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その男は王宮の敷地の東のはずれ、一般には存在すら知られていないその 場所へ向かいひた走っていた。  国の極秘事項であるがゆえに、このことを知っている者はほんの一握りで あったが、今回の決定はその者達を驚かすには十分な出来事だった。 この国には『盾』と呼ばれる武人達がいる。皇族と一握りの国の重臣が所有 している暗殺者で、彼らの仕事は主人の警護及び、命令に応じて対象を拉致、 暗殺すること。 数十年前の帝位継承争いでは、彼らを使っての暗殺合戦が裏で繰り広げられ て いた。それを制し帝の座を勝ち取ったのが今の陽光(ユェグァン)帝だ。  今回男が向かっているのが、皇族の闇の部署によって、王宮のはずれに造 ら れた『盾』の養成施設である。これから新人の『盾』を迎えに行くのだ。  その新人が何を驚かせたかというと、その者が女であること、さらには 女の身で帝の第二皇子である星光(シングァン)皇子の盾になったというこ と だ。金龍(ジンロン)が何を考えているかはわからないが、ともかくその 者 は、盾の長老が認めるだけの実力を持っているということだ。武人として の十 分な実力を認めること、盾の名を与えることについては彼が一任されて いるた め、他の者が口を挟む余地は無い。  男は、目指す建物が近付いてくるのに気付いた。あと数分駆ければ到着す る だろう。彼自身、史上初の女の盾に、個人的に興味があった。どのように 戦う のかや選ばれた理由も気になったが、それ以上に、強いかどうかが非常 に気に なった。それを確かめるべく男は道中を急いだ。  しばらく駆けて、男は目的の場所にたどり着いた。どうみても古びた空き 家 にしか見えないが、この中にあるのだと長老は言っていた。  少し辺りを見回し、男は軒下に落ちていた10cm程度の長さの錆び付いた金 属 の棒を拾い上げ、教えられた通りに、腐ってぼろぼろの窓枠を叩いた。 『コツ、コツコツ、コツ、コツ』  しばらく何も起こらないかに思えたが、数秒後、押し殺した男の声が 聞こえた。「誰だ?」 男は答えた。「最長老より、皇子様の盾を迎えに行くよう仰せつかりた。」 「どちらの皇子様だ?」少し間を空け、男は答える。「星光(シングァン) 皇子様です。」 「貴様、名は何だ?」「樫(ジィェン)と申します。」  一連のやりとりが終り、扉の鍵が開く音がした。男は肩の力を抜き、誰に も見られていないか確認し、中に入った。  中は薄暗く、遠くで微かに蝋燭の明かりが揺れている。先ほどの男が彼の 方を振り向き、ついてくるよう合図した。 進むには階段を通っていくらしく、樫(ジィェン)はゆっくりと用心しなが ら 降りていった。 次第に明るくなっていき、自分の腕を掴んでいる男の顔が見えるように なった。 歳は40歳程度だろうか。口元にヒゲをたくわえ、典型的な大男という体系 だ。  突然階段が終り、廊下に出た。そのまままっすぐ廊下を渡り、大男は 突き当たりの部屋の扉を開けた。  中には女が一人立っていた。10代後半で鋭い目つき、身長は150を少し超え るといったところだろうか。一緒に来た大男が声をかけた。  「こいつだ。さぁ、連れて行け。」それを聞いて、樫(ジィェン)は鼻を 鳴らした。  「ご冗談を。私をからかわないでください。もしこいつがそうなら、猿に だ ってばれますよ。どう考えても気配が強すぎます。こいつ、女官宮の警護 兵でしょう。」  それを聞くと、大男は突然大きな声で笑い出した。「ふっはははは! さすが だな!いやぁすまん、これも必要手続きでな。気を悪くするな。」 そう言うと、部屋の中の女を追い払い、廊下に向かって手招きした。 「おい、入ってこい。」  その女が入ってきたとき、樫(ジィェン)はしなやかな柳の木を思い出し た。歳は20を少し超えたほどだろうか。短く切った黒い髪から細い三つ編み が 二本流れている。 黒い目は穏やかさをたたえ、身のこなしには全く無駄がない。 普通なら女官だと思い込みそうな身なりだが、下位であっても盾の一人で ある 彼には女が盾であることがわかった。「・・・・こいつか」  彼の呟きに、大男が答えた。「こいつ、なんてふうに呼ばない方がいい ぞ。 なにしろこの歳で既にあんたより上位の名を持っているからな。」  樫は女に問うた。「『名』を教えてくれ。」  「豹(バオ)」女は答えた。「蒼豹(ツァンバオ)だ。」
