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カゲリの陰的空間


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そして

あれは結局夢だったのか。
もしくは現実か。
今となっては分からないけど、しかし――

+++

「――拙者、忍びの郷より参った陰里カゲリと申す者。おぬしは、何と申す」
「オレ様はフォルテだが……てめえ、何だよその可笑しな格好は」
フォルテはステッキをくるくると退屈そうに、片手で器用に回しながら――白の和服に細長い棒のようなものを腰にさす、長髪の不審人物に近付く。しかしそれは恐る恐るではなく、あくまでも彼らしく堂々と、歩み寄る。
「ふぉるて殿……聞きなれぬ、名だな。それはそうと、お主は幕府の者か?」
「幕府? 何だそりゃ。寝言は寝て言え」
「なっ……ね、寝言など言っておらぬ! お、お主こそ、幕府を知らないとは何奴!」
「何奴じゃなくてオレ様だろ?」
黒いタキシードと赤いシャツを着たフォルテはそう言って、カゲリの数歩前で止まった。
そんな会話を続けているうちにも、カゲリは冷静に、今までを回想する。

+++

陰里カゲリは任務を遂行中であった。
即ちそれは――幕府重要人物の暗殺。

陰里家は元々暗殺に特化して鍛えられた部族であったので、気配を消して目標の某城内に進入するのはたやすいことであった。彼らにとってはそれこそ、目隠しをしていてもできる芸当であり、伝統なのだ。
だがしかし――今回はそれが仇となった。
陰里カゲリは己の持つ有り余るほどの技術から――油断した。
簡単に言うと、失敗したのだ。
天井裏から謝って落ちたカゲリは勿論、お縄について……『此処』に、来たのだ。

フォルテの私的空間に。

+++

「――分からぬ」
カゲリは呟き、俯き――己の腰に手を伸ばす。
「分からぬものは、不可解なのだ。不可解なものは……即ち、危険」
そしてカゲリは掴んだ腰に帯た細長い棒とはつまり――鞘に納まりし忍者刀!
「危険なものは――斬るべし!」
カゲリは忍者刀を逆手に持つと、そのままフォルテに向かって突進する。
「ああ?! いきなり何だてめえ――っ!」
狼狽しつつもフォルテは、すかさず手に持つステッキを防御のために身体の前で構えた。
刀が鉄製のステッキとぶつかり、鋭い金属音を鳴らす。
「失礼、ふぉるて殿。拙者は此処から出て、一刻も早く任務へと戻らねばならぬ」
例えそれが失敗していても。
最後まで、続ける。

それが――忍者。
忍耐の道で生きる者。

「こ、の……馬っ鹿野郎がっ!」
フォルテは力技でカゲリの剣を弾くと、素早くステッキで突いた――なんてことはせずに、逃げた。全速力で。一目散に。
ある意味正しい判断かもしれないが、しかし、今回は相手が相手である。
戦を途中棄権する者など、カゲリの世界――つまりは、陰的空間には居なかったのだ。
結果、カゲリの怒りは頂点に達する。
「無礼者め! 恥を知るのだ!」
カゲリは懐からクナイを取り出し、フォルテの進行ルートを目で測り、狙いを定め――投げた。
「――此処がどこだかわきまえてから、行動しやがれ」
フォルテはそんなことを、軽く微笑んで言った。
と。
クナイが空中で弾き返され、投げたカゲリのもとへ飛んでいった。
「――なっ?!」
カゲリは思わず一歩後ろに下がろうとして――しかし、できなかった。
すぐ背後に、灰色の壁が出現していた。
そしてあまり時間のかからないうちに、カゲリの身体は、クナイが和服を貫き壁に突き刺さったことで、固定された。
「此処は、オレ様の空間なんだぜ? オレ様がこうしたいと思ったらこうなるし、そうしたいと思ったらそうなるんだ。分かったか、餓鬼」
「拙者は餓鬼ではない!」
状況が状況だが、カゲリは忍者――忍耐の人。
屈辱や失態や敗北を――ひたすら、忍んで耐える。
陰里カゲリは強気であった。
「カゲリ、てめえは、固ぇんだよ。ちょっとはリラックスしやがれ」
「……せ、拙者には、そんな暇は――」
「おい、しばらくの間黙っとけ――『小娘』」
「――え」
思わず声を漏らすカゲリを尻目に、フォルテはいつの間にやら存在していた黒いグランドピアノの前に、腰を下ろす。
「お、お主――いやっ、ふぉるて殿! 何ゆえ拙者が女だと……?」
「誰に向かってそんなこと聞きたがるんだてめえは。オレ様は天才なんだぜ?」
そしてフォルテは、ニヤリと笑って、「まあ、今はそんなことはどうでもいい」と言った。

「とにかく今は――オレ様の音楽に酔いしれろ」

+++

陰里カゲリは脱出した。
縄でかんじがらめに縛られたあの絶望的状況を――忍び、耐えて、脱した。
それはもはや、奇跡としか呼びようがなかった。
それはもはや、手品としか呼びようがなかった。
それはもはや――否、しかし全ては、奇跡や手品うんぬんではなく、ただ忍耐。
それが、カゲリの陰的空間なのだ。

彼女は己の兄妹に、いつかの夢のような体験をこう言っている。
「――意味が、分からぬ。だが、楽しかったぞ」