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史無国 八」(2009/09/24 (木) 20:43:43) の最新版変更点

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セリックは、突き進んでいた。 前軍と右左軍の三兄弟を押しだすかの如く、前へと、突き進んでいた。 「おらっ、進め! 戦略上、奇襲状態なんだ! この機を逃すな、おらっ、行くぜ!」 兄アドルフ率いる歩兵は、急なことで戸惑ったのか、未だ恐慌状態に陥っている。 そのためか、ダナンもネアも、さくさくと突き進んでいた。 イースは、ど真ん中を突き進んでいる。 どうやら向こうの主力とぶつかったらしい。 若干侵攻スピードが落ちていた。 「おっしゃ、俺らも突っ込むか! イースの後詰め、行くぞ」 セリックが号令を掛ける。 後方にはまだ、テレシスの歩兵が居るので、後顧の憂いはなかった。 ダナンとネアの部隊は、どうやら突破に成功したようで、敵中央部の背後を突こうとしている。 と、敵が一斉に下がり始めた。 どうも、陣形を整えるためらしい。 イースがそれに乗じて、追いまくる。 だが。 「……!」 イースが、宙を舞った。 続いて、追従していた兵たちも、突き落されたり、はねとばされ始めた。 「セリックか……久しぶりだな」 「……アドルフ兄貴……!」 アドルフが、調練用の棒を二本、振り回しながら前に出てきた。 一本はどうやら、イースの物のようだ。 「うう……すいません、セリックさん……」 イースは立ち上がると、そのまま戦場を離れた。 調練用の武器を奪われたり、地面に落とした者は戦死扱いとなり、戦場を離れなければいけないのだ。 「なかなか、骨のあるやつだったが、それでも、俺の足元には及ばなかったな」 「ここで、アドルフ兄貴に出くわすとは、ついてねぇな……」 それでも、セリックは棒を構える。 と、アドルフの背後で喚声が上がった。 ダナンとネアの部隊が、救援に駆け付けたようだ。 二人がそれぞれの歩兵を引き連れ、先頭に立って突進してくる。 「ダナン、ネアッ! 先頭には立つ……」 その時には時すでに遅く、振り返ったアドルフによって、二人の棒は遠く離れた所に吹っ飛んでいた。 率いていた歩兵たちは皆四散し、ダナンとネアは唇を噛み、戦場から離脱をする。 「くそったれ、俺の兄貴ながら、とんでもないバケモンだな、おい……」 「次は、お前かな、セリック?」 「おう、やったろうじゃねぇか。上等だ!」 「ふん、来るがいいぜ」 二人が相対し、まさにその棒が錯綜する、その時だった。 ドドドドッ! 地響きがした。 音の方向を見ると、エルムッドの騎兵50が、事もあろうにシェルの本陣を突こうとしている。 アドルフは臍を噛みながら、セリックと打ち合う。 ここで背を向けて救援に行く訳には、行かないのである。 「こっちはこっちで、決着付けようじゃないか、セリック」 「兄貴……!」 歩兵同士の乱戦の中、それぞれを率いる将が一騎打ちを繰り広げている。 竜虎の戦い、とでも言うのだろうか。 持っている物が只の棒と知ってはいても、その恐ろしい殺気は、収まることはない 「っ! まだだ、まだ終わらせんよ、セリック」 一瞬の鍔迫り合いの後、アドルフが言う。 一合、二合と打ち合う二人。 その数は十合、二十合と数を増して行く。 「っはぁぁっ!」 「ぬっ……」 セリックの打ち込みを流すと、返す一刀でアドルフはセリックの首を狙う。 だが、とっさに石突きの部分に当たる柄で、セリックはそれを防いだ。 いつの間にか、両軍の歩兵は戦いをやめ、二人の戦いに息を呑んでいた。 暫く対峙した二人。 刹那、打撃音が二発。 一発は、木の音。 もう一発は、鈍い、まさに人体に当たった音だった。 エルムッドは駆けた。 作戦通りいけば、今はセリックが気張っているはずである。 エルムッドの作戦。 それは、『囮に見せかけた正面攻撃』に見せかけた、囮である。 