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 雑然、混沌とした街の市場。早朝にもかかわらず人通りは多く、賑やかであった。

 チャンスはJTと一緒に朝市に食料の買い出しに来ていた。

「これで全部か?JT」

 背中のリュックサックと両手を大荷物に占拠されたチャンスが、自分の前を歩くほぼ手ぶら状態の少女に訊ねる。

「うん、大体そんな感じ。……っていうかさ、チャンスってばこんなところにまで剣を持ってこないでよね。物騒だわ」

 チャンスの腰には、愛用の炎の魔剣が下がっていた。

「うっせーな。物騒なのは俺じゃなく世間のほうなの」

 しかし、両手を荷物に塞がれていたら剣が威力を発することはないだろう。

「こんなところでそんなもの……」

 JTがつぶやきかけたところで、通りの向こうのほうから「どどど泥棒ーっ!!」という悲鳴にも似た声が聞こえた。賑やかな市場がさらに一掃賑やかになる。騒がしいとったほうがふさわしいが。

「ほらな」

「なるほどね」

 チャンスの言葉にJTが頷く。

 そんなふたりの方向に(まさか二人の下へ駆け寄ってくるわけではあるまいが)走ってくる者たちがあった。どうやら泥棒のようだ。数は、3人。

「どれ、朝の運動といきますか」

 チャンスは両手と背中の荷物を道端に降ろし、剣を抜いた。

「わ、チャンス、まさか斬り捨てごめん?」

「剣の腹で打つよ。抜いてるの見ればびびるだろ」

 道の真ん中に立ち、正眼に構える。

 泥棒3人組がものすごい勢いで走ってくる。先頭に立つのは左頬に傷のある大柄な男。後ろには小柄な女性と、黒のローブを纏っためがねの男。

「止まれ!」

 チャンスが剣を構えて大声で制止を促す。しかし、泥棒たちは全く勢いを緩めない。その迫力にチャンスのほうが気圧された。

「だっ、……だから止まれってば!」

「うるっせえ!!!」

 暴走馬車のごときその様相に怯んだチャンスは簡単にぶっ飛ばされた。

 泥棒たちはそのまま、まんまと逃亡してしまった。

「もー、めちゃめちゃかっこ悪かった。ものすごくかっこ悪かった。力いっぱいかっこ悪かった」

「もういいって」

 宿の朝食を終えて宿の部屋でくつろいでいる時も、JTはチャンスの無様さを強調することを忘れない。食事中も「かっこ悪い」を連呼していた。チャンスはその横で、それを憮然として聞いていた。左の頬には湿布がぺたりと貼られている。

「いきりたって出ていって一発でのされたんだよ?ちょーかっこ悪い。幻滅だわ、お兄様」

「何がお兄様だ。ってかちょーとか言うな」

 テーブルに掛けて本を読みながら聞いていたユーネが、さすがに口を挟む。

「そういう風にいうもんじゃないわよJT。罪人を許さずと飛び掛ったチャンスの精神こそ美徳であり、評価されるべきなんだから」

 今でこそチャンスを庇う発言をするユーネだが、チャンスたちが宿に戻ってその話を聞いたときは「ふっ」と冷笑しやがったのだ。非情な女だ。

「だってかっこ悪かったんだもん」

 この妹は何処までも兄の尊厳を貶めたいらしい。ユーネが釘を刺す。

「だからそういうこと言わないの。大体、普段だってそんなにかっこいいかしら」

 ぐさっと。刺したのは釘ではなく鋭い針だった。

「それはそうだけど……」

 さくっと。全く擁護しない妹。

「お前らなァ!」

 チャンスがぼやく。全く、女が二人以上いるとろくな話をしない。

「ちぇっ。もーいーよ。俺、ちょっと出かけてくるわ」

「何処行くの?」

「何処でもいいだろ~が」

 というと、チャンスは帯剣して部屋を出て行った。

「子供ね~」

 チャンスが出て行った後のドアを見つめて誰にともなく呟くJT。部屋にはユーネしかいないのだが。

「負けず嫌いなんだから」

 ユーネは再び本に目を落としながら呟く。

「でもまあ、それがいいところよね。ある意味」

 それはふたりの共通の見解だった。

 悔しくて悔しくて、誰もいない公園で無我夢中に剣を振るった。ちくしょーちくしょーと心の中で叫びながら。涙目で。

「ちくしょーちくしょーちくしょー!」

知らぬ間に声に出ていた。たまたま通りがかった初老の男性が目を合わせないように顔を伏せて小走りに通り過ぎたがそれにも気づかなかった。

「ちくしょーちくしょーちくしょー!」

 チャンスはストレスがあってもだれかに怒鳴りちらすような真似はしない。ましてや女に。昔からこうだ。育ててくれた母親が「女にあたり散らしたり泣かしたりするのはみっともない」と子供の頃からチャンスに教えてきたからだ。だから悲しいとき、ストレスを発散したいときは、黙って誰もいないところでちくしょーちくしょーと剣を振るっていたのだ。そういった環境が辺境で稀有の少年剣士と呼ばれたチャンスの土台を作り上げたかもしれない。

