幕間ショートショート「背負う御旗」
響き吹き抜けるが如き一迅に、どうと倒れ伏す音が重なる。
倒した敵が消えていく姿に目をくれず、鎧を差し込む月明かりに照らし、彼女は為虎添翼を鞘に収めた。
飄々と抜ける風の音。その面を上げればざわざわと、闇に溶け込む草の声。
篝火にぼっと火が燈り、周囲の闇に更に濃い、闇色の影を落とし込んだ。
倒した敵が消えていく姿に目をくれず、鎧を差し込む月明かりに照らし、彼女は為虎添翼を鞘に収めた。
飄々と抜ける風の音。その面を上げればざわざわと、闇に溶け込む草の声。
篝火にぼっと火が燈り、周囲の闇に更に濃い、闇色の影を落とし込んだ。
火が照らすは紅鎧。髑髏の面を諸共に。黄金色に輝く鍬形が、灯の色をただ照り返す。喉輪を引き下げ面頬を外し、新たな敵を呼ぶであろう、その篝火をしかし消そうともせず。その涼やかな黒眼と横顔を白と黒とに染め上げる。
近場にある岩に腰を下ろし、目を瞑り草音に耳を傾ける。
ただ揺れていた草々が一斉に口を閉じ、新たな気配の侵入を呼ぶ蠢きへと声を変えた。
近場にある岩に腰を下ろし、目を瞑り草音に耳を傾ける。
ただ揺れていた草々が一斉に口を閉じ、新たな気配の侵入を呼ぶ蠢きへと声を変えた。
何が来たか。
彼女はそのままの姿勢で背負う破邪顕正に手をかける。脇に抱えて目をこらすが、灯が作る影は夜の闇より遥かに濃密で光そのものを吸い、塗り潰す。
否、何が来ようが構うまい。
その細い目を流し向け、槍を引き絞り投げつける。ごうっと音を立てながら、槍は篝火台を薙ぎ倒し、その先の木々の幹に突き刺さった。
揺れる樹とその葉々。ぎぃぎぃと耳障りな声を上げ、一斉に逃げ飛ぶ夜目利かぬ鳥共。彼女は傍らに置かれた面を拾い上げ、照らされた精悍な瞳を自ら隠した。
柄に手をやり一度指で絞る。足を踏みて、じゃりっと鳴りしは黒土か。もしくは朱雀の羽色の臑当か?
火の粉が散り上がる闇の中。溶け出すように、その姿が浮かび上がった。
闇色の甲冑に身を包み、巨大な脚と腕の異形。異形そのものを影として、生まれ出でたは悪魔の姿。その四を数える腕それぞれに剣を有し、照らし上げるはぎらぎらと、輝く刃も影の中。
それでも一種鮮やかな、その色彩無き色合いは見えるがように。
揺れる樹とその葉々。ぎぃぎぃと耳障りな声を上げ、一斉に逃げ飛ぶ夜目利かぬ鳥共。彼女は傍らに置かれた面を拾い上げ、照らされた精悍な瞳を自ら隠した。
柄に手をやり一度指で絞る。足を踏みて、じゃりっと鳴りしは黒土か。もしくは朱雀の羽色の臑当か?
火の粉が散り上がる闇の中。溶け出すように、その姿が浮かび上がった。
闇色の甲冑に身を包み、巨大な脚と腕の異形。異形そのものを影として、生まれ出でたは悪魔の姿。その四を数える腕それぞれに剣を有し、照らし上げるはぎらぎらと、輝く刃も影の中。
それでも一種鮮やかな、その色彩無き色合いは見えるがように。
相手にとって不足無し。
刀が白銀色の光を散らし、抜き放たれる。
びょうっと風が吹き抜け、金の火の粉を舞い上げた。
びょうっと風が吹き抜け、金の火の粉を舞い上げた。
して、それで折れるか?
巨大な脚で地を蹴り上げ、ぐねりと曲がった剣刃を振りかざし、悪魔が狂気を声に込め襲い掛かる。
火の粉の光、蛍を思わせるその灯の欠片が髑髏の面を僅かに焦がす。流麗なる瞳はただ己が信ずる物を見つめ、眼前の悪魔のその先に視線を向けているかのように。
火の粉の光、蛍を思わせるその灯の欠片が髑髏の面を僅かに焦がす。流麗なる瞳はただ己が信ずる物を見つめ、眼前の悪魔のその先に視線を向けているかのように。
月下に舞いし白刃一閃。切り払いの轟音が、幾度となく闇を揺らす。
振るう剣は四と一。手数で勝る悪魔の剣が、真紅の鎧に刃を打ち付ける。だが彼女は退く事無く。その卓越した剣捌きにて致命傷を全て受け流す。
振るう剣は四と一。手数で勝る悪魔の剣が、真紅の鎧に刃を打ち付ける。だが彼女は退く事無く。その卓越した剣捌きにて致命傷を全て受け流す。
その程度では折る事は出来ぬ、我が旗を。我が背負いしこの旗を。
敗れる事を恐れはしない。
退く事こそが、その旗を。それそのものを折る事と知れ。
弾け飛ばされた面。勝利を確信した悪魔。そこに生まれた刹那の隙。かっと見開いた眼に敵は気付く暇さえ無く。左の逆手で抜き放った怨徹骨髄の一撃は、逆袈裟に悪魔の胴を薙ぎ斬った。
信じられぬといった顔のまま、消えゆく悪魔の姿を見届け、彼女は舞い散った火の粉の中。その傷ついた鎧を照らし上げていた。
退く事こそが、その旗を。それそのものを折る事と知れ。
弾け飛ばされた面。勝利を確信した悪魔。そこに生まれた刹那の隙。かっと見開いた眼に敵は気付く暇さえ無く。左の逆手で抜き放った怨徹骨髄の一撃は、逆袈裟に悪魔の胴を薙ぎ斬った。
信じられぬといった顔のまま、消えゆく悪魔の姿を見届け、彼女は舞い散った火の粉の中。その傷ついた鎧を照らし上げていた。
顔を上げる。闇がとうとうと支配する月夜は未だ明ける気配はない。
夜が続く限り、尚も敵は彼女に襲い掛かるであろう。今もまた、新たな敵の気配が影となりて蠢く。
彼女はゆっくりと。その新たな敵に向き直った。
夜が続く限り、尚も敵は彼女に襲い掛かるであろう。今もまた、新たな敵の気配が影となりて蠢く。
彼女はゆっくりと。その新たな敵に向き直った。
推して参る!
と高らかに、響く声さえ、ただ凛と。
振るう剣戟無双の極み。真紅の鎧に身を包み、死地に誘う髑髏の面を傍らに。
振るう剣戟無双の極み。真紅の鎧に身を包み、死地に誘う髑髏の面を傍らに。
闇に潜みし有象無象。万象さえも、我が一刀に断てぬ物無し。
胸に抱きし意、それこそは。決して退かぬ事と知れ!
その先にある勝鬨は、我が為の光などではない!
胸に抱きし意、それこそは。決して退かぬ事と知れ!
その先にある勝鬨は、我が為の光などではない!
背負う御旗は、主が誇り!
侍、紅緒。此処に在り。
了。