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前編 ~レオナルド~


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まぎれもなくこの空間は現実である。
夢では、ない。
そして、此処から生まれるのは――『彼』の私的空間。

とある大陸のとある地方に位置する、とある町にて。
その壮大なる史的音楽の序曲は始まるのであった。

+++

カラフルな装飾。
時折沸き立つ歓声。
葡萄酒をかけあう商人達。

年に一度の収穫祭、である。

あるいはただ単に、宴会と呼んでもかまわないかもしれない。それほどまでに町の住民が本来の祭りの目的を忘れて、ただただ騒いで――笑っているのだから。
そんな人でにぎわう大通りの真ん中を、大声を出して進む男性がいた。
「おーい、レオー! 何処だー!」
「あら、クリストファーどうかした? レオって……レオナルドのことよね?」
茶色を貴重とした服の上に腰に巻く白いエプロンを着た女性が、男性を引きとめる。
「もしかして、彼、またお祭りの準備を抜け出したの?」
「ああ、そのとおりだよフレア――レオのこと、見かけた?」
するとフレアは俯いて、申し訳なさそうに言う。
「御免なさい。わたし、さっきまで料理を作っていて……レオナルドは見てないわ」
「そっか……仕事の邪魔して悪かった。ありがとうな」
クリストファーは軽く手を振りフレアに別れを告げると、「まったく、人手が足りない時に」と一人ぼやきながら、再び人混みの中へ。

「…………」
完全にクリストファーの姿が見えなくなった後、フレアは背後に置いてある樽に目を向けて、
「……貴方、悪人に絡まれたって言ったわよね」
突然、喋りかけた。
いかれている――わけではない、勿論。
樽は言った。
「ああ、言ったな、確かに」、と。
フレアは腰に手を当てて、眉をひそめる。
「嘘だったのね?」
「おいおいおいフレア、オレ様の言葉が嘘だっていうのか? 馬っ鹿野郎、んなわけがあるか。今のクリスは、オレ様にとっちゃ十分悪人だ」
すると突然、樽の蓋が取り外され――中から男性が出てきた。
少し長い黒髪を後頭部で結び、目にはうっすらとくまができている。

彼こそが、問題のレオナルドであり――後のフォルテとなる人物である。

+++

音音音音音音音音音音、音、音、音音音音音音音、音音音音、音音――――そしてまた、音。
大通りのど真ん中――観衆に囲まれた位置。
堂々とし過ぎるほどに、そこにはグランドピアノが在った。
その前に座る男性は、楽しそうに笑いながら――眼にも止まらない速さで鍵盤を叩く。軽く、そして、優しく――アクロバットのように舞うその十本の指はまさに、超絶技巧という四文字がよく似合う。
とある大陸のとある地方のとある町のとあるピアノ店のとある店長――それが現在進行形でピアノを弾いている人物、レオナルドである。

「――んで? あいつをどうやって説得したんだ?」
「簡単よ? 『みんなが貴方の音楽を聞きたがってる』って言ったの、それだけ」
「へえ……さすがだなフレア。あいつのフィアンセなだけのことはある」
と、何故か心底感心したようにクリストファー。
それほどまでに、レオナルドは協力的では無いのだ。そんな彼を好きになったフレアもフレアなのだが、人とはそういうものである。同時に、人を好きになるとはそういうものだ。
「茶化すのはやめて。まだ確実に、結婚するわけじゃないんだから……」
「だが、ほぼ、確実、だろ?」
「…………」
ほのかに顔を赤くしたのを肯定と受け取り、クリアストファーはピアノを弾くレオナルドに目線を向ける。
「だがまあ、あいつを仕事場に来させただけでも立派なもんだ。本音を言うと、あの指よりも腕っ節を使ってほしいところだが――」
「違うわよ、クリストファー」
フレアは真っ直ぐに――己のフィアンセを見据えながら、言う。

「レオナルドにとって、ピアノを弾いて人を楽しませることは、仕事なのよ」

いえ、仕事というよりも――使命、それか、趣味かしら。
……使命と趣味の意味は全く違うのだが。
ともかく。
レオナルドにとってピアノとは生きがいのようなものなのだと、クリストファーは改めて理解した。

+++

「一線越えると、そこは世界ぃー。一線越えずも、そこも世界ぃー。どっちもさっちも上も下も、おまけに左や右さえも、世界は世界の中にあるぅー。人は旅たつその世界ぃー。夢とも現とも区別無しぃー。死人に口無し、番人に悪無しぃー。そこは人呼んで一線を越えた世界ぃーなのっさぁー!」
そんな調子外れの歌を陽気に歌う――奇妙且つ不審な道化師が居た。
小さなオルゴールの金属音を、永久に響かせながら、道化師は歩く。
男か女か子供か大人か若者か老人か善人か悪人か――何も分からない。
ただ、歌うのだ、彼は。
喉は嗄れない、手はしびれない、足は疲れない――その歩みを、止めない。
それこそまるで人形のように――道化師は歌う。
「――そこは人呼んで一線を越えた世界ぃーなのっさぁー!」
そのうちに、道化師はとある町へと入った。

それと同時に――その町には不幸が生まれることとなることは、勿論、この時点では誰も知りえないことである。





「――おい、今お前、何て言いやがった」





そこはある部屋の中。
レオナルドとクリストファー、そして白衣を着た医者と思わしき老人が取り囲むベットに横たわるフレア。眼は、開いていない。顔色は、透き通るほどに青白い。見るからに健康とは言えないその姿は、例え死体と言ってもなんら違和感がないほどのものだった。
レオナルドは、もう一度言う。
「フレアが、何の病気だって言ったんだ……!」
すると医者は、嘆くようにに嘆息し、
「……残念ながら。フレア=カンタビレーニア――彼女は、不治の病に犯されたようです。おそらく、この街の収穫祭が終わる頃にはもう……」

レオナルドの道中の演奏会が終わった瞬間。
ドサッ、と人の倒れる音がしたのだ。
倒れたのは、フレアだった。
レオナルドの演奏に感動して失神した――というわけではない。
彼女は不幸にも、侵されたのだ。
名前無き、不治の病。
だがしかし、不治の病という肩書きを持つそれは切実に――

――現実(これ)が夢であったらいいのにと、レオナルドに思わせた。

それだけで十分だった。
それだけで十全だった。

部屋の外から物音と、けらけらという笑い声。

「次の番人、お前に決めたぞおー」