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史無国 八

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セリックは、突き進んでいた。
前軍と右左軍の三兄弟を押しだすかの如く、前へと、突き進んでいた。

「おらっ、進め! 戦略上、奇襲状態なんだ! この機を逃すな、おらっ、行くぜ!」

兄アドルフ率いる歩兵は、急なことで戸惑ったのか、未だ恐慌状態に陥っている。
そのためか、ダナンもネアも、さくさくと突き進んでいた。
イースは、ど真ん中を突き進んでいる。
どうやら向こうの主力とぶつかったらしい。
若干侵攻スピードが落ちていた。

「おっしゃ、俺らも突っ込むか! イースの後詰め、行くぞ」

セリックが号令を掛ける。
後方にはまだ、テレシスの歩兵が居るので、後顧の憂いはなかった。
ダナンとネアの部隊は、どうやら突破に成功したようで、敵中央部の背後を突こうとしている。
と、敵が一斉に下がり始めた。
どうも、陣形を整えるためらしい。
イースがそれに乗じて、追いまくる。
だが。

「……!」

イースが、宙を舞った。
続いて、追従していた兵たちも、突き落されたり、はねとばされ始めた。

「セリックか……久しぶりだな」
「……アドルフ兄貴……!」

アドルフが、調練用の棒を二本、振り回しながら前に出てきた。
一本はどうやら、イースの物のようだ。

「うう……すいません、セリックさん……」

イースは立ち上がると、そのまま戦場を離れた。
調練用の武器を奪われたり、地面に落とした者は戦死扱いとなり、戦場を離れなければいけないのだ。

「なかなか、骨のあるやつだったが、それでも、俺の足元には及ばなかったな」
「ここで、アドルフ兄貴に出くわすとは、ついてねぇな……」

それでも、セリックは棒を構える。
と、アドルフの背後で喚声が上がった。
ダナンとネアの部隊が、救援に駆け付けたようだ。
二人がそれぞれの歩兵を引き連れ、先頭に立って突進してくる。

「ダナン、ネアッ! 先頭には立つ……」

その時には時すでに遅く、振り返ったアドルフによって、二人の棒は遠く離れた所に吹っ飛んでいた。
率いていた歩兵たちは皆四散し、ダナンとネアは唇を噛み、戦場から離脱をする。

「くそったれ、俺の兄貴ながら、とんでもないバケモンだな、おい……」
「次は、お前かな、セリック?」
「おう、やったろうじゃねぇか。上等だ!」
「ふん、来るがいいぜ」

二人が相対し、まさにその棒が錯綜する、その時だった。

ドドドドッ!

地響きがした。
音の方向を見ると、エルムッドの騎兵50が、事もあろうにシェルの本陣を突こうとしている。
アドルフは臍を噛みながら、セリックと打ち合う。
ここで背を向けて救援に行く訳には、行かないのである。

「こっちはこっちで、決着付けようじゃないか、セリック」
「兄貴……!」

歩兵同士の乱戦の中、それぞれを率いる将が一騎打ちを繰り広げている。
竜虎の戦い、とでも言うのだろうか。
持っている物が只の棒と知ってはいても、その恐ろしい殺気は、収まることはない

「っ! まだだ、まだ終わらせんよ、セリック」

一瞬の鍔迫り合いの後、アドルフが言う。
一合、二合と打ち合う二人。
その数は十合、二十合と数を増して行く。

「っはぁぁっ!」
「ぬっ……」

セリックの打ち込みを流すと、返す一刀でアドルフはセリックの首を狙う。
だが、とっさに石突きの部分に当たる柄で、セリックはそれを防いだ。

いつの間にか、両軍の歩兵は戦いをやめ、二人の戦いに息を呑んでいた。
暫く対峙した二人。
刹那、打撃音が二発。
一発は、木の音。
もう一発は、鈍い、まさに人体に当たった音だった。




エルムッドは駆けた。
作戦通りいけば、今はセリックが気張っているはずである。

エルムッドの作戦。
それは、『囮に見せかけた正面攻撃』に見せかけた、囮である。
即ち、250の歩兵は陽動である、とアドルフには見せかけておき、正面攻撃をする作戦。
さらにこれもまた見せかけであり、やはり本当の役割は囮、というものである。
この軍師顔負けの策戦は見事功を奏し、アドルフ率いる400の歩兵はセリックによって足止めされている。