即ち、250の歩兵は陽動である、とアドルフには見せかけておき、正面攻撃をする作戦。 さらにこれもまた見せかけであり、やはり本当の役割は囮、というものである。 この軍師顔負けの策戦は見事功を奏し、アドルフ率いる400の歩兵はセリックによって足止めされている。 「……シェルの旗を取るまで、持ってくれればいいが」 エルムッドは右手に剣を模した木刀を持ち、左手で後方の指揮を執った。 昔から乗馬に長けていたエルムッドは、腿の締め付けだけで馬に、自分の意思を伝えられるようになっているのである。 「……紡錘陣形、一気に突っ込むぞ」 シェルの陣まで後数百mに迫った時、エルムッドはそう言った。 騎兵の陣が、横列からエルムッドを頂点とした、三角形になる。 魚鱗の陣。 一年ほど前まで、デインガルドに留学していた際、シェル自身から教わった陣である。 しかし、これほど早く、この陣を使う機会に巡り合えるとは、当時は思っても居なかっただろう。 「見えた、牙門旗だ」 もはや、シェルの陣の牙門旗、いわゆる大将旗が肉眼ではっきりと見える位置まで迫っていた。 この大将旗を取られると、負けである。 エルムッドの牙門旗は、今はテレシスの歩兵50が、守っている手筈であった。 「……一気に、貫くぞ。殺.す気で、行け」 「了解っ」 エルムッドは、もはや後ろを振り返ることはなかった。 目指すは、ただシェルの牙門旗。 あの蒼い地の、チェック模様の旗。 もはやエルムッドは、それしか見えていなかった。 「前衛、大盾を前へ。中衛、楯の間より長槍を突き出し、迎撃態勢。後衛は、突破してきた敵の排除に努めよ!」 シェルの思わぬ事態であった。 思わぬ事態であったが、望んでいたことでもあった。 「一年でどれほど成長したのか、見せてもらうよ」 シェルは、手槍の長さの棒を構え、待っていた。 「シェイリル様、敵との距離、およそ数百mです! 衝突まで、見積もって三分!」 「報告、感謝する。引き続き、防御陣の構築を急げ」 「はっ」 報告の兵は、足早に去って行った。 シェルはそのまま目を閉じ、瞑想に入った。 すっと、潮が引くように、喧騒がシェルの周りから引いて行った。 最後に戦ったのは、何時だったか。 ああ、そうだ。 三ヶ月前の、叛徒討伐だ。 あの時は、アドルフの軍が活躍した。 俺は、何もできなかった。 あの時の無力感は、二度度味わいたくはない。 シェルは目を、見開いた。 喧騒が、シェルの周りに戻ってくる。 「シェイリル様、敵との距離、100mを切りました! 間もなく交戦に入ります!」 「俺も、出よう。俺だって、お前たちと戦いたいんだ」 「光栄ですが、シェイリル様。シェイリル様は、公爵子息に在らせられます。セプノンが、エルノーの中で戦いになるなど……」 「俺は今は、この軍の指揮官だ。つまり一兵士だよ。お前たちと、一緒だ」 シェルは薄く笑い、棒を持って後衛を抜け、中衛の位置にまで、出た。 「聞け、俺の兵たちよ!」 シェルの声が響く。 前に見える騎兵を見た。 もうすぐ先頭の顔が見えるほどに、近くなっている。 「俺は、今は兵士だ、お前たちと一緒に、戦う。だから、お前たちも、俺と一緒に戦え!」 その声の後、兵の歓声が響く。 ふと、先頭の騎兵の顔を見た。 エルムッド。 よく見知った、顔だった。 「来るぞ、お前たち! さあ、いざ、戦おう!」 同時に、騎兵と歩兵の先頭が、ぶつかり合った。 騎兵が数人、落馬した。 だが、エルムッドを含めた一部が、前衛と中衛を突破した。 エルムッドが、一直線にシェルの許まで来る。 「っらぁあぁああっ!」 シェルは、渾身の力で、棒を前に突いた。 何かに当たった。 手には確かに感触があった。 焼けるように首筋が痛い。 エルムッドに打たれたのか、兵に打たれたのか。 棒は、手から離すことはなかった。 空を見ていた。 瞼が重い。 眠くはない。 何かに引っ張られるように。 シェルの瞼が、閉じられた。 [[史無国 九]]へ

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