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 街のあちらこちらに生えている、数え切れぬほどの多くの煙突から、真っ白い蒸気が吐き出され、空を覆う。白くぼんやりとした空は、この機械国ミッドシアの技術の象徴だ。

 クラウスはその技術の恩恵である蒸気機関を搭載した列車に乗り、彼が通っている学校へ向かう。

 

「クラウス……」

 にわかに騒がしい教室に入ると、友人のハンスとヨハネスに呼び止められた。

「どうした?」

 ハンスは顔を暗くして、クラウスに告げた。

「うちの兄貴がさ、兵役で引っ張られてったよ」

「ああ、ロルフがか……もうそんな年齢だっけ。お前ら兄弟は仲がよかったもんな」

「まあな……」

 この国では2年の兵役制度がある。18歳の誕生日を迎えた青年は、国から贈られる祝いの酒を呑み終えると、軍から迎えに来た20歳の男たちに連れて行かれる。

「心配だよね。特に最近は、エリクシアとの関係も良くないらしいし」

 ヨハネスが心底心配そうに呟く。クラウスはそんなヨハネスを肘で小突く。ハンスの心情を思えば、不安をあおるような真似は極力慎んでほしいのだ。

「大丈夫だよ、ハンス。2年間ちょいちょいってこなして、すぐに帰ってくるって」

 少しわざとらしいとは思ったが、クラウスはハンスにそう声をかけてやった。

「ああ、大丈夫だよな……。クラウス、……ありがとうな」

 少しばかり不器用な友人の励ましを受けたハンスの顔は、随分と和らいでいた。

 しばらくすると講師が教室にやってきて、散らばって雑談している学生たちに着席を促した。

 がやがやと賑やかだった教室には瞬く間に静寂が訪れる。

 午前中の講義は飛空艇学。ミッドシアが発掘した古代超技術の遺産、魔導飛空艇イークスの飛行原理、機関などの技術についての講義である。

 ミッドシアの科学の歴史はイークス研究の歴史である。大昔に開発され、飛ぶことを忘れていたイークスに再び飛ぶことを思い出させる、それがミッドシア創世記の科学であった。

 イークスを分解し、内部に備え付けてあった学術書や仕様書、機関魔術などの書物を読み、考え、組み立て、試行錯誤を数世代に渡って繰り返した。蒸気機関やその他の技術も、イークスの研究から派生した。

長い年月の末、魔術機関が蘇った魔導飛空艇イークスは、飛ぶことを思い出した。

 しかし、ここで派生した蒸気機関の技術が、後のミッドシアの悲劇となった。

 イークス計画の技術者たちが開発した蒸気機関は、現在では魔導機関と併用することなく、単体で空を飛ぶことができる。蒸気機関はこの国の技術の中心となり、開発が容易ではない魔導機関は廃れることになった。それとともに魔術師の数は減少し、わずかに残った魔術師は絶対数の多い科学者たちに迫害を受け、果てはこの国から魔術そのものが消え去ってしまった。

 ミッドシアが機械国と呼ばれるようになったのは、その頃からだ。

 午後の講義が終わると、クラウスたち3人は揃っていきつけの酒場に繰り出した。麦酒とソーセージがうまいと評判の店で、妻や子のない身軽な地元の人間はいつもここにビールを飲みにくる。

