「承のシッソウ」(2009/02/14 (土) 15:14:37) の最新版変更点
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<p>男はまだ走っていた。<br />
だが、一行として住宅街から抜けることができなかった。<br /><br />
息が白い。空気が澄んだ・・むしろ沈んでしまった夜空が星を一杯に散りばめられていた。<br /><br />
走るのに少し余裕を見つけてしまったのか、男は夜空を見上げた。それはトウキョウとは思えないような夜空だった。<br /><br />
「美しい夜空だ。」男はそう呟いてしまった。<br />
だんだん足が止まっていくのを感じた。だが、止めようとは思わない。無気力に体が夜空に持っていかれてしまったのだ。<br /><br />
そう、空さえも誘惑の悪魔と化していたのだ。<br /><br />
嗚呼、このまま終わってしまうのだろうか・・そう心が囃す・・だが、冷え切ってしまった体が動こうとしない。さっきまで滾らせた汗が冷えに冷えた。寒い。美しい。疲れた・・重く圧し掛かる無常感・・<br /><br />
だが突如！！<br /><br />
「ゥヒィッ！アヒアィ～ァ～～！！」<br /><br />
謎の悲鳴が聞こえた！！男はビクリと震え上がった。<br /><br />
後ろを向くと、一人の電柱によしかかった『酔っ払い』がいた。<br /><br />
男は野良犬が立小便しているような目で酔っ払いを見た。<br /><br />
酔っ払いはとうとう精神破損してしまったのか、倒れた。<br />
咄嗟に男は酔っ払いに肩を貸した。<br /><br />
電柱までの足、２，３歩を動かしたのは男が困ってる人を放っておけない性格からだった。<br /><br />
女がただの平サラである男を好きになった理由はそこにあった。故に男は首をかしげ、愛した女がよっぽどのことがない限り振るはずがない。そう思っていた。<br /><br />
やがて酔っ払いは酔っ払いらしいシャックリをして、<br />
「兄ちゃん・・ヒヒ・・今日の空はきれいだねえ・・やがて明けようって言うのに、まだ夜空が太陽を制している。」<br />
男は妙に意味深なことを言った後、突拍子もなくさらに甲高く叫んだ。<br />
「知ってるかぁ？年末までに３つの願い事をやっておくと神さんが、イィイヒィィ～～事してくれるんだと。。」<br />
あまりに欠落した言葉たちの寄せ集めだったが、男はその言葉に似たことを聞いたことがある。<br /><br /><br />
それは女との結婚式の最中だった。<br />
男は教会で女の着替えたウェンディングドレスに舌鼓していた。男にとっては良い意味だった。得に何の問題もなく、家族の承認を得て、そして、暖簾
に手押しの幸せな未来がやってくるのだ。だが、それが現実でも一瞬一瞬が男にとっての語りつくせない幸せとは感動、楽しみ、次期に実る新たな生命・・数え
切れないものばかり・・コレもその一瞬だった。<br /><br />
教会の表口に誰でもどうぞ？っと言うように雑誌のように置いてある、【聖書】が目に留まった。<br />
その中の第何章かは忘れたが、ペラペラめくりその一文に、<br /><br />
「天国に行き、生き返るときは神に３つの願い事を言う。それが生まれ変わって記憶のない身体で叶えれば、もう一度、生まれ変わる・・・」と。<br /><br /><br />
「そうか・・」<br />
男は一人夜が明けかけた空に呟いた。<br />
「俺は今知ったんだ・・いや、思い出したんだ。俺は３つ願いを叶える！」<br />
酔っ払いはまだ起きていた。黙ってその独り言を聞き終えたのか、<br />
「んじゃぁ、何かしらねぇが・・もう正月だけど・・まだぁ、、俺には間に合う気がするんだわぁ・・頑張れよぉ・・う～っひ！」<br />
最後に８秒にも及ぶゲップを浴びせ、酔っ払いは去った。酔っ払いが去った背からサンシャインが追いかけていった。<br /><br />
「もう、時間は過ぎてる・・でも、やらなければ！」<br /><br />
男にまた火がついた。何かさっきとは違う火だ。<br />
靴はまだボロボロじゃない。息も出来る。眼鏡はもうこの際捨てよう。ネクタイも上着も要らない！<br /><br />
太陽を見つめ、男は光の中に足を伸ばした。<br /><br />
男は走った。<br />
走り抜けた。小さな小道、デコボコ小砂利道、倒したゴミ箱、群がる烏、猫踏んじゃった。<br /><br />
男は感じてきた。男は『何とかハイ』と呼ばれる状態になったのだ。気持ちよくて仕方がない。正直名前などどうでも良い！疲れなど何処吹く風、男は無敵だ！<br /><br />
そして、とうとう住宅街を抜けた。<br /><br />
そこにはタクシーが一台止まっていた。<br />
ドライバーが暇そうにしてる。すると、男にドライバーは気付いたのか、<br />
「乗ってくかい？」<br />
と一言。<br /><br />
これに乗れば男は無事に着ける。<br />
だが、男は自分の中でそれを否定した。何とかハイが胸を打つのか、それとも別のものか・・男は利益である、理性を尊重し、<br />
「はい。」<br />
と言ってしまった。<br />
「乗りなぁ。」<br />
ドライバーはスイッチを押し、助手席のドアを開けた。<br /><br />
助手席からは、臭いがした。あの酔っ払いの臭いだ！<br />
「やっぱ臭いますかい？前の人が中国人か！って言うぐれぃ、良くゲップをしたもんで。」<br /><br />
男はドアを閉めた。<br />
「止めるんですかい？」<br />
ドライバーは少しがっかりした顔で男を見た。<br />
「申し訳ございませんが・・」<br />
「やっぱ、臭いもんナァ・・いい！いい！すまんって！」<br />
ドライバーは身振り手振りでそんな事を言った。慣れているのか良く作られた作り笑いだった。<br /><br />
「私は走ります。それに意味があるのだと思うのです！」<br />
酔っ払いは天使だった・・<br />
男が女に真実を尋ねること、娘たちと三人で御節を食べること、そして走りぬくこと。それが男の願いだったのだ！<br /><br /><br />
男は最後のクラウチング体勢を切って走り始めた。</p>
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