書きフライ☆wiki支部

二章.

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shousetsu

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だれでも歓迎! 編集
 日曜。
 明日になればまた学校が始まってしまい気を落とす、なんて事もなく普通に休日である。
「早く早く」
 百々さんは会場が見えると私と柚姫の腕を引っ張り、走り列に並ぶ。
「それにしてもすごい人ね」
 会場には既に行列が出来ていた。
 入場開始まで後三十分くらいあるのだが、それほど人気なのだろう。
 あたりを見回すと、大半が年配の人や団塊世代といったところで、他には親子連れや、若いカップルが少しいるくらいで、やはりこういう日本舞踊というのは、若者にはあまり興味が持たれないようだ。
「えーと、麻倉 美月だっけ?百々さんが見たいって言ってたの」
「そうそう」
「何で能楽に興味を持ったんですか?」
「え?なんとなく」
 聞いても意味がないようだ。
 パンフレットを見ると、期待の新人とは謳われているものの、このパンフレットには写真も載っておらず、能楽の出演者のページの端の方に名前がちょこんと載っているだけで、世界でも活躍していると聞いてはいたが、このパンフレットではそこまで凄い人物だとは思えなかった。むしろ大々的に写真も中央に挙げられている数人の方が見た目も貫禄があり、そちら方が凄いんじゃないかと思ってしまう。
「この麻倉 美月って人の何処に惹かれたんですか?」
 なんていうかこの舞台では脇役程度にしか扱われていないようだし。
「凄く綺麗だからね。それに脇役じゃない?とか思ったでしょ」
 無駄に鋭い。
「今日の舞台はあくまで様々な日本舞踊を見て貰う為であって、一人だけ目立っても駄目じゃない。それに別にこの子だけが有名な訳じゃないし、むしろ他の人が有名で、この子はまだまだ才能がある卵ってところらしいわよ」
 どちらかというと、凄く出任せに聞こえる。というか、事実なのか、どれだけ過大評価しているのかと思ってしまうと、明らかに後者である。
「暑い」
 久しぶりに柚姫が声を出したと思ったらそれか。まあ確かに雲ひとつない訳で、日傘があっても気温も結構暖かくなってくる。それに、ひともこれだけ集まると、さらに暑いと思ってしまうのが普通だろう。年配の人は扇子は必需品なのか、大半はそれで煽いでいた。
 柚姫の持っていた五百ml入りのペットボトルの中身は既に空になり、鞄からもう一本を取り出していた。確かに暑いかも知れないが流石に飲みすぎだと思う。というか飲んでいるのが、一本百円の良く分からない炭酸系のジュースで、名前も聞いた事もない。それに何なの、色が黄緑色って。
「ちょっとそれ貰っていい?」
 私は味が気になり少し貰おうとした。
「ん、いいよ」
 そう言って、キャップも閉めないまま正体不明のペットボトルを渡してくる。
 私はそれを少しだけ飲む。
「……何これ」
 今までに食べた事も、飲んだ事もない味だった。しかし不味くはない。だが美味しいかと聞かれれば、それほどと言ってしまうような味だった。
 感想を心の中で述べると、ペットボトルを柚姫に返した。
「どうだった?」
「不味くはない」
「それだけ?」
「それだけ」
 柚姫は一体どんな感想が欲しかったのか分からないが、私にはそれ以上答える事は出来ない。

 そんな事をしているうちに入場が始まり、列が動き出す。
 結構列の長さがあり、前は進んでいるのを確認できるが、まだ私達の所は進みださない。
「進まないね」
「そうねー」
 まあ待っていれば進みだすのは確実であるので、のんびりと待っておく。
 その間も陽射しが暑い。
 私は柚姫みたいに日傘なんてシャレたものも持っておらず、そんな外で待つとは思ってもいなかったので帽子も被っていなかった。汗も滴りはしない程度にかいている。しかし私もこんなことなら柚姫みたいに何本か飲み物を買っておけば良かったと後悔したが、もう少しの我慢だったので今更感しか沸かなかった。
 というか、百々さんも私と同じく日傘も帽子もしていなければ、飲み物も買っていなかったのだが、全く暑さの疲れが見えなかった。
「あ、進んだ」
 柚姫がそういうと私達の少し前が動いていたのが見えた。
 そのまま私達のいる辺りも進みだした。

