書きフライ☆wiki支部

妖精界立第一高等学校

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匿名ユーザー

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「……最悪だ」
暖かい日差しが適度に差し込み、それと相.殺,するように、少し開いた窓から入る風の冷たさがそれこそ気持ちの良い朝と言えるほどの素晴らしき環境をつくっている。
にも関わらず。
金髪と黒髪が混じるという、奇妙な髪の毛を持つ少年はもう一度。
「……最悪だ」
と、言う。
「入学式の日だっていうのに、こんなベタ過ぎる始まり方……」
まるで漫画の中の世界じゃないか。
少年は心の中でぼやくと、先ほどまで凝視していた手に持った目覚まし時計をベットの隣に在る棚に置き、右回れをする。
そこにはしわ一つ無い、白のラインが入った紺色のブレザーとネクタイ、そして灰色のズボン。

紛れもなくそれは、妖精界立第一高等学校の制服であった。

と、まあ。
そんな風に、制服の描写を暢気にしている時間は、一秒も彼には許されていないのだが。
「――ふっ」
唐突に彼は小さく息をつくと、瞬く間に制服を手に取り、それを上に放る。そして今まで着ていたパジャマを下から上の順で――つまり、ズボン、上着と言った順番で素早く脱ぐ。脱ぐと同時に上から重力に従って落下する制服を、これまた下から上の順番で着ていく。
ちなみに、脱いだ服は時間が無いので畳まずにおいておく。
最後にネクタイを首にひっかけて、机に置いてあった鞄を持つと、少年は自室のドアを開き、廊下を走り、階段を飛び降りて、己の両親が居るリビングへと辿り着いた。
「父さん母さん、いってきます!」
そして両親の返事を待たずに、彼は玄関で靴を履いて外へと――。

+++

外へと――出るまでは、良かった。
出た瞬間、少年は右から現れた『誰か』と衝突した。
漫画の世界ならばこういう場合。
少年に美少女がぶつかり、それがきっかけで知り合うと同時に、クラスも同じ席も近いということになり――なんやかんやな過程がありその結果、カップルとなるのがセオリーである。
「す、すいま……」
少年は咄嗟に『誰か』謝ろうとして――それを止めた。
それは彼女が美少女だったから、というわけではない。
いや実際、彼女は美少女なのだが。

それよりも少年と少女は幼馴染だったのだから、謝る必要など無いだろう、きっと。

「ちょっと、貴方のせいで私が遅刻する可能性が5秒分増えたわよ! どうしてくれるのよノア!」
「しょうがないんだよ……ぼくも急いでたんだ」
「どこかしょうがないのよ。ノアが私の代わりに遅刻すればいいだけのことじゃない」
「…………」
もはや、何も言うまい。
ノアは黙って立ち上がり、走り出した。
「結局謝りもせずに女の子置いていくわけね……分かったわ、それなら私も考えがあるんだから」
実は考えなんて無かったが、とりあえず見栄を張ってみる少女。
「そんなぶつくさ言ってないで、アイリスも走ったらどう?」
と、振り向いてノアが言う。
「……っ、言われなくてもこれから走るわよ、馬鹿ノア!」
「はいはい」
ノアは半ば呆れたように、そして相変わらずと言ったように振り向いたままアイリスを見つめて――ロスした5秒を取り戻そうと、前を向き、脚を速めた。

+++

ノアとアイリスがそれこそ必死の思いで走っていた頃、お決まりの学校の鐘の音が響いた。
それは、先刻の二人の遅刻を決定付けたのと同時に、ある少年の目覚めのきっかけとなるものでもあった。

少年はまどろんだ意識の中、眼を開ける。
ゆっくりと立ち上がり、眼下にある街を眺めて、自分が緑あふれる丘の上にいるのだと認識できた。
しかし。
「…………」
意味が分からない。
何処なんだ、此処。
と、少年は思っている。
それもそうだ。

