彼らの道中は非常に順調に進み、ジュデン大陸に到着して3日目の夕方には、目的地の地獄温泉そばの遺跡がある町に到着していた。
「温泉や~!」
地獄温泉に到着して一番感激していたのは、ナナ校三羽烏の隊長であるホンリェ。隊長の威厳などあったものではなかった。湯気立つ町の情景に、彼女は浮き足立つ。
「よっぽど嬉しかったんだな。お前と温泉に来れた事が。……こ~んの色男が」
「常日頃からあいつのテンションはあんなもんや」
ジャレンのからかいを軽く流すウェイ。
「俺は温泉より、ジュデンの闘技場を見ていきたかったわ」
「あはは。まあまあ」
マクレーンが会話に入ってくる。
「調査が終わったらジュデンを観光できるみたいだからね。それまでは温泉を満喫しようよ。あはは」
「おお!そうだよ!温泉と言ったらお前ら……」
ジャレンが腕を天に突き上げる。
「当然、女風呂だろ!くぅぅ……やっぱ温泉の華っていったらこれだよなあ!……よし。今夜早速プランAを決行だぞ、お前ら!」
「プランAてなんやねん……。おんどれの脳内一人会議で立てた作戦なんぞ俺ら知らんちゅーねん」
「あははは」
「何の話をしているのですか?」
興味心身といった風に話しかけてきたのはイエ。
「おっとイエちゃん。俺たちの秘密会議は他の誰かに聞かれるわけにはいかねえんだ。特に女性にはね」
「しやから俺ら関係ないて」
呆れた顔をするウェイ。
「どーせ――」
亞紗も、微笑しながら彼らの会話に参加する。
「――おかしなことでも考えてたんでしょ。ね、ジャレン」
この姫様も、数日間旅を共にすることで、ジャレンや他の仲間の性格をおおよそつかんでいるようだった。
「ひ、姫様、滅相も無い……!いや~、このアホどもが良からぬ企みを持っておりましたゆえ、私が尋問をば」
「……おんどれ、後で覚えときや」
「あはは。凍傷になるまで氷系魔法フルコースの刑だね」
「うわっ!こっちの小っさいの、えげつねえ!」
どっと、笑いが起こる。温泉への過度の期待のせいで輪からもれたホンリェは、
「ほえ?何?何やのん?」
と、軽い疎外感を味わう羽目に。
「ほっほっほ。それでは宿へ向かいましょうか」
シミズ教授がまるで小さい子供たちの遠足に保護者としてついてきた引率の先生のようにみんなに話しかける。
ともかく、東への旅はひと段落したのだ。パーティのだれもが温泉を満喫したいと思っていた。
かぽーん。
「うは~。極楽極楽」
「いや、地獄温泉やけどな」
「あはは」
宿に着いた彼ら男子学生陣は、荷物を部屋に置くと、すぐさま宿の露天風呂に直行した。おそらく、女子も同様だろう。
シミズ教授と御者のシーリーだけは、部屋に荷物を置くと、町長や町のお偉方に挨拶に歩いた。立場のある人間は大変だな、ウェイはそう思った。
彼らは今、真っ裸で宿の岩風呂を満喫していた。
「ともかく……これでひとまず、俺らバスタードファクトリーはお役ごめんってワケだな。のんびり羽でも伸ばすか」
「何言うててん。そういうわけにもいかんやろが。だいたい俺ら、道中もたいしたことしてへんし。結局、港からはジュデンの兵士もついてきたしやな。俺らいらんかったんとちゃうやろか」
「あはは。そんなことないよ。それに、もしかしたら調査中の護衛だって必要になるかもしれないし」
「だってよ、そんな大規模な遺跡じゃねーんだべ?」
「うん。表向きはそうなってるらしいんだけどね。ひとつふたつ扉を開けば、もしかしたら近くにある “大岩塊”のメイズにつながるかもしれないよ」
「なるほどな」
大岩塊とは、この町の外れにある――というか、町の広さは大岩塊に遠く及ばない――巨大な一枚岩で、その内部が世界最大規模の迷宮遺跡であるということは広く知られている。扉を開く、というのは、魔法による封印の解除という意味だ。
