|新しいページ|検索|ページ一覧|RSS|@ウィキご利用ガイド | 管理者にお問合せ
|ログイン|

サクラビト


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

私は少女なのです。
唯の少女なのです。
そこら辺に居るような少女なのです。
一介の、普通の、平凡な――女子学生なのです。

だから此の物語の中で、私についてはあまり触れません。
触れたくもありません。
どこにそんな必要があるのでしょう。
誰も望まないことでしょうし、勿論私もそんなこと望みません。
注目されるのは、苦手ですから。

だから此れは――ある一人の青年が主人公の話なのです。
奇しくも語り部は私になってしまいますが、その点は嫌々でもいいので、御了承ください。
では始めます。

+++

それは三月中旬あたりの出来事。
学校から我が家に帰るために、私は川沿いを歩いていました。
風が吹くごとに、私の左側からピンク色の花びらが舞って来ます。
素直に綺麗だと思いました。
同時に邪魔だと思いました。
嗚呼、視界が狭くなる。
と、私は思いました。視界が狭くなると言っても、ほんの少しの差なのですけどね、仕方がない子ですよね、本当に、私は。

「ふふふ、こんなにも愛しいのになあ」
と突然、切なそうに声を漏らす彼が居ました。
鮮やかな和服を着た彼は、桜の木の枝を手で支えるように触っていました。
その人は例えるならば――大理石の微妙な透明感。変な比喩ですけど、そんな風なのでした。
「愛しいなあ、愛しいなあ――おや」
大理石の人がこちらを向きました。興味深そうに、私を下から上まで――まるで見定めるように、じろじろと見ました。
見るというよりも、観察する目だったような気がします。
一見すると、まさしくその人は不審者でした。しかし私は不思議と、嫌悪感や不信感と言った類の感情を、その時には持ち合わせていなかったように思います。

それはやはり――その人が、『その人』だったからでしょう。

「やあやあこんにちわ。木(ぼく)の名前は催馬楽(さいばら)。一応、桜人というものをやっているよ」
挨拶と自己紹介を突然された私は、次に何をすればいいのか一瞬分かりませんでした。
「あ、えっと、その、こんにちは……?」
逃げようなんて気持ちは、ありませんでした。
「うんうん、挨拶もきちんとできるね。木は嬉しいよ、君が自己紹介もしてくれたら、もっと嬉しいけどね、踊っちゃうかもしれないね」
踊ってもらったら困ります、私が恥ずかしくなってしまうからです。
なので私はフルネームでは答えませんでした。
「わ、私は……七紙(ななし)。七枚の紙と書いて、七紙」
「へえ、良い名前だね、七紙ちゃん」
彼は――いえ、催馬楽さんはニコリと気持ちよく笑って、
「木は――七紙ちゃんに伝えるべきことを伝えて、消えることにしようかな」
意味の分からないことを言いました。
私は今更ながら、此の人は危ない人だと、認識しましたが――しかし、やっぱり、逃げようなんて気持ちはありませんでした。

此処で逃げたら、後悔しそうだったから。

「木は花――特に桜をを愛でるのが好きなんだ。それが趣味でもあるし、職業でもあるし――使命でもある。だけど最近は、どういうわけか、ヒトがあまり花見を楽しまなくなって――あ、楽しむ心はあるよ、勿論。彼らには。だけどあまりにも、『桜を楽しむ』ヒトが居ないんだよ。ふふふ、これなんか特に、美人さんなのに」
催馬楽さんはさきほどまで触っていた枝を見て「ふう」と再び、溜息。
「だから桜は競争するんだ――私を見て、私を見て、そんな桜より、私を見て――

――そうしないと、私の存在する意味が無いの、ってね」

催馬楽さんは身振り手振りで、一生懸命に私に全てを伝えるように、努力しているようでした。私もどこか、夢心地でした。想像世界に居るようでした。
「その結果、桜は早く咲くんだ。そして桜は――木が現れる前に散ってしまう。悲しいよね、苦しいよね、桜人って本当に。まあそんなところも小悪魔的で……ね?」
「……え、あ、まあ、はい」
ね? と聞かれても、私は桜人ではないので分かりませんよ、催馬楽さん。
「だから、さ」
催馬楽さんは言います。深刻そうな顔だったので、私も真面目に聞こうと懸命でした。
「そんな桜を、君一人だけでもいいから、見て欲しい。見て、褒めて欲しい」
美しいね、艶やかしいね、綺麗だね、色っぽいね、可愛いね……。
どれもこれも――お世辞にしか聞こえないようなものしか、私には思い浮かびませんでした。何て私は頭が悪いのでしょう。語彙力が壊滅的状況に陥っています。
「何て褒めれば、最適でしょうか」
私は催馬楽さんに言いました。
「七紙ちゃん……」
すると、催馬楽さんは泣きそうな顔で、私の目を見ました。どうしてだか、分かりませんでした。私がそれでおどおどしていると、催馬楽さんは「ふふふ」と笑いました。

少年の様な、笑い方でした。

「いいかい、七紙ちゃん、こう言えばいいよ――――」

+++

思い出に浸っていると、隣に座るお母さんが言いました。
「桜が綺麗ね」
私にはそれが棒読みに聞こえました。一年前の私ならきっと、何も感じなかったでしょう。
「うん。そうだね」と、相槌を打っておきます。
周りを見渡します。
ほとんどのシートが飲み会のためにひかれていました。人はそこそこ沢山居ました。
此の中で私だけが桜の心の価値と意思を知っているのだと思うと――少しだけ優越感が沸きました。

なので、
私は心の中で唱えます。

愛しいですね。