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 エリクシア王立魔法学校。エリクシアを支える魔術師を養成するべく設立された、エリクシアの最高学府である。王宮を囲むように7つの学校が配置されている。

 ウェイはエリクシア王立第七魔術学校の魔法戦士学科に属する学生である。

 ぼさぼさで伸び放題の灼けた真っ赤な髪に、がっしりとした長身。その手足もずいぶん長い。戦闘に特化した種族である炎の民の特徴である。

 後者の裏庭。明々と光る太陽の下、ウェイは練習用の木剣で黙々と素振りを続けている。

「ウェイ~」

 彼の横で木にもたれかかってそれを見ていた女が、のんびりとした声で長身の男の名を呼ぶ。

「ウェイ、なにもたまの休みの日までそんなんせんでもええんちゃうかなぁ」

「ええやん、他にすることもないしな」

 ウェイは女の声に返答しながらも、素振りはやめなかった。

「エリクシアで年がら年中剣を振り回してる男なんて、王宮(パレス)の魔法戦士を数えても何人もいてへんわ、きっと」

彼女の名前はホンリェ。女ながら酔狂にも魔法戦士学科に在籍している。すらりと背の高い彼女は並の男よりもずっと背が高い。長い黒髪がなければ男と間違われるかもしれない。体格のよい者がずらりと並ぶ魔法戦士学科に居ても彼女の長身は際立って目立つくらいである。普段は彼女よりもずっと長身の、魔法戦士学科を見回しても1番か2番目に背の高いウェイと一緒に居るため、幾分かましに見られる。

 ウェイとホンリェは共にエリクシアの第7地区(エリクシア第五魔術学校の所在地。首都の区名は魔術学校の番号と同じである)出身である。

第5地区出身の彼らがわざわざ第七魔法学校を選んだのには理由がある。

エリクシア王立第七魔法学校の魔法戦士学科は「魔法戦士工房(バスタード・ファクトリー)」と呼ばれ、昔から多くの優秀な魔法戦士を輩出し続けている名門である。他の学部の水準は軒並み低いが、魔法戦士学科の優秀さは他校の比ではない。バスタード・ファクトリーの学生に言わせれば、他校の魔法戦士学科の学生は剣の扱いすらまともにできない、というところである。

ウェイとホンリェはバスタード・ファクトリーの一員になることを夢見て、王立第七魔法学校の門戸を叩いた。

まわりは気の荒い第7地区の地元民ばかり。そんな中で、お互いに同じ匂いを嗅ぎ取ったウェイとホンリェが出会った。

2人は同郷の好で一緒に行動するようになった。最初はクマネズミの中に放り出されたハツカネズミのような心細さから(よくわからないが)一緒に行動していたが、なにせ男と女、二人とも、だんだんと相手を意識するようになり、また、お互い相手のそんな気持ちもなんとなく察していた。

「あ~ん。どうせのんびりするなら、温泉地とかで日柄一日ぼんやりしてたいなぁ」

「ばばくさいなあ」

「うち、おばあちゃんでもええ。温泉行きたいねん」

「ジュデンまで渡れば地獄温泉いうのがあるらしいで」

「うん。ええなあ。温泉ええなあ。ジュデントーナメントも観たいなぁ。旅行したいなあ」

 ホンリェはぼんやりと天を仰ぐ。ウェイは依然素振りの手を休めない。

「なあなあウェイぃ、卒業したら一緒にジュデンに住まへん?」

「はぁあ?」

「せやから、卒業したら、ジュデンに移住して~、ジュデントーナメント見て温泉入って楽しく暮らすんよ」

 ウェイはいいかげん木剣を降ろす。

「何やそれ。……だいたい、なんで俺がホンリェと暮らすねん」

「ウェイ、いやなん?」

「あん?」

「あたしと一緒なんが」

 ホンリェの態度がおどけた調子から真剣なものにかわる。

「ウェイの気持ちは、あたしと同じやって思ってたんやけど、あたしの自惚れやったんかなぁ……?」

 そう言って俯くホンリェ。

「え、いや……」

 その時のウェイの内心の動揺は、この上なく大きいものであった。これまではあいまいな関係に依存し態度を保留にしてきたが、それも今日までだろう。とうとう来るべき時が来た、そんな感じだった。

 ウェイは紡ぐべき言葉、以前から考え用意していた言葉を思い出し、頭の中で反芻していた。心の準備だ。

 そして、いざと決心したウェイだが、ホンリェのとった行動は彼の予想外のものだった。

 彼女は彼の前で目を閉じ、唇を小さく突き出して見せた。言葉ではなく、態度で示して見せろというホンリェの意思表示だ。むしろ脅迫に近い。ウェイの用意していた言葉は無駄になった。

(ええい!)