彼らが調査する遺跡は大岩塊とは関わりのないものと見られているが、同じ地域にある遺跡だけにつながりがないとは言い切れない。いや、むしろ関わりがないほうが不自然だといえる。
「せやったら余計、俺らよりジュデンの戦士のほうがええんちゃうかな」
遺跡の調査に、ジュデンの兵士は派遣されないことになっている。
「あはは。まあ、実績を考えれば彼らのほうが頼りになるかもしれないけどさ。だけど、そんなに危険だとは踏んでないんじゃないかな。もしくはそれだけバスタードファクトリーが評価されているとかね」
「おいおい……」
それはさすがにマクレーンのおべんちゃらだろう。ウェイが苦笑する。本来、ジュデンの戦士とエリクシアの魔法戦士では、実力は比べるべくもないのだ。
マクレーンが続ける。
「それに、調査で得た実績はできる限りエリクシアで占有したいだろうからね。ジュデンが兵の中にそれなりに知識のある戦士をこっそり忍ばせておくかもしれないし」
「ちょっと待てよ。調査で得た実績はすべてジュデンに引き渡すんじゃなかったっけ?」
調査隊は、調査実績のすべてをジュデンに渡すという約束の下、ジュデン領内での調査を許され、調査中の安全も約束されている。
というよりは、魔法学に関しては先進ではないジュデン国の手に余る遺跡だったので、実際のところはエリクシアのほうが「あんたらじゃわかんないだろうから私たちが代わりに調査してやるよ」といった感じだった。
ジュデンにしてみれば得体の知れない場所は減らしていきたいし、エリクシアは知的好奇心、というか向学の念から、知らない事柄を無くしたいと考えている。双方にそれなりの利益のある契約なのである。
「あはは。国と国の約束ってそんなに真正直なものじゃないでしょ?まあ、危険の有無や扱いを報せるくらいの誠意は見せるとしても、記帳のすべてを見せることはしない、そんなところじゃないかな?ジュデンだって承知の上だと思うよ」
「そんなもんかねえ……」
元来素直なたちであるジャレンは、マクレーンの達観したものの見方に少々辟易していたが、わざわざそれを言って波風を立てることはしない。国ばかりではない。人と人の関係だって、真正直のみではないのだ。
「いかんいかん!温泉に来てまでそんなつまらん話ばかりしてどうする!プランAを実行に移すのは……そう、今しかない!」
「さよか。まあ、せいぜいがんばり」
「あはは。ぼくらはここでまどろんでるから」
「若さのない連中だぜ!じゃあ俺は行くからな!お前らになんか分けてやんねーぞ!」
何をだ。
ジャレンは湯面を波たて、ばしゃばしゃと女湯の方へ向かった。
「ところでや、マクレーン」
「なに~?」
「遺跡調査て聞かされとったけど、よう考えたらその遺跡がなんの遺跡かは俺ら聞かされてへんねん」
彼らの指導教官は非常に大雑把で物事の仔細をいちいち伝えないきらいがある。まあ、それを言ったら現地にたどり着くまで気にもしなかったウェイもウェイなのだが。
「自分ら知っとるんか」
「あははは。もちろん。ていうか、君たちは聞いてないの?」
「まあな。で?」
「ええとね……これ」
といって、マクレーンは湯から両手を出して羽ばたくような真似をしてみせた。
「鳥……?」
「あはは、分かりにくかったかな。ええとね、これから調査する遺跡は古に存在した種族――フェザーフォルクのものさ」
「フェザーフォルク?」
ウェイの顔は、なんだそれ、といった感じだった。
「フェザーフォルク――翼ある種と呼ばれた、背中に大きな羽根が生えた種族のことだよ。聞いたことないかな」
言われてみれば、ウェイも御伽噺か何かで聞いたことがあった。だが――
「ほんまにそんな連中がおったんか?」
