聖者バレンタイン──あるいは歓喜
二月ともなり、アキバの外はすっかり甘い香りで満ちあふれていた。
そう、バレンタインデー。とは言え日本のそれは些か好きになれん。
私・槇野晶はそう思う。甘い物は大好きなので、チョコは構わない。
“チョコを渡す日”という宣伝も菓子職人の妙案とは認めるが……。
そう、バレンタインデー。とは言え日本のそれは些か好きになれん。
私・槇野晶はそう思う。甘い物は大好きなので、チョコは構わない。
“チョコを渡す日”という宣伝も菓子職人の妙案とは認めるが……。
「どうにもそれに乗る気にはなれぬのだな、なぁ……ってそうか」
「お嬢ちゃん、暇なの?なんならオレが新宿案な──────!」
「失せろ下郎がッ!ナンパしたいなら、乗ってくる女を捜せ!!」
「い、いてぇぇぇ!?なんだこのガキなめやが……ゲボッ!!?」
「お嬢ちゃん、暇なの?なんならオレが新宿案な──────!」
「失せろ下郎がッ!ナンパしたいなら、乗ってくる女を捜せ!!」
「い、いてぇぇぇ!?なんだこのガキなめやが……ゲボッ!!?」
ニヤケていた変態を飛び膝蹴りで轟沈せしめ、私は寂しさを覚える。
別に彼氏がいない事自体には、何の感慨もないぞ?その様な魅力在る
男に出会った事は一度たりとてないし、今後も恐らく無いだろうな。
では何かというと、外出時はいつも肩に居るはずの“妹達”なのだ。
別に彼氏がいない事自体には、何の感慨もないぞ?その様な魅力在る
男に出会った事は一度たりとてないし、今後も恐らく無いだろうな。
では何かというと、外出時はいつも肩に居るはずの“妹達”なのだ。
「しかし、何故急に“偶には一人でお出かけして”等と……?」
「君、迷子かい。ご家族は?……って、え?失礼しましたッ!」
「分かればいい。仕事熱心なのは良いけど、眼力も大事だぞ?」
「君、迷子かい。ご家族は?……って、え?失礼しましたッ!」
「分かればいい。仕事熱心なのは良いけど、眼力も大事だぞ?」
何を勘違いしたか近付く警官に身分証を見せ、私は思いを巡らす。
今日に限って何故か三人とも、MMSショップ“ALChemist”に残ると
言いだして、実際に私は一人きり平日の新宿を歩く羽目となった。
帰宅許可時間、というかお願いされた時間までは……後90分か。
今日に限って何故か三人とも、MMSショップ“ALChemist”に残ると
言いだして、実際に私は一人きり平日の新宿を歩く羽目となった。
帰宅許可時間、というかお願いされた時間までは……後90分か。
「いらっしゃいませ♪本日バレンタインですのでチョコが大変……」
「チョコ以外にもバレンタイン向けがあるだろう、そっちを見たい」
「は、はい。こちらは如何でしょう?甘さ控えめで躯にいいですよ」
「ふむ……ではその小袋を三つ。リボンはこの三種をお願いしたい」
「チョコ以外にもバレンタイン向けがあるだろう、そっちを見たい」
「は、はい。こちらは如何でしょう?甘さ控えめで躯にいいですよ」
「ふむ……ではその小袋を三つ。リボンはこの三種をお願いしたい」
百貨店の地下食料品店街……通称デパチカで物を買い、私は考える。
菓子職人の策略に乗るのは好かん。なら、自分なりに誠意を示そう。
今は、影見えぬ聖者が街を駆ける日だが……私には別の意味がある。
その“意味”を体現するべく、私は残余時間を使い買い物を始めた。
菓子職人の策略に乗るのは好かん。なら、自分なりに誠意を示そう。
今は、影見えぬ聖者が街を駆ける日だが……私には別の意味がある。
その“意味”を体現するべく、私は残余時間を使い買い物を始めた。
「いらっしゃいま、せ……?あの、お嬢ちゃんここは玩具──」
「……何か言ったか?私はここへ宝飾品を買いに来たのだが?」
「す、すみません!で、ええと。どの様な物をお探しでしょう」
「それでいい。このサイズにぴったり収まる……銀で構わぬか」
「随分小さいですね。それでしたらピアスに使う此方等は……」
「……何か言ったか?私はここへ宝飾品を買いに来たのだが?」
「す、すみません!で、ええと。どの様な物をお探しでしょう」
「それでいい。このサイズにぴったり収まる……銀で構わぬか」
「随分小さいですね。それでしたらピアスに使う此方等は……」
不埒な事を言うジュエリー売り場担当者を黙らせ、私は密かに願う。
彼女らが喜んでくれる事を。私は、宝石職人でも菓子職人でもない。
宝石を利用した物ならば作れるが、素材はやはり“本職”が頼りだ。
故にこの手の物は、出来合を買ってくるしかないのがもどかしい所。
彼女らが喜んでくれる事を。私は、宝石職人でも菓子職人でもない。
宝石を利用した物ならば作れるが、素材はやはり“本職”が頼りだ。
故にこの手の物は、出来合を買ってくるしかないのがもどかしい所。
「いらっしゃいませー。グリーディングカードですか?」