 ウェイは覚悟を決め、彼女の唇に自分の唇を――

ゆっくりと、重ね合わせる。

 ウェイがホンリェの唇の感触を感じていた、その時――

「―――ぃいやったー!やりやがったーっ!!」

 校舎の脇から、木の影から、窓の外から、歓声とも怒声ともつかない声が沸きあがってきた。それを合図にするように、校舎の脇から、木の影から、窓の外から、人が飛び出してきた。バスタード・ファクトリーの学生たちだった。

 なだれ込んできた学生たちは一人一人ホンリェとハイタッチをかわし、数少ない女子学生がホンリェと抱擁を交わし、最後には大歓声と共にホンリェを胴上げした。

 ウェイはそれを呆然と眺めていた。

 ここはエリクシア王立第七魔法学校。国内最高の魔法戦士たちが巣立っていく場所である。

「誰かいる?」

 亞紗は研究室の中をぐるりと見回し呼びかけたが、誰もいないのはすぐに分かった。

「しょうがないわね」

 亞紗はきびすを返してその場を立ち去ろうとした、そのとき――

「あはははは!亞紗、どうしたの~?」

「わ」

 いつの間にか背後にいた女子学生に話しかけられた亞紗は、驚いて飛び上がった。

「あはははは!」

「シウリィ……」

 声をかけてきたのは研究室の同僚であるシウリィだった。

 シウリィは亞紗をそのまま研究室に押し込める。

「あは!何か用なの」

「別に、シウリィに用はないわよ」

 亞紗はいすを手繰り寄せて座りながら、眉間に指を当てる。亞紗のしかめっ面は幼少の頃からの癖みたいなもので、今やもう顔に固定されつつある。ある時、眉間のたて皺を友人に指摘されて以来、彼女は前髪を下ろしている。皺隠しのためだ。

「イエとあんたの兄君のマクレーンを探しているのよ。来週の学術調査に同行するでしょ?」

「あはは!ジュデン地方の地獄温泉の泉質調査だっけ?いいな~、あたしも行きたかったな~」

「違う~。その近くで発見された遺跡の調査!」

 亞紗は眉間にしわを寄せながら訂正する。

「あはは!でも温泉には入るでしょ?」

「そりゃあ、まあ、ね」

 亞紗たちが向かう遺跡の近くには、ジュデン大陸有数のレジャースポットである地獄温泉がある。調査が終わるまでは、そこに宿を構えることになる。

 ここはエリクシア王立第一魔法学校。エリクシアのみならず、世界で最も権威のある学術機関である。エリクシアの将来を支える魔術師たちの多くはこの学校の出身者である。

今回、ジュデンの地獄温泉に程近い場所で発見された遺跡の調査隊に、亞紗も選抜された。

「あはははは!気をつけてね、お姫様が人前に軽々と柔肌さらすなんて、ダメなんだからね!」

今日の講義はこれで終了だ!」

 その号令で、教室中のあちこちから気の抜けたため息やら「終わった終わった」という声が聞こえる。バスタード・ファクトリーの学生たちはどちらかというと体力勝負なので魔術の講義にはそれほど熱心ではないが、居眠りをする者がいようものなら、鞭のようにしなる竹の棒で思い切りはたかれるのである。

 ざわめく学生たちに、教諭がもう一度声をかける。

「待てぃ貴様ら!今からミーティングをするので席に付けい!」

 教諭の号令で、学生たちは再び着席し、沈黙する。この熊のごとき体躯の教諭に逆らおうものなら朝起きてから夜寝るまで、女子校と呼ばれる王立第六魔法学校の周りを腰布一枚で走らされるのだ。

