幕間ショートショート「野性の力」
疾駆するオレンジ色。
小さなそれは更に小さな何かを五つ伴い、太陽を隠した厚い雲の下、影さえはっきりと映らぬアスファルトの道を突っ走る。目指すは目前に迫りつつあるグランドホテルを模した建物。どんよりとした空を貫かんとする摩天楼。
小さなそれは更に小さな何かを五つ伴い、太陽を隠した厚い雲の下、影さえはっきりと映らぬアスファルトの道を突っ走る。目指すは目前に迫りつつあるグランドホテルを模した建物。どんよりとした空を貫かんとする摩天楼。
耳が何かを拾った。『彼女』は反射的に身を左方向へ躍らせる。尻尾が影を引きそれに次ぐ。
小さな『プチ』もそれに続いたが、一匹だけ主を追い損ねたピンク色のヤツが飛来した矢に胴体を撃ち抜かれ、そのまま冷たい地面に固定されてしまった。矢鴨ならぬ矢猫の一丁出来上がり。
何が起きたか理解せず、きょときょとと周囲を見回すピンクのプチ。
間抜けな「子分」に心中悪態を付くがしかし、狙われている事に対する腹立ち、ムカムカの方が大きい。
一切減速せずに彼女は重心を下げ、武装を装着した両の手を地に接した。手の上から右腕には爪。左腕には楯。
小さな『プチ』もそれに続いたが、一匹だけ主を追い損ねたピンク色のヤツが飛来した矢に胴体を撃ち抜かれ、そのまま冷たい地面に固定されてしまった。矢鴨ならぬ矢猫の一丁出来上がり。
何が起きたか理解せず、きょときょとと周囲を見回すピンクのプチ。
間抜けな「子分」に心中悪態を付くがしかし、狙われている事に対する腹立ち、ムカムカの方が大きい。
一切減速せずに彼女は重心を下げ、武装を装着した両の手を地に接した。手の上から右腕には爪。左腕には楯。
『四脚』を取った瞬間、スピードアップ。しなやかな全身を文字通り獣と化して、超低空を『飛ぶ』かのような速度に一気に加速。緑の髪が吹流しのように風を捕まえて流れ去っていく。地が足にキスする間隔はこれまでの数倍。爪の軌跡が路上に不規則に描かれる。
飛来する矢は尽く彼女の後背をかすめるだけ。プチ達もまた必死に、基本自分の事しか考えないボスを追いかけていった。
飛来する矢は尽く彼女の後背をかすめるだけ。プチ達もまた必死に、基本自分の事しか考えないボスを追いかけていった。
眼前に迫る光る扉。
回転ドア? ボコボコにしてやんよ! そう言いたいかは不明であるが、むしろ開けるのもまどろっこしいだけなのか。彼女は重心を上げて三段跳びの要領で跳躍すると、まるで弾丸のような速度を保ったまま、揃えた両足から突っ込んだ。
軸はひん曲がり、ガラスは粉微塵。
中の中央ホールの赤絨毯の上、足音も立てず、誰も見ていないのに空中で捻りまで加えてアクロバティックに着地。ガラスの破片がきらきらと見事なシャンデリアの光を反射させる。後から付いてきたプチどもが、息を切らしながらも律儀に10.0と書かれた看板を上げるのを見て満足げに頷くと。休む暇さえ与えることなく散開させる。
全てのプチの姿が見えなくなると、尾を垂らし、じっと耳をそばだたせた。
回転ドア? ボコボコにしてやんよ! そう言いたいかは不明であるが、むしろ開けるのもまどろっこしいだけなのか。彼女は重心を上げて三段跳びの要領で跳躍すると、まるで弾丸のような速度を保ったまま、揃えた両足から突っ込んだ。
軸はひん曲がり、ガラスは粉微塵。
中の中央ホールの赤絨毯の上、足音も立てず、誰も見ていないのに空中で捻りまで加えてアクロバティックに着地。ガラスの破片がきらきらと見事なシャンデリアの光を反射させる。後から付いてきたプチどもが、息を切らしながらも律儀に10.0と書かれた看板を上げるのを見て満足げに頷くと。休む暇さえ与えることなく散開させる。
全てのプチの姿が見えなくなると、尾を垂らし、じっと耳をそばだたせた。
・・・・・・。
ぴくっと耳が動き、大きな目をくりくりっと動かす。
口元に、にっと笑みを浮かべると。彼女はわざわざクラウチングスタートの体勢を取ってから、よーいドン! で正面階段に猛然とダッシュをかけた。しっかりと絨毯がバカ丁寧に敷かれた階段を三段飛びに駆け上がる。
1Fから3F。3Fから5F。ぐるぐる目まぐるしく変わる数字を一切合切無視無視無視!
