書きフライ☆wiki支部

四章

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shousetsu

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「どういう事だこれは?」
 極陽は見ていた紙から目を離し、眼光を光らせ権一を刺すかのように目を向ける。
「聞かなくても分かっていたのじゃないか?」
 権一は逆に極陽が全てを解っていたかのように聞き返す。
 私はこの園芝組に移動している間も無言だったので、紙にどんな事が書かれていたのかすらまだ何も知らないでいる。だが、その紙に重要な事が書かれているのは確かだろう。恐らく自称天使から貰った物だと推測は出来た。
 それにしても私が口を挟めるような空気ではなく、ピリピリしている。
「確かに粗方の事は俺も事前に知っていた。だが、これ程事細かに知りはしなかったな」
「園芝組組長宮左御 極陽ともあろう方が知らなかったと」
「何?お前は俺に喧嘩を売っているのか。調子に乗るな」
 極陽は今にも襲いかかりそうな形相になっていた。逆に権一はわざと怒らせたような感じで、二人は仲が悪いのだろうか?
「それにこの情報の出所は……狐か」
 狐?私は自称天使だと勝手に思っていたのだが違うのかと思ったが、よく考えてみればそもそも決まった名前を持っていなかったことを思い出す。なのでもしかしたらここでは狐とでも呼ばれているのだろう。
「……貴様、あれほどあの狐に近付くなと言っただろうが!」
 極陽は吠え、掌を思いきり机に叩きつける。その勢いで木製といえど硬いはずの机にひびが入る。
「ああ、言われていたな。だが、この情報がなければどうなっていた?」
「……いいだろう。今日はもう帰れ。後は俺がやる」
 極陽は権一の一言に憤りを穏やかに抑える。
「いや、まだもう一つそれとは別に話がある」
「何だ?」
「輪廻、俺が寝ていた間何があった」
 いきなり話が私に向かい、それどころかそんな事を聞いてくる事に驚く。
「何の事だ?」
「この女、狐に唆されて何かされていたのか、したのか知らないが何かあったようだ」
「狐が誑かしたのか、それは興味があるな」
 やはり狐というのは自称天使の事であったようだが、そんな事よりも極陽が興味を持ってしまっている。
「……別に何も無かったわよ」
 もちろん私は分かりやすい嘘をつく。それにこんなとこでいきなり言ってしまっては、この場ですぐ殺されてしまってもおかしくない。
「話せ」
 やはりまだ私は臆病なのか、極陽の声に体が震える。
「……嫌です」
「そうか、それでは死んでもらうとするか」
 何故かと私は疑問に思うが、危機が迫っているという事実には変わりがない。
「確かに貴様如きの話ならどうでもいいが、狐が絡むとそうはいかないからな」
 どうやら自称天使は園芝組組長を相手にしても、それほど重要な人物なようだ。
「分かったわよ、話すから」
 私は自分で言うタイミングを整える。それは長い沈黙だったが極陽も権一も何も言わず私に目を向けている。そして、
「ねぇ、もし私と権一の間に子供が出来ていたらどうする?」
 私は少し遠まわしに言う。だがこれだけで何があったのか分かるだろう。
「………………」
 それは衝撃的事実だったのか権一は口を閉ざしたままだったが、
「ぶわっはっはっはっは!」
 極陽は大口を開けて笑う。
「お前、狐に遊ばれたな」
「え?」
 権一はどうでもいい事のように扱う。それに狐に遊ばれていたのは確かだ。だがしかし、これは園芝組にとっても重要な事だと思ったのだが、
「そうか、そのくらいの事か」
 などと極陽もそれくらいとして扱う。
 どういう事なのか。自称天使は権一は自分の失態に責任感を強く持つと言っていたが嘘だったのだろうか。
「どうせ、お前の事だからどうして俺達がどうでも好さそうにしているのか疑問に持っているだろう? 逆に俺達にとっては好機なんだよ」
「好機?」
 やはり疑問だ。ただの自称天使の嘘だと思っていたが、それとは別に好機ときた。
「別に子供が出来ようと出来まいともうどうでもいいんだよ。それに狐はやはり性格がねじ曲がってるな。自分でだけ楽しんで相手には本当の事を言わない。傑作としか言いようがないな」
「ちょっとどういうことよ」
「いずれわかる」
 どうやら教えてはくれないようだが、私がここで殺される事はないようだ。
「すまないな、親父。こんなくだらない事なら聞くまでもなかったな」
「ああ、狐がただ単に遊ばれていたという事だったからな。だが、お前もお前だ。もうあの狐には」
「分かってる。もう会うのも止めだ」
「それならいい、それとさっき言ったように後は俺がやる」
「おいおい、少しくらいは俺にも手柄をくれよ」
 私はその後も仲がいいのか悪いのか分からない親子を見ているだけで、帰宅することになった。