 会場には無事入場した。
 会場はまあ別に国立という訳でもなく、県立の建物でそれほど大きさは無かったが、設備は流石に公営なのでしっかりしているように見える。ここでは何かしら公演を行うメインホール以外に、美術ホールと食堂があり、ここが他のところ違うのは能楽専用にある能舞台と呼ばれる場所がある。名前だけでは分かりにくいかも知れないが、舞台の中心で踊り、後で演奏者がおり、左には橋のような物がある、あの舞台だ。普通は屋外にあるような舞台だが、最近の風習の様に屋内にこの施設を作る時に作ってしまったようだ。ちなみに何故こんなものがここにあるのかと言うと、そんなもの私が聞きたい。別に能楽が有名な訳でもないし、京都の様に奥床しさもない訳だ。きっと偉い人が好きだったという理由で建てられたという噂もあるが、一応ここは私が生まれた後に出来た施設らしいが、何故出来た理由が曖昧なのかはよく知らない。まあここの能舞台は役には立っているそうなので、気にする事でもないのかも知れない。
 それから数分もすると、私達よりも後ろに並んでいた人達も入場し終え、入口には疎らに係員の人がいる程度になっていた。
 今日の舞台は前部と後部に分かれており、舞台もメインホールと能舞台と別々の場所を使う様で、その移動の時に昼食も出るそうだ。言っては悪いが食事は日本舞踊が楽しめなかった時に期待しておくことにしよう。
 ちなみに私もここには何度か来た事はある。とは言っても見たのは全部メインホールでの舞台だったので、能舞台を見るのは今日が初めてだ。
 並んでいた列は少しの人は列を離れて、自動販売機で飲み物を買ったり、トイレに行っていたが、列はそのままメインホールに向かっていた。
「ちょっと飲み物買って来る」
 流石に飲み物なしでは喉が渇くので、今のうちに買っておこうと列を離れる。
「私も行く」
 柚姫も付いてくるようだ。まだ何本か残ってるぽいけど。
「私の分もお願いね」
 百々さんは私達に買うのを押しつけて列から離れようとしなかったので、二人で買いに行くことにした。
 自動販売機で適当に私の分を買い、百々さんの分も適当に紅茶でも買っておいたが、柚姫は何故かお金を入れてから動かなかった。幸い少し離れた場所にある児童販売機だったので、もう既に買い終えた人がメインホールに向かおうとしている所だった。
「何やってんのよ」
 余りに遅いので柚姫に問いかける。
「……ブツブツ……」
 何やら小声で言っていて聞こえないので、少し近づいてみる。
「こっちの新発売のピーチマスカット味にするか、いやいやブルベリーナタデココなんて冒険してみるのも、それとも無難にレモングレープフルーツにするか」
 相変わらず微妙なチョイスを選択肢として選ぼうとしていた。というかレモングレープフルーツは無難なのだろうか、やたらビタミンCが取れて酸っぱそうな気がする。しかしこのままでは埒が明かないので、勝手に柚姫の横からボタンを押す。
「あっ」
 柚姫が驚くのをスルーして、落ちてきた飲み物が入ってきたペットボトルを取り、柚姫に差し出す。
「ほら、これが無難なんでしょ、こんなの迷ってないでさっさと行くよ」
「分かったよ」