今の今まで、部活を終えてからの帰り道に居たのだから。

しかも、その時は夜。
今己がいる場所は、どう見ても太陽が昇っているだから――朝か夕方目前かどちらかにしても――夜では無い。
可笑しい。
明らかにこれは、可笑しい。
まるで異世界にでも来たような――。
「……もしくは、夢か」
「夢では無いのです!」
「…………」
呟きを独り言で済まそうとしたはずなのに、声が……。
「……もしくは、幻聴か」
「幻聴でもありません!」
少年は『ようやく』驚いて振り返り、その声の主を見つけた。
その少女は、白いラインの入ったネクタイとブレザー、そしてひざ下までのチェック柄のスカートをきっちりと身にまとっている。上に視線を向けると栗色の髪を横で二つに分けてしばっているのが見える。こちらを覗き込むように見る大きな金色の眼が、とても印象的だった。
「……誰だ?」
「あ、すいません、いきなり大声を出してしまって」
えへへ、と照れ笑いをしてから、少女は答えた。
「アルトゥール=エレナといいます。アルトゥールが姓で、エレナが名前です」
「……俺は、柏乃曲零(かしのきれい)。柏乃曲が姓で、零が名前だ」
思わず名乗ってしまったが、どうせ夢なのだから、と。
少年は、思った。

思ったが――これからの一時間という短い間の中で、それは撤回することになる。

「見たところカシノキさんは日本人ですが、こちらには初めて来ましたか?」
エレナは初対面だというのに、気さくな様子で零に話しかける。
「……こちらって言われても」
「ならば、私が『こちらの』世界を教えてあげましょう!」
「いや、ならばって言われても」
するとエレナは、綺麗に微笑み、

「妖精界へようこそ、カシノキレイさん!」

「…………」
妖精界、と。
彼女――エレナは確かにそう言った。
そう言った――はずなのに。
人々に踏まれて道となった所に黒いリムジンが在った。
零はリムジンなどと言う高級車を実際にこの目で見たことはないが、テレビでは何回か見たことはあったので(または自然につく知識として)知っていた。だが、どう考えたってメルヘンチックな名前の『妖精界』に存在していいものだろうか。

これは敢えていうのならば、人間界に存在するものなのに。

「さて――カシノキさん、乗ってください」
そうして、唐突にエレナは自らリムジンのドアを開くと、中へ招き入れるように手を動かす。
というか、それ以前に。
妖精界とか、そういうこと無しにしたって。
何でこんなところにリムジンが――?
そんな零の気持ちを悟ってか、エレナは口を開く。
「実は私、入学式当日だというのに恥ずかしながら寝坊をしてしまいまして……それで車を使って通学をと思ったのですが、その途中にカシノキさんを見つけたのです」
「……俺なんかより、学校を優先した方が良いんじゃないのか?」
「いえいえそんな。私は、異世界から来た人を放っている人にはなりたくはないのです。そんなことよりも、遠慮なく乗ってください」
エレナは零の腕を半ば無理矢理車内に引っ張ると同時に、リムジンは走り出した。

+++

零は改めて、己を見る。
いたって普通の男子学生が着ているような、黒い学生服とズボン。
財布やら携帯電話が入った学生鞄は――無い。
そして己の短い黒髪を触りながら、零は思う。
夢にしてはリアルだな、と。

リムジンの中は、勿論快適だった。
両側、つまり窓側に一列ずつ――およそ五人ほどが座れるであろう繋がった黒い座席と、そして前方には運転席がある。それを踏まえると、このリムジンは小さい方なのかも知れない。零がそんなことを考えていると、エレナが声を掛けてきた。
「それでは、此処のことをお話します」



――それは簡単に言うと、女神と勇敢なる八妖精と、赤い絶望との戦争なのです。

突如妖精界に現れた女神は、二人の八妖精と共に赤い絶望によって散り散りになった残りの八妖精を探しに行く旅に出ます。世界のバランスを調整する儀式を行うためなのです。
それを行わないと――世界は地獄と化してしまいます。
それから時は経って、見事女神と八妖精は赤い絶望を倒し、平和と希望を取り戻したのです。

しかしその時に、世界――つまり、妖精界と人間界の関係が可笑しくなりました。

二つの世界の距離が近くなったのです。だけど、世界は平和なままなのです。
ただ――『カシノキさんのような人』が多くなりました。
つまり、人間界から――特に日本からこちらに来る人が増大したのです。
それと同時に、人間界の技術も伝えられました。