その男は王宮の敷地の東のはずれ、一般には存在すら知られていないその 場所へ向かいひた走っていた。  国の極秘事項であるがゆえに、このことを知っている者はほんの一握りで あったが、今回の決定はその者達を驚かすには十分な出来事だった。 この国には『盾』と呼ばれる武人達がいる。皇族と一握りの国の重臣が所有 している暗殺者で、彼らの仕事は主人の警護及び、命令に応じて対象を拉致、 暗殺すること。 数十年前の帝位継承争いでは、彼らを使っての暗殺合戦が裏で繰り広げられ て いた。それを制し帝の座を勝ち取ったのが今の陽光(ユェグァン)帝だ。  今回男が向かっているのが、皇族の闇の部署によって、王宮のはずれに造 ら れた『盾』の養成施設である。これから新人の『盾』を迎えに行くのだ。  その新人が何を驚かせたかというと、その者が女であること、さらには 女の身で帝の第二皇子である星光(シングァン)皇子の盾になったというこ と だ。金龍(ジンロン)が何を考えているかはわからないが、ともかくその 者 は、盾の長老が認めるだけの実力を持っているということだ。武人として の十 分な実力を認めること、盾の名を与えることについては彼が一任されて いるた め、他の者が口を挟む余地は無い。  男は、目指す建物が近付いてくるのに気付いた。あと数分駆ければ到着す る だろう。彼自身、史上初の女の盾に、個人的に興味があった。どのように 戦う のかや選ばれた理由も気になったが、それ以上に、強いかどうかが非常 に気に なった。それを確かめるべく男は道中を急いだ。  しばらく駆けて、男は目的の場所にたどり着いた。どうみても古びた空き 家 にしか見えないが、この中にあるのだと長老は言っていた。  少し辺りを見回し、男は軒下に落ちていた10cm程度の長さの錆び付いた金 属 の棒を拾い上げ、教えられた通りに、腐ってぼろぼろの窓枠を叩いた。 『コツ、コツコツ、コツ、コツ』  しばらく何も起こらないかに思えたが、数秒後、押し殺した男の声が 聞こえた。「誰だ?」 男は答えた。「最長老より、皇子様の盾を迎えに行くよう仰せつかりた。」 「どちらの皇子様だ?」少し間を空け、男は答える。「星光(シングァン) 皇子様です。」 「貴様、名は何だ?」「樫(ジィェン)と申します。」  一連のやりとりが終り、扉の鍵が開く音がした。男は肩の力を抜き、誰に も見られていないか確認し、中に入った。  中は薄暗く、遠くで微かに蝋燭の明かりが揺れている。先ほどの男が彼の 方を振り向き、ついてくるよう合図した。 進むには階段を通っていくらしく、樫(ジィェン)はゆっくりと用心しなが ら 降りていった。 次第に明るくなっていき、自分の腕を掴んでいる男の顔が見えるように なった。 歳は40歳程度だろうか。口元にヒゲをたくわえ、典型的な大男という体系 だ。  突然階段が終り、廊下に出た。そのまままっすぐ廊下を渡り、大男は 突き当たりの部屋の扉を開けた。  中には女が一人立っていた。10代後半で鋭い目つき、身長は150を少し超え るといったところだろうか。一緒に来た大男が声をかけた。  「こいつだ。さぁ、連れて行け。」それを聞いて、樫(ジィェン)は鼻を 鳴らした。  「ご冗談を。私をからかわないでください。もしこいつがそうなら、猿に だ ってばれますよ。どう考えても気配が強すぎます。こいつ、女官宮の警護 兵でしょう。」  それを聞くと、大男は突然大きな声で笑い出した。「ふっはははは! さすが だな!いやぁすまん、これも必要手続きでな。気を悪くするな。」 そう言うと、部屋の中の女を追い払い、廊下に向かって手招きした。 「おい、入ってこい。」  その女が入ってきたとき、樫(ジィェン)はしなやかな柳の木を思い出し た。歳は20を少し超えたほどだろうか。短く切った黒い髪から細い三つ編み が 二本流れている。 黒い目は穏やかさをたたえ、身のこなしには全く無駄がない。 普通なら女官だと思い込みそうな身なりだが、下位であっても盾の一人で ある 彼には女が盾であることがわかった。「・・・・こいつか」  彼の呟きに、大男が答えた。「こいつ、なんてふうに呼ばない方がいい ぞ。 なにしろこの歳で既にあんたより上位の名を持っているからな。」  樫は女に問うた。「『名』を教えてくれ。」  「豹(バオ)」女は答えた。「蒼豹(ツァンバオ)だ。」 NEXT>>[[2話]]

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