「ちょっと何よこれ」
 私は長浜まで帰ってくると、権一が自称天使に貰った髪を見せて貰った。
 内容は前日起こった事を書かれてた。
 まず、鉄がカジノ場に現れたのはただの餌だったようだ。それにもう先が長くないと知っていたし、それで自分から志願したらしい。その死の代償としては唯一の肉親である孫に不自由のない生活をさせるというもので、そもそも鉄には娘がいたが、その娘と夫も事故で無くなってしまい、孫だけが残ったため父方の祖父母に預かって貰っていたが、そちらも癌などの病気で命を落としてしまったために、孫を引き取ることになり組を抜けたと聞いている。しかしその孫も鉄がこんな場所で働いていた事を友達にも知られていたため、苛めなどもあったらしく、恐らく完全に縁も切ろうとしたのだろうか。その孫は約束通りどこかの施設に預けられているとは書いているが、それも真偽は分からない。
 次に銃器の取引。
 これはカジノの出来事の間に鹿児島の辺りで小型のボートに乗って国外から秘密裏に送られてきたらしい。しかしそんな事を堂々としては海上保安庁が黙っていないはずなのだが、それも金の力で落としたらしい。そのお陰で合法的なものとして扱われてはいるが、それでも一部の区画だけらしく、別の区画に目を付けられると面倒なためわざわざ小型で送られてきたようだ。
 これが鉄を囮にした理由らしく、もちろんカジノ襲撃と銘打っていても別の場所を奇襲することなんて用意に考えられ、すぐにでも組を動かすだろうが、それはあくまで東の重要な場所が狙われているとしての考えである。しかし場所が鹿児島であり、組としての管轄は西である故に園芝組はあまり詳しくないようだ。だが疑問に思うのが私たち西にある。それこそ私たちならすぐにでも分かったことだろう。瀬戸組も海上保安庁にはいくつもパイプはあり、組の危機と知ればこの事を伝えてはくれるだろう。だがもしその取引の名前が私たち西の名前を使っていたとしたらどうか。この取引の獅戸 兇鑢という人物は東の人物であり、若頭という事も知っている。それなら西の事をある程度知っていてもおかしくはないだろう。しかしこの獅戸 兇鑢が事を起こし、園芝組が黒幕ということは考える事は出来ない。メリットなんてないし、それに取引場所もわざわざ疑われようとも、リスクが高い西にしないだろう。じゃあこのリストに書かれている別の人物か? いや、いくつか経由はしているももの全て最後には獅戸 兇鑢の文字が浮かぶ。じゃあ獅戸の単独犯なのか?
 そしてまだ書かれている。この後の朝鮮第四連合の動きについても書かれている。
 それは単調に同時襲撃テロと書かれている。しかしどこを襲撃し、日程も書かれてはいない。でも先ほどの銃器のリストはかなりの数だった。小型とは言ったものの、一艘だけでも結構な量が入るらしく、それが何艘も使っていた訳だ。その量から推測しても戦争を仕掛ける事は出来るほどではもちろんないが、もしホテルなど人を一気に人質と出来る場所ならこれだけでも事は足りるだろうが、これは成功したとしても何も意味がない。襲撃とは別に目的があるのだとしたら別だが。