「いたよ。多くの書物に不思議な翼人たちの生態が記されていたし、長寿を誇るエデューテの中にはその存在を実際に見たっていう人もいる。数十年前、人間や既知の亜人種よりずっと軽い骨が発見されたのが証拠となり、その存在が証明された……説明としてはそんなところ。現在でもわずかに生き残ってるって説もあるけどね。あはは」
「へえ、知らんかったな」
本当ならウェイたちも魔法学校の講義で学んでいるはずなのだが、うたた寝常習者のウェイはどうやら聞き漏らしていたようだ。
「で、その翼人たちがどうして地上の、それも洞穴なんかに遺跡をこしらえたんやろ」
「あはは。それも含めて、ぼくたちが調べにきたんじゃない」
「それもそうやな。ふう……ずいぶん長いこと湯に浸かっとったな。俺はそろそろあがるで。マクレーンはどないするん?」
「ぼくもあがるよ。ジャレンも帰ってきたしね」
ジャレンは泣いて帰ってきた。その理由を、ウェイは聞かないことにした。明らかに攻撃魔法で撃退されたと思しき傷跡を残す彼に、いちいち聞くことではなかったから。
この夜は地獄温泉到着祝いと、明日から始まる調査へ向けての充電を兼ねて、ちょっとした宴会になった。ちょっとした、というのは、道中の疲れを温泉で癒したのはいいが、それで夢見心地になっていたところに酒が入ったことで、面子のほとんどが早々にダウンしてしまったからだ。
ジャレンとホンリェは短時間のうちに羽目をはずしまくって短命のセミのように燃え尽き、マクレーンはいつもの能天気な笑顔のままいつの間にか寝に入っており、もともと体力の上限値が低かったイエに至っては乾杯する前からすでにウトウトしていた。シミズ教授も早々にダウンし、下戸のシーリーに連れられて退席。
さて、残った二人は――
「ふう。こいつで最後だな……」
「ごくろうさま」
亞紗が畳の上に敷いた布団に、ホンリェが寝かせられた。浴衣がはだけてみっともないことこの上ない。
ふたりは、宴会場で眠ってしまった学生たちを一人ずつ部屋に送り届けていた。
4人を運んだのはウェイ一人だが、ジャレンを除けば、あとは体重の軽いマクレーンと女子2人だったので、それほどの負担ではなかった(正直に言えば、長身の上それなりに鍛えられているホンリェは決して軽くはない)。
ウェイが運んで、亞紗が布団を敷く。恐れ多くもエリクシアの姫に布団の用意をさせたのだ。ジャレンなどは感涙にむせび泣くかもしれないが、ウェイはジャレンにその事実を教えてやるつもりはなかった。
「ほんだら、俺はこれで」
「あ、ちょっと待って。外に酔いを覚ましに行きたいんだけど、付き合ってくれない?」
「ええ、構へんですよ」
ふたりは慣れぬつっかけをはいて、丸石敷きの風雅な庭園を散歩する。
思えば、ウェイと亞紗が二人きりになるのは船上の2日目以来だった。あの日以降、この組み合わせで二人きりになったことはない。
ウェイは、彼女が言った“あなたたちのお姫様なんかじゃない”という言葉の意味を、彼女の口から聞いていない。それを聞くことは、なぜかはばかられた。
だからウェイは、それとはまるで関係ないことを彼女に聞いた。
「亞紗姫は……酒、強いねや?」
「え?う~ん、どうかな、なんで?」
「いや、なんでてことないですけど。疲れてるはずやのに、最後まで席に居て起きてはったから。それだけです」
「うん。きっと、ずっと気を張ってたから……かな。時間が経つにつれて『ああ、このまま全滅したら、後始末は自分がしなきゃ』って思って」
「ははっ。俺も似たようなもんや。お互い、損な性分やね」
顔を見合わせて苦笑するふたり。
「せやけど、亞紗姫はお姫様のわりに、やることみんなそつがないな。お姫様のたしなみいうやつなんか」
先ほどの宴会の後始末だけではない。船内でも厨房の仕事をしっかりとこなしていたし、陸路でも、彼女はイエ、マクレーンとともにパーティーの料理番を務め上げた。おおよそ一国の――末席とはいえ――姫がするようなことではない。