 一人の学生が、手を上げて起立する。

「教諭殿!ヤオとチョンクイはさっさと帰ってしまいましたが」

「構わん!やつらは機会を逃した!それだけのことだ!」

 機会?何のことだろう、とウェイは少し考えたが、黙って話を聞くことにした。

「さて!今回のミーティングだが……イチ校がジュデンの地獄温泉近隣で発見された遺跡の調査のために調査隊を派遣する、という話は貴様らももちろん知っておろうな?」

「教諭殿!全く存じ上げません!初耳であります!」

 さきほど発言した学生が教諭に報告する。彼をはじめ、他の学生たちも初耳です、という顔をしていた。

 しかし教諭は構わず話を続けた。

「そこでだ(ここで学生たちの大半が「“そこで”じゃねー!」と心の中でツッコミをいれた)、我がナナ校から護衛のために魔法戦士を派遣してほしいとの要請があった!」

 おおお。教室から小さなどよめきが起こった。ちなみにイチ校とは王立第一魔法学校のことであり、ナナ校は第七魔法学校ということになる。

「教諭殿!質問であります!なぜ我々ナナ校にお声がかかったのでありますか?学術目的の調査ならば、国から兵士を派遣していただけるのではないですか!」

「ふふふ……日柄一日分厚い本ばかり読んでいる国の魔法戦士と、週に6日はわしに鍛えられている質実剛健(スパルタン)な貴様ら。さて、豚はどちらだと思うのだ?」

 しーん、と教室内が沈黙する。

「まあ、それは半分冗談だ。今回はさして危険もないだろうというのでな。まあ、温泉地へ研修旅行に行くようなものだ。と言うわけで3人、魔法戦士を派遣することになる。長期間にわたってジュデンに滞在することになるかも試練知れんが、研修扱いになるので単位のことは心配いらんぞ」

 教室内が少しだけざわめく。護衛のことを別にすれば、これはちょっとした温泉旅行である。温泉旅行に行ける上に単位まで。魅力的な提案であったが、ここで即決するのはやはり難しいのか、希望者の姿はまだ無い。

「誰かおらんのかぁ?温泉だぞぉ~う?希望者がいないのならわしが行っちゃうぞぉ~?ん?」

 あんたが行ったら講義はどうなるんだとみんな思ったが、口にする者はさすがに一人もいなかった。

 この話に、強烈に心が揺れ動いている者が一人いた。

(温泉旅行……ジュデンで温泉……ウェイと二人でお・ん・せ・ん!)

 そして彼女は即断即決、元気よく手を上げて起立した。

「押忍!教諭殿!あたし、温泉……じゃなくて、自分、調査隊に同行したいであります!」

「うむ!ホンリェか!まずは一人目だ!」

 ホンリェが名乗り出たところで、今日室内の温度が少しだけ上がった。キラーンという音も鳴った。目が光る時に鳴る擬音だ。

「押忍!!教諭殿!推薦であります!」

「自分も推薦者がいるであります!」

「右に同じであります!」

 と、3人ほど立ち上がった。

「ウェイが『死ぬまでに 行ってみたいな 地獄温泉♪』と五七五で詠っていたのを耳にしたであります!」

「ウェイが『俺は死ぬ時は温泉で死にてぇぇ』などと我々にいちいち触れ回っていたであります!」

「ウェイが『っていうか温泉でホンリェといちゃいちゃしてえよ』と破廉恥なことをほざいていたであります!」

「言ってへんわ!!!」

 黙って動向を見守っていたウェイは勢いよく立ち上がり異を唱える。

「おお!ウェイもか。ナナ校随一の使い手である貴様なら安心して任せることが出来る。しかし、破廉恥は構わんが死んではいかんぞ?」

「死ぬか!っていうか教諭殿!俺は行くつもりは……」

 そこまで言って、ウェイは教室全体から漂ってくるプレッシャーを感じた。そしてその気配の中心に目をやると、そこには――

(ホ、ホンリェ……)