「危険ですので走らないようお願い致します」。
そんな注意書きもただ虚しく無意味。2Fの魚料亭という字には多少心惹かれたが。あっという間に目指す7Fに到着。
ぴくっと耳が動き、大きな目をくりくりっと動かす。
口元に、にっと笑みを浮かべると。彼女はわざわざクラウチングスタートの体勢を取ってから、よーいドン! で正面階段に猛然とダッシュをかけた。しっかりと絨毯がバカ丁寧に敷かれた階段を三段飛びに駆け上がる。
1Fから3F。3Fから5F。ぐるぐる目まぐるしく変わる数字を一切合切無視無視無視!
「危険ですので走らないようお願い致します」。
そんな注意書きもただ虚しく無意味。2Fの魚料亭という字には多少心惹かれたが。あっという間に目指す7Fに到着。
客室を繋ぐ廊下に駆け込むや、彼女は動きを止めた。手を付き、姿勢を低くし、獲物が狩り出されて来るのを待つ。
三つ目がやられた。しかし残りが頑張っているらしい。大きな目を大きく見開き、舌で唇を湿らせる。
突如。二つ前の豪奢な扉が轟音を伴って開かれた。最初に飛び出してくるのはボディがボロボロになったプチ二つ。目をぐるぐるに回しているが、仕事は果たしたと言わんばかりに満足げに笑っていた。
一拍後。見るも無残に砕けた同じ扉から、凄まじい勢いで青い影が廊下に姿を見せた。
全身を覆う重甲冑。両腕に装着したスクエアシールド。右手に長剣を振りかざしたソイツは、面貌を付けたままの顔をこちらに向けていた。タイプ・サイフォス。騎士型神姫。
三つ目がやられた。しかし残りが頑張っているらしい。大きな目を大きく見開き、舌で唇を湿らせる。
突如。二つ前の豪奢な扉が轟音を伴って開かれた。最初に飛び出してくるのはボディがボロボロになったプチ二つ。目をぐるぐるに回しているが、仕事は果たしたと言わんばかりに満足げに笑っていた。
一拍後。見るも無残に砕けた同じ扉から、凄まじい勢いで青い影が廊下に姿を見せた。
全身を覆う重甲冑。両腕に装着したスクエアシールド。右手に長剣を振りかざしたソイツは、面貌を付けたままの顔をこちらに向けていた。タイプ・サイフォス。騎士型神姫。
その姿が何かを理解するより早く。既に彼女は爪で地面を掻き飛んでいた。音も無く。
こちらの強襲を読んでいた騎士が剣を袈裟懸けに薙ぎ払う。楯でそれの衝撃を何とか受け流し、型の基本さえなっていない、見た目バランスを崩しながらの体勢で右手を無理矢理振り切った。相手の装甲の上に、くっきり三本の爪痕が残る。
しかし肉を切らせて何とやら。
上半身と下半身のバランスが完全に壊れたこっちに対し、逆から飛んでくる返す刀。いや剣か。普通ならば決まる一撃。しかしぎゅるんと身体をくねらせ、彼女は体勢を軽く立て直し左足を接地した。
何せ彼女ときたら。上下逆さで落ちたとしても。簡単に着地してみせるのだから。
しかし肉を切らせて何とやら。
上半身と下半身のバランスが完全に壊れたこっちに対し、逆から飛んでくる返す刀。いや剣か。普通ならば決まる一撃。しかしぎゅるんと身体をくねらせ、彼女は体勢を軽く立て直し左足を接地した。
何せ彼女ときたら。上下逆さで落ちたとしても。簡単に着地してみせるのだから。
左足一本で跳躍。足下ぎりぎりを掠めていく凶刃。今度大振りになったのは相手の方。間合いが浅いと見た彼女は爪を振り上げ、空中に浮いたまま剣の根に向かって思い切り振り下ろす。
鈍い激音が響き、その骨を軋ませるような一撃から剣を取り落とす騎士。
勝った。勝利を確信して彼女はふわりと着地しようとする。相手の方に笑みを向ける余裕さえ・・・消え去った。
鈍い激音が響き、その骨を軋ませるような一撃から剣を取り落とす騎士。
勝った。勝利を確信して彼女はふわりと着地しようとする。相手の方に笑みを向ける余裕さえ・・・消え去った。
いつ抜いたのか。逆の手で振りかざした斧が彼女に叩き落とされた。左の楯が間に合わず、思わず右手で防御しようとする。直撃。身体を突き抜ける激痛と衝撃。彼女は目を閉じ、悲鳴を喉の奥で小さく上げた。
右手の爪が叩き折られ、基部が無茶苦茶に抉れ返る。丸っこくて、お気に入りの肘カバーにヒビが走り、それでもショックを吸収しきれずに肩アーマーが弾け飛んだ。
