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醒めない夢は現実と変わらない、とは誰の言葉であったか。
例えば殺される夢を見たとする。
例えば楽しい夢を見たとする。
例えば不思議な夢を見たとする。
それらを夢と判断するものとは一体何か?
刺される瞬間、その痛みが無い事に気付く。
それは感触の喪失。
楽しんでいながら、それが現実では有り得ないと気付く。
それは現実の実感。
不思議な感覚に包まれ、何となく夢だと気付く。
それを判断するものは?
仮にだ。
全ての感覚が起きている時と全く同じであり。
現実に起こりうる事の延長線上の出来事が起こる。
それが夢ではないと言い切れるか?
極論だが、貴方がこの文を読んでいるのも実は夢なのかもしれないのだ。
……そんな事を考えさせるほどに、2036年の技術は進歩していた。
それはバーチャルリアリティーとも仮想現実空間とも呼ばれるモノである。
0と1との信号の上に成り立つ世界。
その世界の絶対的な法則はプログラムによるもののみ。
やろうと思えば自由自在に空を飛べる。
やろうと思えば指先一つで地面を割れる。
やろうと思えば何でも、出来る。
それは、夢と似ている。
現実とは違いながらも、限りなく現実に近いそれ。
周囲に充満する火薬の匂い。
身体を包む空気の感触。
そして、剥き出しの敵意。
その全てが、現実と同じモノの総てがここにある。
バトルフィールド『都市』
高層ビルが立ち並び、信号が規則正しく点滅を繰り返す。
街角に佇む喫茶店の軒先に備え付けられたパラソルは風で揺れている。
その情景だけ見れば、現実と見間違うのも仕方が無いだろう。
しかし、それを現実と否定するものは、舗装された道路を穿つ弾痕では無い。
華やかな町並みと反比例して人影が見えない事でも無い。
唯一つ、それを否定するものは彼女達、二人の少女の存在。
武装神姫―――全高15cm程の大きさしか持たない彼女等が、人間と同じ縮尺で動き回っているという事だけだ。
その可憐な少女達は、全く同じ顔だった。
ストラーフ型の両者は全く同じ出発点ながら、進む道は異なるものだと言う事が窺い知れる。
片方のストラーフは、デフォルトの軽装備版で、四本の腕に異なる銃火器を持っている。
片方のストラーフは、デフォルトなのは脚部のみで、三本の腕に異なる装備を纏っている。
彼女達は都市の一角で激しい戦闘を繰り広げていた。
四本腕のストラーフは軽装型の機動性を活かして地面を蹴り、ビルを蹴り、空を蹴って三次元的な軌道を取っている。
ショットガン、マシンガン、グレネードランチャー、ハンドガンを巧みに使い分け、対峙するストラーフの接近を許さない
対する三本腕のストラーフは重装型の見た目とは裏腹に、その機動性は四本腕のストラーフにも劣らない。
三つ目の腕を用いる事によって無茶苦茶な体制で銃撃を避けつつ接近し、隙を見ては蛇腹剣を振るう。
両者が動く事にビルのガラスは砕け、コンクリートの道路は粉砕された。
それは一進一退の攻防であった。
どちらのストラーフにも、大きな損傷は見られない。
そして時が刻一刻と進むと同時に、その戦いも激しさを増していく。
その中でなお、戦況は均衡だった。
傍から見ればそれは決定力不足だと言う事が見て取れる。
四本腕のストラーフは火力こそあれど、どれも必殺の一撃を孕むという訳ではない。
どちらかといえば、ダメージを静かに蓄積させて勝利する長期戦向けの機体だ。
三本腕のストラーフは右腕に銃の様な物を装備してはいるが、未だに使用していない。
メインは伸縮自在の蛇腹剣だが、必殺の威力を孕む代わりに大振りな攻撃であるそれは対峙するストラーフを捉えられない。