 ホンリェが「ウェイも一緒に行くよね一緒に行こうねまさか行かないわけないよね」という顔でウェイを見つめていた。ウェイはそれに抗うことなど出来そうもなかった。

「……い、行かせていただきます」

 と同時に教室内から歓声が上がり、全員ホンリェの周りに集合。ハイタッチをかわし、最後にはホンリェを胴上げまでして解散した。

「これで二人か。貴様ら、何を躊躇することがある?今回の調査に同行すれば士官のチャンスすらあるというのにな」

 その言葉に、再び教室内がざわつく。いや、たった今まで大騒ぎしていたのだが。

「ききき教諭殿!質問であります!それはどどどどういうことでありますか?」

「うむ?今回イチ校から派遣される調査隊に、女王陛下の末のご息女である亞紗嬢が参加なさるのだ」

「な、なに―――――――!?」

「?貴様らも当然聞いていたであろう」

 聞いとるかボケおんどれが喋らんかったら誰から聞くんじゃこのおっさんはそんな肝心なことは一番初めに言っとけまったくいつもいつもというオーラがその辺のいたるところから噴出した。お姫様つきで士官の推薦つきで単位つきの研修旅行に希望せぬ者があるものか。いやない。

 そして、志願者が殺到した。殺到しすぎてそのまま乱闘になった。

(ほお~。イチ校のお姫様ね)

 エリクシア第一魔法学校の亞紗姫といえば、首都で知らぬ者のない有名人である。なんといってもお姫様だ。

 エリクシア王女の末の娘である亞紗姫は、何の気まぐれか王立第一魔法学校に在学している。普通、王族はパレスの中で宮廷魔術師たちに魔術を習い、外部の学校(たとえそれが王立の魔法学校でも)に入学することなどはない。

亞紗姫は幼少の頃からいろいろな逸話があって、どういう事情かは知らないが幼い頃はパレスの外の、ある老父母の下で育てられたという逸話もある。現在は第一校に程近い地上宮から通っているらしい。

 また、その美麗な容姿は男性をひきつけてやまないという――

(美人は目の保養やし。得したかもわからんな~)

 派遣調査団護衛隊の残り1枠は、その後、夜を徹して行われたバスタード・ファクトリー内血みどろデスマッチ(ナナ校内で後世まで末永く語り継がれる伝説になったほどの壮絶な戦いであった。他の科の学生まで大挙して参加したという)の末、翌朝決定したという。

 魔力を含んだミストも目に見えて濃く漂う早朝。

「それでは、今日から1ヶ月ほどですが、よろしくお願いします」

 今日はジュデン遺跡調査隊の出発日。メンバーは第一魔法学校のシミズ教授に、亞紗をはじめとしたマクレーン、イエの3人の学生に御者のシーリー。

 それに、第七校の魔法戦士学科、通称バスタード・ファクトリーから3人の魔法戦士が護衛として派遣されることになっている。彼らとは、第一魔法学校の校門で合流することになっている。事前のミーティングは無かった。

「シミズ教授、来たみたいですわ」

 道の向こう側を見ていたイエがそう報告する。

 そして、バスタード・ファクトリーの魔法戦士たちが到着した。到着してすぐ、長身の女性魔法戦士が口を開く。

「イチ……第一校の皆さんはお早いですね」

「お待たせしてはいけないと思いまして。ぴったり、十分前ですね」

「バスタード・ファクトリーは規律に厳しいもので」

 女性の言葉の端には、わずかに第5地区訛りがあった。

 魔法戦士のうちのひとり、長身の男がなにやらきょろきょろと落ち着きなく第一校のメンバーを見回す。そして――

「亞紗姫でいらっしゃいますね。お見知りおきを」

といって、第一校のメンバーの一人に検討をつけて握手の手を差し出してきた。その行動が、場を凍りつかせた。

「?」

 長身の男は状況がつかめず、周囲を見回す。

「あの、亞紗……姫は私ではなく……」

 こちらです、とイエは手で指し示した。

 長身の男は、どういうわけかイエを亞紗と間違えたのである。

「ええっ!?そうなん……ですか?わわっ!失礼しましたっ」

 といって、改めて亞紗に手を差し出してきた。

 亞紗も一応差し出された手をとって握手をしたが、笑顔が引きつっていた。

 これが、第一校とバスタード・ファクトリ-のファーストコンタクトだった。

 その後、全員の自己紹介をした。

 まず、今回の調査隊の主催の第一校教授シミズ、助手には第一校の学生の亞紗姫、イエ、マクレーン。御者としてシーリー老。このうち、亞紗姫とイエは女性である。

 そしてバスタード・ファクトリーのメンバーは、隊長のホンリェ(志願順で決定してしまったのだ)をはじめ、さきほど早くも失態をさらしたウェイ、そして、バスタード・ファクトリー内血みどろデスマッチを勝ち抜いたジャレンの3人。『ツラの皮の厚さなら杉の樹の皮と勝負して渡り合う』男だそうだ。すごいのかどうかいまいちわからないが。

