何日経っただろうか
神浦琥珀言う所の『食事と排泄』というのを少なくとも30セットは繰り返したのではないか
その度にエルギールかニビルが代わる代わる来ていた様な気がするが、何を言っていたかはさっぱりわからなかった
灰色の時間が流れていた
最早マスターの事を夢に見る事すら無くなっていた
マスターを失った神姫は壊れてしまう事もあるという
私はもう
壊れているのかも知れなかった
神浦琥珀言う所の『食事と排泄』というのを少なくとも30セットは繰り返したのではないか
その度にエルギールかニビルが代わる代わる来ていた様な気がするが、何を言っていたかはさっぱりわからなかった
灰色の時間が流れていた
最早マスターの事を夢に見る事すら無くなっていた
マスターを失った神姫は壊れてしまう事もあるという
私はもう
壊れているのかも知れなかった
「アクロの丘」
華墨の扱いは奇妙だった
専門のクリニックがこんな片田舎にあった事にも驚いたが、最も異質だったのは、華墨の身にあの準決勝で起きた事が、まるきり隠蔽されてしまった事だった
当事者のランカー達にすら、何も知らされず、準決勝の結果は後日発表という事になったらしい
不満を抱く者も居たが、大概のランカーは最早今回の闘いに対する興味を失っていた
華墨とニビル、そしてヌルの三人の研究に必要な資料はもう充分得られたからだ
華墨の健闘は、ランカー達の油断と慢心を一掃し、クイントスの演説で闘志を刺激された者達は、『今自分が体験出来る闘い』をより良いものとすべく、戦闘に没頭し始めていた
鳳凰杯への参加を表明する者も続出していた
『モア』は帰って来た
それでも、「バニシングフォー」は「バニシングファイブ」になった
佐鳴武士が行方不明になったからである
『クイントス』は何も言わなかった
彼女の行為は本来、殺人以外の何者でもない
だが、現場で『ヌル』の口を封じる事も、悪びれる事もなく、平気な顔で川原正紀のもとに戻り、鳳凰杯に向けてのスペシャルトレーニングに没頭し始めていた
その態度に、ヌル自身も、奇妙な歯車の「ずれ」を感じながらも、自分の中に湧き上がるどす黒い感情に沈み、思考が麻痺していた
最近華墨にニビルが掛かりきりなのが、彼女にとっては全く気に喰わなかったのだ
華墨が壊れず、あまつさえ構造的に武装神姫ではあり得ない何者かになってしまった事を知っているのは、神浦琥珀と『エルギール』そして『ニビル』の三人だけだった
専門のクリニックがこんな片田舎にあった事にも驚いたが、最も異質だったのは、華墨の身にあの準決勝で起きた事が、まるきり隠蔽されてしまった事だった
当事者のランカー達にすら、何も知らされず、準決勝の結果は後日発表という事になったらしい
不満を抱く者も居たが、大概のランカーは最早今回の闘いに対する興味を失っていた
華墨とニビル、そしてヌルの三人の研究に必要な資料はもう充分得られたからだ
華墨の健闘は、ランカー達の油断と慢心を一掃し、クイントスの演説で闘志を刺激された者達は、『今自分が体験出来る闘い』をより良いものとすべく、戦闘に没頭し始めていた
鳳凰杯への参加を表明する者も続出していた
『モア』は帰って来た
それでも、「バニシングフォー」は「バニシングファイブ」になった
佐鳴武士が行方不明になったからである
『クイントス』は何も言わなかった
彼女の行為は本来、殺人以外の何者でもない
だが、現場で『ヌル』の口を封じる事も、悪びれる事もなく、平気な顔で川原正紀のもとに戻り、鳳凰杯に向けてのスペシャルトレーニングに没頭し始めていた
その態度に、ヌル自身も、奇妙な歯車の「ずれ」を感じながらも、自分の中に湧き上がるどす黒い感情に沈み、思考が麻痺していた
最近華墨にニビルが掛かりきりなのが、彼女にとっては全く気に喰わなかったのだ
華墨が壊れず、あまつさえ構造的に武装神姫ではあり得ない何者かになってしまった事を知っているのは、神浦琥珀と『エルギール』そして『ニビル』の三人だけだった
