閃、鋭斬閃斬薙斬。散落、黒、黒、黒。
最早腕の動きが見えないどころか空気も震わせないほどに鋭く、その刃は振り抜かれた。全てを貫く粒子、否、最早“切れる”という摂理だけがそこに存在する如く、斬撃は人間の体組織を容易に切り落とす。痛み?感じる隙などあっただろうか? ただ物語るのは、今雨のように滴り落ちる、真っ黒な人間の部品のみ。その黒を散りばめながら、侍型神姫“芍薬”は狂気のように、凶器のように、哂う。
最早腕の動きが見えないどころか空気も震わせないほどに鋭く、その刃は振り抜かれた。全てを貫く粒子、否、最早“切れる”という摂理だけがそこに存在する如く、斬撃は人間の体組織を容易に切り落とす。痛み?感じる隙などあっただろうか? ただ物語るのは、今雨のように滴り落ちる、真っ黒な人間の部品のみ。その黒を散りばめながら、侍型神姫“芍薬”は狂気のように、凶器のように、哂う。
「うわっ! 噂通りに凄いなコレは! 泡も無しにツルッツルじゃないか!!」
今切りそろえたばかりの薄い黒髪を揺らしながら、青年客は自分の口元に触れた手の感触に驚きを隠せないようだ。何しろ、たった一瞬前までその頬より不精に飛び出ていた髭達が、剃り残しも浅剃りも一切無く、消えたと言っても過言でない程に美しく切り落とされてしまっていたのだから無理も無い。
「ふふ、そうであろう、そうであろう。それがしの剣の腕は並みの奴とは違うからな。御主、顔は趣味ではないが気が利くな」
得物を背中の鞘に収め、髭の欠片を払いながら、うちの美容院の看板神姫、芍薬は誇らしげに鼻を鳴らす。しかし、私はといえば不満いっぱいに険しい表情。
「ちょっとシャク! お客さんにあんまり失礼な口聞かないの! ただでさえうちは貴女のおかげで世間の目が怖いんだから!」
「御館様、それはあんまりでありましょう。それがしはこの店の繁栄、ひいては御館様の安泰を願うからこそ、本来は安易に見世物にしてはならないと言う武芸の掟まで曲げてやっているのですよ」
侍型だというスタイルのせいか、はたまた祖母と見ている時代劇の影響か、私の事を御館様と呼ぶ芍薬は生意気にも口ごたえする。しかし言葉の通り悪気が無いものだから始末が悪く、邪険にもし切れない。
「まあ・・おかげでお客さん増えたのは嬉しいよ。シャクにしては大当たりな案だったよ。でも前に説明したけれど、一応うち美容院だから顔剃りは違法なの! 私が理容師の免許も持っているから誤魔化せているけど、悪目立ちは危ないのよ」
「そこは御勘弁下され。それがし、伴天連の髪型は詳しくない故御館様のように髪切を処するのは難しく、その点顔剃りであるならば衛生的に斬るだけでありますからな」
「いや、顔剃りだって技術は要るけれど・・シャクの腕ならまあ、頬を切ったりしないからねえ」
褒めると付けあがる為別の言葉を捜すけれども、結局芍薬の腕は本物なのでついありのままを言ってしまう。その途端に破顔する、花相の花。
「そうでありましょう! いやはや実際、見世物と称しましたが「理容」の道の実、その清潔たらんとする思想は剣の道に通ずるものもあり、それがしの剣の腕も、この刀の切れ味も存分に生かせるというもの・・・」
言いながら、彼女は自慢げに、再び刀を抜き放つ。水を吸った花の如き、潤いの波紋。
今切りそろえたばかりの薄い黒髪を揺らしながら、青年客は自分の口元に触れた手の感触に驚きを隠せないようだ。何しろ、たった一瞬前までその頬より不精に飛び出ていた髭達が、剃り残しも浅剃りも一切無く、消えたと言っても過言でない程に美しく切り落とされてしまっていたのだから無理も無い。
「ふふ、そうであろう、そうであろう。それがしの剣の腕は並みの奴とは違うからな。御主、顔は趣味ではないが気が利くな」
得物を背中の鞘に収め、髭の欠片を払いながら、うちの美容院の看板神姫、芍薬は誇らしげに鼻を鳴らす。しかし、私はといえば不満いっぱいに険しい表情。
「ちょっとシャク! お客さんにあんまり失礼な口聞かないの! ただでさえうちは貴女のおかげで世間の目が怖いんだから!」
「御館様、それはあんまりでありましょう。それがしはこの店の繁栄、ひいては御館様の安泰を願うからこそ、本来は安易に見世物にしてはならないと言う武芸の掟まで曲げてやっているのですよ」
侍型だというスタイルのせいか、はたまた祖母と見ている時代劇の影響か、私の事を御館様と呼ぶ芍薬は生意気にも口ごたえする。しかし言葉の通り悪気が無いものだから始末が悪く、邪険にもし切れない。
「まあ・・おかげでお客さん増えたのは嬉しいよ。シャクにしては大当たりな案だったよ。でも前に説明したけれど、一応うち美容院だから顔剃りは違法なの! 私が理容師の免許も持っているから誤魔化せているけど、悪目立ちは危ないのよ」