 クラウスたちが注文すると、3人分のジョッキとカバノッシ、ビアーシンケンなどの肉類が運ばれてくる。

 3人は乾杯をすると、ジョッキをぐいとあおった。

 口々にぷはぁ、と息を吐き出し、ジョッキを置く。ハンスがカバノッシを噛むと、熱い肉汁があふれ、彼の口内を焼く。

「あじぃ!」

 それを見てクラウスとヨハネスが笑う。兄のことはだいぶ吹っ切れたようだ。もともと明るい性格だから、立ち直りも早かったのであろう。

クラウスとヨハネスはハンスを励ますつもりで酒場に連れてきたのだが、まったく甲斐のあるやつだ、そう思わずにはいられなかった。

しばらく飲みながら談笑する。一通り食事を終えると、クラウスとヨハネスが財布を出し、支払いをする。

「おいおい、俺も払うよ」

「いいぜ、別に。俺たち二人は収入が入ったばかりだからな」

 そういうとヨハネスはうんうんと首を縦に振った。本当は、クラウスの財布にはあまり余裕がなかったのだが、友人を励ましてやりたい気持ちが勝った。

「それじゃあ、ご馳走になるか」

 ハンスは礼代わりに、満面の笑顔を友人たちに贈った。それで彼らがだいぶ救われることを、ハンスは無意識に知っていた。

 魔法国エリクシアは、邪悪な魔法を使ってミッドシアを征服しようとしているんだ。

 炎の魔法で街を焼き、蒸気機関を作る科学者たちを連れ去って、自分たちの国に汽車を走らせようとしているんだ。

 科学者じゃない人はみんな、魔法の練習台にされて、火あぶり水攻め氷付けにされてしまうんだ。挙句の果てには、魔法の薬の材料になって、魔法使いの腹の中に入ってしまうんだ。

 帰りの列車に乗り、うとうとしていたクラウスは、少しだけ、昔のことを思い出した。

邪悪な魔法使いたちの国エリクシア。子供の頃に教えられた知識だが、今ではそれがいかに偏った知識だったかというのが、よくわかる。少なくとも魔法薬の材料にされることはないだろう。魔法学の講義ではそんな教えなどは無かった。

クラウスは魔法学の講義を履修していた。エリクシアとの関係が悪化していることから、魔法学の講義は非常に不人気で、履修しているのはクラウスと、クラウスが名前も知らない暇そうな学生と、あとは学校で一番の秀才で、将来は封印されて久しい魔導機関の研究に参加するだろうと目されている男の3人だけだった。

魔法学の講師はエリクシア出身の男で、過度の愛国心に溢れる過激な学生たちに目の敵にされている節がある。時々、ひざに擦り傷を作ってきたりするが、彼に魔法で傷つけられたという人間はひとりもいない。

デモに参加したりするほどではないが、クラウスは反戦論者であり、そのエリクシア出身の講師の姿に心を痛めることがある。

列車が駅に到着し、ホームに降りると、そこに見たことも無い看板が立っていた。

“魔法国エリクシアに早期攻撃を!”、“魔法国はミッドシアの優れた技術を奪おうとしている”

(何を言っているんだか) 

クラウスはその看板を見て、自嘲じみた酷薄な笑みを浮かべる。

(奪おうとしているのは、ミッドシアのほうなのに)

 もともと戦争推進の気持ちが強かったクラウスが反戦派に転じたのは、魔法学の講義を受講するようになってからだ。

 クラウスは少し前まで、子供の頃に教えられた偏った知識のせいで、エリクシアに対してひどい悪感情を抱いていた。彼が魔法学の講義を受講しようと考えたのも、敵の顔を見てやろうという子供じみた考えからだった。

 最初に見たエリクシア人講師の顔は、そこらを歩いているミッドシアの人間となんら変わりは無い印象だった。魔法の力を鼻にかけて傲慢に振舞うこともしなかったし、他の講師と比べても物腰が穏やかなで優しい印象を受けた。特には意識しない同邦人が、ミッドシア人講師と並べると粗野に見えた。

 彼の名はバテルといった。

 バテルは魔法の歴史から丁寧に教えてくれた。ミッドシアとエリクシアの両方に住んだこともあり、両国の関係などを客観的に見ることができた。その話を聞くうちに、クラウスのエリクシアに対する偏見は瞬く間に氷解した。

 そして、このスマートな思考をもつ講師をすぐに好きになった。

 クラウスは疑問があるとすぐに挙手して質問をし、講義が終わったあともバテルの元へ話を聞きに行くようになった。彼は魔法学の学生の中で(もっとも、3人しかいないが)一番熱心な学生になった。

 バテルの話を聞くうちに、クラウスはエリクシアという土地に興味を抱いた。魔法文化隆盛の華やかなりし魔法王国エリクシア。

彼はいつしか夢見るようになっていた。エリクシアの魔法の大地を踏むことを。

 クラウスが蒸気機関学の講義を受けていると、講師の口から魔導機関の話題が出てきた。

「魔導飛空挺イークスに搭載されているのが、魔導機関である。古代、下賎なる魔術師どもの力をもってイークスに搭載されている魔道機関の修復に成功はしたが、残念ながら同じ物を作る技術は、現在のミッドシアには無いと言える……」

 クラウスは朝からのその講義をぼんやりと聞いていた。

(ふん。現在ね)