ジャレンはやけに傷だらけだったが、顔は何か誇らしい栄誉でも得たかのように輝いている。この一週間、デスマッチの後も彼を選抜メンバーの座から引き摺り落とすべく暗躍した他の学生たちの追撃を全て撃退してきたのだ。ある意味、3人の中では真の実力者といえる。

 自己紹介が終わったところで、御者のシーリーが日程を説明した。

「日程は皆さん把握していると思いますが、改めて説明いたします」

 まず、エリクシア地上宮魔術師団の研究室に設置されているワープゲートを使って大陸東端の港町まで移動し、そこから3日ほど船に揺られ、ジュデン大陸へ渡る。地獄温泉への行程は、そこから馬車に乗って3日ほどだという。順調に行けば、6日で目的の場所にたどり着く。

「それでは、行きましょうか」

 教授の号令で、全員地上宮の研究室へ移動を始める。第一魔法学校の校舎はエリクシアの地上宮に程近い位置にあったので、地上宮の研究室へはすぐにたどり着いた。第一魔法学校の学生たちは課外で見学に来たこともあるらしいが、ウェイたち第七校の学生は初めてだった。しかしその彼らの感想はといえば「散らかり放題散らかした攻撃魔法学科の研究室を少しだけ整然とさせた感じ」だった。

 宮廷魔術師たちは研究室の中央に魔方陣の描かれた絨毯をひくと、なにやら呪文を唱え始める。高位の魔術であるワープの術法を見るのは、シミズ教授とシーリー、亞紗を除いた全員が初めてであった。