「……違うわよ。普通のお姫様はそんなことをしないわ。料理も掃除も、すべて侍女の仕事だもの」
「普通て、そんなん亞紗姫かて……」
そこで、ウェイは彼女が言っていた“あなたたちのお姫様なんかじゃない”という言葉を思い出し、口を噤ませた。聞いてもいいだろうか。これは、よいきっかけになったといえるかもしれない。
ウェイがしばし思案していると、亞紗のほうが口を開いた。
「――船でも言ったとおり、あたしはあなたたちのお姫様じゃない」
亞紗のほうから、その話題に抵触してきた。
「……その話、俺が聞いたってもええんですか?」
彼女は、返事をする代わりに続きを話し始めた。
「私が小さい頃、母たるエリクシア女王のもとから離されて、とある老夫婦の元で育てられたという噂は知っている?」
「……噂くらいは」
「それは、最初から間違いなの」
「最初から?」
ウェイはまだ話がつかめない。
「どういうことなん……」
「それは順を追って話すわ……あなたも知ってのとおり、現在エリクシアには5人の姫がいる」
もちろんそれくらいは世相に疎いウェイだって知っているエリクシア国民の常識だ。
「だけど、5人の姫のうち、エリクシア女王の実子は1人だけ……」
「なっ……!?」
にわかには信じがたい話を聞かされて、ウェイは言葉を失う。
「エリクシアで信じられている女王の処女懐妊……天上宮に住まう女王の体に神の子供が降りてくる、というエリクシア国民の間では常識になっているその話も、嘘。実際は大陸各地で潜在的な魔法の素養のある小さい娘を集めて、エリクシアの姫としての体裁を整えているの……」
「なんでそないなこと……」
「エリクシアの誇りのためよ。エリクシアの王族が高い魔力を有しているというのは世界でも知られているところ。だけど、稀に魔力の弱い娘が生まれてくることがある。集められた姫は、そんな時のための保険に過ぎない……エリクシア王家は血の存続よりも、世界最高の魔法力を世界に誇ることのほうが大切なの……」
「ほんだら、亞紗姫……つまり、あんたも」
亞紗がうなずく。
「私はエリクシア王宮から末の姫として迎え入れられた、ただの薬師の孫娘」
「私は10歳になるまで、旅の薬師だった祖父母とともに大陸中を巡り歩いた。両親は私が生まれてすぐに亡くなったと聞かされていた。だからずっと、祖父母が私を育てくれた」
ウェイは亞紗の独白に黙って耳を傾ける。
「祖父は腕の良い薬師だったけど、商売気のある人じゃなかったから暮らしは楽じゃなかった。だけど、祖父も祖母も人柄が良くて優しい人だったから、私は幸せだった。
王宮から使いがきたのは、私が10歳になったばかりの頃。王宮の占術士が、姫の末の妹として私を選んだんだって。非常に強い魔力を内に宿した、姫。彼ら来たときから私を姫と呼んだ。
この頃の私は、当然王宮の仕組みがどうなっていたのかわからなかったから、私が王宮に入ることで祖父母が王族の親戚になると思い、素直に喜んだ。祖父母に不自由な思いをさせることがなくなる。単純にそう思っていた。
「王宮に入ったことで、暮らしには不自由しなくなった。女の子ならだれでも憧れる御伽噺のような王宮入り。だけどそれ以来、私は私を育ててくれた祖父母に会えなくなった……」
その話を聞いて、ウェイは亞紗がやけに旅慣れていた理由を悟った。生まれて間もない頃から旅の薬師である祖父母とともに旅をしていたのだ。少なからず体が感覚やペースを覚えていたに違いない。
「女王陛下には感謝しているの。勉強をする機会を与えてもらったし、祖父母に会えないことや王宮の秘密の義務、それに時折参加させられる式典への参加を除けば、それなりに自由にさせてもらったから……」
「……それやったら、満足してはるんと違いますか」
「…………生活には満足はしてると思う。だけど」