 私はチケットをポケットから取り出し、座席表を見ながら座席の場所を確認する。
「こっちね」
 私と柚姫は座席の近い場所の扉から入ろうと移動する。
 ホール内には既に満員と言っていいほど入っていたが、もともとそれほど大きくない訳で、考えてみれば最初に並んでいた人たちだけしかいないような気がするものの、それほど好きな人には待ち遠しいのかも知れない。或いは高齢になると暇でしょうがないのかもしれないが。
「おーい、こっちこっち」
 声の先には百々さんが座っており左の二席が空いていたので、多分そこが私達の席なのだろう。
 とりあえず中央に柚姫を先に座らせ、私と百々さんが挟むように座る。多少毎回気にしているのだが、幸い柚姫の前後ともに女性だったので安心する。まあ流石に高齢だと男性でも気にならないそうだが、ミュージカルなんてものになると若い男性も多いので、柚姫には耐えきれない事もあるからだ。
「それにしても」
 私は席から舞台まで少し距離があった事を確認し、
「遠い」
 先に柚姫が声に出す。
「だって、ここでも十分でしょ、どうせ何度もみたいと思うほど好きな訳じゃないし、それにお金も結構掛かるのよ」
 ぶっちゃけた話だった。と言うか金については私達もだが、すぐ飽きるというのは自分でも分かっていたようだ。
 席の場所は少し舞台から離れているものの、今舞台の準備をしている人たちの顔を少し判断しにくい程度で、まあとてもと言うほど離れている訳でもなかった。だがお金はいくらかかっているのだろうか、普段はそれほどチケットは高くないようだが、今回はプレミアが付いてるとかまで言っていたほどだ。
「ところで、聞くのもなんですが、チケットいくらくらいしたんですか?」
「ん~とね、これ三席纏めて六万くらいだったかな」
「一人二万もするんですか……」
 流石に私には出せないような金額でだった。
「と言っても知り合いの友人からから回してもらって半値で手に入ったんだけどね」
「それでも一万しますよね」
 あと知り合いの友人って一体どういう繋がりなのだろうかとかいうのも疑問になったが、そこまで聞くのも厚かましいと思いやめておいた。
 そんなことを考えたりしながら五分ほど待っていると、いつの間にか舞台の用意をしていた人たちがいなくなっており、代わりに司会の様な人が舞台に立っていた。そろそろ開演時刻のようだ。

 司会の様な人は別に何かを告げるでもなく。端の方にあった項目の書かれた紙を捲るだけでそそくさと引いて行った。
 しかしそこに書かれた文字はここからちゃんと見れなかったが、パンフレットの通りならば、最初は棒の手と剣舞と呼ばれるものを披露するそうだ。
 そして幕が上にあがっていくと既に準備していた人が舞台に立っていた。
「あれ? 子供?」
 遠くから見ても分かるくらい小さい子供だった。
 どうやらこの棒の手というのはこの子供たちがするそうだ。
 舞踊が始まった。
 名前では分からなかったが、これは私でも見たことがあった。たまに祭りでもしているときに少しだけ見たことがあった。棒を振り回すでもなく、緩やかに躍らせるようなもので、私が見たことあるのは大人の人も後ろから手伝いの様な事をしていたが、今回はそんな事は無く、子供たちだけでやりのけていた。これがうまい人なのだろうか。
 棒の手はそれほど長い訳でもなく、すぐさま終わってしまったが、礼をすると同時に大きな拍手喝采が沸き起こる。
 そして子供達が戻ると同時に入れ替わり剣を持った人がやってきた。先ほどより大きいかったが、それでもまだ若いものだった。

 それからいくつか項目を終えると前部が終わったようだ。
「ん~」
 私は座り疲れて大きく背伸びをする。隣を見ると百々さんも肩を叩いたり、柚姫も前に腕を伸ばしたりしていて、どうやら二人も少し飽きてきたのかも知れない。
 後ろを振り返るともう移動が始まっていたが、別にそこまで急ぐ訳でも無かったので、大半が出ていくまで待っておくことにした。
「百々さんどうでしたか?」
 私は主催者である百々さんに感想を聞いてみる。
「そうね、あれよ。まだ後部が残ってるわ」
 要は詰まらなかったそうだ。柚姫に至っては聞くまでもないし、私もそれほどとは思う事も無かった。確かに見ていて凄いというのはあったがそれだけで、私達には当たり前の様によく分からないものだった。奥が深いものかも知れないが、深すぎるのも難しすぎて分からない物だ。
 とりあえず食事もある事だし私達も移動を始める。
 食事は食堂に準備されており、座席の番号の書かれた場所に座る。
 内容は懐石料理で、それほど量も無く、軽くて調度良い具合の量でもあった。ここでステーキとか出されてもそれほど食べられるわけではないが、まあ柚姫は喜んで食べてしまうだろう。
 味も美味しく、見栄えもいい。出来れば教えてほしいくらいだが、手間も相当かかっているのだろう。