(・・・人間一人が消えてしまっても何も言わせず、警察の捜査もかわしたのか・・・やはり尋常でない何かが動いている)
琥珀は監視の目を感じていた
無論彼女はスパイでも無ければ、そういった事に対する訓練を受けた訳ではない
が、今回、鳳凰杯への出展に際して奇妙な圧力が掛かってきたのは判った
皆川彰人が随伴すると言うのも、明らかに彼女の外出を警戒しての事だった
(それでいて華墨のオーナーには居てもらわないと困るみたいだな・・・やっぱり華墨のあの変化には何かがあるんだ)
琥珀は手の中に硬質の刃物を握り締めた
準決勝の後日、クイントスが武器の注文に来た時に、川原正紀から渡されたものだった
正紀は明らかに、それに対して何かを知っていた
なんとなくだが、その時の彼の様子から琥珀は、これから帰れぬ戦いに望む悲壮な決意を見出していた
(今の僕に出来る事・・・)
琥珀は工房に篭る事を決めた
武士の家から二匹の愉快な同居人が消えたのは、その同日であった
琥珀は監視の目を感じていた
無論彼女はスパイでも無ければ、そういった事に対する訓練を受けた訳ではない
が、今回、鳳凰杯への出展に際して奇妙な圧力が掛かってきたのは判った
皆川彰人が随伴すると言うのも、明らかに彼女の外出を警戒しての事だった
(それでいて華墨のオーナーには居てもらわないと困るみたいだな・・・やっぱり華墨のあの変化には何かがあるんだ)
琥珀は手の中に硬質の刃物を握り締めた
準決勝の後日、クイントスが武器の注文に来た時に、川原正紀から渡されたものだった
正紀は明らかに、それに対して何かを知っていた
なんとなくだが、その時の彼の様子から琥珀は、これから帰れぬ戦いに望む悲壮な決意を見出していた
(今の僕に出来る事・・・)
琥珀は工房に篭る事を決めた
武士の家から二匹の愉快な同居人が消えたのは、その同日であった
「・・・またあいつの所に行くの?」
「そうよ」
「姉さま!あいつは病院で、姉さまはぴんぴんしてる!あの勝負は姉さまが勝ったで良いじゃない!あいつに拘るのはもうやめて!!」
「!!」
「・・・御免・・・聞き分けなくて御免・・・でも姉さま」
黙ってヌルを抱きしめるニビル
「謝るのは私の方・・・浮気性で御免なさい・・・でも」
「私もすっきりしないのは厭なの・・・お願いヌル。華墨と闘う為に、もう少し私の我侭を許して」
ヌルはこの時、ニビルを置いて鳳凰杯に付いて行く事を決めた
「そうよ」
「姉さま!あいつは病院で、姉さまはぴんぴんしてる!あの勝負は姉さまが勝ったで良いじゃない!あいつに拘るのはもうやめて!!」
「!!」
「・・・御免・・・聞き分けなくて御免・・・でも姉さま」
黙ってヌルを抱きしめるニビル
「謝るのは私の方・・・浮気性で御免なさい・・・でも」
「私もすっきりしないのは厭なの・・・お願いヌル。華墨と闘う為に、もう少し私の我侭を許して」
ヌルはこの時、ニビルを置いて鳳凰杯に付いて行く事を決めた
風には春の香りが濃厚だ
そんなある日に、ニビルが私の元へやってきていた
最近エルギールは来ない
「まだ、私と闘ってはくれないの?」
ここ数日繰り返された問い
それに対する私の答えは常に一つだった
「もう良いんだ・・・私にはもう闘う理由が無い・・・」
ニビルは、ニビルには闘う理由があるようだった
ヌルはニビルへの愛の為、ホークウインドは自分の可能性を試す為、ウインダムは自分の理想に近付く為
そしてクイントス・・・彼女にも
ニビルは怒らなかった
代わりに、「うそつき」とだけ呟いて、テレビの電源を入れた
そこには、十六人の武装神姫とそのオーナーが映し出され、画面下にはそれぞれの名前が表示されていた
「・・・グループA優出、『ミュリエル』。グループB、『レイア』。グループC、『ミチル』。グループD、『クイントス』。グループE、『ミカエル』。グループF、『燐』。グループG、『ハンゾー』。グループH、『ロッテ』。グループI、『花乃』。グループJ、『弁慶』。グループK、『ジル』。グループL、『エル』。グループM、『ルシフェル』。グループN、『ウインダム』。グループO、『アーサー』。グループP、『リュミエ』・・・か」