「おーい、……誰だよ。ちくしょーちくしょーってうるせえなあ」

 チャンスが一心不乱に剣を振るっていると、公園を覆う植樹林の中から声が聞こえた。疲れて集中力が落ちていなければ、その声を認識していなかっただろう。声の主はのそりとチャンスの横に現れた。

 声の主は、大柄の、頬に傷がある男――チャンスはその顔に見覚えがあった。

「あ、アンタは…!」

「あん?」

 今朝、朝市にいた泥棒だった。

「!っ」

 チャンスは一歩後方に飛び退り、剣を構える。

「おいおい。なんだよ、物騒なガキだな」

 剣を向けられても、大男は平然としている。みれば、相手は丸腰だった。

「うるせー!ドロボーオヤジが!」

 大男の態度に逆上したチャンスは、剣を投げ捨てて(彼の中に残ったわずかばかりのプライドがそうさせた)殴りかかった。

 チャンスの拳は大男の頬にまともに入った。大男は全くかわそうともしなかったのだ。しかし、その改心の一撃は大男をわずかばかりもぐらつかせることすら出来なかった。

「…………!」

 大男は握った拳を高々と掲げ、それをチャンスの頭に振り下ろした。

 その一撃で、チャンスは昏倒した。

 母に叱られた記憶はいくつもある。

「なんでだよ~!なんで俺が叱られんの?先にいちゃもんつけてきたのはJTのほうなのに」

 このとき、チャンスは8歳くらいだったろうか。叱られて喚くチャンスに、母がおどけたような意地悪な顔でものを言うのだ。

「馬ぁ鹿。JTは女の子なの。それに、JTはあたしの血を受け継いでかわいいからね。あんたはほら……ねー」

 口を右手で軽く覆うしぐさをする。わざとらしい所作だった。

「冗談でもそーいうこと言うなよテメー!幼い子供心が傷つくだろー!」

 母はチャンスの脳天を思い切り叩く。グーで。あまりの痛みにしばらくの間、声も出ない。

「テメーじゃないだろ。お・か・あ・さ・ん」

「……おかあさん」

「そう。お母様」

「変わってんじゃん!」

「お母たま」

「ガキか!」

「ガキじゃん」

 そういってひとしきりからかった後、母はチャンスの髪を強く撫で付けてやった。

「いい?たとえ血がつながってなくたって、アンタは私のたった一人の息子だし、私はアンタの……たった一人じゃないかもしれないけど、お母さんの片割れだからね。OK?」

 チャンスはこくりと頷く。

「よろしい。それじゃあ、ガキはガキらしく外で遊んでおいで」

 チャンスが目を覚ますと、そこは薄暗い場所だった。あまり日が差さない建物の中。わずかに差す光が、そこかしこに舞う埃を照らしている。

 誰かの家だろうか。いや、どちらかと言うと廃屋の一室といった印象だった。チャンスが寝ていたベッドにはマットが敷かれているだけで、ベッド以外には部屋にはカーテンもタンスもテーブルも何もなかった。

 誰がこんなところに連れてきたのだろう。

(それ以前に俺、いつ寝ちまったんだ?)

