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 眠れない夜。ひどく心がざわつくこんな夜は、全てを壊したくて。こんな風に考えるのは、私の身に流れる魔の血ゆえだろうか……。

 

 私が本に挿めるしおりになる草を探して庭を吟味していると、後ろから呼ぶ声があった。

「ユーネ」

 呼ばれて、声の方を振り向くと、母様は大きな袋を抱えてのろのろとこちらに歩み寄ってきた。

「なに、母様」

 母は地面に大きな袋を置き、ふうと一つ息をつく。

「アルヴァを見なかった?」

「父様なら、ディアナと一緒に道具の仕入れにいったわ」

「あらそうなの。わかったわ」

 母がまた、よいしょと重い袋を持ち上げる。私は黙って、母を支えるべく袋の尻を抱える。

 母は私ににこり、と笑いかけ、店まで運ぶ。

 父のアルヴァと母のユマは、夫婦で道具屋を営んでいる。本業は冒険者なのだが、腰を落ち着けたいと思えばここに帰ってきて、やってくる冒険者と旅の話で盛り上がる。うちで働いているディアナも、ずっと昔この店に冒険者としてやってきて、父に雇われたらしい。

「じゃあユーネ、ついでだから棚に商品を並べるのを手伝ってくれない?」

 母の言いつけに、私は無言で手伝いを始める。

 母はとても働き者だ。店の中でも、旅をしていても、夫を助け、良い支えになっているのが子供の目にも分かる。

 だけど、ちょっと格好が地味かなと思う。娘の目から見てもこんなに美人なのだから、もう少し着飾ればいいのに。

 商品の陳列が終わり、空になった袋をカウンターの下に隠す。

「ありがとうユーネ。夕食の後には昨日の課題を一緒に考えましょう」

「はあい」

 私は2階の自分の部屋に駆け上がり、ここ数日手をつけていた本を読む。

 今、読んでいる本、は違う世界の様々な冒険壇。タイトルは『終わりのない物語』。恐怖の魔王が支配する異世界の物語だ。

 童話作家になりたかった騎士が、さらわれたお嬢様を助けにいく話。

 強さを求め、年老いてもまだその欲求は尽きぬ老武闘家の旅。

 風のように疾いサンディ。

 愛し合った、ビアンコとネグローニャのエルフ。

 そして最終章で、みんな仲間になって魔王を打倒しにいくだわ。だって三百ページをたっぷり残した最終章のタイトルは、『始まりの話』だもの。

 5人の冒険者たちによって、きっと魔王は討ち滅ぼされることだろう。

 愛し合ったエルフの章を10ページほど読んだところで、階下からがたごとと物音が聞こえてきた。きっと、父とディアナが仕入れを終えて帰ってきたのだろう。

 私は階下に降りて、父に顔を見せに行く。

「父様」

 父は店の先になにやら荷物を運び込んでいた。

 さして長身ではないが、がっしりとした体。大きめの木箱を両腕で支え、肩の筋肉が盛り上がっている。

「おお、ユーネ。危ないからあまり近寄るなよ」

 誤って木箱を床に落としてしまうかもしれない、という意味での注意だろうが、父に限ってそんな心配などないことを私は知っている。

「母様が探していたわ」

 父は木箱を床におろし、「ああ、そうか」と返事をした。

 父はふう、と一息ついて腰に下げた袋から、かわいらしい仔犬のぬいぐるみと、ハードカバーの本を取り出す。

「ほら、ユーネ。お土産だ」

 私は二つとも受け取り、まず本のタイトルを確かめる。

『楽園』著者:ミスタナ・イーライ。世界異説等を唱えて世界中の学者から白眼視されている変わり者だ。「自分は異世界からやってきた」などと真面目な顔で話すなど、かなりの変人らしい。

