「史無国 九」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

史無国 九」(2009/09/24 (木) 20:49:55) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

白い光。 眼が醒めた。 「ここは……」 柔らかいベットに、白地の調度品。 軍営の、医務室だった。 「おや、目を覚まされましたか、シェル様」 「貴女は確か軍医のテヘネ・フランフェイン殿……」 「覚えてくださっているとは、光栄ですわ、シェル様」 テヘネは、小さな小瓶を持って来て、その中身をシェルの首筋に塗り始めた。 と、その指が首に触れた瞬間、体に電流が走った。 「がっ……」 「無理もないですわ、シェル様。首の皮が弾けとんでいますもの」 「……そう、ですか」 シェルは窓の外を見た。 雨が降っている。 と、シェルは心臓が跳ね上がった。 「テヘネ殿、俺は、どれ程寝ていたのですか?」 「そうですね……シェル様が運ばれてきましたのが、およそ二日と三時間前ですので、それぐらいですね」 「模擬戦は、模擬戦の結果……ぐっ」 シェルは一気にまくりたてたが、首の痛みで言葉を切った。 テヘネは優しく、その首に包帯を巻きながら言った。 「シェル様が、お勝ちになりました。結果としてはですが」 「どういう事か、委細を聞かせてはくれないか?」 「私が聞いたことでよろしければ……」 そう言うとテヘネは、ゆっくりと話し始めた。 シェルの傍で戦ってた兵に聞いたところ、シェルの突き出した棒は、エルムッドの胸に直撃し、エルムッドは落馬した。 だが、武器は手放すことはなく、辛うじて薙いだその切っ先が、シェルの首にあたったのだ。 エルムッドは牙門旗に歩み寄ろうとしたらしいが、後衛の兵たちに突き倒され、武器を奪われたのだという。 同じころ、アドルフとセリックの一騎打ちは、アドルフの勝利で終わり、そのままアドルフはテレシスを撃破、牙門旗を奪取したとのことだ。 それを聞いて、シェルはほぅと息を吐いた。 「そうか、勝ったのか、俺は」 「大将戦では痛み分けだが、これはシェル様の勝利、と公爵様がおっしゃっておりました」 「父上が……」 シェルは目頭が熱くなったが、それを何とかこらえた。 と、急に眠くなってきた。 「眠気を誘う香料を、この部屋には満たしております。もう一度、ゆっくりとお休みください」 「……ああ、そうさせて……もらうよ」 抗いがたい誘いに、シェルはあらがう事なく、身を投じた。 「あと少しだったな、エル」 「……負けは負けだ、セリック」 「まあ、エルならそう言うと思ったよ。でも、僕の策では、あそこまでは追い込めなかったと思う」 「ちなみに聞くが、テレシスの策ってのはなんだったんだ?」 「いや、あの時点では思いついていなかったんだけどね」 テレシスは、やや悔しそうに言う。 「軍を三つに分けて、アドルフさんを取り囲む。エルは牽制として遊撃をこなし、暫く交戦後、左右の二つはシェル兄の陣へ進軍。 もしアドルフさんが救援に行ったら、セリックと僕とエルが背後から攻撃、行かなかったら足止め。 その後、交戦状態に入ってるシェル兄の陣へエルが急行、牙門旗を取る」 テレシスは、そう言った。 セリックとエルムッドは、呆然と見つめている。 「……やっぱり、駄目だろうね。そもそも、シェル兄が兵を少なくするとは限らないし」 「いや、やっぱり、テレシスはすげぇわ……」 「……流石は、クラムディンさんの息子、か」 「……いや、それでも兄上にはかなわないよ、僕ではね」 テレシスが言った。 セリックが思い出したように言う。 「そういや、お前の兄貴……イルスさんは今どこだっけか」 「……確か、サレム・ノティスの士官学校、じゃなかったか?」 「うん、エルムッドの言うとおりだよ。兄上は、僕と違って有能だからね……」 テレシスは悲しそうに言う。 