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友達の話を聞く姿勢を改めましょう

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――ウォールワット。
観光地としても有名な、緑と金装飾の街。
と言っても(金装飾は民家に施されているにしても)、何もそこらじゅうに草やら木やらが生えまくっているわけではない。
緑、即ちウォールワット自慢の大森林は――奥にひっそりと存在するのだ。

「よーし。重い荷物もホテルに置いてきたことだし、早速買い物を始めるわよ!」
「アイリスさんアイリスさん、私は金のブローチを買いたいのです」
「分かってるわよエレナ。ならまずは――歩かないと」
「歩いて探してお店に入って、商品を見極めて見定めて、そして最後は買うのですね!」
「ふふん、油断したわね。楽しむ、が抜けてるわよ」
「あ、本当です……」
と、俯くエレナの肩にアイリスは手を置いて、
「落ち込むな、少女。買い物はまだ、始まったばかりであるぞ」
貫禄ある偉人の如く、アイリスは言ったのだった。

そしてそこから六歩ほど離れた位置に――そのやりとりを遠くから見つめる男子三人衆。
「……あ、あんな風な会話は異常じゃない? 少しばかり、テンションが高くないかな?」
セシルは顔を軽く引きつかせながら、ひそひそとそんな風に、ノアへと話しかける。
「アイリスはともかく、エレナはそうか分からないけど、ウォールワットに来るのは初めてだからじゃないかな」
ノアもノアで、アイリスとエレナの態度の変わりように少しは引いていたが――ほぼ毎日と言っていい時間、アイリスと関わっているノアにはすでに免疫があるので、セシルのように表情を変えることは無い。冷静そのものである。
「……しかし、あういう振る舞いもするんだな、彼女は」
しみじみと、零は言う。
「ん? 零君、どっちのことかな?」
「エレナのほうだ。いつもの彼女は、あそこまで騒ぐことはない……いや、『騒げないのか』」
アルトゥール=エレナ。
彼女は、ある種束縛された身とも言える。
その原因は――家。
アルトゥール家の人々は代々、音楽の才能を受け継いでいる。そしてその才能を思う存分に使うことで、コンクールや公演で多くの賞金を手に入れ勝手に――所謂、お金持ちになるのだ。

エレナもその一人。
彼女は百の人の心を惹き付ける楽器の音色を生み出すことができる、天才。
故に、日々の練習を怠ることは許されない――無駄な遊びは許されない。

それだけのことを、零は知ったのだ。
エレナと一緒に住むことになってから約一ヶ月の間で、理解したのだ。
学校と家とのエレナの人柄が変わる理由がそれだと、判ったのだ。

「そうか、彼女にとってこういう時間は貴重なのか……」
「ん? ん? 何、彼女のことでそんなに考え込んじゃって。もしかして、エレナちゃんのことが好きなのかな?」
「友人としての意味と捉えるなら、好きだが」
零はセシルの直球の質問にも極めて冷静に対応すると――何故か踵を返して、来た道を戻り始めた。
「あれ、零? 何処行くつもり?」
ノアが零の背中に問うと、
「素振り」
と、零は答える。
「俺が妖精界に着てから一回もやっていなかったから、そろそろ再開しないと、身体がやり方を忘れてしまう。その辺に落ちている木の枝でも、型だけはできるだろうしな」
「……零君。君、人間界で何かやっていたのかい?」
素振り、型など、聞きなれない言葉に首を傾げるセシル。
「言ってなかったか?」
零はそこでピタリと脚を止めると、振り向いて、言う。
「俺は、剣道部に所属している」