発表された決勝戦進出神姫の名を読んで、私は興奮と嫉妬、羨望と渇望を覚えていた
『れでぃ~~すえんどじぇんとるめん!!ようこそ盛大なる戦姫の祭りへ』
『さて皆さん、今ここに集いしは過酷な試練を超えた十六組の小さな姫とそのパートナー達であります。まずは苦難の道を勝ち抜いた彼らに賞賛の言葉を送りたいと思います…』
どっと沸く会場・・・もしかしたら私もあそこに居られたかも知れない・・・という想いが胸を締め付ける
順番に表示されていく優出神姫とそのマスターの顔写真
その中に『クイントス』『ウインダム』を見つけた時に、私は思わず跳ね上がった
「・・・っ!!」
だが、いかなる感情も仮定も、体を蝕むこの苦痛の前には無意味だった
『しかし、彼ら彼女らに待ち構えるは今までよりもさらに厳しい王者への道。己の名を広き世界へ轟かせる勝鬨を上げるものは誰なのか、しかと彼女らの放つ熱き輝きを目に焼き付けて欲しい。諸君に『五色の翼の杯』……聖杯の加護があらんことを……』
結局私は、医療クレイドルに身を横たえ、歯軋りしながらテレビで闘いを見守るしかないのだった・・・
『それでは皆さんご一緒に!! 武装神姫バトル! れでぃ~~~~っ……』
「やめてくれ!!」
乱暴に電源を落とす
ニビルは無表情だった
「何故?闘う理由が無いなら辛くなど無いでしょう?」
「私は・・・っ!!」
「そうやって壊れたフリをし続けるのが貴女のマスターの願いなの?」
「お前に何が判るッ!!」
そんなある日に、ニビルが私の元へやってきていた
最近エルギールは来ない
「まだ、私と闘ってはくれないの?」
ここ数日繰り返された問い
それに対する私の答えは常に一つだった
「もう良いんだ・・・私にはもう闘う理由が無い・・・」
ニビルは、ニビルには闘う理由があるようだった
ヌルはニビルへの愛の為、ホークウインドは自分の可能性を試す為、ウインダムは自分の理想に近付く為
そしてクイントス・・・彼女にも
ニビルは怒らなかった
代わりに、「うそつき」とだけ呟いて、テレビの電源を入れた
そこには、十六人の武装神姫とそのオーナーが映し出され、画面下にはそれぞれの名前が表示されていた
「・・・グループA優出、『ミュリエル』。グループB、『レイア』。グループC、『ミチル』。グループD、『クイントス』。グループE、『ミカエル』。グループF、『燐』。グループG、『ハンゾー』。グループH、『ロッテ』。グループI、『花乃』。グループJ、『弁慶』。グループK、『ジル』。グループL、『エル』。グループM、『ルシフェル』。グループN、『ウインダム』。グループO、『アーサー』。グループP、『リュミエ』・・・か」
発表された決勝戦進出神姫の名を読んで、私は興奮と嫉妬、羨望と渇望を覚えていた
『れでぃ~~すえんどじぇんとるめん!!ようこそ盛大なる戦姫の祭りへ』
『さて皆さん、今ここに集いしは過酷な試練を超えた十六組の小さな姫とそのパートナー達であります。まずは苦難の道を勝ち抜いた彼らに賞賛の言葉を送りたいと思います…』
どっと沸く会場・・・もしかしたら私もあそこに居られたかも知れない・・・という想いが胸を締め付ける
順番に表示されていく優出神姫とそのマスターの顔写真
その中に『クイントス』『ウインダム』を見つけた時に、私は思わず跳ね上がった
「・・・っ!!」
だが、いかなる感情も仮定も、体を蝕むこの苦痛の前には無意味だった
『しかし、彼ら彼女らに待ち構えるは今までよりもさらに厳しい王者への道。己の名を広き世界へ轟かせる勝鬨を上げるものは誰なのか、しかと彼女らの放つ熱き輝きを目に焼き付けて欲しい。諸君に『五色の翼の杯』……聖杯の加護があらんことを……』
結局私は、医療クレイドルに身を横たえ、歯軋りしながらテレビで闘いを見守るしかないのだった・・・
『それでは皆さんご一緒に!! 武装神姫バトル! れでぃ~~~~っ……』
「やめてくれ!!」
乱暴に電源を落とす
ニビルは無表情だった
