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殺人請負ネット ※原作:はむはむ1965さん


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 1

某都会の某マンションの三○何とか号室にて。
無機質な音が響く。

カタカタカタカタカタカタ、と。
聞き慣れしまいすぎて、自分の呼吸音や心臓の鼓動音と間違えてしまいそうなくらい、駿河心象(するがしんしょう)はパソコン中毒者だった。
こう成ったきっかけというのも、また自業自得だが。
それは後々にして。
「……なんだ、これ」
思わず、心象は呟く。
彼は親元を離れた一人暮らしなので勿論、この部屋には彼の他には誰もいない、それ故その呟きは自動的に独り言になってしまう。と言っても、別に彼に損も得も出るわけでもないが。

心象が見つめるモニタ――開かれた黒一色のページには、大きな白い文字で『殺.人請負ネット』と書かれていた。
最初は好奇心。
近頃の日本は、自殺やらなにやらで随分と物騒な世の中になっていた。それに影響されたのかは定かではないが『一人ではなかなかできない自,殺も集まれば怖くないよ。さあ、一緒に死のう!』と言ったコンセプトのものが、ネット上には多数在る。
ならば、と。
一緒に殺,人をしましょう、というものもあるのでは。
彼は思って、早速検索をしてみたわけだが。

『殺人請負ネット』

殺人を請け負う。
人の命に関わる、そういう類のもの。
勿論、物騒なことには変わらないが。
「…………」
少し迷ってから(あるいは少し臆してから)、心象は文字のしたにある『入り口』をクリックする。
はたから見れば、オカルト系の人々が集まる掲示板といったところか。
「こんなとこに訪問者なんているのか……?」
ましてや素性も知らぬ個人、あるいは集団に自らの命の灯を消してくれと言う、そんな物好きで且つ怖いもの知らずの野郎が。
この世に一人はいるだろうけど。
一人のためにこんなものを立ち上げる必要は無い。
だけど、だからこそ。

「こりゃあ面白そうだ」

心象の『殺人請負ネット』に対する第一印象は、そんな感じだった。




 2

真っ黒な掲示板。
その上には白い文字が飾りのように。
心象はとりあえず、最新の書き込みを見る。

【楠宇佐美 16歳 女】

題名にはそれだけ書いてあった。
「16歳ですでに死亡希望者かよ……」
いや、もしくは成りすましの可能性もあるか。
少女の名前の読み方を、姓のくすのき、名のうさみと検討をつけて、心象はマウスのホイールをくるくると回し、さらにスクロールをする。

【最初に書いておきます。
題名に書いてあることは全て真実です。楠宇佐美というのも本名です。
それぐらいの覚悟、又はそれ以上の覚悟を持って此処に来たことを分かってもらうためです。】

「本名、か……」
ネット上ではそんな発言は、まず嘘であると疑うことが自然であるけど、何せ『舞台』がこれなのだから。
つまりは面白そうなのだから。
心象はとりあえず話を素直に受け取ってみることにした。
そう判断すると、さらにスクロール。

【この掲示板を興味本位で見ている方はそれを信じるなり信じないなりしても構いません。
だけど、清算者さんには信じてもらいたいと思っています。】

見慣れない言葉が出てきた。
清算者。
清算とはつまり、
何かに結末をつけること。
人の命に結末をつけること。
「コイツが殺人を請け負うっていう奴か?」
心象は少し思い当たることがあって、今度は上にスクロールをし、一番上の左側にひっそりと書いてある文章を見る。

管理人:清算者

成程な。
つまりは此処の設立者か。
心象は一応『清算者』を頭の中にインプットすると、下へスクロール。楠宇佐美の書き込みを再度見る。

【私は高校でいじめに遭っています。
教科書を隠されたり机に落書きをされるのはまだ軽い方で、トイレに閉じ込められた後、個室の上からホースで水をかけられたり、椅子をゴミ捨て場に捨てられていたりするのが日常になっています。もっとひどいときもあります。いじめに遭うきっかけももう忘れました。
親に言っても何もしてくれません。というか、私に興味が無いんです。友達も離れていきました。
私に居場所は無いんです。】

まだベタな。
と、心象はまず思ったが、この書き込みをしている人物の年齢を思い出し、少し同情しつつもあくまで人事なのだからと念頭におきつつ、書き込みの続きに目を向ける。
続きといっても、たったの一行だったが。

