星光(シングァン)皇子は、自室で椅子にもたれかかり、天井を
仰ぎ見ていた。目の中が異物でも入っているかのようにゴロゴロする。
星光は眉間を指でもみほぐした。この間刺客に襲われた一件以来、夜眠れない
のだ。目を閉じようとすると必ず襲ってくる恐怖。刺客の息遣い、
肺を圧迫する刺客の体重─────全てがとても鮮明に蘇るのだ。
盾達は相変わらず彼を守っていた。特に蒼豹(ツァンバオ)はあの一件
以来、一日の大半を星光の警護にあてている。たとえ目に見えずとも
近くに蒼豹の気配を感じるのだ。星光は、彼女が何故倒れないのか謎だった。
紅兎(ホントゥ)は、星光の警護の交代に向かう途中、ふと仲間の気配を
感じ立ち止まった。宮殿を吹き抜ける蒼い疾風・・・。会って間もないが、
間違えることはない。紅兎は囁きを風に乗せて話しかけた。
『おい、蒼豹、ちょっと降りて来いよ』気配は少し迷うように揺らめくと、
すとんと降りてきた。眉間に皺をよせて紅兎を見る。
「用があるなら手短に頼む。私は忙しい。」紅兎は腕を組み、片眉を
くいっと上げて蒼豹を見た。「その多忙さの原因の話をしようとしてるんだ」
「・・・何?」
「はっきり言うぞ、お前、働きすぎだ。過労死するぞ。紺鮫(ガンジャオ)
の番のときも出てるだろう。奴はごまかせても俺は騙せないぞ。」
「大きなお世話。自己管理は徹底している。あなたに言われるまでもない」
紅兎はイラついたように蒼豹を睨んだ。「いい加減にしろ。何のために
盾が三人も居ると思ってるんだ。そんなに仲間の仕事が信用できないのか」
蒼豹は嘲るように口の端を吊り上げると、冷め切った口調で言った。
「同じお方にお仕えしているだけで仲間か。下らない。私は私の好きなように
やらせてもらう。殿下の警護に支障が出ない限り口を挟まないで貰おうか」
「なら何故俺の番のときは居ない?その間に休んでいるんだろうが、それは
俺を信用しているということじゃないのか?」
蒼豹は嘲笑をますます深くして紅兎を見た。しかし、その目には怒りと
苛立ち、そして──────気のせいだろうか?─────微かに悲哀が浮かんでいる。
「答える義理は無い。だがあなたの後学の為に言っておく。私が誰かを
信用することなど永劫有りえはしない。あなたの腕は買っているが信用など
していない。あなたが殿下を裏切らない保証など、万が一にも無いのだ」
蒼豹は紅兎に背を向けた。もう話すことは無いということか。
紅兎は去ろうとする蒼豹の背中に声をかけた。
「誰も信用していないと言ったな」蒼豹は足を止めた。「そうだ」
「ならお前、殿下さえも信用していないのか?」
蒼豹は、ほんのわずかだけ振り向いた。「信用するしないではない」
彼女は言った。「私たちは、殿下の道具なのだ
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