 と、どうでもいい事は省いて本題だ。
 後部の一番初めがそもそも見る切っ掛けとなった、麻倉 美月が出演する能楽だった。
 能楽は正確には能、式三番、狂言の三つに分かれるらしく、麻倉 美月が出るのは狂言のようだ。狂言というのは名前は有名だが見たことというのは一度もない正直後部がメインの様なので、先ほどよりは楽しめるだろうし、中学生の子がどれほどのものかも気になったりもしている。それに狂言という名前からして恐ろしいのも、逆に惹かれる。
 しかし狂言は能楽の中でも三番目に行われるそうだ。
 そして何と言ってもこの能舞台というのは凄かった。舞台の下には水を象徴する砂利が敷き詰められていたり、橋懸と呼ばれる舞台の左側にある橋などに目を惹かれる。それに舞台その物も音響効果もあるらしく、自然な音が響き渡る様に出来ているようだ。
 能舞台の奥から五人ほど小さな穴から出てきた。手には演奏道具を持っていたのでそろそろ始まるようだ。
 そう思っているうちに能面を付けた着物を何重にも重ねて来ているような人が現れる。そして演奏と共に舞を始めた。先程見た棒の手の様な緩やかな物で、演奏者も歌とは違うかもしれないが、歌詞を載せている。能と言えば能面というイメージもあり、能面というのも初めて見たので些細な感心もあった。
 それに比べて式三番は能のテンポを上げたような感じで、それで且つ長い演目だった。しかし能とは違い、能面ではなく翁の面を付けた人がメインの様な感じで、動きも能と比べると激しい。そしてどうやら能も式三番もいくつかの曲を続けてするようなものだったらしく、それには節目と言うのは気付かなかった。
 そして最後の狂言だ。
 一体どんな物が見れるのだろうか?

 能楽には能、式三番、狂言があると説明したが、今から演じられる狂言には更に大きく別狂言、本狂言、間狂言の三種類に分かれる。中でも本狂言と呼ばれるのが一般的な狂言で、他の二種類は正確には違うそうだ。何が違うのかと問われれば、パンフレットにはそれ以上の事が書いていなかったので、私には説明する事が出来ない。
 今から演じられるのは一般的な狂言の本狂言で、これもまた更に細かく分かれるそうだが、それは詳しい事は書かれていないが、脇狂言と分類される祝言に用いられるもので、「末広」という脇狂言でも代表的なもののようだ。他には小名狂言と分類されるものの「附子」というこれもまた小名狂言の中でも代表作が演じられ、あといくつか曲目があったが、どうやら有名なのだけを演じるようだ。
 少しその話のがあらすじも書いていたが、ネタばれの様なものを感じてしまい、それは飛ばしておいた。でもこういうのは何度見ても好きな人は飽きないのだろう。現代に例えるとテーマパークのアトラクションや、宝○歌劇団なたいなファンが何度も行くようなものかも知れない。
 それにしてもこのパンフレットかなり新参にも優しい説明が書かれているな。などとふと思う。

