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物語の書き方。 感想文

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モノ書きさん他、創作をする人にとって、読書感想文っていうのはものすげー!!書きにくいものです。

学校の宿題で出て、うぜえええええってなった人もこのサークルには多いと思います。得意な人、いる?・ω・?

得意でも苦手でも、まっちやんは学校で書く感想文と、このサークルでつけるコメは別物だとみんなに考えて欲しいと思います。

その理由を話します。


まず、なんでボクたちが感想文が苦手なのか。


ボクたちはモノを表現することが大好きです。

ボクたちにとって、読むモノ、見るモノ、教えられることは全て、自分の物語の素材のようなものです。

漫画でもアニメでもゲームでも、
いい話、面白い話、悲しい話、珍しい話を聞いたとき。

普通の人は感想を言います。
「ここが面白い!」「大変だったね!」
後で言いますが、これもこれでとても大事なことです。

でもそれ以上に、こう考えてしまうことはありませんか?

「これ、使える」
「もっとこうしたら、絶対面白い…!!」
「自分ならこの設定を使って、全然別の話を作れる」


こう考えてしまうことこそ、
創作をする人の「資質」だとポケモンのアニメのストーリーを書いた人は言いました。

学校の読書感想文にこんなことを書いたら、当然怒られます。
しかし、このサークルには怒るような「先生」はいません。

松本は、物語を胸の内に持っている、「資質」を持っているこのサークルに集まるメンバーに、「書き手として」自分の心に素直に、自由にのびのびとしていて欲しいと願っています。



それでは、そんなボクたち流の、感想文の書き方を考えてみようと思います。

難しいことは、あまり言いません。
ただ、この方法を試してみようと思ってくれれば松本は満足です。

 

 

そのいち。

【悪いところを探さない】


結論を言うと、誰かの「悪いところ」とは
その誰かの中にある「自分とは違うところ」もしくは「自分が嫌いな自分の欠点」のどちらかです。

そんなものを探して何の意味があるんでしょう。

自分と違うものを全部否定すると、ひとりぼっちになります。
自分が嫌いな自分の欠点を責めても、自分のことが嫌いになるだけです。
自分に悪いところがある事実は、ネットでは隠せても、自分の心が知っています。
夜にベッドの中で自分の心が痛むだけです。


私たちは表現者です。

自分の書いた文章を一番可愛がっているのは自分自身です。

作品を書いている間は、他に誰も、自分ほど真剣にその作品について考えて、話し合ってくれる人などいない、孤独な人間です。

だから、これ以上痛い目になんて合わなくていい。自分で自分を責めたりしなくていい。


みんなに自分のことを大切にしながら、発言して欲しいんです。

自分を自分で守れる、強い人になってもらいたいんです。

「悪いところがあったら教えてください」


これを言えるのは強い人です。
相手が感情だけで批評をしているのか、冷静に指摘してくれているのか、判断できて、
感情をぶつけられても「あなたと私が違うから、あなたは私が嫌いなのだ」なんて喧嘩に乗らない自信がある人です。


「違い」はぶつけるものじゃなく、
その場では「そうですね」とだけ言って、盗むものです。

表現まで盗むのは禁止だけどね。
なさけない!きさまそれでもモノ書きのはしくれかーっ!

 

 

 

そのに。

【つまり、よいところを表現することは】



気付いた人もいるかも知れません。

誰かの悪いところが自分の欠点なら、
誰かの良いところは自分の長所です。

人を褒める言葉をたくさん知っている人は、
それだけ、自分の中の長所をたくさん見つけている人です。

それが的確で、他の人には気付けないところを見つけているほど、
その人は自分のことを、深く見つめることができているということです。

人と自分の違いを素直に褒められると言うことは、
相手の中にあるものを、自分の中に取り込むことができるということです。

「それぞれ違う個性だから」

むちゃくちゃ便利な言葉ですが、
私たちはそれで満足していいのでしょうか。

元になる「タイプ」が自分しかいなければ、
私たちが生み出すキャラクターは、すべて「自分の分身」しかいなくなります。

同じ考えの人間だけが集まる物語は、果たして面白いか?

それを狙って作ったトリックでもなければ、つまんないに決まってます。


相手の個性を鋭く観察して見極めてみましょう。
自分が言われたら嬉しい言葉を相手に使ってみましょう。
面白いコメントがいくらでも思い付くはずです。