 呪文の詠唱が終わると、魔方陣が青白い光を放ち始める。

「この魔法陣の中に入ってください」

 宮廷魔術師が言った。しかし、進んで入ろうというものはいない。いくら王立魔法学校の学生とて、初めて経験する魔法には及び腰になってしまうというものだ。

 最初に入ると思われたシミズ教授は、

「私はみなさんが転移したのを確認した後、最後に入りますので」

 と言って後ろに下がった。学生の躊躇する姿を見て面白がっているのが見え隠れしている。学生たちが躊躇している間に、別の宮廷魔術師たちが大きな荷物を魔方陣に送り込む。

「は……早く!この魔法は長くはもちません!私がこのワープゲートを支えている間に……早く、早くぅぅっ!!」

 どうでもいいが、この宮廷魔術師はやけに陽気な性格のようだ。

 学生たちが躊躇する中、一歩前に進み出るものがあった。亞紗姫だ。

亞紗姫は範を示すように、軽やかな、澄ました動作で魔方陣へ足を踏み入れた。

「おおお~!」

 思わず歓声が上がる。お姫様たるもの、やはり毅然としていないと。

 亞紗姫は魔方陣に吸い込まれるように消えて行った。

「…………」

 バスタード・ファクトリーの面々は、そこでふっと我にかえり、自分たちが何者なのかを思い出した。

「おおお~じゃねえっ!!!お姫様先に行かせてどうすんだ!」

「護衛の俺らが先行せなあかんところをっ!」

「バスタード・ファクトリーの名折れや……!」

 バスタード・ファクトリーの3人が頭を抱える。第一校の学生たちはなんだなんだとその様子を眺めていた。

「うう、せめて2番目にでも行かな、申し訳がたたへん」

「おお!行け、ホンリェ!隊長の威厳をみせろ!」

「がんばりや~」

 ホンリェは魔法陣の前まで進み出る。が、どうしてもあと一歩が踏み出せない。

ウェイはホンリェの傍まで歩み出て、肩に手を置き、ホンリェに声をかける。

「ホンリェ、気楽に行けばええねん、気楽に。急ぐことないで。な?」

「ウェイ……」

 と、突然、ホンリェはウェイの腕を抱えるように引っ張り、一緒に魔方陣に引きずり込もうとする。

「おわあっ!」

「ドアホ!そーゆー時は男やったら『俺が先に入るよ』とか『俺がついてるから一緒に入ろう』とか言うもんやろがっ!」

「あ、あ、あ、待って待って!ほんまに!こここ心の準備がっ……」

 結局、ウェイはホンリェに引きずり込まれて二人一緒に魔方陣に消えて行った。

一足先にワープゲートの出口へたどり着いた亞紗は、当地の魔術師に挨拶をして、他のみんなが到着するのを待った。

 彼女が到着してたっぷり10分は経っただろうか。現れたのは、第七校の隊長・ホンリェと、さきほどイエと亞紗を間違えた長身の男、ウェイだった。

二人とも、見るからに顔色が良くなかった。無理もないだろう。初めてワープゲートをくぐる不安と緊張は相当なものであったはずだ。慣れていても、このワープゲートは決して気持ちのいいものではない。

「ごくろうさま」

 亞紗は二人に声をかける。しかし、二人はすぐに返事をする余裕はなく、呼吸を整えてからやっと返事を返した。

「も、申し訳ありません!本来であれば姫様を護衛する立場である私たちが先に行かなければならないところを!」

 大男のウェイが大きな体を折りたたんで亞紗に頭を下げる。同じく亞紗よりもずっと長身のホンリェもそれに習う。巨大な男女が揃って頭を下げる様子は、迫力十分だった。

「いえ、二人とも、頭を上げてください」

「ですが、しかし……」

 ウェイとホンリェの声が重なる。

「構いません。それと、姫はやめて。亞紗、って呼んでくれて構わないわ。敬語も使わなくていい。私はあなたたちと同じ、王立魔法学校の学生だから」

「え?」

 意外にもくだけた口調で話す亞紗に対し、ウェイとホンリェは意外な感じを受けた。

「それと、あなたたちは私個人の護衛ではなく、調査隊の護衛をお願いしているんだから、私だけ特別扱いは控えて」

 そういうと亞紗は、にこりと微笑んだ。

 そのあと、第一校のイエが到着し(ここまでで女子学生が3人。女は度胸があるもんだ、とウェイは感心しきりだった)、続いてマクレーンが魔方陣から現れた。

「ジャレンのやつ、びびりよったな」

 ウェイの言葉に、第一校のマクレーンとイエが苦笑する。どうやら図星のようだ。

それから3分後、ジャレンが到着し、間もなくシーリー、シミズ教授が到着する。シミズ教授はだいぶ馴れているのか、顔色一つ変えていなかった。

「時計によると、船の時間は間もなくですね。急ぎましょう」

 

 港には数隻の大型帆船が泊まっていた。

「これくらい大きい船なら、海を渡るのも安心やね」

「どうやろな?ホンリェの重みで沈むかもわからんで」

 ホンリェは腰にくくりつけていた剣の腹でウェイの頭を殴る。

 港の船群の一隻、他の船に比べて少しだけ小綺麗な船があった。その船にかかった渡し板(というか、梯子)の傍には船員らしき男がいて、こちらに向かって手を振っている。

「どうやらあの船のようですね」

 全員、小走りで船まで行った。

「時間が圧してるんだ。早く乗ってくれ~」

 渡し板の傍の船員がこちらへ向かって呼びかけてくる。そう急かす事はないじゃないかと思ったが、未知なる魔方陣に恐れをなして時間を遅らせていたのは確かなので何も言えない。

学生たちが荷物と共に船へ乗り込んでいる間、シミズ教授はその船員に挨拶をし、その船員と共に最後に乗り込んできた。

 間もなく、船は陸を離れ、出航した。学生たちは船が陸から離れる様子を甲板から眺めていた。全員、海を渡るような大きな船に乗るのは初めてだった。

 そのあと、割り振られた船室に荷物を降ろし、しばし休憩となった。

 部屋割りは、男子学生のウェイ、ジャレン、マクレーンが同室。女子学生のホンリェ、亞紗、イエが同室。シミズ教授もシーリーと相部屋ということだ。

「ああ、やっぱ男同士だと気を使わなくていいや」

 マクレーンはベッドに体を投げ出し、ごろりと横になったかと思ったら、体を起こして喋り始めた。

「改めて自己紹介。エリクシア王立第一魔法学校攻撃魔法学科のマクレーン。これからしばらく一緒だね。よろしく、魔法学校の同胞たち」

 マクレーンは一気にまくし立てて話した。どうやらおしゃべりな性質らしい。彼は男にしては小柄で、顔や声も多少幼い印象を受ける。声も、声変わりをして間もない少年のような声だ。

