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それは信頼関係とも恋愛関係でもないことを、知っておきましょう


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太陽が傾いて。
民家の金修飾が――オレンジ色に輝いて。
ノアとセシルが、その光景に息を呑んで。
零が制服のあちこちに、汚れをつけてホテルに帰って来て。
アイリスとエレナが、大きな紙袋を両手に提げて同じくホテルに帰って来て。
エレナが零の姿を見て、「どこでそんなに汚したのですか!」とまるで母親のように怒って。
零は素直に謝って、エレナはすぐに許してくれて。
――そして。
時間を守り、各々が入浴し、夕食を味わい、部屋へと戻って――。
以上が今現在に至るまでの経緯である。
と、かなりの省略がされてるが、それほど大きな出来事が無かったのだから仕方がない。

所変わって。
場面はノアと零とセシルが寝泊りする部屋。
シングルベットが部屋の真ん中に二つ、その向かいに一つ設置されている。三人はまだ寝ておらず、ソファにノアと零が、そしてその後ろ――つまりは、ソファの後ろに、セシルが何故かシルクハットを持って立っている。
「ついに明日は千年樹、か」
セシルは感慨深くそう言うと、シルクハットの中からティーセットを取り出した。ノアはそれを、もはや、何も言うまい、という表情で見つめる。こういったことは今ではもう、日常茶飯事なのだ。
「そんなに有名なのか、その……千年樹っていうのは」
零は伺うように、セシルを交互に見た。すると、セシルはティーセットを空中に浮かばせて、悠長にティーポットからティーカップに紅茶を注ぎいれ、零に渡す。次いで、ノアにも。
「千年樹はね――その名の通り、千年前から在る樹……だからなのかは分からないけど、色々と迷信やら言い伝えやらが在るのさ。その中でもやっぱり一番メジャーなのが、恋愛成就」
だよね、ノア君。とセシル。
……確かね。とノア。
「ぼくはあんまり、おまじないとか呪いの類は信じない性質だから、何とも言えないけど」
「俺も、そういうタイプだな……千歳の樹というもの自体には興味があるが」
「え、何、舞い上がっているのってオレだけかい?」
セシルは落胆したような表情で、はあ、と溜息を吐いた。

+++

「お、着いた着いた」
「ん、本当……?」
「……あれ、もしかしてうさたん、おねむの時間か?」
「ちっ、違うに決まっているじゃないか! 僕は子供じゃない!」
「ぎゃはは、そういう台詞は寝癖を直してからにしやがれ」
「これは寝癖じゃない! 癖毛で元からだ!」
……本当に彼は、悪党なのだろうか。
いや実際――厳密に言うと――、完璧な悪党では無いのだけれど。
「そんなことより、ウォールワットに到着したぜ?」
「……ああ、本当だねえ」
しかし不満顔で、ジャイルは答える。
刻は――真夜中。
眼下には民家の輪郭が、闇に混ざってぼやけて見えていた。

日付が変わって、しばらく経った。
実質的に宿泊学習ニ日目である。
ジャイルとルノワールは、ノア達が泊まっているホテルの屋根の上に居座っていた。
『その時』を――闇に隠れて、待っているのだ。
悪事を始めるその瞬間を。
ジャイルは隣で眠るルノワールをチラリと見てから、夜空を眺める。
ウォールワットは森と自然の街。街灯も少ない。よって、ハミングシティよりも、それはより黒い。
しかし――優しい光に満ち溢れている。

星が零れ落ちて来そうだ。
そう、きっと。
僕みたいな奴に――罰を与えて、罪を認めるためにね。
……別にそれが嫌だからって、僕は悪党に成りたくないなんてこれっぽっちも思わない。
だけど。
それがきっと――度胸なのかなあ。