 チャンスがそんなことを考えていると、不意にドアが開いた。入り口に立つのは、先の尖った耳と、透き通るような白い肌を持ったエルフだった。

「あら、起きましたね」

 エルフはチャンスに優しく笑いかけてくる。その微笑に少しだけ頬を赤らめる。

「頭は大丈夫ですか?」

「…………」

 部屋に入ってくるなり『頭は大丈夫ですか』なんてすげー感じ悪っ。チャンスの顔が憮然とする。エルフはチャンスの顔に誤解の色を見て弁解をする。

「いえ、あのっ、あなたの頭が悪いとかじゃなくて。殴られた頭の具合はいかがですか?という意味で……」

「あん……?」

 チャンスは右手で頭をさすってみる。すると、触ると痛い箇所があった。頭頂部の辺りにこぶが出来ている。

 頭の痛みと共に、チャンスは今朝の2つの出来事を思い出した。市場で泥棒に倒されたこと。公園でそのドロボー野郎に食って掛かったら殴られたこと。

 それで気絶していたと言うわけか。

「……アンタが運んでくれたのか?」

「ええ。捨て置くわけにもいかなかったので」

 それを聞いてチャンスは素直に礼を言う。

「……いえ、お礼には及びません。私も関係がないわけでもないし…」

「?」

「きっ……気になさらないでください!」

 あわてたそぶりで両手を顔の前で振ってみせるエルフ。彼女は無理やり話題を変えようと、チャンスの名前を聞いてきた。チャンスは釈然としない気分ながら、それに返事をした。

「俺はチャンス。あんたは?」

「私はレーネと言います」

 チャンスはレーネの姿を眺めてみる。エルフの顔というのは本当に整った造形をしている。それに、一見して年齢がわからない。このレーネというエルフは人間で判断するならば20歳に満たないように見えるが、実際はどうだか。

しかし、このレーネというエルフはどうもチャンスの知るエルフの印象とは少し違うような気がする。整った顔には気苦労やらなにやらが染み付いているような気がするし、基本的に体の線が細いエルフ族にしては脚が太いような、どうもエルフにしては頑健そうな印象を受けるのだ。

「なんですか、ジロジロ見て。いやな人ですね」

 レーネは頬を赤くしてあっちの方向を見る。

「あ、ごめん……不躾だった」

 顔に疲れが張り付いているとか脚が太いとかなんかホコリっぽいとか……そんなことを考えていたとは口が裂けてもいえない。

「あ、痛つつ…」

 チャンスは頭を押さえる。殴られた(らしい)場所が痛むのだ。

「痛みますか?氷を用意出来ればいいのですけど」

「……そんな上等なモンいらねえよ。明日になりゃあ痛みはなくなるぜ」

 レーネは突然聞こえてきた声に反応しドアのほうを見る。

 大男が、部屋に身を屈めるようにして入ってくる。ドアより身長が高いのだ。

「あ……あんたは……」

 ベッドに腰掛けていたチャンスはその姿を確認してベッドから立ち上がる。

 朝、チャンスを2度もコケにした頬に傷のある大男だった。ドアより高い身長、頑健な体躯、それに褐色の口ひげが顔を引き締めている印象だ。

だがよく見てみると、頭髪やひげには白いものが混じっているし、顔には幾筋もの年輪が刻まれている。その表情も改めて見ると、引き締まっていながらも柔和そうな、人好きのする顔をしている。

「ほらよ」

 大男鞘に収められた剣をチャンスのほうに放る。受け止めたその剣は、チャンスの炎の魔剣だった。

「ガキには過ぎた剣だなあ」

 と言ってくっくっくと意地悪く笑う大男。

「あ……?」

 チャンスはベッドから降り、大男をにらみつける。

「おいおい、俺はお前を守ってやった恩人だぜ?それを殴るのか?」

「は?恩人?」

「そうそう。お前の頭にでけえこぶが出来てただろ?それをどうやって冷やすか検討してた時、俺の仲間が『髪の毛を剃って湿布を貼ればいいじゃないか』と言うからさすがにそれはと思って止めてやったんだぞ」

「なんだよそれ!てめえが作ったこぶだろうが!」

「何言ってやがる。お前がいきなり罪もねえ俺に殴りかかってきたんだろうが」

「罪もねえ!?よくいいやがんなこのドロボーオヤジ!しかもよく考えたらそん時も殴りやがったし!」

「……あ?お前か!市場で抜いた馬鹿は!下手くそが刃物もってたらアブねーだろーがっ!」

「誰が下手くそだとテメー!」

 話がこじれてふたりが取っ組み合いを始める。レーネが見かねて止めにかかる。

「やめてください!だいたい、髪の毛を剃るって言ったときそれを止めたのは私で、イエレさんは面白がってみていたじゃないですか!」

 このエルフ娘はアホなのだろうか。慌てていたとはいえ、それは今言うべきことではない。その発言は案の定火に油を注ぐ結果となり、ふたりの取っ組み合いは過熱した。

「ああ!だからやめて~」

 レーネが叫んだとき、床下からまばゆい紫色の光が湧き上がった。

魔法の光だ。

2階にあったその部屋の床は丸々崩落し、3人ともが瓦礫とともに階下のリビングにどかどかと落下した。

 チャンスは階下に落ちた後、何が起こったかわからないと言った顔で、呆然と何もない空間を見ていた。しかし他のふたりは慣れたものといった顔で(レーネの顔には慣れてしまったことが不本意であるといったような色も浮かんでいた)パンパンと体のほこりを払う。

