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扉の隙間から、永遠を形にしたかのような、どこまでも続く青空がのぞいている。その空は、俺にとっての、イヤ、この閉ざされた世界に生きる俺たちにとっての自由の象徴であり、あこがれでもある。
白い、豊かなひげをたくわえた、人のよさそうな老人が、中学生ぐらいのかわいらしい少女と共に扉をくぐっていく。老人も少女もその顔には笑みを浮かべている。老人の笑みはおそらく、新たな家族を得た喜びによるものだろう。そして、少女の笑みは新たな家族を得た喜びと、まだ見ぬ世界への期待によるものだと想像できる。
「なあ、知ってるか?」感傷に浸っていると、隣から声をかけらけた。こういうときに邪魔をされることほど腹立たしいことはないのではないか。と俺は感じる。「なにをだよ?」隣に立つ少年、柚木(ユズキ)をみながら俺は応える。柚木の大きな瞳と、ツンツンととがった茶色い髪はハリネズミを連想させた。「イヤ、あのじいさんよく来るだろ? なんでだと思う?」じいさん、さっきの老人か、確かによくみかけるな。「さあ?親に捨てられた哀れな俺たちを拾ってくれる心優しき人だからじゃないか?」皮肉めいた笑いを浮かべながら俺はそう言う。「バッカ、そんないいやついるわけないだろ。 うわさだとよ、あのじいさん女の子ばっかひきとるだろ? なんでもその子たちを強姦してるらしいぜ、強姦。」怖い、怖いと柚木は笑いながら言う。言われてみればそうかもしれない、あの老人は女の子ばかりひきとっていっている気がする。そういう風にみると、あの笑顔はまったく別のものに見えてくるな。「それが本当なら、とんだ変態だなあのじいさん。」だけど、たとえ強姦されるのだとしても、俺はあの少女がうらやましく思えた。この閉ざされた世界から外に出られるのなら、俺はどんなことでもするだろう。外に出て、あの青空の下を自由に歩き回ること。それが俺の夢だった。そして、その夢は明日叶うんだ・・・
俺は約16年間、つまり生まれたころからずっとこの施設にいる。文字通りずっとだ。俺はこの施設に入ってから1度も外に出たことがない。イヤ、正確には出ることができないでいる。この施設から俺らが、クーリング・オフされた子どもが出ていく方法は原則として2つある。1つ目は、親切な誰かに引き取られていくことだ。俺らの大半はそうやってここから出て行く。引き取られた子どもは、自由と家族が手に入り、また引き取る方も新たな家族が増えるという実にステキな方法だ。そして、2つ目は、いつまでも引き取り手がみつからず、ズルズルと16歳までなってしまった子どものための方法だ。16歳の誕生日になったとき、貰い手が見つかっていない子どもは国から職が与えられる。職ってのは警察やらなにやらいわゆる公務員ってやつだ。そして、職を与えられた後、施設を追い出される。まあ後は自分でどうにかしてください。ってことだな。さすがにそこまで面倒は見切れませんよ。ってことだな。現実はけっこう厳しい。だが、そういう風に外に放り出されるのをひどく嫌がっているやつもいるらしい。まだ施設にいたいってやつがな。実際ここはいいところだ。ちゃんと勉強もさせてくれるし、TVや漫画、ゲームだってある。だからそういうやつらの気持ちも少しはわかる。でも、それでも俺は一刻もはやくここを出て行きたかった。あの青空の下を歩きたかった。頬を撫でていく風をかんじたかった・・・
「なんだよニヤニヤしやがって、気持ち悪りいな。」声をかけられ、俺はハと思索の旅から現実に引き戻される。 隣をみると柚木が目を細めて俺のほうを見ていた。「イヤ、わりい。 明日のことを考えるとつい、な。」照れくささからはにかみながら俺は言う。「ああ、そっか。 お前明日誕生日なんだもんな」柚木は羨ましそうな、しかしどこかうれしそうな表情をうかべてそう言う。「そう。 一足先にあの空の下を歩かせてもらうぜ」【空の下を歩く】自分で発したその言葉に、興奮をおぼえ思わず笑みがこぼれる。「せいぜいお前でもこなせる職に就くことを祈ってるよ。」柚木は唇を尖らせながらそう皮肉を言ってきた。だけどその声は明るく、本当は俺が外に出て行くことを心の中では祝っているのだとわかった。「素直に、外に出ても元気でやれよ。 とか言えないのかよお前は。」照れくささとうれしさから俺は柚木の頭をクシャクシャと撫でる。 ついに明日なんだ。 自然と笑みがこぼれてきた。
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