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史無国 拾弐


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長い廊下を、男が一人、せわしなく歩いていた。
向かう先は突き当りにあった部屋だ。
男はその部屋の扉を開けると、明かりもつけていないその部屋の奥に声を飛ばした。

「マーカス、そろそろ出立すべき時ではないかね? 『リンドブルム』を動かすことも是であろう」
「もう? 流石に早いなぁ、トリエスト公の軍は」
「中央軍総司令官なら、もっと読むものではないのかね?」

マーカスは椅子から立ち上がると、こちらに歩きながらデナール――言う。

「思ったよりかは、だよ、デナール卿。いや、皇帝陛下と呼ばないといけないのかな」

闇の中を歩くマーカスに、外の光が当たる。
だが、そこに居たのは屈強な武人でも、豪壮な将軍でもなく。
まだ成人していないであろう、幼さの残る少年だった。
背に至っては、デナールの肩辺りまでしかないであろう。
そんな少年が、幅広の長剣を佩いているのは、どことなく滑稽な絵だった。

「別にどっちでも良いわ。それよりも、早く出立したまえ、マーカス。あと残るはクオンクハイル家のクリノール地方と、ガラディノール家のオリノール地方だけだ」
「そんなに急がなくても、いいんじゃないの? 僕らは余裕があるんだし」

マーカスが、幼く笑いながら言った。

「いいか、私は皇室七貴族の第六位だ。ガラディノール家は第七位だから我がタルワーリア家よりも継承権が低い。だが……」

デナールは憎らしげに顔をそむけながら言った。

「クオンクハイル家は違う。あの家は……第四位。我がタルワーリア家よりも、継承権が上なのだ」

この皇位継承権は、これまで国祖ファリアンの直系が途絶えることはなかったため使われることはなかった。
しかし、事実上国祖ファリアンの直系が途絶えた場合、この皇位継承権の高い順に皇位継承が行なわれる。

第一位であるナルドネイル家は、パリス・ド・クリミエーネのときに、男系子孫が全員死.亡したため、現在復興の最中である。
これを除けば第二位であるハルノーゼ家、即ち先日戦死.したテスコノール領主アルマス・クォッド・ハルノーゼ公爵が皇位を継ぐべき筈であった。
しかしデナールはハルノーゼ家を滅亡に追い込んだため、ハルノーゼ家は皇位を継ぐことはできなくなってしまった。

第三位であるフラムドレイン家、つまりマーカスの家系は、形式上皇位継承権を持っているが、数十年前に永久臣下の礼を取ったため、事実上継承権は保有していない。
第四位はクリノール領主クオンクハイル家。
現在デナールが攻めんとし、またデナールより上位の皇位継承権を持っている男子がいるただ一つの家でもある。
第五位はラタノール領主オルノディア家。
この家もデナールに攻められ、一族もろとも縛.り首に処されている。

「だからマーカスよ、一刻も早くクオンクハイル家の人間を皆殺.しにしてくれ。そうでないと、人民は私が皇帝になることは認めんだろう」

デナールは、そう言った。
つまり、彼は皇位への道の妨げになる者を、排除して進んでいるのである。

「まあまあ、デナール卿。そう焦らなくてもいいよ」
「焦らずに居れるものか、マーカス!」
「ふふん……」

そう、鼻で笑うと、マーカスは部屋の奥に再び歩いて行った。
そして、分厚いカーテンをいっぱいに広げ、窓を解放した。
刹那、デナールの耳に、響くような大音量の歓声が聞こえる。
デナールはその元をたどった。

「これ、は……」

デナールの眼の前の広場には、十数万もの兵が詰めかけていた。

「僕の、秘蔵っ子たちだよ。実際、デナール卿は見たことがないでしょ?」
「……奴らは、リムノール帝国中央軍、ではないよな?」
「無論だよ。あんな廉兵と同じにしないでほしいね」
「では……」
「ふふん……」