観客の誰もが長期戦になる事を覚悟した。
しかし、状況というのはいつでも突然変わるものだ。
銃撃の隙を突いた三本腕のストラーフが、その右腕から無数の光弾を穿き出したのだ。
大気を激震させながら、雨のように撃ち出される光弾群の一発一発が必殺の威力を孕んでいるが、集弾性はお世辞にも良いとは言えない。
その証拠に、四本腕のストラーフは素早い身のこなしで光弾を回避している。
一発たりとも当たる気配は無い。
唐突に周囲を支配していた爆音―――三本腕のストラーフの砲撃が止んだ。
その代わりに空気を切り裂く鋭い音と共に、蛇腹剣の切っ先が四本腕のストラーフ目掛けて飛来した。
先程の光弾の雨はあくまで罠。
わざと広範囲に光弾をばら撒き、回避運動が単調になった所に蛇腹剣の一撃を見舞う。
しかし、四本腕のストラーフはそれをも見越していた。
蛇腹剣が迫り来る中、彼女は三本腕のストラーフに向かい駆けた。
大地を力強く踏み締めて、一気に駆け抜けた。
彼女は敵の行動をつぶさに観察していた。
蛇腹剣を使うとき、三つ目の腕で身体を補助していた事。
砲撃の時、蛇腹剣を沿えていた事。
それらの事から、二つの武装を同時に扱う事は出来ないと判断した。
この状況はピンチでありチャンスであると。
今の三本腕のストラーフに攻撃手段は無いと。
迫り来る蛇腹剣を腕の一本を犠牲にする事で防ぎ、三本腕のストラーフに肉薄した。
二つの同じ顔が間近に迫った。
そして、零距離射撃を叩き込もうとした瞬間。
「私に隙はありません」
ストラーフは笑った。それは勝利宣言だった。
三つ目の腕から生えている鉤爪が、四本腕のストラーフの胸部を貫いていた。
醒めない夢は現実と変わらない、とは誰の言葉であったか。
例えば殺される夢を見たとする。
例えば楽しい夢を見たとする。
例えば不思議な夢を見たとする。
それらを夢と判断するものとは一体何か?
刺される瞬間、その痛みが無い事に気付く。
それは感触の喪失。
楽しんでいながら、それが現実では有り得ないと気付く。
それは現実の実感。
不思議な感覚に包まれ、何となく夢だと気付く。
それを判断するものは?
仮にだ。
全ての感覚が起きている時と全く同じであり。
現実に起こりうる事の延長線上の出来事が起こる。
それが夢ではないと言い切れるか?
極論だが、貴方がこの文を読んでいるのも実は夢なのかもしれないのだ。
……そんな事を考えさせるほどに、2036年の技術は進歩していた。
それはバーチャルリアリティーとも仮想現実空間とも呼ばれるモノである。
0と1との信号の上に成り立つ世界。
その世界の絶対的な法則はプログラムによるもののみ。
やろうと思えば自由自在に空を飛べる。
やろうと思えば指先一つで地面を割れる。
やろうと思えば何でも、出来る。
それは、夢と似ている。
現実とは違いながらも、限りなく現実に近いそれ。
周囲に充満する火薬の匂い。
身体を包む空気の感触。
そして、剥き出しの敵意。
その全てが、現実と同じモノの総てがここにある。
バトルフィールド『都市』
高層ビルが立ち並び、信号が規則正しく点滅を繰り返す。
街角に佇む喫茶店の軒先に備え付けられたパラソルは風で揺れている。
その情景だけ見れば、現実と見間違うのも仕方が無いだろう。
しかし、それを現実と否定するものは、舗装された道路を穿つ弾痕では無い。
華やかな町並みと反比例して人影が見えない事でも無い。
唯一つ、それを否定するものは彼女達、二人の少女の存在。
武装神姫―――全高15cm程の大きさしか持たない彼女等が、人間と同じ縮尺で動き回っているという事だけだ。
その可憐な少女達は、全く同じ顔だった。
ストラーフ型の両者は全く同じ出発点ながら、進む道は異なるものだと言う事が窺い知れる。