前髪の下の眉間に、深い皴が寄る。
「私の居場所が、エリクシア王宮ではないと感じている。10歳の頃から私はお姫様……だけど、いまだに私は王宮の中に居場所を見つけることができない」
「…………」
「だからあたしは、いつまでたっても野良の姫でしかない」
亞紗は、月の輝く空を仰ぐ。
「ごめんなさいね、つまらない話をして。それじゃあ私……」
「……野良の姫でも、ええんと違いますか?」
「え?」
亞紗はウェイに向き直る。
「亞紗姫は、立派な姫君やと思います……場所なんかは関係ない。俺は、亞紗姫にやったら俺の剣を預けたってもええと思ってます」
ウェイは片膝をつき、腰に差した剣を抜き放って亞紗姫に差し出す真似をしてみせる。浴衣を着たままでの動作は、亞紗以外の者が見たならば、まるでおどけているように見えただろう。しかし、ウェイの顔はあくまで真摯だった。
「立つ地が砂塵舞う荒野であれ、そこに野良の姫が居わすならば、その場所こそが我らが王国。我らが主戦場」
「ウェイ……?」
「野州・亞紗姫が近衛、野良の騎士団。……俺の憧れや。お姫様の騎士いうんが。
それが亞紗姫の騎士やったら最高や。こんな礼儀知らずの騎士やけどな」
「そんなことない……」
亞紗はウェイの掲げる見えない剣を受け取る動作をする。亞紗の顔は、まさに“姫”のそれとなった。眉間に刻まれた深いしわがほぐれる。
「亞紗姫……」
亞紗は逆手に空の剣を握り、
「ウェイ。この旅の間だけでも、私の騎士でいてくれますか?」
亞紗は再び、ウェイに空の剣を差し出す。ウェイはそれを受け取る仕草をし、
「御意に……」
調査が始まって3日目。シミズ教授はじめ、第一魔法学校の学生たちによる調査活動は順調に進んでいた。ウェイたちバスタードファクトリーの面々は、時折スコップを持って発掘のための土起こしをすることもあったが、ほとんどの時間は遺跡のある洞穴の内外でぼんやり警備をしているだけだった。
現在のウェイの担当は、ホンリェとともに入り口の警備だ。そんなに広くはない洞穴の中で7人も(御者のシーリーは書簡を持ってジュデン王都に出向中である)ぎゅうぎゅう詰めではいかにも効率が良くない。だから、直接作業に関連しないバスタードファクトリーの連中は洞穴内に一人だけを警備に残し、残りのふたりは入り口で警備ということになった。そして、中の一人は1時間ごとに外の一人と交代するようにローテーションを組んだ。
ウェイは20分ほど前に、ジャレンと交代して外へ出たばかり。
「ああ~退屈やあ……」
手ごろな石に腰をかけて座っているホンリェ。彼女は心底退屈そうにして、時折あくびなどもして見せた。
「ほん~まに何もすることないねや」
「昨日から何度同じことをぼやいてんねん」
ウェイは大きな岩に腰掛けながらホンリェのぼやきを聞いていた。
このホンリェ、初日こそそれなりの緊張感をもって外の警備についていたものの、2日目からは「退屈」「暇」「つまらん」を連呼し、ウェイをげんなりさせた。
「せやかてなあ」
「中に居ってようわからん古代語眺めてるよりはよっぽどええやん。それに外に居ったらお日様の下で休憩同然やねんから」
「日向ぼっこも1日2日やったらええねんけど……」
「そんなに暇やったら俺が稽古つけたってもええで。確かに、こんなに暇やったら体もなまってまうやろからな。ほんまはあかんねやろけど」
寄りかかった大岩から体を起こし、腰の剣を抜くウェイ。
「……せやね。少しくらい体動かさんと。せっかく温泉もあるんやし」
石から腰を上げ、ホンリェも剣を抜く。
「おっしゃ」
向かい合って構える。
「――やああっ!」
ガイン、剣と剣を打ち合わせる音があたりに響く。
と、その時――
「何をしているんですか!?」
「!?」