【だからお願いです。清算者さん。私の殺人を請け負ってください。】




 3

清算者。
この楠宇佐美の書き込みから推測するに、殺,人を実行する張本人ということには間違いない。
そう判断した心象はこれは長くなりそうだと思い、整理されていないキッチンに向かい昼食用に買っていたミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し、またパソコンの前へと。
書き込みがされていた。
清算者のものだった。

【貴方の不幸な体験は理解した。これより詳細を話す。今日中に貴方の住所とメールアドレス、そして電話番号を此処に書き込んでほしい。】

此処に書き込め、か。
ネット上に書いてはいけない個人情報をバンバン書けと、成程な、此処はそういう所か。
本当に心の底から死,にたいと、そう願い思う人のみが来る場所。
面白いけど、くだらない。

そして、諦めている。

そこまで考えてふと、心象は昔話題になった事件を思い出した。
昔と言っても、たったの一年前のことだが。

たしかあれは秋。
ネット上のある掲示板に一人の男子生徒が、
『自殺してくる』
と書き込みをした。
ハンドルネームは諦(あきら)だった。
その名の通り、生きることについて何もかもを投げ出し、諦めていた。
翌日、都内の紅葉の名所で人が倒れていた。
黒い学生服に、大きな赤いしみが付いていた。

その屍は駿河心象の親友だった。

どうしてもこれは昔話になってしまうので、親友だったと、過去形で言ってしまった自分が情けない。
それか、もしくはこうか。
案外その事件も清算者が関わっているかもしれないかもな、と。
心象は自嘲して、再びモニタを見る。

【楠です。お話を見ていただき、ありがとうございました。清算者さんの言われたことは下に書いておきました。続いて私は何をすればいいでしょうか。】

【これから私は貴方にいくつか質問をする。随時連絡を待ちなさい。】

【分かりました。待ってます。】

……文から察するに、当分の間此処には書き込みは無いだろう。
なら、こっちが行動するのみだ。
心象はポケットから黒い携帯電話を取り出すと、モニタをちらちらと見ながらボタンを押し、やがて、それを耳に押し当てる。

「……楠宇佐美さんでしょうか。こんにちわ、私は清算者です」




 4

声は、不自然じゃないだろうか。震えてはいないだろうか。小さくはないだろうか。
……いや、とにかく堂々としていればいいだけのことか。
心象は己に言い聞かせて、清算者の口調と一人称を改めて頭にインプットする。

唐突に、機械からか細い声が聞こえた。
『本当に、清算者さん』
「……そうです」
『信じて、いいですか』
「……私は貴方の本名を信じました。貴方は私の声を信じなさい」
『……はい、分かりました』

そこで小さく、心象は深呼吸。
そして、口の端を吊り上げて、声は出さずに笑う。
こんなにスリルのある物真似は初めてだ。

なんて、面白い。

心象はしばらく、『質問』の内容を考えるために頭を働かせる。
と。
楠宇佐美は言う。
『清算者さん、あの噂は本当ですか?』
「……噂?」
『去年の秋に起こった事件のことなんですけど』
「…………」
『あの、失礼な質問かもしれませんけど、本当に清算者さんがあの学生を殺したんですか?』
「…………」
沈黙で、答えるしかなかった。
当たり前だ、俺は本物ではないのだから。

だけど。

これで分かった気がする。
今までのつっかかりが綺麗さっぱり無くなった。
何だ、もうクライマックスは目前なのか。

いつのまにか三日月の形だった口が、真一文字に結ばれていた。
ゆっくりと、心象は言葉を紡ぐ。
「貴方はいずれ私に殺,される身。そのような噂の真相など、貴方にはもはや関係がないでしょう」
『……分かりました。変な質問してすいません』
「そのことはもういい。これから貴方がするべきことを話す――私がこれから掲示板にURLを貼る。そのサイトに行きなさい。そして、もう此処には戻らないように」
『……はい、分かりました』
楠宇佐美は訝しそうな雰囲気を漂わせて、電話を切った。心象もそれにならって黒い携帯電話をポケットへと戻すと、早速掲示板にあるURLを貼る。
清算者はきっと――否、絶対この『異常』には気付いているだろうな。
そして心象はミネラルウィーターを一口飲むと、新しく書き込みをする。