片方のストラーフは、デフォルトの軽装備版で、四本の腕に異なる銃火器を持っている。
片方のストラーフは、デフォルトなのは脚部のみで、三本の腕に異なる装備を纏っている。
彼女達は都市の一角で激しい戦闘を繰り広げていた。
四本腕のストラーフは軽装型の機動性を活かして地面を蹴り、ビルを蹴り、空を蹴って三次元的な軌道を取っている。
ショットガン、マシンガン、グレネードランチャー、ハンドガンを巧みに使い分け、対峙するストラーフの接近を許さない
対する三本腕のストラーフは重装型の見た目とは裏腹に、その機動性は四本腕のストラーフにも劣らない。
三つ目の腕を用いる事によって無茶苦茶な体制で銃撃を避けつつ接近し、隙を見ては蛇腹剣を振るう。
両者が動く事にビルのガラスは砕け、コンクリートの道路は粉砕された。
それは一進一退の攻防であった。
どちらのストラーフにも、大きな損傷は見られない。
そして時が刻一刻と進むと同時に、その戦いも激しさを増していく。
その中でなお、戦況は均衡だった。
傍から見ればそれは決定力不足だと言う事が見て取れる。
四本腕のストラーフは火力こそあれど、どれも必殺の一撃を孕むという訳ではない。
どちらかといえば、ダメージを静かに蓄積させて勝利する長期戦向けの機体だ。
三本腕のストラーフは右腕に銃の様な物を装備してはいるが、未だに使用していない。
メインは伸縮自在の蛇腹剣だが、必殺の威力を孕む代わりに大振りな攻撃であるそれは対峙するストラーフを捉えられない。
観客の誰もが長期戦になる事を覚悟した。
しかし、状況というのはいつでも突然変わるものだ。
銃撃の隙を突いた三本腕のストラーフが、その右腕から無数の光弾を穿き出したのだ。
大気を激震させながら、雨のように撃ち出される光弾群の一発一発が必殺の威力を孕んでいるが、集弾性はお世辞にも良いとは言えない。
その証拠に、四本腕のストラーフは素早い身のこなしで光弾を回避している。
一発たりとも当たる気配は無い。
唐突に周囲を支配していた爆音―――三本腕のストラーフの砲撃が止んだ。
その代わりに空気を切り裂く鋭い音と共に、蛇腹剣の切っ先が四本腕のストラーフ目掛けて飛来した。
先程の光弾の雨はあくまで罠。
わざと広範囲に光弾をばら撒き、回避運動が単調になった所に蛇腹剣の一撃を見舞う。
しかし、四本腕のストラーフはそれをも見越していた。
蛇腹剣が迫り来る中、彼女は三本腕のストラーフに向かい駆けた。
大地を力強く踏み締めて、一気に駆け抜けた。
彼女は敵の行動をつぶさに観察していた。
蛇腹剣を使うとき、三つ目の腕で身体を補助していた事。
砲撃の時、蛇腹剣を沿えていた事。
それらの事から、二つの武装を同時に扱う事は出来ないと判断した。
この状況はピンチでありチャンスであると。
今の三本腕のストラーフに攻撃手段は無いと。
迫り来る蛇腹剣を腕の一本を犠牲にする事で防ぎ、三本腕のストラーフに肉薄した。
二つの同じ顔が間近に迫った。
そして、零距離射撃を叩き込もうとした瞬間。
「私に隙はありません」
ストラーフは笑った。それは勝利宣言だった。
三つ目の腕から生えている鉤爪が、四本腕のストラーフの胸部を貫いていた。
「師匠、お疲れ様ですっ!」
バトルが終わり、座って休憩してたらアリカが駆け寄ってきた。
「ああ」
セカンドリーグセンターであるここは、基本的に毎日盛況。
つまり、混んでいるのだ。
その中で少ない自動販売機を見つけて、買ってきて、持ってきたアリカに感謝というか、呆れ半分の感情を抱いた。
しかし、貰える物は貰っておくのが俺の信条だ。
膝の上に置いてある旧式のノートPCを弄るのを止めて缶コーヒーのプルタブを開ける。
「凄いですね、ナルさん。あの四重奏を打ち負かすなんて!」
