朝方の騒ぎも一段落し、浩子サンは渡した原稿持って出版社へ戻った。
にゃー供は浩子サンが連れて行った。なんでも校正だの添削だの、下手なバイト使うよりも優秀なんだそうだ。
…その内バイト代請求しちゃろか。
パットは二度寝。
…食うか寝てるか迷ってるかしかしとらんなあいつは。
神姫ショップをやってる友人曰く、まともに戦えばそこそこのランク狙えるそうだが本当かね?
ジュリの手により砲台型神姫からラーメン型神姫に簡易改造されたアイリは、おそらく洗面所で顔の落書きを落としていると思われる。
…油性っぽかったからなー。落ちるのかアレ。
そのジュリはと言えば…どうしたのかやたら静かだ。
さっきアイリにぶっとばされたからその辺で伸びてるのか。
まぁなんだかんだで意味も無く頑丈だし、問題はないだろう。
そして俺はと言えば、なんとなく目が冴えてしまい、以前友人に貰ったビデオを観ている。
数年前の、神姫バトルセカンドリーグの決勝戦の記録映像。
そこには鬣をなびかせたアイツが。
『ジュリ』になる前のとあるサムライが、トロフィーを掲げて誇らしげに笑っていた。
「……そういやアイツ。最近ようやくこんな風に笑うようになったよな……」
それはほんの1年前。その頃を思い出しながら、俺は微睡みの中に落ちていった。
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今でも覚えている。
そいつを最初に見たのは、夕日に染まる河原だった。
夕日をバックに、ライオンの鬣みたいな髪をした女サムライが素振りをしている。
ソレが身長15センチほどの人形だと気付くのに若干の時間を要した。それ程の存在感があった。
紅い光に照らされた小さなサムライは、陳腐な表現だが、俺の目にはとても美しく、眩しく見えた。
……そん時のことは誰にも言ってない。つか、恥ずかしくて言えません。
そんでまぁ、しばらくぼーっと飽きもせず眺めていると、ふと妙なことに気付いた。
(下手糞だな)
そう。最初の内こそ気迫に圧倒されて気付かなかったが、下手なのだ。
チャンバラと言えば、精々時代劇くらいしか知らない素人の俺が見て解るほど。
なんというか「ただ棒を振っているだけ」というか、やる気の無い剣道部員が惰性で竹刀振ってるような。そんな感じで。
だというのに、当人の顔は真剣そのもの。よくよく思い返しても珍妙な光景ではあった。
一時間ほど見ていても変化がなかったので、見かねて声を掛けたところ……
「うるせぇなぁギャラリーなら黙って見てろ。軽そうな頭カチ割るぞ三下。」
……まぁ、第一印象は壊滅的に悪かったな。
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その日の夜、原稿回収を口実に飯を食いに来た浩子サンに聞いたところ、そいつは『武装神姫』の侍型なのだと教えてもらった。
…高校の頃の友人がショップを始めたとか手紙で連絡してきたっけな。そういえば。
「……んで、その『ぶそーしんき』っつーのは、そのなんだ、肩に乗ってるグロちっこいのの仲間か?」
「そーよー。可愛いでしょ?」
「そーよー。可愛いでしょ?」
んふふー♪とか笑いながら、ツギハギだらけの青白い人形に頬擦りをする浩子サン。
その不健康な肌の人形も、くすぐったそうに頬擦りを返していた。
…あとで聞いた話だが、そん時浩子サンが連れていたのは一部で『幻の神姫』と呼ばれたゾンビ型。
ビジュアル面で恐ろしく一般受けしなかったために、最初期の流通分を除いて再販されなかったとかなんとか。
嘘か本当か知らんが、一部の好事家には垂涎の的らしい。
「ほーらモモコ。ご挨拶♪」
『モモコ』と呼ばれたゾンビ型神姫は、サイケに塗り分けられた頭を小刻みに揺らしつつ、カカカカカ…とアメリカンクラッカーでも鳴らしてるような音を立てた。
……それが笑っているのだと気付くのに数分かかった。
「……か、可愛い、か……?」
…正直、俺にはよく解らなかった。