ハンドルネームは、諦にした。

【清算者さん、俺を殺してください。】




 5

心象の携帯電話は、掲示板に電話番号を書いてから数分も立たない内に鳴り出した。
先ほどのようにそれをポケットから取り出し、耳に押し当てて――

『声』を、聞く。

『もしもし、諦様でしょうか』
「……ああ、そうだ」
たった、これだけの会話――これだけの、声のやりとりだというのに。
心象は精神的に追い詰められていた。

畜生。
何だよ、これ。
この絶望しきった『声』は!
この少しでも気を許せば呑み込まれそうになるこの危機感は!
冷静になれ冷静になれ――いま冷静じゃなかったら、いつ冷静になる気なんだ。

『では、これから幾つか質問をします』
「――っと、その前に。清算者、お前は何で俺に電話したんだ?」
『随分と可笑しな質問です。貴方が私に殺,してほしいと頼んだから――』
「そういうことじゃない――

――何でお前は『異常』を放置しながらにして、俺なんかに電話したのかって聞いてるんだ」

楠宇佐美に電話ができない。
掲示板には見覚えのないURL。
この異常を、お前は何で無視したんだ。

心象は『声』に負けないよう、自らを奮い立たせるように堂々と。
すると、
『……貴方の、名前です』
と、清算者。
そして心象は小さな声で、やっぱりなと、呟く。
それが俺の仮説が真実だという十分な根拠になる。
この後は一気にたたみかけるだけだ。
「諦。この名前はお前にとっても俺にとっても重要な意味がある」
『貴方にとっても?』
「……一年前の事件だ。自らを諦と名乗り、自,殺を暗示するような書き込みをして、翌日そいつの死体と思わしき遺体が発見された。その遺体は俺の親友だった」
『つまり、貴方の親友が諦だと?』
「いや、違う。当時はそう言われていたが、俺はそうではないと知っている。あいつは、その例の書き込みがされていた時に、俺と一緒に図書館で受験に向けて猛勉強していた――

――つまり、俺の親友は諦に殺,されたんだ」

心象は言い切ると、冷静に、しかしどこか感情的に続けた。
「そして、お前にとって諦と言う名前が持つ重要な意味。それはおまえ自身とでも言おうか――

――清算者、お前の正体は諦だ」




 6

『ふむ……なかなか、面白いことを言う』
「何だよ。俺の言うことが戯言とでも言うってか?」
『違う。『一部』を除き戯言では無い。確かに諦は私であり、そしてあの書き込みをしたのも私だ』
「…………」
心象はそこで一旦携帯を静かにキーボードの上に置くと、ミネラルウォーターを一口。
今までの会話だけで、もう喉がからからになっていた。
それほどまでの、『声』の威力。
それほどまでの、体力と、そして何よりも精神へのダメージ。

心象は、本当は今すぐにこの電話を切りたかった。

昔の嫌な思い出――親友が死んだ事件なんてわざわざ思い出さなくてもいいはずなのに、犯人と思わしき人物を好奇心で見つけた――否、見つけてしまったのだから。
そして、あくまでもこれから思うことは仮説だが。

諦。

生きることだけでなく、死ぬことさえ諦めた半端物。
死ぬことを諦めたから、代わりを殺した。
そういうことなのだ、結局。
諦はそういう人種なのだ。
一年前の事件、被害者は誰でも良かった。
そして、今。
諦は清算者と名乗り、殺,人請負ネットを作った。
彼は人生の幕が下ろすまで死ぬことを諦めるのだから、代わりがいなければ。
殺人請負ネットとはつまり言い換えれば――その『代わり』の収集場なのだ。

諦だけのための、殺人請負ネット。

彼はそうやって生きてきた。
そうしなければ、生きていけないのだから。
生きることさえ、諦めているはずなのに。
まったく可笑しな矛盾だ。
だけど、人間なのだから仕方が無い、と。
心象は思いながら、一つ疑問に思ったことを思い出した。