私は前々から読みたいと思っていた本を手に入れ、素直に顔には出さないものの、とても喜んでいた。そして……

「父様……、このぬいぐるみは……」

 仔犬のぬいぐるみを見て、はにかんでしまう私。

「もちろんお前にだよ

「だって、私もういくつだと思っているの?」

「12だったら、まだまだ子供だろう」

 父はくっくっと意地悪く笑い、私を見る。私はそれで口をとがらせ、認めたくはないが頬を軽く上気させ、にんまりと笑ってしまう。

 私はいじけたそぶりで背中を向け、2階に駆け上がる。

 父は何でもお見通し。密かに欲しかった仔犬のぬいぐるみ。どうやら私は、以前立ち寄った手芸屋で随分物欲しそうな顔をしていたらしい。

 満足顔でベッドに飛び込む私。程なくして、階下から美味しそうなスープのにおいが漂ってきた。

 父と母と私、3人で夕食を囲む。いつも一緒に夕食を囲むディアナは、何処かに用があるとかで、今日は席を外している。

 食事をとりながら、父は仕入れ先での出来事を話す。北から流れてきた武器屋がどうとか、そういう話。母はいつものように、にこにこして聞いている。父の話に相槌を打つのはもっぱら私の担当だ。

 夕食を終え、小さな浴室で沐浴をし、母の待つ書斎へ行く。

 法術の講義は私にとってはそう難しいことではなかった。他の子はどうか知らないけれど、私はそう。神様の名前を全部憶えろという方が、私にとってはよっぽど難しい。

私に素質が有るのは確かなことだろうけれど、母の教え方がとても上手なのもあるのではないかと思う。

 父と母のやることに間違いはない。私に教えることに迷いはない。それはまるで、何かの本に『ユーネの育て方』という項があって、すべてそれを読みながら行っている。

『6歳の時、ユーネがこのことで迷ったらこうしなさい』

『9歳の時、あのことが原因で泣いたらこうやってなだめなさい』

そのすべてを何かの本に全部書き留めてあって、それに沿って行っている…。

 そんなシュールなお話みたいになるほど、私の両親は完璧。真面目すぎず、砕けすぎず。あなたのことはお見通し。私たちのやることは間違いがない。

 完璧な両親だけど…それがひどい重圧になることだって、あるのだ。

 法術の講義を終え、私は部屋に戻る。部屋着から寝間着に着替え、布団に潜り込む。

 今日、父に買ってもらった『楽園』をめくる。

 この本は異世界の住人から見た現在の世界を小説仕立てにして描写したものだ。主人公はミスタナ自身。異世界の住人の目には、この世界は楽園に見えるそうだ。大きな戦もなく、気候は穏やか常春。目下、世界に驚異はない。かたち美しく老いることのない世界の住人達が肩を寄せ合い、毎日を面白可笑しく幸せに生きている。全体はそういった内容らしい。

 おもしろいような、よく分からないような。自分にとって当たり前のことが並び立てられているだけような気もするし、作者が単に幸福論者なだけのようにも思える。

 自分にとって当たり前でも、そうでない人には…、なるほど。作者が異世界の住人だという狂言もほんとなのかもしれない、と思わせる描写がある。

 1節だけ読んだところで、私はその本を置いた。代わりに、続きが気になっていた『終わりのない物語』を手元に引き寄せる。エルフの章が残り十数ページだから、そこまで読んで寝てしまおう。

 すぐに私は本の中に入り込んでしまう。十数ページなどはあっという間だった。

 ここまではいわば序章。これから本編が始まるのだ。私はエルフの章の感動を持ち越し、始まりの章を開く。

 しかし、始まりの章は私を愕然とさせた。

 始まりの章は真っ白だった。

 1枚めくり、2枚めくり、ぱらぱらと何枚めくっても、始まりの章には何もかかれていなかった。

 ……めくり、めくり、最後のページ。そこにやっと、文字を見つけた。しかしそこには、

『始まらない冒険、終わりのない物語』

としか書かれていなかった。

 やはり、落丁本だろうか。最終章がこれ稲までに抜け落ちている。とんだ物を掴まされてしまった。母の手伝いをしてお小遣いを貯め、やっと買った本なのに。まあ、ここに至るまで気づかなかった私も私だけど……。

 冴えない気分のまま、私は床についた。気分が晴れずに、やっと眠ることができたのはたっぷり2時間後だった。

 昨日の本を抱いて、私は階下に降りた。

 書店に行って、この間抜けな本を取り替えてもらおう。あの真っ白な300ページには、きっと真っ黒いインクで刷られた活字が踊っていて、広大な物語の戯曲を奏でているはずだもの。    

店先では、母が店番に立っていた。母は私の手元の本を見つけ、

「ユーネ、その本は?」

 と聞いてきた。

 私はこの本が忌まわしき落丁本であること、書店に行って交換してもらうことを母に告げた。

 母は少し黙って、やがて家の奥のほうに引っ込むと、1冊の本を手にして戻ってきた。

 その本は、装丁こそ若干違うものの、私の持っているものと同じ本『終わりのない物語』だった!