「なあなあうさたん。何言っちゃってんだい?」
「うわっ! ル、ルノワール……っ」
「ぎゃはは、幽霊でも見るような顔するなよ!」
人外であることに違いはないけどな!
と、ルノワールは愉快そうに言う。
どうやら、ジャイルが心に思っていたことが、口に出ていたらしい。
となると……ルノワールは些細な音でも、起きてしまうということになる。
耳がいいのか?
と、ジャイルは思ってから、照れくさささからルノワールから視線をはずし、
「さっきの……まあ、その口振りからして聞こえていただろうけど」
「ああ、独り言と呼ばずに何と呼ぶってぐらい、独り言だったな。聞いていたこっちが逆に淋しくなるぜ」
「…………」
赤面。
ああ……失態だ。
しかも、よりによって、コイツ。
というか、コイツしかこの場に居ないけどさあ。
「けどさ、最近うさたん、ぼやきが多い気がするぜ? 妖精って悩みが多いもんなのか?」
「へ? 多い……?」
「背中に乗っている時にぼやいてたぜ」
「それは別にぼやきじゃなくて寝言……あっ」
己の言ったことが失言だということに気付き、ジャイルは思わず口を手で押さえたが――時すでに遅しというのは、まさにこのことである。
「ぎゃはははは! やっぱりうさたんはおねむだったか!」
「……っ! 五月蝿い! 黙れ!」
ジャイルは手を無意味にぶんぶんと振って、さらに赤面した顔を下に向ける。本当に情けなかった。

「で、どうするんだようさたん。指示が無いと動けないぜ? ゴーレムはそこまで頭は良くないんだ」
「わ、分かってるさ……」
それからジャイルは、ルノワールになるべく詳しく、そして事細かに作戦を話していた。
それは実に、簡単で明瞭だった。

人々に一日の始まりを告げるように、太陽が登る。

+++

「おはよう、ノアエレナ零セシル! いよいよ今日は、メインイベントが待ち構えているわよ!」
「そのとおりなのです、アイリスさん。私とても楽しみで、昨夜はあまり眠れなかったのです」
「駄目よエレナ。寝不足はお肌の大敵なのよ? これから気をつけなさい」
「はい、アイリスさん!」
……もはや、何も言うまい。
遠くからノアは静かに、そして冷静に、デジャヴな風景を眺めていたのだった。

アイリスの言っていたメインイベント。
そう、千年樹である。
その名の通り、千年間という長い間――それこそ、想像もできないような長い時の中を、ウォールワットの土地の中に根を生やして生きてきた、一本の樹。
淡々と、経っていた。
耽々と、立っていた。
だから。
その樹はまさに――神木のようなものだったのだろう。
迷信やら神話やら伝説やらがどこからともなく生まれ、ウォールワットという観光都市が生まれたのは言うまでもない。

「――それで、見学班は結局いつもの五人になるのかな?」
セシルは半ば呆れたように、集まった五つの顔を眺める。見学班とは勿論、千年樹を見学するときの班であり、今回は自由に組むことができたのだ。
「必然と言えば……必然だろう」
「そうそう、零の言うとおり。それとも、何? セシルは私たちと絡むのが嫌だって言うの?」
アイリスはセシルに詰め寄り、眉を顰めて問う。そんな姿を、零は多少の恐怖を秘めた目で見守る。アイリスとは短いとも長いとも言えぬ付き合いだが、今でも彼女の気の強さには慣れていない(それは日頃、大人しいエレナと生活をしているということも関係しているだろうが)。
セシルはぶんぶんと大袈裟に首を横に振ってから、苦笑して、
「そんなことこれっぽっちも考えてないし、考えたこともない、さ。オレは君達四人と絡むの、結構好きだけどね」
「ふふん、それならいいのよ」
アイリスはそして、振り向き――目前にある森林へと目を向ける。
「さあ、早く行きましょうよ。千年樹を見に!」
そんな明るい声に対し、ずっと黙っていたノアは、
「うん……」
と小さく呟くように、返事をしてから思う。

根拠も何もないけれど――嫌な予感がする……。

「是非とも的中してほしくない予感だよね、本当に」
「ん? ノア、どうしたの?」
訝しげにこちらを振り返って見つめる黒髪の幼馴染に気付いたノアはすぐさま「何でもない、少し考え事」と答えて、皆の後を追うように足を速める。