「はぁ」
 と溜息をつく。その溜息は室内といえどまだ暖房は効いていないらしく、白く曇る。
 余りにもこの紙には重要な事が詰め込まれ過ぎだ。正直言えば私がこんなものを見てもどうにかできるものでもない。
 私は暗い部屋の中に浮かび上がる光を放つテレビを見る。画面にはお気楽そうな馬鹿キャラを演じたアイドルやら、すぐに消えそうな一発芸の芸人、司会を務めるもう何本抱えているのか分からないような五〇代過ぎの大物芸人。チャンネルを変えても同じような番組か、ニュースぐらいしかやってない。でも、私はそんな生活がしたかった。普通に何処かに一般家庭に生まれて、普通の生活をして、普通に友達とか作って楽しんで、あわよくば何か成功を収めた有名人になって、そんな夢がある生活をしたかった。あ、今やってる番組みたいに変な動物と命がけのかけっこするのは嫌だけど。
 私はこんな目に会うのであれば、こんな場所から抜けたいとは何度か思った。でも私に与えられたのが此処であるのであれば、私はこの組をいずれ仕切り、大きくするという野望もある。だからこそ、この結婚の話が成功すれば、そのまま園芝組の権力を奪ってやろうとも思っていた。でもそれも簡単じゃない事も分かってはいたが、その現実に直面したら私は何も出来なくなってしまった。
 関係ないけど権一はどうだろうか。同じように普通の生活というものをしてみたかったのではないだろうか? まあこれは私の思い込みであって、実際はこんな生活を楽しんでいるのかもしれない。危険というスリルを楽しみ、人を扱き使い、金もある。権一の性格では最高の部類に入るのではないだろうか。
 それでも私は権一が好きだという事は私自身隠せない。だからこそここに生まれ、どんな出会いにしろ権一と会えたことにこの生活を嫌だという事も少しは思いにくくはなった。
 だが、この生活もいつまで続くのだろうか、結婚成立がしなかったら離れ離れになり、別の道を歩む。



「はぁ」
 私はまた溜息をついた。溜息は室内が暖まってきたのだろうか、白くはならなかったが窓は白く曇っていた。







 何も起こらないまま二週間が過ぎ、月は師走、つまり十二月に入った。
 最近では時々雪が積もるほどではないが降る日もある。
 あれから組では取引された武器の行方を追ってはいるものの、一向に手掛かりを掴む事もなく、ただただ時間が過ぎる。
 それから獅戸兇鑢も姿を暗まし、行方を同じく追ってはいるが、未だに見つからず、すでに高飛びしてる可能性が大きいことも否めない。流石に国際指名手配出来るほどでもない訳で、国外にいるとしたらもうどうしようにもない。
 ともかく朝鮮第四連合が動かない限りこちらとしてはお手上げな訳だ。むしろ最近では規模を縮小していると思えるくらい静かに行動している。本当にこれからテロを起こすというのは正直考えにくいものだ。しかし狐が嘘を付いているとは考えにくいのも事実であるからして、
「何度考えても一緒か……」
 そう、ここ最近は同じことだけを考え、それだけが頭の中を回っているものの、全く次の発想には進まない。
 別の事を考えるか?
 それならどんな事を考えるかも浮かばない。朝鮮第四連合との事が最優先ではあるが、気を入れ過ぎても持たない事も分かってはいる。だが、別の事と言ったらなんだ?俺はこれ以外考える気すら起きない。
 気分転換に何か飲み物を飲もうと一階に下りると、キッチンで輪廻が何やら奮闘していた。いや、料理をしていたというには余りに違った光景だったので言い方を変えてみた。
 キッチンで奮闘している輪廻のまわりには野菜の皮が散らばり、恐らく魚を捌いた時の血が床にもべったり付いており、他人が見たら恐ろしい惨状だ。
 何故こんな事をしているのかと言うと、一週間ほど遡る。