エルムッドは、歩き、そして言った。 「……だが、その代わり、俺の隣にいる。俺だって、士官学校には送られなかった」 「俺もだぜ? テレシス、悲観すんなって。親父たちは、何か考えがあってのことで俺らを帝都に留学させなかったんだよ」 「……そうだね。きっと、そうだよね」 そういうテレシスだが、その横顔は何となく、悲しそうだった。 「……ところでセリック」 「ん?」 「お前、怪我はどうした?」 「あんなもの、怪我のうちに入らんぜ」 「……セリック、肋骨が三本、折れてたんでしょ……?」 「なんの、あと二、三本折れてて……も……!?」 とセリックが急に膝を折って痛がり出した。 どうも脇腹を押さえている。 「……セリック、どうかしたか?」 「……今、はしゃいだら……骨に響いた……くそっ、兄貴め……」 「あはは、セリック、アドルフさんに思いっきり突かれたからねぇ」 セリックとアドルフのあの一騎打ちは、結果からいえばアドルフの勝ちだった。 二人の渾身の力を打ちつけたせいで、アドルフの棒にひびが入った。 セリックは、反動に耐えられずにのけぞっていたのだが、ひびに焦りを感じだアドルフは、熊をも打ち倒すその膂力で、思いっきりセリックを打ちつけてしまったのである。 運よく打ちつけたところで棒は折れたのだが、もし折れていなかったらセリックは骨折では済まなかっただろう。 「くっそ……痛ぇな……」 「ほらほらセリック、医務室へ行くよ?」 「……くっく……」 「笑うな、エル……くそっ……」 二人に抱えられるように、セリックは歩く。 方向は、軍営の方、医務室だ。 丁度今、シェルが眠っているはずである。 「……シェルの見舞いを兼ねて、行くかな」 「はは、そうだね。シェル兄も、医務室の世話になっていたからね」 「よし、んじゃ、行くぞ。……いてて……」 実に、平和だった。 トリエストでは、だった。 数日後、真紅の服を着た、帝都サレム・ノティスからの勅命が届くとは、このときはだれも思わなかった。 [[史無国 拾]]
白い光。 眼が醒めた。 「ここは……」 柔らかいベットに、白地の調度品。 軍営の、医務室だった。 「おや、目を覚まされましたか、シェル様」 「貴女は確か軍医のテヘネ・フランフェイン殿……」 「覚えてくださっているとは、光栄ですわ、シェル様」 テヘネは、小さな小瓶を持って来て、その中身をシェルの首筋に塗り始めた。 と、その指が首に触れた瞬間、体に電流が走った。 「がっ……」 「無理もないですわ、シェル様。首の皮が弾けとんでいますもの」 「……そう、ですか」 シェルは窓の外を見た。 雨が降っている。 と、シェルは心臓が跳ね上がった。 「テヘネ殿、俺は、どれ程寝ていたのですか?」 「そうですね……シェル様が運ばれてきましたのが、およそ二日と三時間前ですので、それぐらいですね」 「模擬戦は、模擬戦の結果……ぐっ」 シェルは一気にまくりたてたが、首の痛みで言葉を切った。 テヘネは優しく、その首に包帯を巻きながら言った。 「シェル様が、お勝ちになりました。結果としてはですが」 「どういう事か、委細を聞かせてはくれないか?」 「私が聞いたことでよろしければ……」 そう言うとテヘネは、ゆっくりと話し始めた。 シェルの傍で戦ってた兵に聞いたところ、シェルの突き出した棒は、エルムッドの胸に直撃し、エルムッドは落馬した。 だが、武器は手放すことはなく、辛うじて薙いだその切っ先が、シェルの首にあたったのだ。 エルムッドは牙門旗に歩み寄ろうとしたらしいが、後衛の兵たちに突き倒され、武器を奪われたのだという。 同じころ、アドルフとセリックの一騎打ちは、アドルフの勝利で終わり、そのままアドルフはテレシスを撃破、牙門旗を奪取したとのことだ。 それを聞いて、シェルはほぅと息を吐いた。 「そうか、勝ったのか、俺は」 「大将戦では痛み分けだが、これはシェル様の勝利、と公爵様がおっしゃっておりました」 「父上が……」 シェルは目頭が熱くなったが、それを何とかこらえた。 