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レトルの食的空間


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そして

あれは結局夢だったのか。
もしくは現実か。
今となっては分からないけど、しかし――

+++

見る人によると、今更になるが――説明しよう。
フォルテの私的空間、とは。
別名(正式名称)を『一線を越えた世界』と言う。
その世界を一言で言い表すために、生と死の狭間という言い方を借りれば――現と夢の狭間、であろう。

しかし、そこは決して平和で素敵な楽園ではない。
敢えて言うならば、牢獄だろう。

何故なら。
『諸事情』により此処に来た者は例外なく――フォルテ=ラインオーバーと成るからだ。
そして。
フォルテに成った者は、『不法侵入者』を幸せにしながら、長い年月を私的空間で過ごさなくてはいけない。

しかも、一人で。
たった、一人で。
孤独に、生きる。

……ここで終わるとフォルテという役柄が最悪極まりないということになるので――補足。
そんな牢獄から出ることができる『いつか』が来た時、フォルテの願いが叶うのだ。
例えば、不治の病を患った婚約者を救いたい。
これは元・レオナルド――即ち、現・フォルテの願いである。

まあこれだけ長い前置きをしておいて何が言いたいかと言うと(勿論粗筋の役目もあるが)。
フォルテは一人で生活している。
つまりは――家事全般も一人でこなしている、ということである。

+++

真っ黒な世界の中。
フォルテは長机を広々と使い、食事を取っていた。
ただしそれは料理経験が皆無の男が一人で作るような酷い類では、無い。
寧ろその逆。
見ているだけで楽しめるような――高級で綺麗で最高の料理なのだ。
フォルテはそれを、黙々と租借する。
しかし――何故か。

フォルテの対面に、白いエプロンをした少女が居た。
ニコニコと笑う――ショートヘアの女の子。
自己紹介はすでに済ませた。
名前は――レトル。

「ふふふ、どうだ。私の作った料理のお味は」
「まだお前の料理は食べてねえ。今食ったのはオレ様が作った分だ」
「そうかそうか。ふふふ、今から私の三ツ星料理を食した時のお前のリアクションが楽しみだ。わくわくドキドキするぞ――ん? 何だこの胸の高鳴りは……まさか、こ、これが恋か?!」
「はっ、馬っ鹿野郎が。それは恋じゃねえ、期待で胸が高鳴ってんだ」
眉を顰めて苦笑し、冷静にフォルテはそう返す。そして、おもむろに手を奥へと伸ばし――魚のムニエルが乗った一枚の皿を取る。
「お、遂に私の料理を食べるのだな……しかし、いつも以上に美味しそうに見える。あ、ちなみに今のは自画自賛ではないぞ? 褒めているのだ、この空間を」
何せ自己ベストな料理を作れたのは、此処の環境のおかげだからな。
と、レトルは続け――さらに、続ける。
「いやはや、いきなり此処に来たときは驚いたが、本当に最高の空間だな。食材はいくらでも手に入る、キッチンも素晴らしい設備が整っている。将来世界一――いや、宇宙一のシェフを目指す私にとっては夢のような場所だ」
目をキラキラと輝かせ、胸の前で手を組んでそう言う小さな料理人を――どこかフォルテは嬉しそうな顔で、しかし、呆れた顔で見つめてから、
「おい、そろそろ食っていいか?」
「ああ勿論。味わって食べてくれ」
その言葉に素直に従い、フォルテはナイフとフォークを優雅に使い、魚のムニエルを食した。
食して、味わい――飲み込んだ。
そして。
フォルテはレトルを見つめて、そして言う。

「不味い」

と、たったの一言で。
高級で綺麗で最高の料理を――評価した。
レトルは思いがけない言葉に一瞬硬する。
「……え? い、今何と?」
「不味いって言ってんだろうが」
「ま、まずいだと? それはつまり……お、美味しくないということか?! そ、そんな馬鹿なことあるのか……?」
明らかに、意気消沈、周章狼狽したレトルは必死に、フォルテに問う。
「な、なるべく、具体的に教えてくれ。罵倒や悪口になっても良いから……何処がいけなかったんだ?」
「あ? んなもん、向上心に決まってるだろうが」
フォルテは当たり前という顔をして言うと、ナイフとフォークを机に置き、立ち上がり――カツン、カツン、と靴を鳴らせながら、歩き出す。
「お前は何がしてぇんだ。世界一だとか宇宙一だとか――結局は一人の料理人なんだろ? なら『現在の料理で満足するな』。『過去や未来でも満足するんじゃねえ』」

オレ様みてえにグルメなやつに美味しいと言わせるには、そういう心構えが必要なんだぜ?

と。
レトルがそんな説教を聞いているうちに、それは在った。
否――現れた。
真っ黒な世界に溶ける、同じく真っ黒なグランドピアノ。
「料理と音楽はそういう点では似ているのかもな。ま、そんな戯言はどうでもいいか」

とにかく、今は。
聞いてやがれ。
オレ様の三流の音楽を。
これから二流になる音楽を。
いつまでも一流にはならない音楽を。

聞け。
そして――心に銘じろ。
高級で綺麗で最高の料理なんてもんは、妄想の中でしか存在しないことを。

そして。
彼は最後に「まあお前の料理はオレ様のよりは良かったぜ」と早口で言ってから、

「オレ様の音楽に――酔いしれろ」

+++

「――しかしやはりあの時の胸の高鳴りは恋だったと思うのだ。根拠は無いが、直感だが、それでも、思うのだ。まあおそらく……これも直感だが、これから一生会うことは無いだろうから、私の初恋は失恋となるだろう」
まあだけど、それでも良い――と。
とある三ツ星シェフはニコニコ笑いながら――棚に飾られた数多くの金色のトロフィーを眺めながら、一人語る。

「ふふふ、本当に、私はいつまで経っても――未熟だな」