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後編 ~フォルテ~


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「――――」
隣でクリストファーが、何か言っていることは分かった。しかし、聞こえても分からない。
音は聞こえても、言葉は聞こえない。
まるで足が無いようだ。
夢現(うつつ)という言葉が、レオナルドの頭に浮かぶ。
「フレア」
と、彼女の名前を呼ぶ。
この声だけは、聞こえた。
音も言葉も――そこにこめられた、想いと感情も。
「フレア……フレア……っ」
……くそっ、オレ様は、何言ってやがる。
オレ様はこんな風に、惨めに哀れに叫ぶ野郎じゃねえだろう。
だがどうしたって、声が喉から溢れてきやがる。
意味が、分からねえ。
ただどうしようもなく、悲しく、空しい。
「――――」
その内、レオナルドは己の情けない声さえ聞こえなくなってしまった。
空気や物音や、己の存在すらも――分からない。
しかし、ただひとつ認識できるのは、ベットに横たわるフレアのみ。

恋した人。

「――――!」
レオナルドは最後に、あらんかぎりの声で何かを叫んだ。
その刹那、彼の視界は一気に黒へと染まり――。

+++

「あはあは、今度は君か」
「…………あ?」
レオナルドがふと眼を覚ますと――そこは銀世界ならぬ黒世界。
タキシードとシルクハットを身にまとった目の前の男は、再び、あはあはと笑うと、
「あの道化師さん、今度は不治の病にかかった恋人を悲しみ泣き叫ぶ、みっともないったらありゃしない君に決めたのか。ああ、そうだ、自己紹介でもしておくよ。僕の名前はフォルテさ」

フォルテは全てを知っていた。
レオナルドが『此処』に来る前に、現実世界で何をしていたのか――と言うよりは、何を望んだのか、何を願ったのかを。
フォルテは言う。
呆然と立ち尽くすレオナルドに言う。
「そもそも君は、フレアって女のこと、愛してたの? 本当に? 心の底からそう言えるの? 命懸けて言えるの? 己の全てを投げ打ってでも、彼女を幸せにできるって言うの? 四肢をもぎ取られて目玉くりぬかれてでも、彼女の笑顔が欲しいって言えるの? 世界を敵に回して家族や友人が己に銃を向けても、彼女を傷をつけたくないって言えるの? 彼女と君の命を天秤にかけたとき、前者のほうが重いって――命の価値なんてみな同じなはずなのにさ、そう言えるの?」
「……うるせえぞ小僧」
「小僧? 僕は多分君よりもずっと長生きしてるけど、小僧だって? あはあは、面白いこと言うね、あはあはあはあは――」
「くそっ、減らず口め……」
と、悪態をひとつレオナルドは吐く。彼にしては珍しく、冷や汗をかいていた。手をゆっくりと持ち上げて、気だるそうに己の髪をくしゃりと掴み、目を閉じる。
彼は焦っていた――否、気持ち悪かった。

自分の中を見透かしているような、目線。
自分の事を知っているかのような、口振。

どれもこれも、一寸狂わず急所に突き刺さる。
何故か、苦しそうに顔をゆがめるフレアを思い出した。
「僕ね、半端なのは……嫌い」
すると唐突に、フォルテは一向に口を開かないレオナルドに痺れを切らしたのか、彼の顔を覗き込み、
「君は、フレアが、好き?」
と問う。
レオナルドは、「分からねえよ」と、不機嫌そうに短く答えた。
「分からねえし、分かりたくもねえよ。オレ様は、そんな愛の確認何さしたくねえ」
「自信ないの?」
「そうじゃねえよ」
レオナルドは、閉じていた眼を開き――フォルテの眼を見すえた。
「オレ様は、分かる分からないとかそれ以前によ――オレ様はフレアがベットに横たわった時を見たときは、どうしようもなく空しかったんだぜ?」

