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サクラビト」(2009/04/02 (木) 16:33:35) の最新版変更点

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私は少女なのです。 唯の少女なのです。 そこら辺に居るような少女なのです。 一介の、普通の、平凡な――女子学生なのです。 だから此の物語の中で、私についてはあまり触れません。 触れたくもありません。 どこにそんな必要があるのでしょう。 誰も望まないことでしょうし、勿論私もそんなこと望みません。 注目されるのは、苦手ですから。 だから此れは――ある一人の青年が主人公の話なのです。 奇しくも語り部は私になってしまいますが、その点は嫌々でもいいので、御了承ください。 では始めます。 +++ それは三月中旬あたりの出来事。 学校から我が家に帰るために、私は川沿いを歩いていました。 風が吹くごとに、私の左側からピンク色の花びらが舞って来ます。 素直に綺麗だと思いました。 同時に邪魔だと思いました。 嗚呼、視界が狭くなる。 と、私は思いました。視界が狭くなると言っても、ほんの少しの差なのですけどね、仕方がない子ですよね、本当に、私は。 「ふふふ、こんなにも愛しいのになあ」 と突然、切なそうに声を漏らす彼が居ました。 鮮やかな和服を着た彼は、桜の木の枝を手で支えるように触っていました。 その人は例えるならば――大理石の微妙な透明感。変な比喩ですけど、そんな風なのでした。 「愛しいなあ、愛しいなあ――おや」 大理石の人がこちらを向きました。興味深そうに、私を下から上まで――まるで見定めるように、じろじろと見ました。 見るというよりも、観察する目だったような気がします。 一見すると、まさしくその人は不審者でした。しかし私は不思議と、嫌悪感や不信感と言った類の感情を、その時には持ち合わせていなかったように思います。 それはやはり――その人が、『その人』だったからでしょう。 「やあやあこんにちわ。木(ぼく)の名前は催馬楽(さいばら)。一応、桜人というものをやっているよ」 挨拶と自己紹介を突然された私は、次に何をすればいいのか一瞬分かりませんでした。 「あ、えっと、その、こんにちは……?」 逃げようなんて気持ちは、ありませんでした。 「うんうん、挨拶もきちんとできるね。木は嬉しいよ、君が自己紹介もしてくれたら、もっと嬉しいけどね、踊っちゃうかもしれないね」 踊ってもらったら困ります、私が恥ずかしくなってしまうからです。 なので私はフルネームでは答えませんでした。 「わ、私は……七紙(ななし)。七枚の紙と書いて、七紙」 「へえ、良い名前だね、七紙ちゃん」 彼は――いえ、催馬楽さんはニコリと気持ちよく笑って、 「木は――七紙ちゃんに伝えるべきことを伝えて、消えることにしようかな」 意味の分からないことを言いました。 私は今更ながら、此の人は危ない人だと、認識しましたが――しかし、やっぱり、逃げようなんて気持ちはありませんでした。 此処で逃げたら、後悔しそうだったから。 「木は花――特に桜をを愛でるのが好きなんだ。それが趣味でもあるし、職業でもあるし――使命でもある。だけど最近は、どういうわけか、ヒトがあまり花見を楽しまなくなって――あ、楽しむ心はあるよ、勿論。彼らには。だけどあまりにも、『桜を楽しむ』ヒトが居ないんだよ。ふふふ、これなんか特に、美人さんなのに」 催馬楽さんはさきほどまで触っていた枝を見て「ふう」と再び、溜息。 「だから桜は競争するんだ――私を見て、私を見て、そんな桜より、私を見て―― ――そうしないと、私の存在する意味が無いの、ってね」 催馬楽さんは身振り手振りで、一生懸命に私に全てを伝えるように、努力しているようでした。私もどこか、夢心地でした。想像世界に居るようでした。 「その結果、桜は早く咲くんだ。そして桜は――木が現れる前に散ってしまう。悲しいよね、苦しいよね、桜人って本当に。まあそんなところも小悪魔的で……ね?」 「……え、あ、まあ、はい」 ね? と聞かれても、私は桜人ではないので分かりませんよ、催馬楽さん。 「だから、さ」 催馬楽さんは言います。深刻そうな顔だったので、私も真面目に聞こうと懸命でした。 「そんな桜を、君一人だけでもいいから、見て欲しい。見て、褒めて欲しい」 美しいね、艶やかしいね、綺麗だね、色っぽいね、可愛いね……。 どれもこれも――お世辞にしか聞こえないようなものしか、私には思い浮かびませんでした。何て私は頭が悪いのでしょう。語彙力が壊滅的状況に陥っています。 「何て褒めれば、最適でしょうか」 私は催馬楽さんに言いました。 「七紙ちゃん……」 すると、催馬楽さんは泣きそうな顔で、私の目を見ました。どうしてだか、分かりませんでした。私がそれでおどおどしていると、催馬楽さんは「ふふふ」と笑いました。 少年の様な、笑い方でした。 「いいかい、七紙ちゃん、こう言えばいいよ――――」 +++ 思い出に浸っていると、隣に座るお母さんが言いました。 「桜が綺麗ね」 私にはそれが棒読みに聞こえました。一年前の私ならきっと、何も感じなかったでしょう。 「うん。そうだね」と、相槌を打っておきます。 周りを見渡します。 ほとんどのシートが飲み会のためにひかれていました。人はそこそこ沢山居ました。 此の中で私だけが桜の心の価値と意思を知っているのだと思うと――少しだけ優越感が沸きました。 なので、 私は心の中で唱えます。 愛しいですね。

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