良い事は、今述べたように技術が進歩して、妖精界が豊かになったこと。
しかし悪い事は、妖精が徐々に人間に成るという現象が起こっていることなのです。

本来100年で1歳年をとる妖精が――1年で1歳という速さで年をとります。
魔法を生まれながらに使える妖精が――ほんの一握りの人数まで減っています。
最初はその変化に戸惑う人もいたようですけど、変化の速度はゆっくりでしたので、世界を揺るがす大混乱とまではいきませんでした。
そして、私達は事の発端となった戦争を、こう呼んでいるのです。

何かが終わり、そして新たに始まった戦争。
つまりは、世界が終わった戦い――と。



世界が終わった戦いが過去に在った事。
その戦いが現在の世界に与えた影響。
そして、今現在己が乗るリムジンが走るこの街の名前が、ハミングシティだという事。
零は今のところ、妖精界に関しての情報はそれぐらいしか持っていなかった。
しかし妖精界の情報と言っても、まだ彼は夢の可能性を捨てきれてはいないし、これは現実かも知れないと思う気持ちも、少なからず心の奥底にはあるのだが――。
と。
それは予兆も前兆も無いままに起きた。
先に気付いたのは、エレナだった。
「――――え?」
零の後ろをくいいるように見るエレナ。
そんな様子の彼女を見て――零も素早く振り返る。

レンガ造りの建物の間にある空。
それを二つに分けるように――黒い線が引いてあった。
否――線では無く、光。

見るからに不吉な、黒い閃光であった。

「ま、待ってくださいよ……あの黒い光の方向にあるのは確かですね……」
エレナがぶつぶつと呟いているのを背にして、零は一人、感じた。
あれは、危ない。
不吉とか、そういうことじゃない。
絶対に、近付いてはいけない――と。
しかしこんな感覚は、果たして夢の中でも感じるのだろうか。
「…………あ」
エレナは、ぱっと顔を上げると、前方に向かって声を張り上げる。
「あぁああああ! う、運転手さん、あの光見えていますよね?! なのでしたら今すぐ光の方向へ、家はまた後でいいですから!」
「な……お、おい。近付かない方が良いんじゃないのか?」
「駄目です駄目です! 言ったはずです、今日は『入学式』だと!」
そして、エレナは急かすように運転手の座席を叩きながら、

「あの方向には――私の友達が居る妖精界立第一高等学校が建っているのです!」

+++

「どうしてなの……記念すべき入学式の日なのに、とんでもないわよ本当にまったく!」
「アイリス、今の状況で逆ギレは懸命じゃ――」
「逆ギレも当然じゃない、ノアも『怪物』も弩級並みに五月蝿いんだから!」
「……はあ」
と、ノアは呆れて溜息。

そして、視線を校門の中、つまりは学校の敷地内に向けると――『怪物』が居た。
敢えて言うのならば、犬だろうか。
3メートルほどの大きさで、四本足の先には刃物と言ってもいいような鋭い爪が付いている。
ノアとアイリスが今校門の外で立っているのは勿論、定刻を大幅に過ぎた後に遅刻をしたからであるが、しかし何故彼らは、泣き喚いたり狼狽しないのであろう。
校門をはさんでいると言っても、怪物を目の前にしているというのに。
その答えを問うように、ノアが聞く。
「あんな怪物がすぐ傍に居るのに、アイリスは何でそんなに余裕なの?」
「ああ、そういえばそうよね……自分でも不思議なんだけど、全然怖くないの」
「へえ、奇遇だね。ぼくもだ」

そして目を合わせて、クスリと笑いあい――刹那、アイリスが居なくなっていた。

「…………へ?」
ノアが慌てて校門内を見ると――いつの間にか二本足で立っていた怪物の爪が伸びて、アイリスの体を捕まえていた。
どうやら、伸縮自在らしい。
「いやぁああああ!」
アイリスの悲鳴だ。
……何年ぶりに聞いただろう。
ノアはあくまでも冷静に(または暢気に)、そんなことを思っていた。
「怖くないんじゃ無かったの?」とノア。
「これはいくらなんでも怖いに決まってるじゃない! 早く助けてよノア!」とアイリス。
すると、怪物が唐突に手を振り出した。
アイリスの長い黒髪(本人曰く、ダークブラウン)が舞う舞う舞う――。
それが面白かったのか、怪物は尚も振り続けていた。
「ばっ……ああ、もう目が……っ!」
そして。

アイリスがふと校門の外に目を向けると、そこに居たはずのノアは居なくなっていた。

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