クレイドルの上で休んでいるナルに、トロンベは興奮気味に話しかけている。
四重奏というのはナルが先ほど戦っていたストラーフで、四つの腕で四つの火器を巧みに操る事からその名で呼ばれている、それなりに名の知れた神姫だ。
「ようやく鉤鋼の使い方に慣れてきましたからね。次もこの調子で行きたいものです」
勝鬨を上げたにも関わらず、ナルは至って冷静だ。
「…勝率は6割って所か、悪くない」
缶コーヒーを口に運びながら、ノートPCに纏められた戦績を上から下までざっと見る。
特化型神姫にもそれなりの勝星を上げているので上場だが、少し引っかかる事もある。
それを調べる為に、再びノートPCを弄くる。
「……師匠って、バトルに勝って喜んだりしないんですか?」
今までずっと黙っていたと思えば、そんなを考えていたのかと事かと思ってしまう。
しかし、それもまあ当然の疑問だとは思うので、これにはちゃんとした答えで返してやる。
「まあ、個人の価値観の違いって言えばそれまでなんだけどな。
俺としては、結果よりも過程を重視してるんだ。
それに勝敗は関係無いし、むしろ負ける事からの方が学べる事は多いと思う。
勿論、勝てれば嬉しいけどな」
「確かに…負けて気付く事ってありますよね」
アリカの視線は、トロンベの方を向いている。
その顔に浮かぶのはかつての自分に対する憤りか、それともそれに気付けなかった事への後悔か。
「…それに気付いたんだ。もう二の舞いは無いだろう」
それにしても、コイツも随分と成長したもんだと思う。
このまま真直ぐ突き進めば、俺みたいな事にはならないだろう。
何となく気恥ずかしかったので、再びノートPCに向かう。
「師匠のお陰ですっ!」
曇りの全く無い、年相応の笑顔でそう言うと、ベンチに勢い良く腰掛けた。
そして、俺の直ぐ隣で足をぶらぶらさせながら俺のノートPCを覗き込んでいる。
「ほぇ~…師匠、毎回こんな事してるんですか?」
その中身を見たのかアリカは感嘆の声を上げた。
しかし、セカンドリーグランカーの半数くらいは同じ事をやっていると思うんだが。
「一戦しただけじゃ解らない事が沢山あるからな」
手短に説明しつつも、頭をフル回転させる。
この一週間での総バトル数は30回弱。
その内負けたバトルは11回。
そのデータを引っ張り出し、対戦相手を確認する。
ストラーフ、アーンヴァル、ハウリン、マオチャオ、ヴォッフェバニー、サイフォス、紅緒、ツガル。
多少の偏りはあれど、大体全神姫に負けている。
しかし、この中でなんらかの共通点がある筈だが、まだまだデータが少なすぎる。
「ナル、あと三回。行けるかい?」
「私はむしろウエルカムです」
バトルが終わり、座って休憩してたらアリカが駆け寄ってきた。
「ああ」
セカンドリーグセンターであるここは、基本的に毎日盛況。
つまり、混んでいるのだ。
その中で少ない自動販売機を見つけて、買ってきて、持ってきたアリカに感謝というか、呆れ半分の感情を抱いた。
しかし、貰える物は貰っておくのが俺の信条だ。
膝の上に置いてある旧式のノートPCを弄るのを止めて缶コーヒーのプルタブを開ける。
「凄いですね、ナルさん。あの四重奏を打ち負かすなんて!」
クレイドルの上で休んでいるナルに、トロンベは興奮気味に話しかけている。
四重奏というのはナルが先ほど戦っていたストラーフで、四つの腕で四つの火器を巧みに操る事からその名で呼ばれている、それなりに名の知れた神姫だ。
「ようやく鉤鋼の使い方に慣れてきましたからね。次もこの調子で行きたいものです」
勝鬨を上げたにも関わらず、ナルは至って冷静だ。
「…勝率は6割って所か、悪くない」
缶コーヒーを口に運びながら、ノートPCに纏められた戦績を上から下までざっと見る。
