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史無国 伍 一枚目の扉の向こう、もう一枚扉が有った。 それを開けると、中には煙草の煙が充満していた。 エルムッドはこの煙が嫌いではあったが、匂いは嫌いではなかった。 と、エルムッドが入ってきたのを見て、三人の男が立ち上がった。 その手には、木の棒を持っていたり、棍棒が握られていた。 「―――っりゃぁっ!」 立ち上がった男の中で、一番背の高い男が、エルムッドに打ちかかった。 しかし、男には隙が多く、素早くエルムッドは躱わすと、男の横っ腹に手刀を打ち込んだ。 絶息した男を横目に、エルムッドは隣にいた小柄な男の腕を取り、関節を極めたまま床へと叩きつける。 最後の男は、片手に棒を持ちながら、明らかに剣の型を取った。 エルムッドはそれを見て、顔色も変えずに体術の構えをとる。 数分立っただろうか。 絶息した男が息を吹き返した合図を皮切りに、男がエルムッドに打ちかかる。 エルムッドは、時には避け、時には腕で受け流していた。 が、次の瞬間、エルムッドは男の懐に滑り込み、鳩尾を突いた。 男はそのまま昏倒し、エルムッドはその男の背中に掌を当て、活を入れた。 「……相変わらず、これだな、ダナン」 「お前こそ……いつも通り……強すぎるぞ……ゴホッ」 ダナンと呼ばれた男は、咳をしながら立ち上がった。 「イース、ネア、ほら、立て。エルムッドが来たんだ、歓待せんといかんだろうが」 「ちょっとぐらい、休ませてくれたって良いじゃねぇか……」 「イースの言う通りだ、兄貴」 「お前らが、エルムッドの腕を見たいと言ったのが始まりだろうが。自業自得だ、ほら、早くしろ」 背の高い男はイース、小柄な男はネアというようだ。 二人はそそくさと酒場の奥の方へ消えた。 「にしても、久しぶりだな、エルムッド。二年振り、か?」 「そう、だな……デインガルドでの逗留が一年と半年ぐらいだったからな」 エルムッドは、円卓に座りながら言った。 ダナンもそれに続く。 暫く談話していると、イースとネアが料理と酒を運んできた。 「で、エルムッド。ここに来たってことは、何か用が有ったんだろ?」 「……ああ、そうだ」 「聞かせてくれ、エルムッド。込み入った話、だろうがな」 ダナンの目が変わった。 やるときはやる、そういう人間の目だった。 「……ダナン」 「おう」 「……300、俺についてくる気のある人間を、集められるか?」 「300? それだけか?」 「……?」 「お前の名前は、ここらじゃ有名だからな。強くて、気が良い。そういう人間には、人は集まるもんだ」 「……そんなもんか」 「で、何に使うんだ?」 ダナンが聞いた。 「……部隊新設することになったのでな、募兵だ」 「……は?」 「ちょっと、エルムッドさん? 俺ら、シビリアン(平民階級)だぜ? エルノー(兵士階級)じゃない。戦いには、出してもらえないんだ」 イースが立ちあがって言う。 リムノールの慣習では、シビリアンからは兵は採らないのである。 建国時、シビリアン出身の兵が軍需物資を盗んで逃げたのが、慣習の始まりだった。 それ以来、シビリアンは志願兵ですら、なる事は出来なくなった。 「……公爵が、良いと言った」 「公爵……? 公爵って、あのトリエスト公か?」 「そうだ。公爵が、俺に部隊を作れと言った。 俺は、お前らが兵になりたいのを知ってる。だからここへ来た」 「……本当に、俺らでいいのか?」 「……駄目なら来ない」 エルムッドは、きっぱりと言った。 エルムッド自身も、名も知らぬ連中よりかは、見知っている、ダナン達の方がずっと良かった。 「イース、ネア。聞いてたか?」 「もちろんさ!」 「俺達は、兄貴について行く。嫌とは言わさないぜ」 「お前らは、どうだ?」 ダナンが、周りに集まっていた連中に言う。 在る者は歓声を上げて応じ、在る者は人を集めると言って外に駆けて行った。 