「……!?」

 チャンスが腰を下ろした場所の板がわずかに動いた。いや、それは崩壊した2階の部屋の床板だった。

「……どいてくれたまえ」

 さらに、下から声が聞こえた。チャンスはあわててそこを退くと、恐る恐る崩れた床板をひっくり返した。そこには、石の下に生息する虫よろしく人間の姿があった。体の線の細い、黒装束とめがねが特徴的な男。男はのそりと起き上がり、開口一番こういった。

2階で騒ぐんじゃない。うるさいだろう」

 堂々と、平然と、自分が床板につぶされていたこともなかったかのようにそう言い放った。

(なに、コイツ……)

 チャンスは背筋が薄ら寒くなった。

「ムヤミ、壊すのはいいけど自分の魔法で埋まってちゃ世話ないな」

 壊すのはいいのか。聞き捨てならない発言をする大男。さきほどの話の流れからイエレと言う名前が知れた。

「天井が高くなっていいだろう」

 と言う黒装束のムヤミと呼ばれた男。かろうじて天井は残っているが、高くていいと言う環境では間違ってもない。

「レーネ、床が散らかった。片付けておけ」

「やっぱり私ですかぁ……」

 瞳に涙を浮かべるレーネ。さきほど彼女の顔に感じた印象……正体がわかった。あれは諦観。あきらめの表情だ。そしてたぶん、いくらかの呆れ。

「まあまあ、泣くな。俺たちも手伝うからよ」

 と言ってがっしりとチャンスの肩を掴むイエレ?

「……あのさ、この場合の俺たちっていうのは、普通そっちのめがねの人じゃないの?」

 恐る恐る抗議するチャンス。どうやら自分が異質の空間に放り込まれたと気づいたようで、すっかり毒気が抜かれていた。

なし崩しにチャンスもリビングの片づけをする羽目になってしまった。散らばった大きな破片を外に出し、レーネはほうきをもって外に掃き出す。

作業中、レーネとイエレは盛んにチャンスに話しかけた。彼らが冒険者であること。魔術師のムヤミを頭に、何十年も一緒に旅をしてきたこと。レーネはムヤミに借金があるそうで、ずっと連れまわされているが、まあ視点を変えればそれなりに楽しいそうだ(逆に言えば、そういった視座をもてない限りとことんつらいということだ)。

イエレの方は、どうして冒険をしているのかと聞いたら、「ムヤミといると面白いからな」だそうだ。こんな、床掃除(というか撤去)とかさせられてどうしてそんな気分になれるのか、チャンスにはわからなかった。

話を聞いていて、チャンスはこの連中がどうやらそんなに悪い連中ではないという気がしていた。おかしな連中であることは間違いないが。

彼らは昨夜、この町に到着し(チャンスが気を失っていたのは4時間ほどで、幸いにもまだ“今朝のこと”は“今日のこと”だった)金を持っていなかった彼らは街のはずれの廃屋であるこの屋敷をみつけ、居ついたらしい。