装甲片を散らせながら、二度三度と地面に叩き付けられ、彼女は絨毯の上に転がった。
右手の爪が叩き折られ、基部が無茶苦茶に抉れ返る。丸っこくて、お気に入りの肘カバーにヒビが走り、それでもショックを吸収しきれずに肩アーマーが弾け飛んだ。
装甲片を散らせながら、二度三度と地面に叩き付けられ、彼女は絨毯の上に転がった。
・・・・・・。
低く響く唸り声。全身が痛みでぐにゃぐにゃする。それでも尻尾に精一杯の力を込め、歯を食いしばり、懸命に立ち上がる。形勢は完全に逆転。騎士はゆっくりと剣を拾い上げ、両の武器を絞るように振り抜いた。一度気合を残し、そのまま止めを刺さんと突撃する。
彼女は足元に『それ』がある事に気付いていた。
右手が動かない。絶大なダメージが蓄積された手を上げる力が今は惜しい。彼女は『それ』を右足の爪先で、ちょんと蹴り上げた。
低く響く唸り声。全身が痛みでぐにゃぐにゃする。それでも尻尾に精一杯の力を込め、歯を食いしばり、懸命に立ち上がる。形勢は完全に逆転。騎士はゆっくりと剣を拾い上げ、両の武器を絞るように振り抜いた。一度気合を残し、そのまま止めを刺さんと突撃する。
彼女は足元に『それ』がある事に気付いていた。
右手が動かない。絶大なダメージが蓄積された手を上げる力が今は惜しい。彼女は『それ』を右足の爪先で、ちょんと蹴り上げた。
黒い、片目に傷を持つ、先ほどまでガンバって敵を狩り出した、功労者のプチの顔。
主が何を考えているのかを理解したらしい聡明なそいつは、嘘でしょ? とでも言いたげにヒクヒクと笑いを浮かべていた。それに対し、屈託の無い満面の笑みで答える彼女。
身体を引っくり返すようにしながら足を高々と突き上げる形でボレーシュート。断末魔のような悲鳴を上げながら急遽飛んできた黒い超高速飛来物に反応が間に合わず、騎士はまともにプチ弾丸を面貌に食らった。一瞬視界が奪われ、たたらを踏む。
視界が奪われたのは僅かコンマ数秒。再び認識を眼が取り戻した時。
自分の腕の中に、彼女がいた。
その柔軟な身体を千切れよと言わんばかりに引き絞り、楯が残った左拳を構えている彼女が。
絶望が騎士の鼻をついた刹那。地を震撼させる裂帛の咆哮と共に。
身体を引っくり返すようにしながら足を高々と突き上げる形でボレーシュート。断末魔のような悲鳴を上げながら急遽飛んできた黒い超高速飛来物に反応が間に合わず、騎士はまともにプチ弾丸を面貌に食らった。一瞬視界が奪われ、たたらを踏む。
視界が奪われたのは僅かコンマ数秒。再び認識を眼が取り戻した時。
自分の腕の中に、彼女がいた。
その柔軟な身体を千切れよと言わんばかりに引き絞り、楯が残った左拳を構えている彼女が。
絶望が騎士の鼻をついた刹那。地を震撼させる裂帛の咆哮と共に。
轟音炸裂。
楯が騎士の腹部に叩き込まれた。
楯が騎士の腹部に叩き込まれた。
壁をブチ破って外に放り出された騎士を見送り、左手一本を力強く振り上げる。足元で祝福の声を上げる首だけになったプチ達。一匹だけ泣きながら抗議の声を上げているが、彼女の耳に届くはずもない。
「う・・・・にゃああああああーーん☆」
嬉しそうに勝利の声を上げて彼女は「にぱーっ」と、見る者全てを幸せにする笑顔を浮かべた。
強力な剣攻撃と、圧倒的な重装甲。騎士型・侍型の登場により、格闘型の彼女の立ち位置は危ぶまれはした。
しかし、剣を有し、型にはまったそれらに対し、彼女は意外なほど苦戦を強いられる事は無く。
寧ろ。いつしか「天敵」と呼ばれる事になる。
理を振るう騎士。論を抜く侍。
それらを真っ向からブチ壊し、銃の有利さをも否定する力が、彼女たちの身体にはぎゅぅーっと詰まっていた。
しかし、剣を有し、型にはまったそれらに対し、彼女は意外なほど苦戦を強いられる事は無く。
寧ろ。いつしか「天敵」と呼ばれる事になる。
理を振るう騎士。論を抜く侍。
それらを真っ向からブチ壊し、銃の有利さをも否定する力が、彼女たちの身体にはぎゅぅーっと詰まっていた。
タイプ・マオチャオ。猫型神姫。
研ぎ澄まされた爪と牙。宿る力に理論は無用。
研ぎ澄まされた爪と牙。宿る力に理論は無用。
全てを砕くは『野生の力』。
了。