「エルムッド、これが、俺らの答えだ」 「……三日後までに、300人選別して、トリエストまでこい、ダナン」 「おうよ!」 エルムッドは、円卓から立ち上がった。 酒場から出る時、後ろから他の人間を取りまとめる、ダナンの声が聞こえた。 ヴァンディール邸の前に、ダナン、イース、ネア以下300名が並んだ。 兵装はまちまちで、剣を持っている者もいれば、狩り用の弓を携えている者もいる。 エルムッドは、彼らの前に立った。 「……これから三ヶ月、お前らを扱きに扱いて、戦えるようにする。と言っても、俺も新任の隊長だ。俺も、同じ調練を自分に課す。ともに、戦おう」 エルムッドが、そう言うと、歓声が上がった。 「よう、エル。これが俺達の兵か?」 少し遅れて、セリックがやってきた。 「……そうだ。セリックには歩兵調練をやって欲しい。俺は、騎兵50を選別して、鍛える」 「流石は、レイムッドさんの息子、か。ははっ、少しは物怖じしてると思ったが、そんな心配は杞憂だったな」 エルムッドは少し笑った。 「怖いさ」 「そうは見えねぇな、エル」 「……これでも、内心は結構震えてる。さっきの演説も、かなり怖かった。誰一人付いてこないかもしれん、ってな」 セリックは薄く笑う。 「武術に長け、知略にも通じる。しかも家系は、無爵とは言えトリエスト軍総帥の第一令息。 そんな人間が、他人に受け入れられないわけがないさ」 「……周りから見れば、そう見えるんだろうがな」 「ははっ、違いねぇ。俺だって、トリエスト軍総武術師範の第二令息なんてのは、重すぎるさ」 二人は、笑い合った。 その笑いは、歓声に溶け込み、やがて消えた。 「よっしゃ、お前ら、俺がこの隊の副長を務めるシャムロック・ティタルニアだ! お前らは……」 セリックが、兵を前に演説を始めた。 エルムッドは、空を見上げた。 そういえば、最近呆ける事がなくなっている。 あの丘にも足を運んでいなかった。 戦が近い。 そう思うだけで、不思議とエルムッドの心は満たされていた。
史無国 伍 一枚目の扉の向こう、もう一枚扉が有った。 それを開けると、中には煙草の煙が充満していた。 エルムッドはこの煙が嫌いではあったが、匂いは嫌いではなかった。 と、エルムッドが入ってきたのを見て、三人の男が立ち上がった。 その手には、木の棒を持っていたり、棍棒が握られていた。 「―――っりゃぁっ!」 立ち上がった男の中で、一番背の高い男が、エルムッドに打ちかかった。 しかし、男には隙が多く、素早くエルムッドは躱わすと、男の横っ腹に手刀を打ち込んだ。 絶息した男を横目に、エルムッドは隣にいた小柄な男の腕を取り、関節を極めたまま床へと叩きつける。 最後の男は、片手に棒を持ちながら、明らかに剣の型を取った。 エルムッドはそれを見て、顔色も変えずに体術の構えをとる。 数分立っただろうか。 絶息した男が息を吹き返した合図を皮切りに、男がエルムッドに打ちかかる。 エルムッドは、時には避け、時には腕で受け流していた。 が、次の瞬間、エルムッドは男の懐に滑り込み、鳩尾を突いた。 男はそのまま昏倒し、エルムッドはその男の背中に掌を当て、活を入れた。 「……相変わらず、これだな、ダナン」 「お前こそ……いつも通り……強すぎるぞ……ゴホッ」 ダナンと呼ばれた男は、咳をしながら立ち上がった。 「イース、ネア、ほら、立て。エルムッドが来たんだ、歓待せんといかんだろうが」 「ちょっとぐらい、休ませてくれたって良いじゃねぇか……」 「イースの言う通りだ、兄貴」 「お前らが、エルムッドの腕を見たいと言ったのが始まりだろうが。自業自得だ、ほら、早くしろ」 背の高い男はイース、小柄な男はネアというようだ。 二人はそそくさと酒場の奥の方へ消えた。 「にしても、久しぶりだな、エルムッド。二年振り、か?」 「そう、だな……デインガルドでの逗留が一年と半年ぐらいだったからな」 エルムッドは、円卓に座りながら言った。 ダナンもそれに続く。 暫く談話していると、イースとネアが料理と酒を運んできた。 