「母様も、その本を買ったの?」

「ええ。あなたと同じくらいの子供の頃にね」

 母はその本を開き、始まりの章に手をかける。始まりの章を開くと、その本もやはり真っ白だった。

 私は驚き、自分の本と母の本を交互に見比べた。

「じゃあ、この『始まりの章』は、もともと真っ白なの?」

「ええ。そうみたいね」

 母はディアナに店番を頼んだ後、私を促して父の書斎に私を連れてきた。

「それじゃあユーネ、この本について母様と議論をしましょう」

「え?あ、はい」

「この本について、まずどんな感想を抱いた?」

 私は少し考え、発言した。

「まったくふざけているわ。まじめな物書きのすることじゃない」

「ええ、そうかもしれないわね。でも母様はこう思うわ。この作者はとても情の深い人なのだと」

その母の発言に、私は怪訝な顔をして理由を問う。

「どうしてそう思うの?」

「この作者はね、きっとこの物語の登場人物たちのことがとても好きなの。だから、彼らの物語を終わらせたくないと思ったのよ」

「よくわからないわ」

「理屈で言えばこう。光と影が対にあるように、始まりのついには終わりがある。始まりがなければ終わりはない」

 母は少女のように得意そうに言う。母はこんなところに時折子供っぽさを見せる。

終わりのない物語。始まらなければ終わらない。人を小馬鹿にした、ひどい冗談だ。私は彼女に反論する。

「それはわかるけど、出版していいものじゃないと思う。そんなの作者のエゴだし、そんなに登場人物のことが好きなら、人目にさらさないで後生大事に机の中にでもしまっておけばいいだわ」

 私は昨夜のいらいらした気分がぶり返し、この後にもさまざまに言葉を並べた。

 母は黙って私の反論を聞いていて、時折相槌めいたものを返した。母は終始余裕の体で私の話を聞いていたようだ。少女のようなふりを見せて、その実、母は完璧な大人だ。その隠し方は非常に巧みで、時にはずるいとまで思ってしまう。

ああ、もしかしたら昔この本を読んで、私と同じ思いをして、同じように怒りを撒き散らしたのかもしれない。『ユーネ、あなたが思い至ったことは当の昔に私が考えつくしたこと。あなたは私と同じことをなぞっていて、結局は私と同じところに至るわ』などと母が考えているかもしれない、と思うと、心が堪らなくむかむかした。

 そして、寛大な大人ではない自分を腹立たしく思った。

母の法術の講義を終え、部屋に戻る。今夜の講義はまったく身が入らなかった。

部屋に戻り、ベッドに身を投げ出す。枕元には、昨日父が買ってきてくれた『楽園』。お役御免となった『終わりのない物語』は本棚の最奥、日焼けしないことだけがとりえの、もっとも取り出しにくい場所に押し込んだ。

私はいつものようにベッドに寝転がり、本を開いた。

『楽園』の2節以降は、私にとってひどく刺激的だった。

ぱらぱらとページをめくっていく。

『世界の終わりには』

『隣人を刺し殺さない』

『進め、なまけもの』

興味を引く項がならぶ。

その中で特に、私の目を引いたものがある。

『神人と魔人の姉弟』。

ページをめくる。

『いにしえに、すべての神々の子供である光の姉と弟が生まれた。

姉弟は神々に深く愛された。姉弟もまた、神々を愛した。

だが姉弟が生まれてしばらくのち、いつしか世界にほころびが生じるようになった。

そのほころびの原因が何であるか、だれも見極められなかった。

ただひとり、姉よりずっと賢い光の弟を除いて。

そしてある日突然、光の弟は姿を消した。

その頃を境に、世界は再び安寧を取り戻した』

 …ああ。そうだ。

 この物語を私は知っている。いや、正確には知らない。だけどこのようなことが、太古の昔にあったのだ。そのことが分かる。

 私にはわかる。私には、この弟の血が流れているのだから。

 光の弟は闇となって世界に存在し、世界の均衡を図ったのだ。

 私は、意識を闇の中に落とす。

 

 私は彼に問う。

なぜ、あなたは悪いことをするの?