オレ様は身をもって――好きだと、感じたんだ。

フォルテは「へえ、ふうん」と相槌を打つと――レオナルドに身体の正面を向けたまま数歩離れて、突然、張り詰めていた糸が切れたように大声で笑い出す。
大声だがしかし、それは嘲笑。
「あはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはあはっ! 馬鹿だね本当に、君は馬鹿の中でも一流の馬鹿だよ! 阿呆でもいいんだけどね、僕は敢えて馬鹿って呼ぶよ!」
そして、彼はニヤリと口を歪ませて、
「馬鹿だね、君。それはね『好き』じゃなくて、恋っていうんだよ」

+++

「幸せにさせるんだ」
「誰をだ」
「此処に偶然来てしまった人達を」
「……おい、それは、本当に偶然か?」
「さあ。偶然に見せかけた必然かもしれないし、必然と見せかけた偶然かもしれない――どちらにしろ、僕にも君にも分からない事だけどね。あはあはあは」
「……にしても、てめえはよく笑う野郎だ」
「まあね」

「で、オレ様は此処から出れるのか?」
「出れる時は必ず来る。だけどそれがいつかは分からない」
「あ? どういうことだ」
「どうもこうも、さ。満足させるべき人がいなくなりしだいだよ、戻れるのは。それは十人かもしれないし百人かもしれないし千人かもしれないし――だけど、『いつか』、君の願いは叶えられる。そう、願いとはすなわち――君が此処に来る直前までに『もしも現実(これ)が夢だったらいいのに』と思ったこと」
「…………」
「そんな睨まなくたって、心配ないよ。願いが叶う保障はするから」
「…………」
「そうそう最後に大事なこと。この空間に居る時は、フォルテ=ラインオーバーって名乗ってね。此処の番人は皆、その名前を共有する決まりになってるんだ」
「長いな」
「へ?」
「名前がだ。長いのはフレアだけで十分だってのに、それだといちいち名乗るのが億劫になるぜ。だが――了解だ、小僧。オレ様はしばらくの間、フォルテになる」

+++

――――以上。
『小僧』とレオナルド――否、フォルテの最後の会話である。

そして今。
彼は――フォルテは。
赤いシャツとネクタイに黒いタキシードをこれでもかと着こなし、仕上げにステッキを手に持ち、頭にシルクハットを乗せている。
黒世界のどこかに確かに存在するそのピアノの前に、立っていた。
「……オレ様には、音楽しかないと思っていたがな」
フォルテは懐かしむように言いながら、適当に、鍵盤を押す。調律されているか確かめたのだろうか――トーン、と音と余韻を残す間、目を閉じる彼。

「…………」
『何しているの?』
まぶたの裏に、フレアが居た。
これはきっと、一種の思い出。
『わあ、ピアノ。貴方、弾けるの?』
「…………」
即興で弾いた、世界にひとつだけの曲。
一人の女性のために弾いた――レオナルドが最初に作曲した曲。
一音一音を忘れた時は無い。
頭の中で再生されるその曲は――色あせることは無いだろう。いままでも、これからも。
『――素敵、だったわ』
フォルテはそこで目を開き、ステッキとシルクハットを投げ捨てると、ピアノの前にドカッと座る。
『私、貴方のピアノ、好き』
鍵盤に、優しく手をかける。フォルテはそして、目を細めて言う。
「確か、あの時に弾いたのは……甘い調子だったか」
そしてフォルテは、彼の私的空間で初めてピアノを弾く。
それは他の誰のためでも無く――己を幸せにするための、独奏。
これから彼女に会えない日々が続くのなら、せめて、今一瞬のこの時だけは――

――記憶の中の彼女と、音楽に酔いたい。

「……ふっ」
小さく息を吐いて――ゆっくりと指を動かす。
惜しむように惜しむように、彼は弾く。嘆くように嘆くように、彼は弾く。
哀れむように哀れむように、彼は弾く。悲しいように悲しいように、彼は弾く。

オレ様は、弾けば良い。
これからしばらく――音楽と暮らせば良い。
しばらくそういう生活をした先に、フレアが居るならそれで良い。
オレ様は、フォルテで良い。

――そして。
時が止まったように音楽が止み、フォルテは呟いた。
「……はっ、何だこれ。まるで一目ぼれした奴みてえな曲だな」

+++

鍵盤のひとつには、一滴の雫。


                                         フォルテの史的空間fin,,,