 魔導機関を複製するために足りないもの。現在のミッドシアには無いもの。ミッドシアが誇る蒸気機関は今では空を飛ぶこともできるが、航行の際に問題も多い。

 そうなると、次に目が行く技術は、イークスに搭載されている魔導機関ということになる。

 クラウスは2年間この学校にいて、蒸気機関の技術を中心に様々な勉強をした。今ならば分かるのだ。

 かつて、魔術師がこの国に存在していた時代。ミッドシアは一基だけ、魔導機関のレプリカを作ることに成功していた。魔導機関のレプリカをつんだ飛空挺はイークス2と名づけられた。長い間、イークス2はミッドシアの技術の象徴として空を舞っていたが、20年ほど前、試験航空中にトラブルに見舞われ、海中に没したという。そのときに、魔導機関の複製に関する資料などは、すべて紛失したということだ。イークス2内部は同時に研究者たちのラボでもあったからだ。

 当時はテロリストによる策謀であったとか、他国への侵略の第一手であったとかさまざまな噂が流れたそうだが、事実を知るのはこの国の一握りの人間だけだろう。

イークス2の事故から20年。魔導機関の複製は、後一歩のところまできている。足りないのはやはり、その昔に袂を分かった魔術師たちの、強大な魔法力……。

 プライドの高いミッドシア人が、その昔自分たちのもとを離れていった(と、ミッドシアの教師は教える)魔術師たちに頭を下げることはありえない。

 そうなると、考えられる手段は限られてくる。

 魔術師たちを屈服させ、自分たちの道具にすることだ。

 昔から不仲だ、不仲だと言われ続けてきた両者の戦争が現実味を帯びてきたのは、本当に最近のことだ。それは、技術の進歩が進むにつれて、魔法を用いない純粋な科学が頂点たりえないと、ミッドシアの科学者たちが本当に気づいたからだ。

 近い将来、本当に戦争が起こる。少なくともここの学生たちはそう考えている。

 講義を終えたクラウスがその通りを通ったのは偶然のこと。南北に平行に5本並ぶ大きな通りの、一番東寄りの一本。その一角で、数少ない反戦派の市民が、ささやかな反戦デモを行っていた。

 北へ向かい行進する15人ほどの集団は、周りの人間に疎ましそうな目で見られていた。

(こういうのは、俺にはできないな……)

 そう思いながら、クラウスはデモ隊とすれ違おうとした。

 そのとき、西の通りから20人ばかりの警官隊がデモ隊の行く手をさえぎり、隊長と思しきひげ面の男が警告の声を上げた。

「この集会は許可を出していないものだ。ただちに解散しない場合、連行して話を聞くことになるが」

 そういって右腰に挿した剣の柄に手をかける。 

デモ隊は口々に反抗の言葉をあげ、解散をする意思がないことを警官たちに伝えた。

警官隊の隊長は、右手をかざして突進の合図をした。

警官たちは剣を抜いて一斉になだれ込み、デモ隊達を捕らえにかかった。

一緒にいたクラウスも仲間と勘違いされ、警官に腕をつかまれる。

「痛いな!俺は参加していないぞ……!」

 クラウスは抗議の声をあげるが、警官は話を聞こうとしない。

 怒ったクラウスが振り払うために腕を振り回すと、その腕が警官の顎を打ちつけ、警官をのしてしまう。

 それを見た他の警官たちがクラウスに殺到し、クラウスは地べたをなめさせられる。

(くそう!なんだってんだよ!)

 クラウスの心が苦々しい思いに支配されるていると、誰かが彼の背中に倒れこんできた。

「ぐえ!」

 顔をそらしてみてみると、それはたった今自分を床に押し付けた警官だった。

 倒れた警官をどかして周囲を見回すと、信じられないことに、警官たちが全員、道に倒れていた。何人かは、寝息を立てて安らかに眠っている。

 この状況をクラウスが理解できずにいると、路地のほうから誰かの声が聞こえてきた。

「くだらない争いはこれまで。さっさと散りなさい!」

 透き通るようなその声は、女性のものであった。

 その声に、デモ隊は恐慌でも起こしたかのようにおびえ、散り散りになって逃げていった。周囲にいた野次馬も、何が起こったものかとつられて慌てて逃げていった。

 だが、クラウスだけは、その路地を見つめていた。しばらくすると、暗闇の中から女性が現れた。

「あなたは……逃げないの?」

 背の高い女性だった。暗闇の中でも白い肌、長い薄紫色の髪が際立って目立つ。クラウスには、彼女自身が光を放っているようにも見えた。耳が尖っていることから、クラウスは彼女が亜人種であると推察した。