「あ、始まるっぽいよ」
 よそ見していた二人に気付いた私は告げると、百々さんだけ顔をすぐ正面に上げたが、柚姫は既に興味を無くしていた。
 最初に舞台に上がっていた二人のうち一人は女性で、能楽で初めて女性だった。確認しなくても彼女が百々さんの言っていた麻倉って人だろう。しかし着物が綺麗だというのは分かっても顔は見えにくかったが、それでも造形は柚姫並、或いはそれ以上に感じられた。
 が、あれ? と、既視感を感じた。
 私は彼女を見たのは初めてだったはずなのに、何故か初めて見た気がしなかった。確かに遠くからで顔がぼやけて見えているので、正確には分からないが、それでもここ最近見たことがあった様な気がした。しかし、私が能楽にこんな機会でもない限り興味を持つはずもない。
 まあテレビで少し見たことがあるとかその程度だと思い。見る事だけに専念する事にした。
 この狂言では、他の能楽と違い面を付けていなかった。もしかしたら狂言というのは面をつけないものなのかも知れない。他にも狂言には能や式三番と違い、あまり舞う事は無く、セリフの部分が多かったが、相変わらず何を言っているのか分からない。彼女もまた男性と同じ様なセリフの言い回し方で、古文が得意でもないと何を言っているのか理解すら無理としか思えない。
 一応「末広」では彼女が主人公に当たるようで、舞台から離れることなく演じ続けていた。
 途中で扇やら唐傘やらを取り出してどういう話か余計に分からなくなったので、結局パンフレットを読むことになった。
 読む所によれば彼女はとある宴会を企画した主の男に末広を買ってくるように命じられた役で、彼女は末広を買ってくるように命じられたものの、末広をどんなものなのか知らずに、何も知らない彼女に詐欺師が唐傘を末広として売りつけたもの、彼女があまりにも簡単に騙されて気の毒と思い、おまけとして主が機嫌が悪い時に舞うといいという囃子物を教示される。案の定帰って唐傘を主に渡すと違うと怒られ、その時に詐欺師に教えられた囃子を舞うと主は機嫌を直したという、そんな話だ。他にも色々詳しく書かれていたが、結局のところ面白いのかと問われれば答えられない感じだったので、私にはそこまで知る必要はなかった。
 しかし舞っている時の彼女は今日見た舞踊の中でも一番だった。何がいいのかと聞かれてもそれも答える事は出来ないが、それでもこれが一番いいと何故か答えてしまうほど魅了されてしまう何かがあった。
 そして次の「附子」というものにも彼女は出ていた。
 私はさっきとは違い先にあらすじを読んでおいた。
 附子というのはトリカブトの事で、主は留守をする時に使用人の二人に「附子という猛毒が入った桶に近付くな」と言い残して主は出て言ったが、使用人は附子というものを何の事か知らず、その附子が気になってしまい、つい桶の中を覗いてしまう。しかし中に入っていた毒である附子は大変おいしそうに見えてしまい、これも誘惑に負けてしまい口に入れてしまったのだが、主の言った附子が入っているというのは嘘で、本当は砂糖であり、そしてそれを二人で平らげてしまった。主が嘘をついてまで隠していた砂糖を食べてしまった二人はどうにかして言い訳を考え、主が大切にしていた壺など壊して、主が返ってきた時に二人は大泣きしながら、「主の大切なものを壊してしまい、死んで詫びようと附子を飲んで死のうとしたが、死ねずに困っている」と言い訳し、主もどうしたらいいのか困って途方にくれるという内容だ。
 これは結構あらすじだけでも面白いと感じた。今でいうブラックジョークみたいなものだろうか。
 そして彼女は主の役で出ており、最後の困った表情は女性の私でも何とも云えなかった。
 案外狂言というのは内容だけ見れば、なかなか面白いものだった。正直言ってしまえば、すぐ消えてしまうような一発ネタだけのお笑い芸人の何倍も面白い。それにこれも考えられたのは昔で、そんな時代にもこんな面白い話を考える人がいたのかと感心してしまうほどだ。

 それから狂言はいくつか曲目を終えて、別に狂言が最後という訳でもなく、まだまだ続き、最後のトリは今日の出演者総出で盆踊りという何とも言えないようなしめ方だった。というか盆踊りも日本舞踊に入るのか。
 まあ今日はそれなりに私としては楽しめたが、柚姫は途中で完全に寝ていた。しかも百々さんも同じように狂言が終わって麻倉 美月が出ないと分かると、寝てしまっていた。確かに出る事は無かったが、楽しむ事は出来た。一応二人とも盆踊りの時は起こしておいたが、柚姫は熟睡状態で、百々さんも朦朧とした感じだった。
 良く考えてみれば何だかんだで、私は着て良かったと思い、二人は寝て損しているとまで思ってしまった。

