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史無国 七」(2009/09/24 (木) 20:40:35) の最新版変更点

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史無国 七 エルムッドは耳を疑った。 隣を見ると、セリックも口をあんぐりと開けている。 「……まさか、な」 「冗談じゃねぇぞ。アドルフ兄貴とシェル兄が相手、だと……?」 「……僕も、冗談と思いたかったんだけどね。いくら確認しても、答えは同じだったよ」 若くしてデインガルド太守となり、その手腕を如何なく発揮している公爵子息シェイリル。 素手で山に入り、三頭の熊を狩ったと言われる希代の武人アドレアノフ。 この二人率いる部隊と、模擬戦をやる事になったのである。 その知らせを持ってきたのは、軍師のそれを叩きこまれた、テレシスだった。 「俺たち300対500、か。これは、勝ち目が薄いねぇ……」 「……だな。ちょっとやそっとのことでは如何ともしがたい。特に、相手が相手だ」 三人は、唸ったり、頭を掻いたり、机を指で叩いたりして、悩んでいた。 それもそのはずである。 昔から三人の幼馴染で、かつ兄貴分であったシェルとアドルフ。 この二人に、三人は一度たりとも勝ったことがなかったのだ。 それも、遊び半分の勝負事も含めて、である。 「……テレシス、何かいい案はあるか?」 「一つ勝ち目が有るとすれば……地の利はこっちにある、と言う事かな。布陣する場所はこっちで決められるからね」 「罠とか、そういうのは仕掛けちゃいけねぇのか?」 「それはダメみたい。正々堂々の、兵のぶつかり合いが模擬戦の本質だからね」 テレシスが言う。 エルムッドは、ぽつりと呟いた。 「……いっそ、本当にぶつかるか」 「は?」 セリックの、間の抜けた声が上がり、消えた。 翌日。 トリエスト南の平地で、シェル率いるデインガルド軍500と、エルムッド率いる新設部隊300が相対した。 トリエスト公クォリアスをはじめとする、トリエスト軍の重鎮らが観戦に訪れていた。 「で、エルムッドよ」 「……なんだ?」 「昨日言ってた言葉の意味、教えてくれよ」 「……そのままだ」 「は?」 昨日と同じ、セリックの抜けた声が上がる。 テレシスも、少々呆然とした顔で見ていた。 「エルムッド、まさかとは思うけどね」 「……なんだ?」 「本当に、『ぶつかる』つもりかい?」 「……そう言っただろう?」 「……こいつ、阿呆だ」 思わずセリックが、呟いた。 「……まあ、どちらにせよ、負ける算段が大きい。だったら、正々堂々と、ぶつかろう」 「エルムッドらしいね……」 テレシスは、ため息をついた。 そして、手元にあった紙をすべて破り捨てた。 「おい、テレシス。それ、今日の作戦……」 「隊長がああ言ってる。だったら、これは無用の長物さ」 テレシスが、軽く微笑んだ。 銅鑼の音が、上がった。 遅れて、鬨の声が上がる。 「……さあ、始めようか」 「イース!」 「はい、軍師殿」 「貴方は、歩兵40を率い、前軍へ布陣してください。ダナン」 「ほい」 「貴方は歩兵30で左軍、ネアも歩兵30で右軍に布陣。宜しいですね?」 「了解さぁ!」 テレシスが、てきぱきと指示を出し、三兄弟は所定の位置に向かった。 「セリックは、歩兵100を率いて中軍に。僕は歩兵50で後軍に位置します。エルムッドは……」 「……騎兵50で遊撃、だろ?」 「分かってるね、エルムッド。では皆さん、今回の作戦は、無し! ただひたすら、前へ進んでください。以上!」 二度目の、銅鑼が鳴った。 戦いが、はじまった。 「鋒矢の陣、かな」 「なんだ、その『ほうし』ってのは」 「ああ、アドルフは、本読まないもんな」 「失礼な。洒落本ぐらいなら読むぜ?」 「いや、そんなんじゃなくてな……」 「とにかく、その『ほうし』ってのはなんだ?」 シェルは、やれやれと言った顔で懐から竹簡を一本、取り出した。 表には、『六韜』という、記号のような文字が書かれている。 「なんだそりゃ?」 「シルクロードのはるか東に、『唐』なる、リムノールに匹敵する巨大な国が有るらしい。 その国の、古代の兵法家が書いた、兵法書だ」 「ふうん、で、シェル、お前その国の言葉が読めるのか?」 「ある程度はね。アドルフも、サレム・ノティスの士官学校で習っただろ。『漢字』だったかな」 「……覚えが、ねぇな」 「……全く、お前ってやつは……」 と、話しているとき、二度目の銅鑼が鳴った。 シェルは言った。 「アドルフ。歩兵は任せたよ」 「400も、動かせるか?」 「この前の叛徒討伐じゃ、3000も動かしてたじゃないか……」 「そうか? なら、出来るな」 そう言うなり、アドルフは400を率いて出て行った。 手元には、歩兵100が残った。 シェルの役目は、後方からの支援と指示である。 なので、ここから動くことはなかった。 前を見ると、歩兵が250であろうか、突出している。 「陽動か、囮かな」 シェルは特に、何もしなかった。 陽動程度なら、アドルフに任せておいても大丈夫、という考えである。 「あれでも、とんでもない勇士だからな……」 今でも、熊を三頭かついで営舎に入ってきたことを思い出す。 それで息切れ一つしていなかったのだ。 化け物と言うしかあるまい。 「……ん?」 急に、圧力を感じた。 前方、歩兵250、進んでくる。 陽動である。 陽動であるはずである。 ぶつかった。 「……馬鹿、な」 アドルフが、押されている。 戦闘準備などしていなかったのだ、当然である。 「伝令! 少し下がれ、下がりながら、陣を整えよ!」 伝令が駆け去る。 シェルは、唇をかんだ。 「くそっ……味な真似、するじゃないか……」 シェルは、進もうとする足を抑え、ただひたすら大地を踏み続けるしか無かった。 [[史無国 八]]へ

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