+++

そして。
零は剣道の素振りをしようと、それにおあつらえ向きの場所を探しに。
ノアとセシルはホテルへ戻り、談笑をしている頃。

ウォールワットの大通りの金装飾雑貨店内にて――エレナは、言う。
「アイリスさん、それ、誰に贈るのですか?」
エレナは、アイリスが手に持ってじっと見つめて金のブローチを指差す。ピカピカ光っているそれは、鳥の形をイメージしたもので、精巧な造りになっていた。
「……誰にって、誰よ」
アイリスが訝しげに、エレナの顔をうかがいながら問うと、
「ノア君です」
「……何でそこでノアなのよ」
「な、何でといわれてもですね……」
決まりが悪そうに顔を背けるエレナ。そして、ボソリと呟く。
「アイリスさんが……ノア君のこと好きなのかと……」
「そんなわけないじゃない!」
と、アイリスは即答。
おまけに――その声は店内に響き渡るほどの、大音響である。
よほどアイリスはノアに恋愛感情を抱くことを好かないのだろう。いや、だからといって、彼には恋をしないということではないが――何せ、幼馴染である。

そう簡単に、友情は愛情へと変わることはない。

アイリスのあまりの形相と様子に驚き、反射的に一時停止をした後、エレナは「お、落ち着いてください」と、息を整えるアイリスをなだめる。
「すいません、私の失言が悪かったのです……」
「い、いいのよ、もう。エレナ、気にしないで――ん?」
そしてアイリスは唐突に、エレナの腕を取り上へと上げる。
エレナの手には――シンプルなデザインの金のブローチが握られていた。
「エレナ、それ、誰に贈るの?」

アイリスはちょっとした好奇心と、そしてエレナにたいするちょっとした仕返しのつもりで、そう聞いた。

しかしその返答は――アイリスが予想していたものとまったく違っていた。
「あ、これですか? 零君にです」
えへへ、と微笑みながら、彼女はそう言ったのだった。

+++

ほとんどの人ががこんなやりとりを耳にしたり、或いは目にした経験はあるだろう。

一人の人間が、空を指差して言った。
あれは何だ!?
あれは鳥よ。
あれは虫だよ。
いや、あれは飛行機じゃないかね?
違う、どれも違うよ――あれはスーパーマンだ!

だがしかし――今現在、空を飛んでいるのはスーパーマンではない。
むしろそれとは正反対の、ダークヒーローである。

「ルノワール……君、落ちたりはしないだろうね?」
「ぎゃはは、誰がするかそんなこと。その言葉を戯言と呼ばずに何と呼ぶかっていう話だぜ」
「……まあ、もしもの時は責任とってもらうけどね」
ジャイルはルノワールの背中にしがみ付き、冷や汗を流しながら言った。

ルノワールと遭遇した後、ジャイルは言った。
『僕を東の方向へ連れて行くことって、できる?』
ルノワールはそれに対し――このままじっとしていても退屈なだけなので――すんなりと、一言で了解した、が。
『うさたんは高所恐怖症か?』
と、聞いた。
つまりは、飛べるのだ。
ルノワールは翼なくして空中を自由自在に、縦横無尽に駆けることができるのだ。
そしてそれこそが――人外の行動。
だからこそ、ゴーレム。
ルノワール=オブ=ゴーレム。

「――で、何で東なんだよ」
ルノワールは振り向かず(振り向くことが出来ないので)、後ろで眼下の風景に圧倒されているだろうジャイルに問う。
ジャイルは「邪魔者がいてね」と答える。
「君には言っても分からないけどね――先日、僕の悪事を滅茶苦茶にした奴らが居てね、今からそいつらに制裁を加えないといけないんだ」
「へえー、そう。ということは、うさたんにとっての敵は東のどっかにいるってことか」
だがよ、それだと探すのが面倒くさいぜ? とルノワールは憂鬱そうに言うと、
「大丈夫、もう調べてあるさ――あいつらは宿泊学習で、ウォールワットに居る」