ふたりが稽古を始めたところで、洞穴から出てきたイエが何事かという顔をして二人の間に割り込んできた。
「どんな理由かはわかりませんが刃物を振り回してケンカをするのはいけません!」
どうやらイエは、ウェイとホンリェが喧嘩を始めて、それがエスカレートして剣を抜いたと勘違いしたらしい。
そんなイエの必死な顔を見て、ホンリェが笑う。剣を地面に投げ出し、腰を屈めて自分よりずっと身長の低いイエの頭を抱き寄せる。
「あほやな~。あたしらがケンカなんてするわけないやん。うちら相思相愛、なかよしこよし、ラブラブカップルやねんで」
ぽかんとするイエ。
「え、じゃあ……」
ウェイは剣を収め、イエの疑問に答え――
「過激な愛情表現だね。あははは」
「こいつらが痴情のもつれで刃傷沙汰を起こすのは日常茶飯事だからな、いちいちかまってやるだけ疲れるってもんだぜ。物騒なやつら」
「単なる稽古や!……って、お前ら何してんねん?」
イエに続いて、マクレーンとジャレンが洞穴から現れる。
「あはは。シミズ教授がね、休憩していいって。明かりが灯っているとはいえ、何時間も洞穴の中にいると息が詰まるからね」
ウェイもホンリェも、当然一人足りないことに気づく。
「あら、亞紗は?」
「亞紗姫なら教授と一緒に魔法の扉の解呪作業だよ。ああそれとな、俺たちの休憩が終わったらお前らも一緒に来いってさ」
「ほえ?」
「なんや、穴掘りかいな?」
「あはは。違うと思うよ。結界をいくつかくぐっていったら、魔法の錠がかかった扉を見つけてね。いま、それの解呪してるんだけど……」
顔を見合わせるウェイとホンリェ。ホンリェはいやそうな顔をしている。
「どうもね、繋がりそうなんだよね。大岩塊のメイズに。あははは」
暗い洞穴の中には、亞紗とシミズ教授だけがいた。
扉の解呪は半ばまで進んでいた。
「……亞紗姫」
「亞紗で、構いません。シミズおじさま」
「――わかりました。亞紗、本当に構わないのですね?エリクシアのプライドは蛇の執念を持ってあなたを追うでしょう」
「ええ。ここに来る前に覚悟は決めてきました。……私のわがままでおじさまにはご迷惑をかけることになりますけど」
「私のことは構いません。こういってはなんですが、エリクシアの第五王女と主席文官を秤にかけたところで、私のほうに傾くのは目に見えています。あの子らをかばいきることだってね。だから心配はいりません」
シミズ教授はおどけて笑う。つられて、亞紗も。
「ふふっ。そうですね」
狭い洞穴の中に、足跡が近づく音が響く。
「さて、彼らも来たようですね。それでは続きをはじめましょう」
「はい……」
亞紗は呪文の続きを唱え始めた。
洞穴の奥、現在調査を行っている少し広い空間に、シーリーを除いたパーティー全員が集合することになった。魔法の錠がかかった扉の前には、シミズ教授と亞紗。どうやら、解呪は亞紗が行っているようだ。もっとも、魔法力では亞紗のほうがシミズ教授より上位なのだから当然といえる。
「おや、皆さん早かったですね」
「ええ。扉が開く瞬間を見たかったので」
イエが微笑してそう答えるが、ホンリェやジャレンなどはまるで“開いてくれるな”と祈っているようだった。
「そうですか。それではいいときに来ましたね。――もう開くようですよ」
シミズ教授がそういったところで、扉がぎ、ぎ、ぎ、といった音を立てて自ら開いていく。
「おお!」
扉の向こうは、洞穴に灯したランプの光が先に届かないほどの長い廊下だった。
「すっげ~。ダンジョンだぜダンジョン!」
「どー考えてもこの先はダンジョンやねぇ……」
「ええやんけ。自分、暇しとったんやろ?」
「あはは。冒険だね~」
「この先にはなにがあるのでしょうね……」
各々で感想を口にした彼らは、亞紗とシミズ教授の表情がこれまでになく真剣なものだったということに誰一人として気づいていなかった。