「……シェルの旗を取るまで、持ってくれればいいが」

エルムッドは右手に剣を模した木刀を持ち、左手で後方の指揮を執った。
昔から乗馬に長けていたエルムッドは、腿の締め付けだけで馬に、自分の意思を伝えられるようになっているのである。

「……紡錘陣形、一気に突っ込むぞ」

シェルの陣まで後数百mに迫った時、エルムッドはそう言った。
騎兵の陣が、横列からエルムッドを頂点とした、三角形になる。

魚鱗の陣。

一年ほど前まで、デインガルドに留学していた際、シェル自身から教わった陣である。
しかし、これほど早く、この陣を使う機会に巡り合えるとは、当時は思っても居なかっただろう。

「見えた、牙門旗だ」

もはや、シェルの陣の牙門旗、いわゆる大将旗が肉眼ではっきりと見える位置まで迫っていた。
この大将旗を取られると、負けである。
エルムッドの牙門旗は、今はテレシスの歩兵50が、守っている手筈であった。

「……一気に、貫くぞ。殺.す気で、行け」
「了解っ」

エルムッドは、もはや後ろを振り返ることはなかった。
目指すは、ただシェルの牙門旗。
あの蒼い地の、チェック模様の旗。
もはやエルムッドは、それしか見えていなかった。





「前衛、大盾を前へ。中衛、楯の間より長槍を突き出し、迎撃態勢。後衛は、突破してきた敵の排除に努めよ!」

シェルの思わぬ事態であった。
思わぬ事態であったが、望んでいたことでもあった。

「一年でどれほど成長したのか、見せてもらうよ」

シェルは、手槍の長さの棒を構え、待っていた。

「シェイリル様、敵との距離、およそ数百mです! 衝突まで、見積もって三分!」
「報告、感謝する。引き続き、防御陣の構築を急げ」
「はっ」

報告の兵は、足早に去って行った。
シェルはそのまま目を閉じ、瞑想に入った。
すっと、潮が引くように、喧騒がシェルの周りから引いて行った。

最後に戦ったのは、何時だったか。
ああ、そうだ。
三ヶ月前の、叛徒討伐だ。

あの時は、アドルフの軍が活躍した。
俺は、何もできなかった。
あの時の無力感は、二度度味わいたくはない。

シェルは目を、見開いた。
喧騒が、シェルの周りに戻ってくる。

「シェイリル様、敵との距離、100mを切りました! 間もなく交戦に入ります!」
「俺も、出よう。俺だって、お前たちと戦いたいんだ」
「光栄ですが、シェイリル様。シェイリル様は、公爵子息に在らせられます。セプノンが、エルノーの中で戦いになるなど……」
「俺は今は、この軍の指揮官だ。つまり一兵士だよ。お前たちと、一緒だ」

シェルは薄く笑い、棒を持って後衛を抜け、中衛の位置にまで、出た。

「聞け、俺の兵たちよ!」

シェルの声が響く。
前に見える騎兵を見た。
もうすぐ先頭の顔が見えるほどに、近くなっている。

「俺は、今は兵士だ、お前たちと一緒に、戦う。だから、お前たちも、俺と一緒に戦え!」

その声の後、兵の歓声が響く。
ふと、先頭の騎兵の顔を見た。
エルムッド。
よく見知った、顔だった。

「来るぞ、お前たち! さあ、いざ、戦おう!」

同時に、騎兵と歩兵の先頭が、ぶつかり合った。
騎兵が数人、落馬した。
だが、エルムッドを含めた一部が、前衛と中衛を突破した。
エルムッドが、一直線にシェルの許まで来る。

「っらぁあぁああっ!」

シェルは、渾身の力で、棒を前に突いた。
何かに当たった。
手には確かに感触があった。
焼けるように首筋が痛い。
エルムッドに打たれたのか、兵に打たれたのか。
棒は、手から離すことはなかった。

空を見ていた。
瞼が重い。
眠くはない。
何かに引っ張られるように。
シェルの瞼が、閉じられた。