「何故?闘う理由が無いなら辛くなど無いでしょう?」
「私は・・・っ!!」
「そうやって壊れたフリをし続けるのが貴女のマスターの願いなの?」
「お前に何が判るッ!!」
「貴女が闘志を失って無い事位判るわよォ!!!」
恐ろしい程の絶叫
叫んだ後、ニビルは半分泣き顔だった
「待ってるから・・・」
古風な
本当に古風な手紙を残して、彼女は出て行った
ラブレターじみた可愛い入れ物に入ったそれは
案の定筆書きの『果たし状』だった
至る所の字が間違いまくって、とても読みづらかった
叫んだ後、ニビルは半分泣き顔だった
「待ってるから・・・」
古風な
本当に古風な手紙を残して、彼女は出て行った
ラブレターじみた可愛い入れ物に入ったそれは
案の定筆書きの『果たし状』だった
至る所の字が間違いまくって、とても読みづらかった
「・・・私は・・・」
ふたりだけの鳳凰杯をしましょう
わたしとあなた
ふたりだけの
わたしとあなた
ふたりだけの
自分がこういう行動を取る事を、ニビルは考えた事も無かった
自分が華墨の事を気に掛ける程に、華墨が自分の事を気に掛けていないという思いがあった
また、ヌルに指摘されるまで、華墨の事を自分が意識しているという自覚すらしていなかった
だが今、こうして丘の上で華墨を待っている
それは華墨の為を思っての行動なのか、自分の為なのか、ニビルには判別しかねた
・・・ニビルは知らないが、クイントスのそれと同じく、『ギガンティック』に対する拘りでないとする保障さえなかった・・・
だが、そういう動機が曖昧な行動を自分が取れる事自体が、ある意味で誇らしかった
自分はただの機械的な知能ではないと思えるからだ
華墨がクイントスの魔性に捕まって、闘う機械になるのは厭だった
だからといって、闘えない華墨も厭だった
来て欲しかった
(かつて私に、闘う事を宣言した時の様に、闘志を漲らせて、もう一度私の前に立ちなさい華墨!せめてあともう一度・・・!!)
砂埃を巻き上げる風に、マントがはためく
腰に差した拳銃はダブルアクションのリボルバー・・・いつでも抜き放ち、発砲する事は出来る
(来て、来て、来て来て来て・・・華墨!!)
紅い・・・
甲冑姿が剣を履いて現れる
草もまばらなむき出しの地面に
その姿は異様に映えた
「・・・待たせたな・・・装備を探すのに手間取った」
ニビルは感情を顔に表さなかった
襟が口元を隠す・・・同じ風で、華墨のポニーテールも流れた
「始めようか・・・私達の勝負を」
今ようやく
二人の戦いは幕を開けた・・・・・・!
自分が華墨の事を気に掛ける程に、華墨が自分の事を気に掛けていないという思いがあった
また、ヌルに指摘されるまで、華墨の事を自分が意識しているという自覚すらしていなかった
だが今、こうして丘の上で華墨を待っている
それは華墨の為を思っての行動なのか、自分の為なのか、ニビルには判別しかねた
・・・ニビルは知らないが、クイントスのそれと同じく、『ギガンティック』に対する拘りでないとする保障さえなかった・・・
だが、そういう動機が曖昧な行動を自分が取れる事自体が、ある意味で誇らしかった
自分はただの機械的な知能ではないと思えるからだ
華墨がクイントスの魔性に捕まって、闘う機械になるのは厭だった
だからといって、闘えない華墨も厭だった
来て欲しかった
(かつて私に、闘う事を宣言した時の様に、闘志を漲らせて、もう一度私の前に立ちなさい華墨!せめてあともう一度・・・!!)
砂埃を巻き上げる風に、マントがはためく
腰に差した拳銃はダブルアクションのリボルバー・・・いつでも抜き放ち、発砲する事は出来る
(来て、来て、来て来て来て・・・華墨!!)
紅い・・・
甲冑姿が剣を履いて現れる
草もまばらなむき出しの地面に
その姿は異様に映えた
「・・・待たせたな・・・装備を探すのに手間取った」
ニビルは感情を顔に表さなかった
襟が口元を隠す・・・同じ風で、華墨のポニーテールも流れた
「始めようか・・・私達の勝負を」
今ようやく
二人の戦いは幕を開けた・・・・・・!