と、急に眠くなってきた。 「眠気を誘う香料を、この部屋には満たしております。もう一度、ゆっくりとお休みください」 「……ああ、そうさせて……もらうよ」 抗いがたい誘いに、シェルはあらがう事なく、身を投じた。 「あと少しだったな、エル」 「……負けは負けだ、セリック」 「まあ、エルならそう言うと思ったよ。でも、僕の策では、あそこまでは追い込めなかったと思う」 「ちなみに聞くが、テレシスの策ってのはなんだったんだ?」 「いや、あの時点では思いついていなかったんだけどね」 テレシスは、やや悔しそうに言う。 「軍を三つに分けて、アドルフさんを取り囲む。エルは牽制として遊撃をこなし、暫く交戦後、左右の二つはシェル兄の陣へ進軍。 もしアドルフさんが救援に行ったら、セリックと僕とエルが背後から攻撃、行かなかったら足止め。 その後、交戦状態に入ってるシェル兄の陣へエルが急行、牙門旗を取る」 テレシスは、そう言った。 セリックとエルムッドは、呆然と見つめている。 「……やっぱり、駄目だろうね。そもそも、シェル兄が兵を少なくするとは限らないし」 「いや、やっぱり、テレシスはすげぇわ……」 「……流石は、クラムディンさんの息子、か」 「……いや、それでも兄上にはかなわないよ、僕ではね」 テレシスが言った。 セリックが思い出したように言う。 「そういや、お前の兄貴……イルスさんは今どこだっけか」 「……確か、サレム・ノティスの士官学校、じゃなかったか?」 「うん、エルムッドの言うとおりだよ。兄上は、僕と違って有能だからね……」 テレシスは悲しそうに言う。 エルムッドは、歩き、そして言った。 「……だが、その代わり、俺の隣にいる。俺だって、士官学校には送られなかった」 「俺もだぜ? テレシス、悲観すんなって。親父たちは、何か考えがあってのことで俺らを帝都に留学させなかったんだよ」 「……そうだね。きっと、そうだよね」 そういうテレシスだが、その横顔は何となく、悲しそうだった。 「……ところでセリック」 「ん?」 「お前、怪我はどうした?」 「あんなもの、怪我のうちに入らんぜ」 「……セリック、肋骨が三本、折れてたんでしょ……?」 「なんの、あと二、三本折れてて……も……!?」 とセリックが急に膝を折って痛がり出した。 どうも脇腹を押さえている。 「……セリック、どうかしたか?」 「……今、はしゃいだら……骨に響いた……くそっ、兄貴め……」 「あはは、セリック、アドルフさんに思いっきり突かれたからねぇ」 セリックとアドルフのあの一騎打ちは、結果からいえばアドルフの勝ちだった。 二人の渾身の力を打ちつけたせいで、アドルフの棒にひびが入った。 セリックは、反動に耐えられずにのけぞっていたのだが、ひびに焦りを感じだアドルフは、熊をも打ち倒すその膂力で、思いっきりセリックを打ちつけてしまったのである。 運よく打ちつけたところで棒は折れたのだが、もし折れていなかったらセリックは骨折では済まなかっただろう。 「くっそ……痛ぇな……」 「ほらほらセリック、医務室へ行くよ?」 「……くっく……」 「笑うな、エル……くそっ……」 二人に抱えられるように、セリックは歩く。 方向は、軍営の方、医務室だ。 丁度今、シェルが眠っているはずである。 「……シェルの見舞いを兼ねて、行くかな」 「はは、そうだね。シェル兄も、医務室の世話になっていたからね」 「よし、んじゃ、行くぞ。……いてて……」 実に、平和だった。 トリエストでは、だった。 数日後、真紅の服を着た、帝都サレム・ノティスからの勅命が届くとは、このときはだれも思わなかった。 [[史無国 拾]]へ

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示:
記事メニュー
目安箱バナー