特化型神姫にもそれなりの勝星を上げているので上場だが、少し引っかかる事もある。
それを調べる為に、再びノートPCを弄くる。
「……師匠って、バトルに勝って喜んだりしないんですか?」
今までずっと黙っていたと思えば、そんなを考えていたのかと事かと思ってしまう。
しかし、それもまあ当然の疑問だとは思うので、これにはちゃんとした答えで返してやる。
「まあ、個人の価値観の違いって言えばそれまでなんだけどな。
俺としては、結果よりも過程を重視してるんだ。
それに勝敗は関係無いし、むしろ負ける事からの方が学べる事は多いと思う。
勿論、勝てれば嬉しいけどな」
「確かに…負けて気付く事ってありますよね」
アリカの視線は、トロンベの方を向いている。
その顔に浮かぶのはかつての自分に対する憤りか、それともそれに気付けなかった事への後悔か。
「…それに気付いたんだ。もう二の舞いは無いだろう」
それにしても、コイツも随分と成長したもんだと思う。
このまま真直ぐ突き進めば、俺みたいな事にはならないだろう。
何となく気恥ずかしかったので、再びノートPCに向かう。
「師匠のお陰ですっ!」
曇りの全く無い、年相応の笑顔でそう言うと、ベンチに勢い良く腰掛けた。
そして、俺の直ぐ隣で足をぶらぶらさせながら俺のノートPCを覗き込んでいる。
「ほぇ~…師匠、毎回こんな事してるんですか?」
その中身を見たのかアリカは感嘆の声を上げた。
しかし、セカンドリーグランカーの半数くらいは同じ事をやっていると思うんだが。
「一戦しただけじゃ解らない事が沢山あるからな」
手短に説明しつつも、頭をフル回転させる。
この一週間での総バトル数は30回弱。
その内負けたバトルは11回。
そのデータを引っ張り出し、対戦相手を確認する。
ストラーフ、アーンヴァル、ハウリン、マオチャオ、ヴォッフェバニー、サイフォス、紅緒、ツガル。
多少の偏りはあれど、大体全神姫に負けている。
しかし、この中でなんらかの共通点がある筈だが、まだまだデータが少なすぎる。
「ナル、あと三回。行けるかい?」
「私はむしろウエルカムです」
あれから三日。
時は金なり、光陰矢のごとし、時は戻らず進むだけ。
俺はその貴重な時間を神姫バトルの為だけに注ぎ込んだ。
…別にニートって訳じゃない。これも研究の一環だ。
それはさておき、俺はこの三日間で三十数回バトルを重ねた。
そのお陰で、充分なデータをとることが出来た。
少し旧型のディスプレイの中で、所狭しと走り回るマオチャオ型。
それを捉えようと銃鋼と刃鋼を駆使するナル。
しかし、マオチャオ型の運動性は神姫随一のもので、捉えきれない。
そうこうしている内に、肉薄されるナル。
鉤鋼で引き剥がそうとするが、その前に胸部に強力な攻撃を加えられてK.O。
ナルを強化してから四十数回バトルして、マオチャオ型には五勝しかしていない。
今の装備は遠・中・近のバランスが一応取れている。
マオチャオ型以外の神姫には8割近い勝率を上げているのがその証拠だ。
だが、しかしだ。
今の装備は、
「重過ぎ、ですか」
「そう言う事だな」
ナルの言うとおりだ。
今の装備―――研究室のノリで作られた装備―――の一つ一つの性能は大したものだ。
しかし、それを三つも付ければ重くもなる。
その影響で低下した機動性を上げる為に全身にスラスターを付けるなんて、普通は考えない。
更に上がった重量は、およそ4kg。
普通の神姫のおよそ六倍近い。
そんな事だから、機動性は上がっても運動性は劣悪だ。
機体が大きくて重い分、それを動かすには相当のエネルギーが必要だ。
そして動いたとしても、多少のズレが生じる。
それが、致命的なのだ。
中・遠距離ならば問題は無い。