「チャンスはこの街の子ですか」

 チャンスは待ってましたとばかりに胸を張って応える。

「へへっ。俺も実はレーネたちと同じ冒険者」

「そうなんですか?てっきり国の兵士にでもなりたいの少年かと」

 レーネが驚く。

「ほ~お、あの腕前でか?」

 イエレがニヤニヤしながらからかうように言う。感じの悪いおっさんだ。

「なんだよ。あの2回は虚をつかれたから……」

「真正面から立ち向かってやられようが後ろからばっさりやられようが、戦闘ってのはふつー1度負ければ終わりだぜ?」

 む。

正論に近いイエレの言は、チャンスの頭を一瞬にして沸騰させた。

「じゃあ、次の1回で勝負をつけてやるよ!表に出やがれ!」

 チャンスは炎の魔剣を携え、ずんずかと表へ出て行く。イエレがやれやれと言った体でその後をついていく。

「…参りました」

 闇色のカーテンを引かれようという時間。紫とオレンジが入り混じった空を見上げるように、チャンスは仰向けに地べたを倒れた。妙にさわやかな、さっぱりとした気分だった。

 最初の一本、チャンスは善戦したが、最後の最後で取り落とした。2本目、3本目と続けていって、結局12回戦まで行ったが、4回戦以降はぼろぼろだった。

 真剣を使って手加減され、殺されないままに倒されるというのは、双方に力量差があると言うことだ。

「何で負けたかわかるか?」

 地べたに転がるチャンスを上から見下ろしてイエレが問う。

「……弱いから」

 それを聞いて「上等だ」とばかりににやりと笑うイエレ。負ける理由はそれ以外にないと言いたげである。その辺のシンプルさは、ふたりともよく似ていた。

「明日からここへ通え。稽古をつけてやる」

 翌日。チャンスは早朝からイエレを訪ねた。イエレは屋敷の前の庭で素振りをしていた。

「来たか」

「……来たよ」

 それだけで、あとはモノもいわず剣を抜くチャンス。実戦から技を盗もうというわけだ。

「うらああぁ!」

 気合一閃斬りかかる。イエレは簡単に受け流し、流れるような動作でチャンスを突く。チャンスはそれを、予測ではなく“見てから”かわした。

(……すげえな)

 寸前で止めるつもりだったとはいえ、イエレの今の一撃はかわせるタイミングではなかった。予測していたならまだしも。

 ふたりの剣術の傾向は、チャンスが運動能力と勘で圧すだけの力任せの剣。イエレの方は体に速さこそないが、筋力と経験、それに老獪な無駄の無い技で相手を追い詰める剣。

 力は技を凌駕するが、技は力を凌駕する。しかし、この場合は経験値が違いすぎた。

 圧しているように見えたチャンスは、最後の一線で踏ん張れず、地に伏せた。

「くっそ~!」

「まあまて。一休みして考えながら休み休みやろうぜ。こっちは年寄りだからな」

 チャンスの横にどかっと腰を下ろすイエレ。

(昨日は平気な面してやってたくせに)

 チャンスは心の中で毒づきながらもそれに従う。

「年をとって体が動かなくなるとな、どうやって楽をしようかと考えるようになるんだ。頭を使って考えて、さらに余裕がないもんだから動きに無駄がなくなって、と。そうやってできあがるのが、技術だ」

 チャンスはその話に素直に耳を傾ける。体が動くうちは速さと力で圧してもいい。体にガタが来たら技で戦えばいい。そう言っているようにも聞こえた。

「それにしても、お前の剣は大雑把だな。型がなっていないかと思えば、剣の振り下ろし自体はムダがなく早い」

「そうかな?」

「あれだろう。ちゃんと人から教わったことねーだろ。闇雲に素振りだけやってきた口だな」

 そのものずばりであった。

「……これでも、地元じゃあそう負けはしなかったんだけどな」

「田舎なんてのはそんなもんだろ。素質だけで勝負したって勝てる」

「へえ、素質あるんだ、俺」

「ふ……いらんことを言っちまったようだな。そうだな、うぬぼれなけりゃ強くなるだろうな。お前は」

「ほんと!?じゃあ、次やろうぜ!早く!」

 チャンスは立ち上がり剣を構える。

(ガキってのは、おだてりゃあすぐに飛び上がるんだからな)

 イエレはくっくっと破顔して笑う。

 その後、ふたりは昼まで“休み休み”打ち合った。

 レーネの用意した昼食を貪り食うと、また一休み。イエレは剣の手入れを始める。チャンスの魔剣は通常手入れの必要がない。魔剣と刃を合わせない限りは刃こぼれひとつしないだろう。

 イエレは剣の手入れをしながら、チャンスの魔剣の話題を振る。

「赤い魔剣ってのはいい趣味だな」

「そう?派手すぎかなと思うんだけど」

「そりゃあそうか。それにしても、随分新しい型の魔剣だよな」

 イエレはチャンスが鞘から抜いた魔剣をじろじろと眺める。

「柄の装飾や刀身の形状は最近の流行りじゃないが、それでも十何年か前のものだ。冒険者が持ってるような魔剣てのはだいたいが遥か昔のお宝だからな。そんなのは珍しいぜ」

それを聞いたチャンスは魔剣を鞘に収め、自分の後ろに隠した。

「……やんねーぞ」

「いらねーよ。俺はこっちのが気に入ってるんだ」

 と言って、イエレは自分の大剣を頭上高く掲げてみせる

「大体、盗るつもりなら昨日お前を公園に放って、その魔剣だけ持ってくりゃあいいだろ」

「そりゃそーか」

 イエレはその剣を見て、昔の事を考えていた。

(そういえば昔、こんな赤い剣を持ってたやつがいたっけな……)