 会場を出るとまだ四時くらいで、買い物をしている主婦や遊んでいる若者たちで溢れ返っていた。
「そうだ、私寄るところあったから先に二人で帰っておいてよ」
 と、百々さんがさっき言っていたので、今は私と柚姫だけで帰路についていた。
 流石にこの場所は普段から人通りが多く、男性恐怖症の柚姫にしたら心底耐えられない事でもあるだろうけど、流石に人がいなくなるまでこんなところで立ち止まっているのもあれなので、無理やりにでも帰る事になった。
「ん?」
 私はそこで誰かの視線を感じ、あたりを見回しても人混みが慌ただしく動いているようにしか見えなかった。いや、一人だけ全く違う印象を目に捉える。着物を着たままの彼女を誰もが気に留めずに隣を通り過ぎていく。その彼女が私達を見ていた。
「あの人って……」
 しかし確認したすぐ後に通行人の影に隠れ、通り過ぎた後にはいなくなっていた。
「どうしたの?」
 私の足が止まった事に違和感を感じた柚姫が聞いてくる。
「……なんでもないよ」
 私は気のせいだと思って、また歩き出す。
 だって有りえないでしょ、あの麻倉 美月が私達を見ていただなんて。

 家に着くと、六時をゆうに過ぎていた。
 しかし家には誰もおらず、夫婦揃って買い物にでも出掛けたのだろう。今なおオシドリ夫婦と言えるような関係を持っており、休日は揃って買い物という名目でデートに行く事が多い。まあ仲が好いのはいい事だろう。
 しかしそうなると多分二人は外食で夕飯を済ませるに違いないので、途中で買い物をして置いて正解だった。まあ今からでも近くのスーパーに行けば余裕だけど、二度手間というものアレだし。それに百々さんも今日は夕飯をどこかで食べてくるつもりだろうと思ったので、量は少なめだ。
 まあ今日は柚姫と二人しかいないという事なので、簡単に刺身にすることにしていたので、魚の切り身を取り出す。既に切ってある刺身は高いので、刺身用と書かれている切り身なのは、普通だろう。それに板前が切っても何が違うのかは私にはよく分からない。まあその分二人前にしては多く買っている。
 一応私は柚姫が肉が好きだからステーキでも良かったのだが、魚の方には頭が良くなるドコサヘキサエン酸が入っているので、こっちにしてみたというのは建前で、肉ばかりというのも悪いので、魚にしている。獣肉と魚肉でどちら肉なのは気にしない。
 家には刺身用の刺身包丁なんてものはないので、出刃包丁で適当な大きさに切り分ける。
 買ったのはマグロの赤身とサーモンと真鯛と買ってみたものの、国産はやはり真鯛だったことに日本は輸入に頼っていすぎたと、偏見を考えてみる。日本でよく使われる醤油や味噌、納豆の原材料の大豆は九十%以上が輸入と聞いて驚いたこともある。しかし国産の真鯛は案の定比較的値段が高いのは否めない。
 普段買う肉も基本的に国産だ。確かに部分が同じでも国産とオーストラリア産やアメリカ産では結構な差が出る。穀物に至っては倍以上にも及ぶ事だってある。
 などと本当はよく知らない事を並べて考え切り終わったので、ソファーに寝転がってバラエティー番組を見ていた柚姫を呼ぶ。
「柚姫、出来たよ」
「はーい」
 ちょうど七時になって番組が終わったので柚姫はいい返事をして、台所まで皿を取りに来る。私も一緒に運んで、二人で夕飯にした。
「今日はどうだった?」
 私は全くちゃんと見ていないであろう柚姫に今日の感想を聞いてみた。
「えー、あー、うん、良かったよ」
 何が良かったのかすら言えていないので、明らかに嘘を付いているだろう。
「あ、そんなことよりあれあれ!」
「そんな手で誤魔化す気?」
 私は一応柚姫が指を指した方を見てみると、テレビには私達が行った日本舞踊の話が取り上げられていた。
 話では私にはよく分からなかったけど、本当にその手の方では有名な人がいたようで、観客の中には有名人も見に来ていたという話だったが、私は見ていなかった。流石に変装とかしているだろう、本音をいえばメイクや髪のセットを落としてしまえば全く分からないという話だけど。
 しかしその特集も短いものだったので、始まってから数分で終わってしまう。
 私達はその後はテレビのチャンネルを切り替えて、バラエティー番組やドラマを見ながら談笑した。

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