「らぁ!」

 チャンスの一撃は空を斬る。

「まだまだ、それではまだ魔剣の力を具現化しただけに過ぎない。魔剣の力の使い方は使い手の想像力に左右される」

若葉は水の滴る剣を振り回す。すると、あたりに靄がおこり、やがてそれは霞となってチャンスを包み、視界を遮った。

「ちくしょ!」

 チャンスは魔剣を闇雲に振り回して霧を払おうとしたが、そんなことで霧は晴れなかった。

「こっちだ!」

 チャンスの左肩に痛みが走る。霧の向こうから若葉が切りかかったのだ。

「くそ!だったらこうか!?」

 チャンスは自分の足の周りに円を描くように魔剣を走らせた。たちまち炎が湧き上がり霧を吹き飛ばす。

霧が晴れ、若葉の姿を捜す。若葉はチャンスの正面にいた。若葉はさきほどと同じように、剣を床に突きたてた。

 咄嗟に、チャンスも炎の魔剣を床に突き立てる。石畳の下を何かが蠢く感覚が柄を通して伝わってくる。

 チャンスと若葉の間合いのちょうど真ん中のところ。そこの床が爆散し、暑い蒸気が立ち昇る。

 チャンスはすばやく魔剣を引き抜く。

(だいたい、魔剣の戦い方がわかった……)

 魔剣の持つ特殊能力は使い手のイマジネーションによって様々な使い方ができる。戦略の幅を広げ、戦闘を有利に運ぶことが出来る。

(だけど、所詮その程度のモンだ。決め手にはならねえ)

 魔剣の炎は瞬時に敵を焼き尽くすものではない。術者の使う魔法のほうがよほど強力だ。結局のところ、相手を切り裂くのは質量を持つ剣本体でしかない。

 炎で道を開き、剣で斬る。それが炎の魔剣の上手な使いかた。どこまでも剣は剣でしかないのだ。

 一息つく。

「……親切にも教えてくれたもんだ。敵の俺に」

 先刻若葉が言ったとおり、チャンスは炎の魔剣を少し頑丈な、少し斬れ味の鋭い剣くらいにしか思っていなかった。顔も知らぬ父から譲り受けた炎の魔剣、という以外には、この剣のことを何も知らなかった。剣以外の使い方があるなんてこと自体想像がつかなかった。

「お前、俺を始末しに来たんじゃないのか?」

「ルー先生に教わったからね。何事も面白いほうがいい、って」

 魔剣を引き抜いた若葉がまた剣をだらりと下げる。

「寿命が長い連中に感化されないほうがいいんじゃねえの?」

 チャンスはいつもどおりに正段に構える。月明かりに照らされて光る赤い魔剣。

「言ってみたところで仕方がねえか」

 若葉も構える。

「行くぜ!」

最後の一局。

 チャンスは気合と共に若葉に踊りかかった。

「うおおおおっ!」

 若葉は反撃の刃で仕留めるべく、その場に立ちはだかった。

(覚えたての、炎を纏った剣で撃ってくるはず……とすれば)

 剣筋は当然、下段から薙ぐ一撃。若葉はそう予測し、下段からの攻撃に備えた。

 しかし――

 それが若葉の敗因だった。

 チャンスの剣は上段から振り下ろされた。

 チャンスの上段から振り下ろされた剣は若葉の右肩から胸までを凪いだ。鮮血がほとばしり、若葉は背中から床に落ちる。

 若葉はチャンスの剣筋の予測を誤ったが、かろうじて反応した体が致命傷を避けた。致命傷を避けたとはいってもそれは命に別条がないというだけの意味であり、そのまま戦闘を続行できるということにはならない。

 いや、剣を振るえない体で敵の前に体をさらすというのは、致命傷といえるかもしれないが。

「チャンス~」

 JTとユーネが追いついた頃には、チャンスのほうも大勢が決していた。チャンスが立っていて、チャンスではないもう一人が倒れていた。JTとユーネはふたりのほうへ駆け寄る。

「よう」

 元気よく声をかけてきたチャンスはさり気にあちこちきり傷だらけだった。

「うわ。やられてる。だっさ」

「勝ちゃあいいの」

 覚えたての魔剣の戦い方よりも、今までの戦いで自信積み上げてきた自分のスタイルをとった。それだけのことだ。

 ユーネはそばに倒れている若葉に声をかける。

「ああ、痛むみたいね。悪いけど治療は出来ないわ……いえ、ルー小父さまの居所を教えてくれたら治してあげないことも無いけど」

「……ガイアス」

 あっさりばらした。

 拍子抜けしたチャンスは膝から崩れ落ちた。

「お前ね、おっさんの部下ならもっとこう……」

「ルー先生には……」

 若葉は上体だけを起こす。上着は、血で染まっている。

「命より優先するものなんて無い。そう教えられているからね……」

 若葉はそれだけ言うと、不敵に微笑みながらユーネを上目遣いで見た。その目は「治してくれるんでしょ?」そう言っていた。

「はいはい」

 約束だから仕方が無い。ユーネは若葉の脚と、腕を後ろ手に縛った後で、若葉に治癒術を施した。

 治癒を終えた後、ユーネは若葉をその辺に転がした。

「あなたの仲間がそのうち探しに来ると思うから」

 若葉は頭だけ残してぐるぐる巻きになっている。JTが面白がってさらに厳重に縛り上げたのだ。

 チャンスは若葉の魔剣を拾い上げ、彼の真似をしてだらりと下げてみた。

 水は滴らなかった。

「…………」

 若葉が笑う。

「魔剣にも、好き嫌いがあるんだろうね」

「そーみたい」

 チャンスは石畳がはがれて土が剥き出しになっている箇所に若葉の魔剣を突き刺した。

「さて、それじゃあ帰って寝ますかね」

 3人は壁の崩れた穴から遺跡の外へ出ようとする。

 チャンスは振り返って、

「おっさんによろしく。またな」

 若葉に向かってそう言った。

(じゃあな、だって。おかしなやつだな……)

若葉は手でも振ってやろうかと思ったが、みの虫と化した身ではそれもかなわなかった。