雲ひとつない空に凧が浮かぶ。
まだ頼りない子供の腕に支えられながら、凧は風に揺られ徐々に高く上がっていく。
凧の遥か上空には無数の鳥たちが舞っていた。
―――少し前まで、自分のいた場所。
そこでのみ感じられる、翼のなき者とは共有できない開放感。
後悔はしていなくとも、自らの故郷とでもいうべき空に対して、何となく謝意と哀愁を感じた。
微かに甘い春の匂いを乗せ、風は私の頬を撫でていく。
風に撫でられ、ズキリ、と切り取られた翼の傷が僅かに痛んだ。
私は体の後ろで手をつき、心に生まれた躊躇を振り払うようにゆっくりと立ち上がると、遠くの町に視線を移す。
もう空を舞うことはできないけれど、代わりに地を駆けることならできるから。
そして―――この道を、彼と歩むと誓ったから。
だから、人間を真似て、ぎこちない動きで一歩だけ足を踏み出す。
未だに慣れない、足の裏が地面を掴む感触。
やはり何となく空が恋しくて、自然と目の奥が熱くなった。
涙がこぼれる前に、もう一度だけ空に浮かぶ凧を見上げると、私は目的地もなく歩き出す。
歩いていると否応なく目に入る東の空には、雲は一つとして存在しなかった。
(今日は、とても天気が良さそうだ)
「……■■■っ!」
再び思考にふけかけた私は、後方からの自らを呼ぶ声で現実に引き戻される。
私らしくもない、呆然とした表情をしてしまったのは一瞬。
声の主からは見えないように、少しだけ気まずそうに舌を出した。
(――今日はもちろん、明日も晴れになりそうだ)
私は足を止め、声のする方に向き直ると、満面の笑みを浮かべながら改めてそちらへ向かって精一杯の速度で歩を進める。
空は相変わらずそこにある。
鳥は相変わらず空を舞う。
もう私の空での役割は終わったのだ。そう自分に言い聞かせて、私は彼の元へと急いだ。
まだ翼が切り取られた傷は痛むけれど――。
しばらくは変わりそうもない目に痛いほどの緑を瞳に映しながら、私は芝の上をよたよたと頼りない足取りで歩き続けた。