「俺は……ただ、通りすがりを巻き込まれただけだから」

「そう……」

 それだけ言うと、彼女は彼に背を向け、再び路地のほうへ歩き出した。

 その背中を、クラウスは呼び止める。

「あのさ!あんた、魔法使っただろう?あんたはエリクシアの人なのか?」

 彼女は立ち止まりもせず、よく通る声で言った。

「違うわ」

 

 クラウスが魔法を目の当たりにしたのは初めてだった。この国で、バテル以外の魔術師にお目にかかったことすらないのだ。

 クラウスは昨夜の興奮から未だにさめず、今日の講義でバテルにその話をしようと思っていた。

 しかし、魔法学の講義の時間になっても、バテル講師は現れなかった。教室の中にはクラウスと、秀才の彼。もうひとりは欠席のようだ。

(休講という知らせは聞いていないしな)

 そんなことを考えていると、この学校の学長がやってきて、教卓を背に立った。

 学長の口から聞こえてきたのは、クラウスにとって信じがたい言葉だった。

「今日を以って、この魔法学講座は閉講とさせて頂きます」

 クラウスは驚いて立ち上がり、学長の顔を凝視した。

 3個向こうの机に座っていた優等生が、何事かと思い、クラウスの方を見る。

「なんでですか!?なんで急に……」

 クラウスのその問いに、学長が淀みなく答える。

「このところエリクシアとの関係が急速に悪化し、いつ開戦しないとも分からない状況です。そこで、私たちはバテル講師に母国への退去を勧め、彼もそれに応じました」

「そんな……」

 クラウスは愕然とうなだれる。

「なお、この講義の単位は取得扱いとなりますので、その点は心配ありません。まあ、もうけものだと思っておいてください」

 それだけ言うと、学長は教室から出て行った。

教室の中はしばらく沈黙していたが、やがて優等生が立ち上がり、教室を出て行った。

教室の中には、クラウス一人だけとなった。

クラウスは机を2度、3度と拳でたたき、うめいた。

「誰が、単位の心配なんかしてるかよ……!」

 それからの学校はつまらなかった。

 まじめに学校に通いはしたが、早めに帰ってビールを飲んだり、夜遅くまで駄文を書き連ねたりする毎日だった。

参加したことの無かった反戦デモに参加したりしたが、やはりちっとも面白くなかった。

あれから2年経ち、クラウスは徴兵される年齢になった。

友人のハンスとヨハネスは一足先に徴兵され、それぞれ一度、手紙を寄越した。

「クラウス……」

 目の前にはクラウスの18歳の誕生日を祝う母親の顔、そして、クラウスの手には国から贈られた、18歳の誕生記念の高級酒。

 クラウスはその酒を一気にあおる。ビールよりもよっぽど強いその酒はクラウスの臓腑を焼き、彼の心を高揚させた。

 彼がその瓶を飲み干すと、廊下に待機していた兵たちが3人、部屋に入ってきた。

「18歳の誕生日おめでとう、クラウス」

 男の一人が敬礼をし、クラウスに祝いの言葉をささげた。見覚えのある顔だった。

「ロルフ……弟もあんたが連れて行ったのかい?」

「残念ながら、ハンスには当たらなかったよ」

 そう言ったロルフは自嘲気味に笑った。

(当たらなかった?結構じゃあないか。ロルフは、戦争にも当たらなかったんだから……)

 なんとも、この国はもたもたやっている。戦争戦争、開戦開戦。どこに行ってもそんな話ばかり聞くし、開戦デモも反戦デモも毎日のようにやっているが、エリクシアとの戦争は、未だに幕を開けていなかった。

 やはりその昔袂を分かったかわいい兄弟分には、鋭い刃を向けらないのだろうか。それとも魔法の炎に包まれるのが怖いのだろうか。

いや、違うのだ。ばかばかしい。クラウスは心底そう思った。

 クラウスは気付いてしまったのだ。この国の仕組みに。

この国は、ずっと昔からこうなのだ。年がら年中戦争戦争と謳いつつも、本当は戦争をする気なんてこれっぽっちも無くて、そこかしこにいつも充満させている開戦前という雰囲気に酔っていただけなのだ。

 濁った蒸気の漂う、薄暗いこの国で、今日も人々は話すのだ。

「開戦が近いらしい」

と。