マーカスはまた鼻で笑うと、出っ張ったテラスに身を曝した。
するとすぐに兵たちの歓声が、一つの唱和になっていく。

――…nd B…m! Rind Bu…! Rind Bulm!――

「これが……」
「そう、これが皇帝直属近衛親衛禁軍、通称……」

マーカスが手を挙げた瞬間、唱和は止まり、静寂が広場を包む。
そうして、マーカスは呟くように言った。
それも、少年らしからぬ、老成しきった様子で。

「『リンドブルム』だよ」
「……これが、帝国最強の軍……」
「そうだよ。父上が、愚かな皇室のために人生をかけて作り上げた、実に下らない軍……」

そう言うと、マーカスは少しあざけるような、そんな笑みを浮かべた。
デナールがそれを見て言う。

「そういえば、父君は今も『御病気』かね?」
「ふふん……屋敷の奥の部屋で、『養生』してもらっているよ」

マーカスが、さっきの笑みに負けず劣らずの、黒い笑みをまた浮かべる。

「そうか、では正式にマーカス、お前をフラムドレイン家の当主と認定する」
「ありがとう、デナール卿。これで……これでやっと、僕の思い通りの軍が作れる……」
「好きに軍を作ってもいいが、まずはやることがあるだろう?」
「ふふん……分かってるよ。まずは手早く……」

彼は指笛を鳴らすと、一羽の鳩が飛んできた。
その鳩に何かを書いた羊皮紙をくくりつけると、それを飛ばす。
鳩は勢い良く窓から飛び出すと、サレム・ノティスの中央部、大聖堂や士官学校、元老院議会堂のある方へと飛び立って行った。

「トリエスト軍を、叩き潰さなきゃね」

少年らしい、無垢な笑みを浮かべて、マーカスはいう。
さもこれから、ただの悪戯でもするかのような、そんな口ぶりだった。




場所は変わって、クリノール州境・グラムドロヌス。
通称『堕落の荒野』と呼ばれるこの地。
およそ40年前に起こった内乱の際、クリノール地方へと攻め入ろうとした叛徒が通過した際につけられた名である。
その名にふさわしく、ほとんど平地は存在しないほどの岩場に、水や食料が補給できるような場所も無い、荒れ果てた大地が続く。
さらに地盤は緩く、大地の下には空洞も存在する場所もあり、迂闊に踏み入れると地面が崩れ、下に落ちてしまうという場所でもある。
お陰さまでここを通過しきった叛徒の軍は半数に満たず、いとも容易く当時のトリエスト軍に打ち破られたことが由来であった。

「如何な軍とて、自然の脅威には勝てまい。と信じたいところだな、クラムディン」
「だね。どんな精強な軍でも、地面の下にのみ込まれ、補給もままならないここでは無事には済まないはずだ」
「しかし、クリノールに入る道はほかにもあるのだろう。そっちはどうなんだ?」
「安心してくれ。軍が通れるほどの大きな街道は、北のオリノール地方からの道しかないし、西のテスコノール地方から入る街道は、商人の車が通れてやっとの、険しい山中の道だ」
「当然、砦を立ててふさいでる、という訳か」
「ご明察」

レイムッドとクラムディンが、『公爵の智嚢』の力を合わせて調べた、グラムドロヌスの精巧な地図を見て軍議をしていた。
ここには、自然の陥穽のある場所、細々ながら水の出る場所、間道のある場所の他に、兵力の予定配置場所、罠の配置場所など、総帥であるランディールと副帥であるクラムディンが用意した27の策にかかわる情報が書いてあった。
暫く軍議を続けていくうちに、ティタルニアとランディールも加わり、さらに精密な軍議は進められていく。

「しかし、フェルノリア卿。これは少々まずいのではないだろうか?」

それまではほとんど押し黙っていたティタルニアが、突然口を開いた。
ランディールがそれに答える。

「何かな、ティタルニア殿。不備があると思われるのであれば、指摘して頂けるとありがたい。何せ某は軍師であるから、武人からみた戦場は、知ることができないのでな」
「いや、そうではない。この地図も作戦も、極めて精巧なものだが、ただ……」
「ただ?」
「この地図が敵の手に落ちたら、と考えると、寒気しかしないかな」

ティタルニアは大げさに体を揺すった。
それを見てランディールは豊かなひげを揺らしながら大笑いする。

「はっはっは、安心したまえ、ティタルニア殿。管理は某がきっちり行うし、トリエストに関係の無いものに見せるつもりはない」
「しかし、奪われるということも有りうるのでは無いだろうか」
「奪われそうになったら、燃やせるように硫黄と黄燐は用意している。ともかく、これは我が命に代えても、敵には渡さんよ、ハッハッハ」

ランディールは豪放に、そう言って笑った。