 ウェイとジャレンも彼に倣って自己紹介をする。

「七校魔法戦士学科のウェイ。こっちこそおおきに」

「同じくジャレン。100人斬りのジャレン、と呼んでくれてもいい」

 先のバスタードファクトリー内血みどろデスマッチのことを言っているのであろう。多分誰も呼ばないだろうが。

「あはは。よろしく。いやあ、まいったね。ジュデンまで渡るなんて。たまたま僕が講義をサボっているときにジュデン遺跡調査団の選抜があってね。誰も行きたがらなかったらしくて、サボってた僕に押し付けちゃえってことになっちゃったらしいんだ、これが。まあ、行ったら行ったで楽しそうだからいいけど。単位ももらえるし」

 ここまで話を聞いていて、相当のおしゃべりだとウェイは感じた。だが、そう感じの悪いやつではない。ここまでくだけた奴なら調査の間も気兼ねなく過ごせるだろう。

「まあ、亞紗とイエは志望だけど。彼女たちはシミズ教室の学生だから。君たちも、よくジュデンまで行く気になったね。やっぱり、戦士だからジュデンの地を踏んでみたかったとか?」

「ああ、そんなところやな」

 ウェイは口を濁した。恋人のホンリェの希望、というのが本当のところだが、経緯を話すのも面倒だし、わざわざホンリェとの関係を強調するのもどうかと思ったからだ。どうせそのうち、自然に知れることだ。

「ふうん。ジャレンも?」

「俺はほら、今回お姫様がいんじゃん?お姫様の覚えがよければ、あわよくば仕官の推薦だって……」

 ジャレンの言葉に、マクレーンが苦笑した。

「ああ、なるほどね。でも、多分無理じゃないかな?」

「どうしてだよ」

 少しむっとして、ジャレンがマクレーンに問い返す。

「怒らないでよ、そういう意味じゃないから。……亞紗はね、多分そういうのしないと思うよ。彼女、お姫様扱いされるのも好きじゃないみたいだしさ」

 おどけた調子のマクレーンの声が少し硬さを帯びたから、それは冗談じゃないとわかった。

「ちょっとその話、聞きたいね」

 ジャレンの顔はすっかり興味津々。

「あはは。僕もなんでもかんでも知っているわけじゃないし、他人のことべらべら話すのもアレだしね。ああでも、僕のことならいくらでも話してあげるよ」

 マクレーンはにまっ、と二人に笑いかける。

 少しの休憩を挟んで、学生全員が甲板に集合した。

 彼らが看板に並ぶと、ウェイくらいの長身にがっしりとした筋肉をつけ、さらに体中に毛を塗したような男が彼らの前に立って口を開いた。

「ようこそ、王立魔法学校の若者諸君。わしが船長のエリックだ。これか3日間、共に生活することになる。そこで、諸君らにも船内の雑用を担当してもらうことになる」

「ええっ!?」

 第七校の3人は、初耳だとばかりに驚いて見せた。実際、彼らには初耳だった。

「んんんっ?どうした、事前に連絡があっただろう」

「あ、ええ。はい」

 実際は全く聞かされていないが、彼らは首を縦に振って見せた。身内の不手際をさらすのは第一校の学生たちがいる手前では、みっともないと思ったからだ。内心「あのおっさんまたウッカリかよ」と思っていたが、顔には出さなかった。

 そのあと、船長から各自の分担が言い渡された。男子が甲板清掃、女子が厨房担当という単純な割り振りだった。また、毎朝のミーティングに遅刻した者には罰として便所掃除を言い渡すとのことだ。