+++

「――ノア君、君は、努力をする人かい?」
と、唐突にセシルは、ソファに座るノアにそう聞いた。
悲しそうに、しかし楽しそうに微笑むような――曖昧な顔で。

零が素振りに行くのを見届けたノアとセシルが居るのは、宿泊学習に来た妖精界立第一高等学校第一学年の生徒達が泊まるホテルの、ある一室。ノアとセシルの他にも、零が此処に寝泊りする予定である。ちなみに、女子は上の階、男子は下の階と、泊まる場所は二層に分かれている。

ノアは脈絡の無い質問に戸惑いながらも、「そうだね」と相槌を打ってから、
「ぼくは――する時にはするし、しない時はしないけど」
「へえ、ノア君らしいね。ということは、常時努力するわけじゃないのかい?」
「そういうことになるけどさ……ねえ、セシル」
そしてノアはセシルを見上げるように見据えて、遠慮するように口を開く。
「何でこんな質問したの? もしも気まぐれとかならいいけど、何か話したいことがあるなら――」

「Noblesse oblige」

と、セシルは――いやに流暢な発音で、『何か』を言った。
妖精界の言語ではない――人間界にしかない言葉だろう。
ノアにはそれしか分からなかったが、しかし、今この場に他の妖精達を集めても、よほど人間界に詳しい者以外のほとんどが、ノアと同じことしか分からないだろう。
なので当然の事ながらノアは、「…………へ?」としか返すことはできなかった。
セシルはその返事が可笑しかったのか、軽く笑ってから答える。
「聞き取りづらかった、かな? そうだね……じゃあ分かりやすく発音してみようか――ノブレス、オブリージュ、と言うんだ。人間界の西の方にある地域の言葉なんだけど、まあ知っているほうが可笑しい言葉だからね」
あ、だからと言って、オレは自画自賛しているつもりはないよ? と慌てて補足を入れるセシル。
「その……ノブレスオベリージっていう言葉の意味は?」
「ノア、違うよ」
「え、もしかして人名なの?」
「はは、違うよ。そうじゃなくて発音が、さ。ノブレスオブリージュ、だよ。まあこれで覚えたって、テストにはでないだろうけど……で、何だい?」
「ノブレス……お、オブリージュの意味」

拙い発音でそう言ったノアに褒め言葉と共に軽く拍手を送ったセシルは、唐突に背中に手を回して、
「その意味はさっきのノア君にした質問――つまりは努力の質問にも少しは関係するかもしれないね。まあ簡単にだけど――

――才能ある者ほど努力を怠ってはいけない、という意味、さ」

セシルはそして、背中の後ろに在った手を前へと戻し、その手をゆっくりと焦らす様に開ける。すると――1羽の白い鳩が、そこには居た。
「こんなベタな手品だけど、ここまでできるようになるためにもオレは頑張った。もう一段階レベルの高い手品を成功させるためにも、オレは頑張った。そしてまたさらにもう一段階レベルの高い手品を大成功するためにも――オレはやっぱり、頑張った」
幼少時代はね、その繰り返しだったよ。
セシルはそして、部屋の開放された窓へと歩み寄り、空を求めるかのように手を伸ばした。鳩は少し迷ったようなそぶりを見せたが結局、ふっきるようにセシルから青い空へと飛んでいった――が。
「だけどね、ノア君。そういう選ばれた人間が、すべき努力を止めてしまうと」
鳩は、空中でピタリと停止して。
「あんな風に――」
セシルが指差すと同時に、紙くずになってしまう鳩。

「――破滅に向かうんだ」

やはり、紙くずが舞っていく時のセシルの表情も、どこか悲しそうに、しかし楽しそうに微笑むような――曖昧な顔であった。
「――それでさ、セシル。結局君は何でこんな話をしたの?」
それに対して、セシルは微笑み、
「伏線を張っておこうと思ってね」

セシルの言いたいことが――分からない。
セシルの伝えたいことが――解からない。

『今』は、まだ。

そして、ノア達がセシルの言葉――即ち、『Noblesse oblige』の真意に気付くまでには、もう少し長い時を必要とするのであった。