近接、超近接となると滅茶苦茶問題だ。
そういう戦闘スタイルを取る神姫は、だいたい高機動・低装甲型だ。
機体重量を減らしてある分、その運動性を以ってすれば銃鋼と刃鋼など止まって見えるだろう。
「…さて、どうするか」
選択肢は三つ。
一つ目は、装備の軽量化。
二つ目は、装備の簡略化
三つ目は、装備の追加
一つ目は銃鋼と刃鋼を初め、全身の装備を少しずつ軽量化していく。
そうすれば運動性も改善されるだろうが、装甲が減る分遠距離主体の神姫には勝ち難くなるだろう。
二つ目は現在の装備から、前の装備に戻すものだ。
アレは機動性、運動性共に問題は無いし、火力もある。
しかし、ナルのソフトウエアを一緒に戻すとなると、骨が折れる。
三つ目は小型銃火器を搭載するものだ。
左腕のマニュピレータは生きているので、あながち無理な話ではない。
「…刃鋼と銃を持ちかえる時に隙が生まれるのでは?」
ナルの言うとおりだ。
長所は短所。
何かを伸ばせば何かが欠ける。
あちらを立てればこちらが立たず、という訳なのだが。
「ま、人生欲張りに行こうや」
選べる選択肢は一つだけではないのだ。
時は金なり、光陰矢のごとし、時は戻らず進むだけ。
俺はその貴重な時間を神姫バトルの為だけに注ぎ込んだ。
…別にニートって訳じゃない。これも研究の一環だ。
それはさておき、俺はこの三日間で三十数回バトルを重ねた。
そのお陰で、充分なデータをとることが出来た。
少し旧型のディスプレイの中で、所狭しと走り回るマオチャオ型。
それを捉えようと銃鋼と刃鋼を駆使するナル。
しかし、マオチャオ型の運動性は神姫随一のもので、捉えきれない。
そうこうしている内に、肉薄されるナル。
鉤鋼で引き剥がそうとするが、その前に胸部に強力な攻撃を加えられてK.O。
ナルを強化してから四十数回バトルして、マオチャオ型には五勝しかしていない。
今の装備は遠・中・近のバランスが一応取れている。
マオチャオ型以外の神姫には8割近い勝率を上げているのがその証拠だ。
だが、しかしだ。
今の装備は、
「重過ぎ、ですか」
「そう言う事だな」
ナルの言うとおりだ。
今の装備―――研究室のノリで作られた装備―――の一つ一つの性能は大したものだ。
しかし、それを三つも付ければ重くもなる。
その影響で低下した機動性を上げる為に全身にスラスターを付けるなんて、普通は考えない。
更に上がった重量は、およそ4kg。
普通の神姫のおよそ六倍近い。
そんな事だから、機動性は上がっても運動性は劣悪だ。
機体が大きくて重い分、それを動かすには相当のエネルギーが必要だ。
そして動いたとしても、多少のズレが生じる。
それが、致命的なのだ。
中・遠距離ならば問題は無い。
近接、超近接となると滅茶苦茶問題だ。
そういう戦闘スタイルを取る神姫は、だいたい高機動・低装甲型だ。
機体重量を減らしてある分、その運動性を以ってすれば銃鋼と刃鋼など止まって見えるだろう。
「…さて、どうするか」
選択肢は三つ。
一つ目は、装備の軽量化。
二つ目は、装備の簡略化
三つ目は、装備の追加
一つ目は銃鋼と刃鋼を初め、全身の装備を少しずつ軽量化していく。
そうすれば運動性も改善されるだろうが、装甲が減る分遠距離主体の神姫には勝ち難くなるだろう。
二つ目は現在の装備から、前の装備に戻すものだ。
アレは機動性、運動性共に問題は無いし、火力もある。
しかし、ナルのソフトウエアを一緒に戻すとなると、骨が折れる。
三つ目は小型銃火器を搭載するものだ。
左腕のマニュピレータは生きているので、あながち無理な話ではない。
「…刃鋼と銃を持ちかえる時に隙が生まれるのでは?」
ナルの言うとおりだ。
長所は短所。
何かを伸ばせば何かが欠ける。