「それでは、各班に担当の指導員がつくので、指示に従うように」

それぞれの持ち場へ移動し、作業を開始した。言い渡されたとおり、男子は甲板清掃、女子は厨房で作業だ。

 3人はデッキブラシ片手に潮のこびりついた甲板を磨いている。マクレーンは早くも指導員の船員と意気投合したようで、だべりながら作業している。

「なあ、ウェイ」

「なんや」

 ジャレンが手を休めてウェイに話しかけてくる。

「ひとつ、気にかかることがあるんだが」

「?」

「ホンリェは、料理できるのか?」

「……食わせてもらったことはないわな」

「となると、未知数ってことか」

「得意やったら、進んで振舞ってくれるんとちゃう?」

「…………」

 期待はしないでおこう。二人はそう誓った。

彼らが再び作業を開始してからしばらくすると、船室の扉から誰かが出てきた。背が高く線の細いシルエット。ホンリェだ。

「おおい」

 ホンリェが小走りによってきた。

「ホンリェ。厨房は終わったんか?昼前やで」

「えへぇ。適正の段階でダメやってん。せやから、甲板の誰かと交代やって」

「…………」

 ウェイとジャレンの想像以上だった。

船上での食事はデリケートなものだから必要以上に気を使わなければいけない。賢明な判断だろう。

「交代って言ってもやな。な~」

「な~」

 ウェイもジャレンも、共に料理は不得手だった。自分で食べる分にはいいが、他人に振舞えるような料理など、とても出来そうにない。多少味が破綻していても食えればいいと思っている連中だ。それはホンリェも例外ではない。

 ようするに、バスタードファクトリーの連中は大雑把なのだ。

「あ、だったら僕が行こうか?」

 そう名乗り出たのは、さきほどから船員と話し込んでいたマクレーンだった。しっかりと耳はウェイたちのほうに向けていたようだ。

「料理、できるのか?」

「少しね。まあ、味付けとか肝心なところは船の人がやるだろうから、芋の皮剥きとかかな。そう難しい仕事じゃないんじゃない?」

 そういわれると、さっさと引導を渡されたホンリェの立場が全くないのだが。

「せやったら、よろしく頼むわ」

 しかし、変な勘ぐりもせず(基本的には鈍い女なのだ。言い方を変えればさっぱりしている、といったところか)、ホンリェは仕事の引継ぎを行った。

「うん。それじゃあホンリェ。これ」

 といってデッキブラシをホンリェに渡し、調理場へ向かう。引継ぎ完了。

 その後姿を見つめ、3人でうなりをもらす。

「出来た奴だ」

「ほんまにな」

「助かったわぁ」

 結局、班編成は第一校と第七校に戻ってしまったのである。

「なあ、お姫様のことだけど」

 休憩時間。彼らは船上で少しでも涼しいところを見つけて隠れ、他愛もない話に終始していた。話題が詰まったところで、ジャレンがその話題を持ち出してきた。いや、さっきからずっとその話題を口にする隙をうかがっていたみたいだ。

「マクレーンの奴が意味ありげなこと言ってたよな。お姫様扱いが嫌いだとか」

「そうやっけ?」

「なになに?亞紗のこと?」

「呼び捨てっ!?」

 ジャレンとウェイの声が重なる。

「何?」

「お前なぁ」

「だって、お姫様言うなゆうてたもん。っていうか、もうすっかり仲良くなって普通にタメ口やし」

「タメ口っ!?」

 再び、ジャレンとウェイのハーモニー。

「いや、もうええから」

 さすがのホンリェも男二人のハーモニーに、少々あきれ気味。

「まあ、その亞紗姫様だ。彼女が何でお姫様扱いされるのが嫌なのかわからないが、それでもお姫様はお姫様だろ?だったら、彼女が嫌がっても底抜けの役立たずでも国の兵なり騎士をつけてよこすだろう。将軍か宮廷魔術師が出張ってきても不思議じゃない。城のほうにもメンツとかそういうのがあるだろうからさ」

 言われてみればそうだとウェイは思った。それに、末席とはいえ、一国の姫が国を離れるのだ。それに、そうなったら国内でも少しくらい騒がれそうなものだが、そんな様子はウェイの知る限りでは全くなかった。王立魔法学校の内々にしか情報が回っていない、お忍びの旅かもしれない。口止めはされなかったが、また教諭のウッカリかもしれない。

「おいお前ら、昼飯だぞ」

 船員の一人が3人に呼びかける。

「はあ~い!」

 今度は3人でハーモニー。バスタード・ファクトリーの連中はゴシップより食い気だった。