 俺達は二人揃ってコンビニ弁当を食べている時の話だ。
「ねえ、ふと思ったんだけど権一も私と揃って毎日飽きずに弁当な訳じゃん? 料理とか出来たりするの?」
 俺にとってはかなりどうでもいい話だったが、最近あまり暇なので、何か面白い事でもないかと思っていたので答えてやることにした。
「人並みにはな」
「……マジ?」
 何やら理不尽にも変な眼で見られた。
「何だ、お前出来ないのか」
「そんなことどうでもいいじゃない、それよりも何で出来るのよ」
 出来ないようだ。
「よく一人で交渉とかで遠くの地に向かう事なんてよくあったからな。国外なんてインスタントや弁当を売っていない場所もあったから料理くらい出来ないと死ぬ」
「へぇ……」
 何やら落ち込んでいた。
「一応これまで掃除と洗濯は各々やっていた訳だが、お前なんでそれは出来たんだ?」
「何よ、料理が出来ないみたいな言い方」
「でもその通りだろ」
「うぐっ」
 何やら器用な呻き声をあげた。なかなか輪廻をからかうのは暇つぶしとしてはいい気がしてきた。
「いや、だって、掃除は掃除機だけだし、洗濯もボタン一つだし、それに料理なんて一度もする機会もなかったし……」
 最後の方は声が小さくなっていたが、どうやら親が過保護なせいもあり、一人でいるという事は無く、いつでも御付きでもいたのだろう。
「……じゃあさ、権一は結婚するなら相手は料理が出来た方がいい……?」
 ……どうやら未だに結婚できると思っているようだった。しかしそんなこと出来ないという事は狐の余分な一言で俺は気付いたが、輪廻は未だに気づいていないようだ。
 確かに輪廻は俺に好意を抱いてるのは気づいてはいるものの、これ以上は何やら哀れな気もしない事もない。だが、
「ああ、そうだな」
 そう答えた。
 別にそんなことしなくても問題なんてないし、俺は親父に使われるように使われ、決められた奴と籍をいれる。それだけだと思っていた。もちろん今でもそうだ。確かにこいつは園芝組を乗っ取る気があったようだが、最初は気にしてはいたものの、最近では無理と思うようになり、こいつでもよかったんじゃないかと思う時もあった。だが、やはりそれは無理だったという事には変わりはないが。
「じゃあさ、私料理の練習頑張るね!」
 輪廻は身を乗り出し、俺の顔の近くまで接近させる。
 そう言って、すぐに買い物に出かけ、料理の本と食材を買ってきた。俺は知らなかったが、包丁等の道具はすでにあったらしい。どうやら以前に確認していたようだ。そしてそのままキッチンで本を見ながら作るはずだった。が、それ以前の問題だった。それは余りにも不器用だった。
 早速包丁で指を切った。
 そして輪廻は助けを求めるかの様に俺を見ていたが、無視することにした。



 それから二十分近くの間は一人で奮闘し、ようやく諦め二階に行ったかと思ったらすぐに戻ってきた。ナイフを持って。
 しかし包丁をナイフに変えたところでどうかと思ったのだが、全く違った。余りにも違いすぎている。手際も良く、切るのも見た目は綺麗になっていた。しかし何と言うか大雑把で、全てブツ切りの様なものだった。
 それからさらに二時間近く。何か出来たようだ。それを一人自分で食べて感心していた。
 何を作ったか気になり見てみると、肉ジャガの様なものが出来ていた。
「あ、権一も食べる?」
 輪廻は俺に気づいて、器を差し出してくる。見た目は普通、匂いも普通。俺は少し手掴みで食べた。普通である。
「初めて料理したけどこれって合格点だよね?」
 輪廻は俺に同意を求めてくる。確かに初めて料理をしたとで言うのであれば、合格点は上げたいところではあるが、
「料理は合格点だが、なんだこの汚さは」
 そう、片付けが全く出来ておらず、余りにも汚い。あちらこちらに生ゴミが落ち、先ほど使っていた包丁もそのままだった。
「いいじゃん、美味しかったら」
 無茶苦茶であった。しかし、
「ところで何で包丁をナイフにしたらあれだけ変わったんだ?」
 今回の疑問である。
「それはね」
 輪廻はナイフを掴み、俺の方に思いきり投げてきた。それは俺の目のすぐ横を通り過ぎ、髪が少し斬れ落ちる。
「何すんだ!」
 俺はいきなりの事に怒りを現す。
「ごめんごめん、私が狙いたかったのはあっち」
 輪廻は壁の方を指差す。そこにはナイフが刺さっているだけだった。
「何も無いじゃねえか」
「近くに寄ったら分かるよ」
 そう言い輪廻の後に続く。
「……虫」
「そ、これを狙ってたの」
 無茶苦茶すぎる。この小さな虫に当てたというのか。
「私ね、銃は危ないからって使わせてもらえなかったの。それで何か護身になるものでもないかと思ってナイフを使ってたらね、この位うまくなったんだよ」
とても意外だった。俺はこれには感心すらした。
「じゃあなんでこれだけの技術があって今まで使わなかったんだよ」
「とっておきの秘策だったから、というのは嘘になるね。怯えて何も出来なかったんだよ」
 自分を否定するかのように答える。その目には涙が零れている。余程今まで事が悔しかったのだろう。
 俺は過去と重ね合わせた。何も出来なかった自分と。だから俺はこいつの気持ちが痛いほど分かる。
 だが、俺には何もしてやる事は出来なかった。