 ここ数日、チャンスの動向が不審だ。毎朝早くに出て行ったかと思うと、夕方まで戻らない。JTが何をしてるか問いつめると「どーでもいいだろ」としか返ってこない。4日前に朝市の件でいじめすぎたかもしれない。

「どうしたのかしらねえ、チャンス」

 ユーネもチャンスの動向が気がかりのようだ。

「ユーネも気になる?」

「そうねぇ。チャンスってばほら、……女の子のこととか、ねえ」

 ユーネが薄ら笑いを浮かべる。こういうときのユーネは心底楽しそうなことを考えているというのが最近わかってきたJTである。

「チャンスってば意外と行く先々でやることマメだからねえ」

「…………」

 内心面白くないJTである。

「というわけで」

 どういうわけだか。

「明日、チャンスを尾行してみましょう」

 翌日の朝。チャンスがのそりと起き上がり、剣を持って部屋を出て行った。チャンスより早起きして別の部屋でチャンスが動くのを伺っていたふたりは、チャンスの尾行を開始した。

「それにしても毎日毎朝、こんな朝早くから女の子のところに通ってるなんて、ほんっとマメよね~」

「……そうだね」

 ユーネのなかではもうチャンスが女の子に逢っているというのは決定事項らしい。

 そのあいだにもチャンスは歩いていく。街中を離れ、だんだんとうすら寂れた街のはずれのほうへと歩いていった。

「街の外れに住む深窓のご令嬢かしら」

 チャンスが到着したのは、長く手入れされていないような寂れた廃屋と思しき屋敷だった。

 そこでチャンスを待っていたのは、ひげを生やした大男だった。

「男かぁ~……」

「男の人だねぇ……」

 チャンスはと言えば、その大男と剣の稽古なんかをしている。いや、稽古というか、ただ撃ち合っている。

 見事にユーネの期待を裏切ったチャンスだが、当人はずいぶんと楽しそうなのがJTは気になった。

「ねえ、ユーネ。チャンス……」

「うん。やっぱりあのくらいの歳だと、まだ男友達とじゃれあってるのが楽しいんじゃないかしら。女ふたりと旅をしてると抑圧されてストレスもあるでしょうしね……」

 ユーネも初めの頃はチャンスたち兄妹の間に溶け込んでいくのに苦労したので実感を持っていえるのだ。

JTはというと、ユーネが兄妹の間に入り込めるようにユーネに対して広く懐を開いた。その反面、チャンスの感情をないがしろにしていたかもしれない。チャンスが気を遣う性質だというのを知っていながら、兄妹だという理由だけでチャンスを犠牲にしすぎていたかもしれない。

 

ここ数日間剣の稽古に付き合ったが、チャンスの成長は著しいものだった。ちゃんとした師から剣を習ったことが無いらしく(剣の師匠は“剣仲間の女友達”といっていた)、変な癖がついていなかったので教えた型をすぐに吸収して自分のものにする。チャンスに教えることで十数年もまともにやったことのない自らの型の確認もできた。双方にとってよい実りを得た数日だった。

(それにしても……)

 いるもんだ、と思った。才覚のある奴というのは。ときにムラが多すぎてどうしようもないことがあるが、集中したときの実力はイエレにも計り知れなかった。

 余計なことを考えている間にチャンスの赤い剣先が飛んできた。あわてて受け止めようとするが、受け損なって体勢を崩す。

「貰った!」

 チャンスの次の一撃が入るかと思われた、そのとき――

「!?」

 チャンスのかかとが地をすべり、天を仰ぐ形で転んだ。

 よく見るとチャンスの靴はぼろぼろで、靴底が剥がれてべろんべろんになっていた。

「安物履くからだ」

 イエレが苦笑する。

「脚の力が強すぎるんだな。戦闘中に脚をとられたら死ぬぞ?」

「そんなに悪い靴じゃなかったんだけどな~。じゃあおっさん、新しい靴買ってくれよ」

「馬鹿言え。そんな金があったら宿に泊まるぜ」

「そりゃあそうだ」

 チャンスは靴を脱ぎ捨て、もう一度イエレに正対する。

「じゃあ、もう一本!俺が買ったら靴を買うってゆーのは?」

「だから金が……まあいいか」

いくら成長著しいとはいえ、まだ負けるつもりはイエレにはなかった。

 イエレも剣を構える。

 