「で、エルムッド。ここに来たってことは、何か用が有ったんだろ?」 「……ああ、そうだ」 「聞かせてくれ、エルムッド。込み入った話、だろうがな」 ダナンの目が変わった。 やるときはやる、そういう人間の目だった。 「……ダナン」 「おう」 「……300、俺についてくる気のある人間を、集められるか?」 「300? それだけか?」 「……?」 「お前の名前は、ここらじゃ有名だからな。強くて、気が良い。そういう人間には、人は集まるもんだ」 「……そんなもんか」 「で、何に使うんだ?」 ダナンが聞いた。 「……部隊新設することになったのでな、募兵だ」 「……は?」 「ちょっと、エルムッドさん? 俺ら、シビリアン(平民階級)だぜ? エルノー(兵士階級)じゃない。戦いには、出してもらえないんだ」 イースが立ちあがって言う。 リムノールの慣習では、シビリアンからは兵は採らないのである。 建国時、シビリアン出身の兵が軍需物資を盗んで逃げたのが、慣習の始まりだった。 それ以来、シビリアンは志願兵ですら、なる事は出来なくなった。 「……公爵が、良いと言った」 「公爵……? 公爵って、あのトリエスト公か?」 「そうだ。公爵が、俺に部隊を作れと言った。 俺は、お前らが兵になりたいのを知ってる。だからここへ来た」 「……本当に、俺らでいいのか?」 「……駄目なら来ない」 エルムッドは、きっぱりと言った。 エルムッド自身も、名も知らぬ連中よりかは、見知っている、ダナン達の方がずっと良かった。 「イース、ネア。聞いてたか?」 「もちろんさ!」 「俺達は、兄貴について行く。嫌とは言わさないぜ」 「お前らは、どうだ?」 ダナンが、周りに集まっていた連中に言う。 在る者は歓声を上げて応じ、在る者は人を集めると言って外に駆けて行った。 「エルムッド、これが、俺らの答えだ」 「……三日後までに、300人選別して、トリエストまでこい、ダナン」 「おうよ!」 エルムッドは、円卓から立ち上がった。 酒場から出る時、後ろから他の人間を取りまとめる、ダナンの声が聞こえた。 ヴァンディール邸の前に、ダナン、イース、ネア以下300名が並んだ。 兵装はまちまちで、剣を持っている者もいれば、狩り用の弓を携えている者もいる。 エルムッドは、彼らの前に立った。 「……これから三ヶ月、お前らを扱きに扱いて、戦えるようにする。と言っても、俺も新任の隊長だ。俺も、同じ調練を自分に課す。ともに、戦おう」 エルムッドが、そう言うと、歓声が上がった。 「よう、エル。これが俺達の兵か?」 少し遅れて、セリックがやってきた。 「……そうだ。セリックには歩兵調練をやって欲しい。俺は、騎兵50を選別して、鍛える」 「流石は、レイムッドさんの息子、か。ははっ、少しは物怖じしてると思ったが、そんな心配は杞憂だったな」 エルムッドは少し笑った。 「怖いさ」 「そうは見えねぇな、エル」 「……これでも、内心は結構震えてる。さっきの演説も、かなり怖かった。誰一人付いてこないかもしれん、ってな」 セリックは薄く笑う。 「武術に長け、知略にも通じる。しかも家系は、無爵とは言えトリエスト軍総帥の第一令息。 そんな人間が、他人に受け入れられないわけがないさ」 「……周りから見れば、そう見えるんだろうがな」 「ははっ、違いねぇ。俺だって、トリエスト軍総武術師範の第二令息なんてのは、重すぎるさ」 二人は、笑い合った。 その笑いは、歓声に溶け込み、やがて消えた。 「よっしゃ、お前ら、俺がこの隊の副長を務めるシャムロック・ティタルニアだ! お前らは……」 セリックが、兵を前に演説を始めた。 エルムッドは、空を見上げた。 そういえば、最近呆ける事がなくなっている。 あの丘にも足を運んでいなかった。 戦が近い。 そう思うだけで、不思議とエルムッドの心は満たされていた。 [[史無国 六]]へ

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