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それから数日。夕方になると、俺は川原で下手糞な素振りを繰り返すサムライをぼーっと眺めるのが日課になっていた。
サムライの方もこちらに気付いているようで、しかし、特に話しかけてくることもなかった。
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「なぁ浩子サン、神姫ってのは電池かなんかで動いてんのか?」
「ん?うん。詳しいところは私もよく知らないんだけどね。ちょっと充電しなくてもケータイくらいはもつよ。」
「ん?うん。詳しいところは私もよく知らないんだけどね。ちょっと充電しなくてもケータイくらいはもつよ。」
…とすると、どっかで充電とかしてんのかな。あいつ。
「……ねぇ慎くん、その子さぁ、マスターとかそばにいなかった?」
「マスター?…所有者ってこと?……そういやそれっぽいのは見たことねぇなぁ。日が暮れたらさっさとどっか消えちまうし。」
「うーん…そっか…あのね?」
「マスター?…所有者ってこと?……そういやそれっぽいのは見たことねぇなぁ。日が暮れたらさっさとどっか消えちまうし。」
「うーん…そっか…あのね?」
浩子サンが言うには、マスターのいない野良神姫ってのも意外に多く、所謂野良動物みたくロクな目に遭わんのだとか。
「…明日あたり聞いてみるか」
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更に翌日。
その日のサムライはたまたま休憩しているのか、小さな石に座っていた。
俺もちょっと離れたところに座る。
しばらくぼんやりと眺めていたが、動く気配がないので話しかけてみた。
「なぁサムライ、今日は素振りしねぇのかよ」
「ノらねぇ」
「ノらねぇ」
見事なまでに一刀両断。
結局彼女はなんもしないで消えていったので、俺もそのまま帰った。
しかし、それからはちょくちょく会話するようになった。
実は向こうもキッカケを待っていたのかも知れん…てのは自意識過剰なんだろうか。
…実際大したことは話していない。その日の天気とか何食ったかとかどこに行ったとか、そんなことだ。
あとは黙って夕日を眺めたりとかな。
傍から見ればロボット人形相手に世間話ってのも異様な光景だと思うが、不思議と俺自身は変に感じなかった。
多分、対等に話せる相手があんまいなかったってのもあるんだろう。
俺はあえてサムライのことは聞かなかったし、彼女も特に俺のことを聞かなかった。
互いの呼び方にしてもそうだ。
「…しっかし手前ぇ毎日毎日来やがって。そんなヒマあんなら働けよおっさん。」
彼女は俺を『おっさん』と呼び、俺は俺で『サムライ』と呼ぶ。
何故だか解らんが、お互い名乗りもしなかった。
「あんなぁ…ちったぁ息抜きくらいさせろよ。日がな一日埋まらねぇ原稿用紙とにらめっこしてんだこっちは。たまに外出ねぇとマジで腐っちまわ」
ここでサムライは、驚いたようにこっちを見た。
お、意外に可愛い…ってなに言ってんだ俺。
「おっさんアレか。物書きか。」
「まぁそうだ。大して売れてねぇけどな。」
「ふぅン…」
「まぁそうだ。大して売れてねぇけどな。」
「ふぅン…」
そして、また二人でぼーっと夕日を眺める。
しばらくして、サムライが言った。
「……実はアタシのマスターも元は物書きでな。時代小説とか好きな人だったよ。」
「……そーかい。」
「……そーかい。」
ここで俺は、一瞬迷った。本当に迷った。
聞くべきか聞かざるべきか。
でもな。それでもやっぱり……
「なぁ……前から気になってたんだけどな。」
「ん?」
「……お前さんのマスターとやらはどうしたんだ。」
「ん?」
「……お前さんのマスターとやらはどうしたんだ。」
サムライが息を呑んだ…ように思えた。
……そして沈黙。
いいかげん静寂に耐えられず冗談だと言おうとしたら。
サムライが音もなく倒れていた。