(必要だからさ)

 なんで、必要なの?

(樽の中の水を放っておくとどうなる?)

 腐ってしまう?

(そうさ。だから俺たちは樽を棒で掻き回し、樽に穴を開け、樽をひっくり返すのさ。水は流動しけりゃあ、腐っちまうからな。川の水は腐らないけど、沼の水は腐っちまうだろう?)

 うん。

(だれかが掻き回してやらないと、世界ってのも腐っちまうだ。部屋でだらだら寝て過ごしてる人間は、とても不健康だろう?俺たちは世界を掻き回し、寝てるやつをベッドから引きずり出すのさ。魔人が行っているのは、つまりは慈善事業だな)

 そっかあ。すごいなあ。

(感心してんじゃないよ。お前だって魔人だろう?樽をひっくり返さなきゃあいけないよ)

 そうなの?

(いいだよ。傷つけて殺して奪って貪って罵倒して大笑いして…なにやったってそれは全部この世界のためなんだから)

 う、うん。でも、わたしは…

 夜半に目が覚めた。そばにはなぜか、母がいた。

 母はにこりと笑い、私の髪を撫でて、部屋を出て行った。

 目の辺りをさすると、なんだか泣いた後みたい。涙の乾き後が手に触れたから。

 私は週に3日、街の私塾に通っている。母は何でも教えてくれるが、それでも同じ年頃の友人と供に学ぶ時間があったほうが良いという考えからだ。

 神学の講義が終わり、私は友人のハンナと講義の内容について少し話した。

「神様の名前って覚えにくいと思わない?」

「それは私も常々考えていたわ」

 私の同意を得たハンナは、

「でしょー。やっぱりユーネもそう思う?」

といい、さらに話を続けた。

「だいたい火と爆発と祭りの神スレイダ、って、火を象徴したり司ったりするものが爆発とか祭りなんだから、いちいち明記しなくてもいいと思うのよね。単に、火の神スレイダ、で。まったく昔の人ってのは。しかもそれだけ書くと火の神様は爆発と祭り以外の火に属するものは信仰の上で重要にならない、って気がしないでもないじゃない?なんて神様は狭量なんだろう。ああっ、神よ!ってな感じ」

 ハンナは芝居めいた格好で炎の神に祈りをささげる真似をした。

彼女の話を聞いて、彼女の両親がこの辺でも最も信仰の熱心な、敬虔なスレイダ信者だと言って誰が信じるだろう。いや、わかる人間なら彼女が左右に振った指の形でそれとわかったかもしれない。

ともかく、信仰というのはもともと人間のものであったが、いつのころからか多種族まで広がり、種族ごとに信仰の度合いあまり違いないらしい。

「ちょっとぉ、ユーネったら私の話聞いてる?」

 しばしぼおっとしていたらしい私に、ハンナが声をかけてくる。ハンナはとても頭がいいが、ひと時も黙っていないほどにおしゃべりで、しかも人に振り向いてもらえないととても機嫌が悪くなる。私はそのことを知っているので、あわててとりなした。