「諦、いやに認めるのが早くないか……?」

しかし、携帯を放置していく時間を長引かせるわけにもいかない。
その疑問を頭の片隅に置いておくと、心象は携帯を取り、再び耳へ。
『休憩でもしたか』
「まあ、そんなところだ。すまないな、ほったらかしにしておいて」
『別に、かまわない――ところで、私は君の推理に不思議に思う点があるのだが』
「何だ?」
『私は確かに先刻も言ったように諦だと認め、書き込みもしたと白状した。しかし、だからといって私が君の親友を殺したという証拠にはならない』
「……確かに、証拠にはならないな」
心象はそして、にやりと笑い。
「お前が俺の親友を殺した――そう俺が思った根拠ってのは、感覚と直感だ」
『……今まで、私以上に面白く、そして変わった人種はいないと思ってましたが、それは間違いだったようです』
「奇遇だな、俺もそう思ってた」
心象は面白い面白いと、嬉しそうに微笑んだ。




 7

くっくっくっくっ、と。
心象は口に手を当ててひとしきり笑う。
これは、親友が死んだ事件を面白がる、己への自嘲か。
それとも、目の前にあるものへの、多大なる好奇心からか。
きっと、どちらの意味も含んでいるのだろうけど。
「なあ、諦。俺の質問にも答えてくれ」
『……何でしょうか』
「お前、何で自分が諦だって直ぐに認めたんだ? はぐらかす方法なんていくらでもあるだろ?」
『…………』
しかし沈黙は続くばかり。
心象はせきたてるように声をかけようとし、
「おい、諦――」

『貴方が掲示板に貼ったURLです』

心象の言葉を遮るように言った諦の声は、どこか、震えていた。
『貴方の言う異常を見逃したその訳は、何も諦という名前だけでは無い。皮肉にもその異常の中にもその理由が在った――

――それが、あのURL。

それを見た瞬間、私は『これ』を続けるのはもう無理だと悟りました。
何せ『本家』が見つけてしまったのだから、この模倣されたサイトと、そしてその管理人を』
「何だ……知ってたのか」
『当たり前です。何度も眺めていましたからね』
ふふふ、と。
そこで初めて諦は笑った。
嬉しそうにか、それとも悲しそうにかは心象には分からなかったけど。
『それで、貴方は最終的に私を警察に引き渡すつもりでしょうか』
「おい、誰がそんなことすると言ったんだ? しないよ、俺は」
『……何故』
意外そうに言う諦の声に、心象は面白いと思いながら、

「俺に、他人の人生を変えるだけの権力と度胸は無い。……まあ、本当は面倒くさいだけだけどな」

そう言い残して、心象は一方的に、そして唐突に電話を切った。
面白いことが終わったのだから。
早く次の面白いことを探そう、と。
「そういえば、楠宇佐美……」
今頃驚いているだろうな。
心象は自ら貼ったURLを、検索した。
一つのサイトが、モニタに現れる。

開かれた白一色のページには、大きな黒い文字で『殺.人請負ネット』と書かれていた。

そして、左上の隅には黒い文字でひっそりと。

管理人:駿河心象

確かに、そう書いてあった。
「まさか、俺のサイトを真似する奴がいるとは……」
心象は一年前、高校三年生だった。
彼の親友と共に、一流大学を目指し勉学に励んでいた。
そして紅葉が舞う秋。
事件は起きてしまった。
心象はそれをきっかけに気力をすっかり亡くし、センター試験も受けずに、ただ一人マンションでパソコンを打つ生活に入り浸った。
だが、しかし。
面白さを追求する彼にとって、それは地獄でしかなかった。

ならば自分で作ればいい。

それが『殺人請負ネット』の設立までも過程と成ったのだ。
しかし、清算者の立てたものとは違う。
諦を増やさないために、悪あがきでもいいから何かしようと。

世界は面白いのだと。

そう伝えるために、彼は創った。
心象が見つめる白い掲示板には書き込みがされていた。
楠宇佐美のものだった。

【駿河心象というのは、本名ですか?】

その問いに心象は黙って――しかし軽く笑って。

【本名だ。しかし、俺のものではながな。】

【誰の本名か教えてくれませんか?】

【亡くなった人のものだよ。】

駿河心象――否、名もない主人公はパソコンから離れると、窓を開いて外を見る。
「――『殺人請負ネット』の管理は諦にまかせて、俺は浪人を卒業する努力でもしようかな。いつまでもうじうじしてたら、それこど俺が諦になっちまう」

そうだろう、心象。

主人公はすっかり闇に包まれた空に唱えると、俺らしくもないと呟き、まだ半分ほど残り、ぬるくなったミネラルウォーターを、そのままゴミ箱へと捨てた。

                            殺人請負ネット delete...