ふたりが剣を合わせようとしたそのとき――

爆音が鳴り響いた。

「なんだ!」

 チャンスとイエレは同時に叫んだ。

 ふたりが音のする方向を見ると、その方向からムヤミが走ってきた。

「ムヤミ!?どうした」

「いやあ、しくじってしまったあ」

 頭に手を当てて照れるムヤミ。

そのはるか後方から、武装した憲兵らしき連中の姿が見えた。

ムヤミとイエレは屋敷の中へ逃げこむ。

「あんたら、一体なにやってんだよ!」

 チャンスが叫ぶ。

「少しばかり非合法な金稼ぎを、ね」

 ダンディに答えるムヤミ。聞きたくないけど一応聞いてみるチャンス。

「……非合法って?」

「強盗」

 世界一分かりやすかった。

「どうせ壊すのに夢中になって金取るのを忘れたんだろう」

「おかしいのだあいつら。私は強盗なのにテロだテロだと騒ぎたておって。だいたい、貴様らが手伝わんからいかんのだ」

「どっちみちこうなるのがわかってたから俺は行きたくなかったんだよ」

 屋敷の中ではすでにレーネが荷物を取りまとめていた。本当に予想していたのだろう。

「行くぞ、レーネ」

「はいっ」

 チャンスはその手際のよさに半ば感心しつつ、自分の置かれた状況をすこし考えてみた。

 …もしかしてヤバイ?

「チャンス、あなたは屋敷を出たら反対側へ逃げてください。向こうは私たちの姿を見たら追ってくると思いますから」

「え?」

 レーネが屋敷の裏口を指し示す。

「だ、だって。俺だけ悠々と逃げるわけには……」

「あなたは関係ないんですから」

「だって……」

 チャンスはこの3人を見捨てていくわけにはいかないという気になっていた。

「……俺も行くよ」

 と言ったチャンスの頭に、でかいげんこつが落とされた。

「って!?」

「ガキが来たら邪魔なんだよ」

 イエレはチャンスの襟首をひっつかみ、自分の荷物と一緒に裏口へ引き摺っていく。

「あんだよおっさん!離せ!離せってば!」

 じたばたと暴れるチャンスをもう一度げんこつで黙らせ、裏口の、自分たちが逃げるほうと反対のほうへ放る。

「おめえが守るのは俺たちじゃねえだろう?まずはてめえの仲間のことを考えてからだ。よそに口出しするにはまだまだひよっこだ」

 そういうやイエレは、いつの間にか先へとっとこと逃げていったムヤミの後をついて走った。レーネは心配そうにチャンスを2、3回見た後でそれを追う。3人の姿は、瞬く間に消えた。

「ちくしょう……」

 早く自分も逃げなければ、なんてことは考えられなかった。とりあえず、このまんまではいけなかった。そう思ったが、頭が動かなかった。もう憲兵がすぐそこまで来ている――

「そこの小僧!そこを動くな!」

 気がつけば、屋敷をぐるりと裏手に回ってきた憲兵が2人、角のところにいた。さっさと逃げていれば見つからなかっただろう。

憲兵が走り寄ってくる。

「くそ!」

 はだしのチャンスは立ちあがって剣を握る。砂利が痛い。どうせもうこの街にいるつもりも無い。ここ数日で鍛えられた剣の技を披露して――

ぼふっ。

赤い光と共にそんな音が憲兵たちの背後から聞こえて、ふたりの憲兵は前のめりに倒れた。魔法だった。

イエレたちが戻ってきた?一瞬そんなことを考えたチャンスだったが、現れたのは、自分の仲間たち。

ユーネとJTだった。

「……なんで?」

 としか言えなかった。

「JTの覗き趣味で」

「ユーネのデバガメ趣味で」

 ふたりに声が重なり、お互いの目をキッと睨みつける。

「まあ、このところあなたの単独行動が目に付いたものだから、ちょっとした調査。すぐに帰ろうと思ったんだけどね」

 ぺろりと舌を出してみせるユーネ。

「悪かったよ…」

「…いいよ、別に。あたしたちもチャンスを気遣ってあげれなかったしね。ごめんね」

 JTはチャンスに先に謝られて少し困った顔をする。今回のことで、少しでもパーティ内の理解が深まればいい。JTはそう思った。

「私たちのことはこれでいいわね。この騒ぎ、結構大きなものになってるみたい。どうするの?チャンス」

「…………」

 そんなこと、決まっていた。

街の外れの屋敷から、虚を突くつもりで街の大通りへ入り、街道へ抜けようと考えたがイエレたちだったが、それが間違いだった。街はすでに憲兵で溢れていた。まっすぐ南へ向かい、門を破って逃れるつもりだったが、門へたどり着くまでにすでに20人の憲兵を倒してきた。