「そこは御勘弁下され。それがし、伴天連の髪型は詳しくない故御館様のように髪切を処するのは難しく、その点顔剃りであるならば衛生的に斬るだけでありますからな」
「いや、顔剃りだって技術は要るけれど・・シャクの腕ならまあ、頬を切ったりしないからねえ」
褒めると付けあがる為別の言葉を捜すけれども、結局芍薬の腕は本物なのでついありのままを言ってしまう。その途端に破顔する、花相の花。
「そうでありましょう! いやはや実際、見世物と称しましたが「理容」の道の実、その清潔たらんとする思想は剣の道に通ずるものもあり、それがしの剣の腕も、この刀の切れ味も存分に生かせるというもの・・・」
言いながら、彼女は自慢げに、再び刀を抜き放つ。水を吸った花の如き、潤いの波紋。
「ねえ、そういえばその小さな刀、何処から持ってきたの? 市販のものはそんなに鋭くないし・・・」
吸い寄せられるように波紋へ指を近づける・・が、察知した芍薬がすぐに遠ざけた。私の指もすぐに思い出す。本当に、触れるだけで肌を裂くほどに研ぎ澄まされた刀身である事を。なんと言ってもこの前絆創膏が取れたばかりなのであるし。
「これはかの有名な人間国宝、三木山仙殿の業物でありますからな」
「三木・・・ってホントにあの人間国宝!? テレビに出たあの!? そんな人と一体どう知り合って・・・」
「昨今はいんたーねっとというものがありまする故。三木殿のぶろぐに足を運ぶ内に意気投合いたしましてな、最近はめーるにより文通を致しておりますれば、是非それがしに使って欲しいと一振り打って下すったのです」
「・・・ヘアースタイルのことバテレンとか言っておいて思いっきり現代かぶれしてるじゃないの・・・」
・・・と、言っていて気づく。この子はそもそも最近作られたロボットなんだから古いもへったくれも無いと。うっかり口調に騙されて忘れてしまっていた。忘れていたついでに、その三木氏の打った日本刀が出ていた鑑定番組の事も思い出す。確か、その時付いていた値段は云千万・・・
「・・・ねえ、その刀の代金はどうしたの!? 十分の一のサイズだとしても数百万・・・あれ? これって米粒に絵を描くみたいなものだから逆に高くなるのかも・・・ともかく!! うちにそんなお金は無いんだから、返してきなさい!!」
「御館様、御安心めされよ。これは親愛の証として譲られたもの故そのような心配は無用でございまする」
「それにしたって、そんな高価なものほいほい受け取れないでしょう! すぐさま返して、それから文通も迷惑にならないうちに止めなさい!!」
今度こそは、と厳戒に言い放つ。そんな有名人と関係してもし失礼をしてしまったら、悪気の有る無しでは済まされないのだから。
「・・いいのでありますか? 先日三木殿に御館様の事を話した所、三木殿にも妙齢の息子が居り、またその御仁が御館様に興味を示したと申されておりましたが?」
「・・・え?」
不意に胸を付く言葉。そりゃあ、元は親の店とは言え女だてらに一人で美容院を切り盛りしていると男探しの暇は無い。店に来る男性も所詮客でしかなく、関係が生まれるという事も意外どころか全く無い。そろそろお肌も曲がり角。
「ここでそれがしが三木殿との親交を絶てば、その息子殿に芽生えた関心もそれまで。ですが御館様の御命とあれば致し方なく・・・」
「その息子さん、顔は、良いの?」
「それがしの眼鏡に適う御仁ですぞ?」
言いながら何処からとも無く取り出された写真、すぐさま小さな手から奪い取る。こだわりに少々の際はあれど、何気に私と芍薬の男の趣味はとても近い。つまり、私の眼鏡からも、その男性は転げ落ちる筈も無かった。
「・・・つまり、男を売るから見逃せと? ・・・越後屋、そちも悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどではありますまい」
喜びについ、祖母仕込みの時代錯誤がにじみ出る。
吸い寄せられるように波紋へ指を近づける・・が、察知した芍薬がすぐに遠ざけた。私の指もすぐに思い出す。本当に、触れるだけで肌を裂くほどに研ぎ澄まされた刀身である事を。なんと言ってもこの前絆創膏が取れたばかりなのであるし。
「これはかの有名な人間国宝、三木山仙殿の業物でありますからな」
「三木・・・ってホントにあの人間国宝!? テレビに出たあの!? そんな人と一体どう知り合って・・・」
「昨今はいんたーねっとというものがありまする故。三木殿のぶろぐに足を運ぶ内に意気投合いたしましてな、最近はめーるにより文通を致しておりますれば、是非それがしに使って欲しいと一振り打って下すったのです」