そして結果から言ってしまうと、その『予感』は見事当たってしまうわけだが。
そんなことは露知らず、一向は千年樹を目指す。

+++

しかも悪い事に、その『予感』は時を待たずして当たる。
森林に入って、まだ一時間も経っていない時であった。
「……え?」
「…………?」
「ん……んん? あれれ?」
三人は慌てて緑の中を見渡す。

ふと気がついたら――居なかったのだ。
アイリスと、エレナが。

これはどちらかが方向オンチだから――という訳で起きたわけではない。


「ぎゃはは」
と、不愉快な笑い声。
高い高い木の上に、彼は居た。
いや、正しくは――悪党。
「これを誘拐と呼ばずして何と呼ぶって感じだな、うさたん」
「いや、拉,致とも呼べるんじゃないかな。それか、もしくは」
人.質調達。
そしてジャイルは不敵に笑う。
この時ばかりは、彼は見事に悪党だった。
「前回の失敗の原因は、あの五人が居たからだからね――ならば今度から失敗しないように、痛み,つけておけばいい。それに幸いにも、ここは千年樹があるからねえ。『怪奇』事件が起こっても、上手くいけば千年樹の呪,いってことおさまる」
上手くいかなかったら、その時はその時だけどね。
そしてジャイルは、ルノワールが肩に担いだ気絶状態の少女二人を一瞥した。

+++

森の中。
日を遮る緑の葉が在るので、決して明るいとは言えないが、しかしそれでも暗いとは言えない空間。
ある人はそれを癒しの空間と呼び、またある人はそれを不気味な空間と呼ぶ。
だが、しかし――この場合。
即ちはアイリスを守れなかったノアの場合。
森の中が彼にとってどのような場所かどうかなど、そんなことは一切関係ない。

アイリスとエレナが居なくなったと気付いて、一時停止後。
彼は――咆哮した。
「うわああああああああああああああああ!」
ビリビリと木の葉を揺らす、狼の遠吠えにも似たその叫びは、零とセシルを動けなくさせるほどに――気迫と、そして絶望に満ち溢れていた、
こんなノアの姿を見るのは勿論、二人が二人共初めてであった。
「ぼくがっ、ぼくがアイリスをもっと気をつけて見ていれば、こ、こ、こんなことにはならなかった……っ!」
嗚咽でもないし、それは嘆きでもない。
ただ単にそれは――自分への叱咤。
「お、おい、ノア。まずは……落ち着け」
「そ、そうさ、ノア君。零君の言うとおり。ここはひとまず心を落ち着かせて、さ。その方がよっぽどいい判断だと思わないかい?」
「五月蝿い!」
ノアは。
言う。
恐ろしく切羽詰ったような表情で、友の顔を見つめて、
「ぼくはアイリスのナイトだから! それがナイトとしてのぼくの務めだから!」

ぼくがアイリスを護らないといけないんだ!

――ノア。
アルター=ノア。
騎士の血が流れし子。
それは勇敢であることを示す――が、しかし同時に。
それは縛りにも似た使命感を、与えてしまう。
幼き頃の出来事。
そこで結ばれた約束は本来、いつしか忘れ消えていってしまうものなのに。
ノアとアイリスはそれを覚えて、しかも――達成しようとしている。
どんな時間でもどんな場所でもどんな状況でもどんな方法でもどんな天敵でもどんな障害でも――彼等は一生、騎士と姫の関係なのだ。

もはやノアの一種の暴走とも呼べる動きを抑えきれなくなったセシルは、
「君が本当に彼女を救いたいのなら!」
と。
背中から生きた蛇を取り出し、それをノアへと投げた。
「うわっ!」
たまらず声を上げるノア。
蛇はノアの身体に巻きつくと――やがて、鉄へと変化した。
「救いたいなら――まずは作戦をねろうよ、ね?」
セシルはかがみこみながら、優しくノアに言う。
「…………」
零はそれを、安心したように見つめて、やがて嘆息した。