「う、うん。それは、そうかもね」

「でしょー?」

そのやりとりひとつで彼女の顔はお天気のようにはれる。

 この日の講義を全て終え、帰り道が同じ方向のハンナと一緒に帰路につく。

途中で商店街の書店により、新しいペンを買った。今まで使っていたペンの先が潰れて書きづらくなっていたのだ。

書店で用事を済ませ、商店街の端まで歩くと(もちろんこの間もハンナはしゃべり続けた)、そこに見覚えのないしわくちゃの老婆がいた。

亜人種の多いこの街では、外見では年齢がわからないものもが多いが、老婆は丸い耳殻を持っていたので、おそらくは人間なのだろう。

横を通り過ぎようとすると、老婆に声をかけられた。

「そこな娘、占いをして行かんかね?」

 占い、と聞いて、ハンナがとびついた。

「占い!恋占いとかできるの?私塾で同じクラスのガルスロイ・ロット・ロットとの相性なんかばっちりわかっちゃったりして」

 老婆はハンナに目もくれず、私のほうを見つめた。ああ、そんなことをしたらハンナの機嫌を損ねてしまうではないか。

 私の顔をしばし見つめた後、老婆は優しく笑い、私にこう言った。

「何も心配は要らないよ。良い人たちに出会えるさ」

 何のことだかわからなかったが、私の口は自然に、はい、と答えた。

 それだけで、老婆はその場から立ち去った。

「なにそれ。私のこと無視したくせに、ユーネには恋占い?ずっこいなあ」

 それからの帰り道、私はハンナをなだめるのでひどく気疲れをした。

私はこの数日で、自分の魔の血に住む、彼の弟の存在をはっきり自覚しつつあった。『楽園』の1ページ、1ページをめくるごとに、私の中の弟が私に呼びかける。

ページをめくる手は止められない。

ここ数日で私のなかに積もった、黒い何か。煙のように私の中を満たしていく。

それは怒り、妬み、嫉み、破壊の衝動…。あらゆる負の感情。

わたしはいつのまにか手の中に黒い棒を握っていた。

そうだ。わたしはこれからこの棒で樽をかき混ぜなければいけない。突いて、樽に穴を開けなければいけない。樽を、ひっくり返さなければいけない!

叫ばずにはいられなかった。世界に貢献できることを。

そのとき、部屋のドアが弾け、父と母、最後尾にディアナが飛び込んできた。

父は私が今まで見たことのない、立派な鎧と剣で武装していた。母は横にいて、なにやら呪文を唱えている。

母の呪文が完成し、母の手から光が漏れる。

光は私をまぶしく照らし、わたしの背後に濃い影を作った。

その影が盛り上がり、見る見る間に膨れ上がった。

その黒い魔物は父に襲い掛かる。父はそれを迎え撃つ。

父の顔は必死だ。いつもスマートで、全てを簡単にこなす父のこんな必死な顔を、私は見たことがなかった。

私は現状を認識しきれず、その場に座り込む。そんな私の元に、ディアナがすすす、と滑り込んできた。

「お嬢さん、これを腕にはめるっス!」

 ディアナが私に差し出したのは、銀色の腕輪だった。

 理解できないでいる私に、ディアナは自分で私の左腕にその腕輪を填めた。

「店長、封環をつけたっス」

 それを聞いた父は、一刀のもとに黒い魔物を切り伏せた。

 事が終わると、母は私の元に駆け寄り、強く抱きしめてくれた。

 部屋の前で待ち続けてた両親をみて、ああ、やはり私を育てる台本があるだな、なんて考えながら、私は眠りに落ちた。

 目が覚めたとき、母は私に全部語ってくれた。母のような『魔にあらざる者』とは違い、私の場合は、たとえどんなに気をつけて大切に育てられようとも、少しのきっかけで魔人と化してしまうのだそうだ。左腕の腕輪は、私の力を封印するものだそうで。一度、私の中の負の魔力を放ってから私の魔力を封じるつもりだったようだ。これでもう、黒の魔物が体現することはないという。

 おそらく、私にとってはあの『楽園』がきっかけだっただろう。もしかしたら、あれを書いたのは異世界人なんかではなくて、魔人なのかもしれない。

それから2年後、私は魔剣を持って逃げた父の旧知、ルー・イヤハートを追うために旅に出ることになった。

 両親は笑って見送ってくれた。ただ、ディアナは鼻をすすって泣いていたが。私が母に「こういう別れのときは、涙のひとつも流して見せるものじゃないの?」と皮肉を言うと、母は「だって、心配なんてないもの」だそうだ。 ああ、さぞや自分の育てた娘に自信がおありのようだわ。まあ、私だって自信がないわけではないけれど。

 でも私、知っているわ。母様、昨夜はベッドの中でほろほろと泣いていたでしょう。母様の名誉のために、このことは私の心の中に留めておくけれど。

「父様、母様。それでは」

 私は与えられた馬に荷物をくくりつけると、街の門に向ってゆっくり歩き出した。

 始めは、カシンの村に向わなければいけない。そこで、ルー小父様のかつての仲間、アークエス・リアスンの息子を旅の共にするつもりだ。

 どんな少年だろう。強いだろうか。性格はいいだろうか。

 でも、心配は要らない。2年前に会った占い師はこう言ったのだ。

『何も心配は要らないよ。良い人たちに出会えるさ』

って。

 さあ行こう。まずは今日のこの日を物語の第一行として記そう。

『終わりのない物語』の、真っ白いページに。