 これが先日の話。
 あれから毎日のように練習をしている。うまくいった時は俺に味見をさせてくるが、どれもまずいとは言えない物だったのは確かだ。まあ相変わらずその後が汚いのは変わらないけど。
 輪廻は御気楽そうに見える。自分がどういう立ち場なのか分かっているのか。いや、むしろ分かっているからこそなのか、それは俺には分かる事は無い。
 その日も普通にナイフを振り回す輪廻を見るだけの日だと思っていた。
 ドキュメントをしていた番組がいきなり速報に切り替わった。
「緊急ニュースです。―――」
 それは最終局を迎える。







とある夢~輪廻の場合~



 そこは余りにも白い景色だった。
 前後左右上下三六〇度見渡しても白一色だけが目に映る。
 色のある物は強いて言うなら私自身だけだ。
「此処は……」
 今更になって気づく。
 完全の無の世界といえるような場所知ってるはずもない。
「……夢……」
 うわ言の様に呟いてみる。
 私は足を動かす。
 前に、横に、後に、そこで回転、また前に。
 本当に何も無い。
 走ってみた。どこが端なのか見えもしないし、或るのかすら分からないが直進してみる。でも何かにぶつかる。
「壁?」
 それは余りにも白い景色の中にあった壁で、見えない壁と同じような物だ。でも壁があるって事はここはどこかの中なのだろうか。
 それに色が分かるという事はどこかに光源があるはずだが、まあどうせ夢なのでなくてもおかしくはない。
 でも、これは一体何の夢なのだろうか? ここまで白い夢なんてあるのだろうか。
 私はまたその壁に手を添え、壁に沿うように進んでいく。
 角にぶつかった。次は対角線に沿って斜めに進んでみる。
 でも全くといって白いこの場所では方向感覚が掴めず、少しずつずれているだろう。
 それでも私はなんとなく進んでみる。夢が覚めてしまえば忘れてしまうだろうけど。
 それから結構進んだところで何か別の色が見えた。私はそれに向かって進む。何も無い場所では方向なんて分からなかったが、とても小さくても点でもあるとすぐに向かえるものだ。
 私はその点が大きくなってくるのを確認して、速度を上げる。
 誰か椅子に座っているのか、輪郭だけ分かる。しかし色はほぼ同化していて、近くに寄ってはいるが、背丈も良く分からない。
 いや、小さい。
 まるで幼子の様だ。
 私はその誰かに触れようとした。が、何か柔らかい物に当たり―――、



 夢は色を失う。







とある夢~権一の場合~



 ドクンドクン……。
 何処だ此処は?
 見た事もないような光景が広がる。肌色とピンク色を混ぜたような色が広がり、まるで臓器かの様に脈を打つ。
 こんな馬鹿みたいな場所にいるのは夢だろうか。
 一体どんな事を考えたらこんな夢を見るのか。しかし現に見ているのは否定のしようがない。
 しかし足場はいいとは言えず、軽い凸凹になってる。下を見るとドロドロした液体が流れているが、溶ける事はなさそうだ。夢だしな。
 そう考えるとこの先が気になってしまい、液体が流れる方向に進んでいく。
 進めば進むほど道は狭くなっていき、凸凹の段差が深くなる。しかし俺が通るのには余裕はあった。だがそんなことよりも、
「もう会う事はないと思ったが、夢の中で会ってしまうとなると、悔いが残っていたのか」
 俺は足を止めそいつを見る。
「いいや、そうでもなかろう」
 狐はそう言う。
「じゃあ俺の夢にまでわざわざ出てきたって事か」
「そうじゃな、もし死んだ時は妾が何か一つ叶えてやろうとな」
「俺が死ぬ? 笑わせるな。それにお前はただの夢に現れただけだろう」
 俺はこいつと喋っているのは現実としか思えないくらいリアルで、俺の着ているこの服の重さもあるように思い、狐は俺が見た事もないような赤い和服を着、蛇の目傘を指している。声もこの狭い場所を反射してエコーも掛っている。夢にしては出来過ぎな気もする。それに俺達二人とも夢を自覚しているのも違和感があり過ぎる。
「まあ、確かに夢じゃな。それでも一つくらいあるじゃろ?」
「はっ!そんなこと死んでからいくらでも頼んでやるよ」
「そうかそうか。ま、妾は此の辺で消えるとするかの」
 そう言うとすぐさま姿を消した。一体何だったのだろうか。
 それに何か叶えてくれるとしても、それは死んだ後に聞くのであれば、天使の迎えというより、死神の迎えの様な―――。



 夢は溶けて無くなる。

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