「ああ、家に持って帰るのでここで少し書き加えたいが」
「分かりました、指定は……十二号ですね?すぐ出ます」
「手早い仕事だな、プロならばこうでありたい物だ……」
「ああ、家に持って帰るのでここで少し書き加えたいが」
「分かりました、指定は……十二号ですね?すぐ出ます」
「手早い仕事だな、プロならばこうでありたい物だ……」
帰り道。冠婚葬祭専門の店で三枚程用意してもらい、私は書く。
日頃は言えない、ちょっとした心の内側を。嘘偽り無く簡潔に。
そして私は帰る……愛する“妹達”の待つ、愛しのアキバへと。
日頃は言えない、ちょっとした心の内側を。嘘偽り無く簡潔に。
そして私は帰る……愛する“妹達”の待つ、愛しのアキバへと。
「アルマ、ロッテ、クララ。今帰ったぞ……ん、真っ暗ではないか」
私は……知る。何故彼女らが“自分達の時間”を欲しがったかを。
明かりの灯った私の部屋には、色とりどりの装飾が煌めいていた。
そして昨日消したばかりのホワイトボードに記された、その言葉。
明かりの灯った私の部屋には、色とりどりの装飾が煌めいていた。
そして昨日消したばかりのホワイトボードに記された、その言葉。
「マイスター、お誕生日おめでとう!!」
「……お、お前達!?知っていたのか!」
「ロッテお姉ちゃんが教えてくれたもん」
「バレンタインが誕生日って素敵ですし」
「今年は何かしてあげたかったですの♪」
「……お、お前達!?知っていたのか!」
「ロッテお姉ちゃんが教えてくれたもん」
「バレンタインが誕生日って素敵ですし」
「今年は何かしてあげたかったですの♪」
私は改めて思う。今日は聖者の行進にして、私がこの世に現れた時。
それをこの娘達はしっかりと認識し、そして私の為に仕込んできた。
備蓄しておいたパールとコーラルを用いた、鮮やかなるイヤリング。
乱れなく編み上げられた、毛糸のストラップ。詩の刻まれた銀の環。
それをこの娘達はしっかりと認識し、そして私の為に仕込んできた。
備蓄しておいたパールとコーラルを用いた、鮮やかなるイヤリング。
乱れなく編み上げられた、毛糸のストラップ。詩の刻まれた銀の環。
「……これは、ひょっとしてお前達。工房の機材を使って……?」
「はいですの!皆で協力して、一人一つずつ作ってみましたのッ」
「自分にしか出来ない事で、マイスターを喜ばせたかったんだよ」
「その、えっと。拙いプレゼントですけど……良かったら、その」
「はいですの!皆で協力して、一人一つずつ作ってみましたのッ」
「自分にしか出来ない事で、マイスターを喜ばせたかったんだよ」
「その、えっと。拙いプレゼントですけど……良かったら、その」
フォーマル用に作ってやった煌びやかなドレスで着飾った“妹達”。
彼女らを見て、私はそっと抱きしめてやる……涙が出そうにもなる。
そして必ずお返しをしようと近いつつ、仮初めのプレゼントを渡す。
本番は来月。だが今渡す物にも、嘘偽りのない想いを込めて捧げる。
彼女らを見て、私はそっと抱きしめてやる……涙が出そうにもなる。
そして必ずお返しをしようと近いつつ、仮初めのプレゼントを渡す。
本番は来月。だが今渡す物にも、嘘偽りのない想いを込めて捧げる。
「“長年付き添ってくれて、嬉しいよ”……わたしに、ですの?」
「“貴女は私の所にいていいの、ずっと”……ボクには、これ?」
「“幸せを掴めるまで、共にいようね”……あの、あたしに!?」
「……お前ら揃いも揃って朗読するな、恥ずかしいだろうッ!!」
「“貴女は私の所にいていいの、ずっと”……ボクには、これ?」
「“幸せを掴めるまで、共にいようね”……あの、あたしに!?」
「……お前ら揃いも揃って朗読するな、恥ずかしいだろうッ!!」
彼女らが食べやすい様に選んだ、低カロリーの小さなクッキー。
薬指にも無理なく嵌められる様に選んだ、指輪代わりの銀の環。
定型句以外にも想いを一筆したためた、グリーディングカード。
今日は誠意を捧げる日。親愛なる人へと想いを伝える日なのだ。
薬指にも無理なく嵌められる様に選んだ、指輪代わりの銀の環。
定型句以外にも想いを一筆したためた、グリーディングカード。
今日は誠意を捧げる日。親愛なる人へと想いを伝える日なのだ。
「ともあれ……ありがとうな、アルマ。ロッテ、そしてクララ!」
「これからも、マイスターがずっとずっと幸せであります様にッ」
「……違うよアルマお姉ちゃん、きっとマイスターならこうだよ」
「マイスターとわたし達が、ずっと幸せである様に……ですの♪」
「これからも、マイスターがずっとずっと幸せであります様にッ」
「……違うよアルマお姉ちゃん、きっとマイスターならこうだよ」
「マイスターとわたし達が、ずっと幸せである様に……ですの♪」
──────この世に産まれ、皆と出会えた事に……ありがとうね。