「・・・ヘアースタイルのことバテレンとか言っておいて思いっきり現代かぶれしてるじゃないの・・・」
・・・と、言っていて気づく。この子はそもそも最近作られたロボットなんだから古いもへったくれも無いと。うっかり口調に騙されて忘れてしまっていた。忘れていたついでに、その三木氏の打った日本刀が出ていた鑑定番組の事も思い出す。確か、その時付いていた値段は云千万・・・
「・・・ねえ、その刀の代金はどうしたの!? 十分の一のサイズだとしても数百万・・・あれ? これって米粒に絵を描くみたいなものだから逆に高くなるのかも・・・ともかく!! うちにそんなお金は無いんだから、返してきなさい!!」
「御館様、御安心めされよ。これは親愛の証として譲られたもの故そのような心配は無用でございまする」
「それにしたって、そんな高価なものほいほい受け取れないでしょう! すぐさま返して、それから文通も迷惑にならないうちに止めなさい!!」
今度こそは、と厳戒に言い放つ。そんな有名人と関係してもし失礼をしてしまったら、悪気の有る無しでは済まされないのだから。
「・・いいのでありますか? 先日三木殿に御館様の事を話した所、三木殿にも妙齢の息子が居り、またその御仁が御館様に興味を示したと申されておりましたが?」
「・・・え?」
不意に胸を付く言葉。そりゃあ、元は親の店とは言え女だてらに一人で美容院を切り盛りしていると男探しの暇は無い。店に来る男性も所詮客でしかなく、関係が生まれるという事も意外どころか全く無い。そろそろお肌も曲がり角。
「ここでそれがしが三木殿との親交を絶てば、その息子殿に芽生えた関心もそれまで。ですが御館様の御命とあれば致し方なく・・・」
「その息子さん、顔は、良いの?」
「それがしの眼鏡に適う御仁ですぞ?」
言いながら何処からとも無く取り出された写真、すぐさま小さな手から奪い取る。こだわりに少々の際はあれど、何気に私と芍薬の男の趣味はとても近い。つまり、私の眼鏡からも、その男性は転げ落ちる筈も無かった。
「・・・つまり、男を売るから見逃せと? ・・・越後屋、そちも悪よのう」
「いえいえ、お代官様ほどではありますまい」
喜びについ、祖母仕込みの時代錯誤がにじみ出る。
「あのさ、お楽しみの所悪いんだけど?」
「あっ!? お客様、申し訳ありません!!」
声をかけられるまで完全に意識から外れていた客に、赤面も隠さず頭を下げた。しかし、男性客は苛立つ風も見せず、ただこう言葉を続ける。
「いや、美人さん達がコントしているのなんて悪くないがさ、その刀、銃刀法違反じゃないかなって」
「え・・・でも、シャクの身長からして10センチくらいですけれど、この刀。大丈夫じゃ・・・」
確かに芍薬の身には余る為、背中にくくりつけてはあれど、所詮神姫の身長は15センチ。銃刀法に触るような刀身であれはその身を越してしまう筈で・・・
「いや、それは所有の場合でさ、携帯、使用となると6センチまでなんだよ。この場合神姫が使ってるからMMS国際法の兵器所持関連にも引っかかって、ともかく違法には違いないかな」
「む・・・それには気が回らなかったか。よくぞ気を回してくれたな、お主」
「こらシャクまた!! すいません・・、でもお詳しいんですね、法律に」
「あっ!? お客様、申し訳ありません!!」
声をかけられるまで完全に意識から外れていた客に、赤面も隠さず頭を下げた。しかし、男性客は苛立つ風も見せず、ただこう言葉を続ける。
「いや、美人さん達がコントしているのなんて悪くないがさ、その刀、銃刀法違反じゃないかなって」
「え・・・でも、シャクの身長からして10センチくらいですけれど、この刀。大丈夫じゃ・・・」
確かに芍薬の身には余る為、背中にくくりつけてはあれど、所詮神姫の身長は15センチ。銃刀法に触るような刀身であれはその身を越してしまう筈で・・・
「いや、それは所有の場合でさ、携帯、使用となると6センチまでなんだよ。この場合神姫が使ってるからMMS国際法の兵器所持関連にも引っかかって、ともかく違法には違いないかな」
「む・・・それには気が回らなかったか。よくぞ気を回してくれたな、お主」
「こらシャクまた!! すいません・・、でもお詳しいんですね、法律に」
「いや、だって俺、刑事だから」
硬直、硬直。
硬直、硬直。
「「おっ御奉行様っ!! お許しを、お許しを~!!!!!」」
「いや、俺今非番だからいいんだけどさ」
「いや、俺今非番だからいいんだけどさ」
追伸。刀は三木さんに打ち直してもらう事で事なきを得、刑事さんはうちの常連さんと相成りました。これにて、お開き!(どっとはらい)