あまりに大げさなその人数に、

「ムヤミさんてばどれだけ暴れてきたんですかっ!?」

 レーネが走りながら泣き叫ぶ。

「聞きたいか?聞きたいか?聞きたいのか?」

 ものすごく喋りたそうだ。

「……やっぱり聞きたくないです~!」

 走る、走る。このエルフの脚が太くなった理由がわかろうというものだ。ムヤミたちといると万事この調子なのだ。

「さあて、このまま南門へ行ってもどうなってるかは知れたよーなもんだな、こりゃ」

 心配げに話すイエレの顔は、どういうわけだか心底楽しそうだった。

 要するにイエレは、“こういうのが”心底楽しいのだ。面白いトラブルに事欠かない。だからイエレはムヤミといる。

「でも今回ばかりはちょっと数がな~……」

南門の高い城壁が見えた。だんだんと全容が掴めてくる。門の周りを見たときには、いや、それは正確ではない。彼らの進路の真正面には大勢の憲兵が集まっていて、守っているその場所が門であろうという推測だけだ。

その数、おそらく50人はくだらないだろう。

そのうちの一角が、ムヤミたちを発見して突進してくる。

「ムヤミ!魔法、魔法!」

 さすがのイエレもあわてて叫ぶ。

「いやあ、銀行襲撃で魔力はあまり残ってないのだよ」

「魔力が尽きるまで暴れてたんですか!」

 レーネが叫ぶ。しかも銀行強盗が銀行襲撃に変わっているのをムヤミは自覚していない。

「仕方ねえなあ。がんばってみるか」

 さすがにイエレの笑顔も若干引きつる。がんばってみるかで済むかどうかもわからない。

「うりゃあああ――――!」

イエレが踊りかかろうとした、そのとき。

轟音。

イエレに走り寄った憲兵の足元が、爆発と共に砕けた。うわあなんだなんだと石畳が粉砕されてむき出しになった地面を眺める憲兵たち。どよめきに包まれる周囲。

「わはははははははははははははははははっ!!!!!!」

 一軒の民家の屋根の上に立つシルエットが、3つ。

「犬仮面参上――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」

 そのうちの1人。露天で売っていそうな誰が買うんだそんなもんといった感じの犬のおめんを被った影が名乗りを上げる。手には赤い刀身の剣。そして、はだしだった。

「熊仮面参上~」

もう一人、熊のおめんが名乗りをあげるが、こちらは照れているのか消極的に名乗りを上げる。

そして最後に、

「猫仮面参上――――――――――――――――――!なぁ――――――――――――――――お!でも今日は手ぶらだから見学です」

 やる気があるんだか無いんだか、猫のお面は名乗るだけ名乗っておいてそのまま屋根に座り込んだ。

 3人が名乗り終えると、はだしの犬仮面が屋根からトウッ!とばかりに飛び降りた。犬仮面は着地した脚をじんじんとさせながらも口上を並べる。

「義によって助太刀いたす!」

 言うが早いや犬仮面は憲兵たちに踊りかかる。明らかにどこかで見たことのある技で憲兵たちをなぎ倒す。屋根の上の熊仮面は魔法で援護している。さきほどの爆発も熊仮面の仕業のようだ。猫仮面は猫みたいに丸まりながら見学している。

「イエレさんっ!」

 レーネに呼ばれて、イエレが我にかえる。

「おっ、おお!」

 イエレも参戦する。ムヤミは魔力切れなので見学。

戦闘はあっという間に収束した。

憲兵を全て叩き伏せた後、犬仮面はイエレに剣を向けた。

「靴」

 イエレはしばしの間剣の切っ先を眺めていたが、にやっと笑うやこう言った。

「さっさと逃げねえとあぶねえぞ」

 といってレーネを連れ、すたこらさと街を出て行った。見学していたムヤミはとっくの昔にその場を離脱していた。犬仮面はその後姿を黙って見ていた。

「イエレさん……」

「なんだよ」

「最後くらい手合わせしてあげたらよかったのに」

 イエレは走りながらにやりと笑い、答える。

「あいにく、靴を買ってやるだけの持ち合わせがが無かったからな」

 イエレは「今日を最後にもう会いませんように」と神様に祈った。

次に会ったら、絶対靴を買わされるに違いない。