あちらを立てればこちらが立たず、という訳なのだが。
「ま、人生欲張りに行こうや」
選べる選択肢は一つだけではないのだ。
バトルフィールド『メタルエンパイア』
建物、歩道、樹木、雲、生物etc…。
その全てが金属で構成された異形の国家。
ここに充満するものは、噎せ返るようなオイルの匂い、金属同士が擦れ合う音、蒸気機関によって生じるピストンの重い音。
空は鉄のような鼠色。雲は雷雲のような黒。
見ているだけで気が滅入るようなその場所は、少しずつ異音に包まれつつあった。
「ナル、調子はどうだい?」
「絶好調です」
鈍く銀色に輝く屋根の上を踏み砕いて駆けながら、ナルは主に返答した。
戦闘中にも関わらず、その顔には楽しそうな微笑が浮かんでいる。
「…第二アーム、3・8・5」
刹那、恵太郎の鋭い声が響く。
脚を踏ん張り、屋根を蹴り削ってスライディングの要領で急停止をかける。
勢いを殺しながら、左腕を鋭く、速く、大きく振りぬいた。
その動きは、刀身同士が自由に可動する刃鋼にダイレクトに反映され、腕の動きに一拍遅れて、しかし、何倍も速く飛んだ。
今までの刃鋼の最大刀身長は10sm。
最早ギャグだが、今の最大刀身長は3sm。
マオチャオの様な高運動性神姫に対抗する為の強化策が、刃鋼の可変刀身長と軽量化である。
刀身長を10smの遠距離モードと3smの近距離モードに設定する事によって、相手に応じてそれを切り替えられる様にした。
砲撃戦主体の神姫には遠距離モードで、マオチャオの様に近距離主体の神姫には近距離モードで。
そして、軽量化。
強度を維持しつつ、ぎりぎりまで軽量を重ねた結果、その速度は遥かに上昇した。
近距離モード時の剣速は、特筆に価するだろう。
金属イオンと蒸気で出来た大気を切り裂く様に、マオチャオ型の身体を切り裂こうと飛来する。
そして、実際切り裂いた。
が、しかし。
切り裂かれた筈のマオチャオの身体は、上半身と下半身に分かれているにも関わらず、データの塵へと還らない。
それどころか、一瞬の間の後で砂の城が崩れ落ちるように分解した。
「分身、か」
「…そのようです、マスター」
ナルは自身のセンサー類をチェックしながら主に応えた。
マオチャオ型のジャミングだろうか、センサー類は全く機能していない。
振り抜いた刃鋼を引き寄せながら、周囲に細心の注意をはらう。
異形の音が支配する、一瞬の静寂。
「…後ろだ、ナル!」
ナルの後方に、突如として五体のマオチャオが現れたが、それを確認する事無く前に向かって走り出した。
重装備にも関わらず、かなりの速度で駆けるナル。
しかし、機動性・運動性に秀でるマオチャオから逃げられる道理は無い。
「来るぞ……第三アーム 5、8、4!」
ナルは指令どおり鉤鋼で―――5割の力、8割の速度、4割の精度で―――背後から襲い掛かってきたマオチャオの一機を握りつぶした。
瞬時に崩れる分身。
それを一瞥もせずに、その場で反転するナル。
両足と鉤鋼で屋根を削りながら急停止すると、左腕を振り回した。
腕だけでなく、身体全てを使って刃鋼を自在に操る。
縦に、横に、斜めに、前に、後ろに。
二次元的な軌道ではなく、三次元的な軌道を取る。
銀色の屋根も、鉄色のパイプも、白い蒸気も、一切合切を、触れるもの総てを問答無用で切り刻む。
それに巻き込まれたマオチャオの分身は、文字通り微塵となって消えていく。
最後に残ったのは一体のマオチャオ。
刃鋼を引き寄せ、体勢を立て直すナル。
お互い、間を開けて対峙する。
「さあ、これで一対一ですよ」
周囲にはまるで刃の切っ先の様な鋭い空気が支配
「一対一なの~☆」
していなかった。
マオチャオ型のねここは天真爛漫としか言い様の無い屈託の無い満面の笑顔。
重苦しいフィールドでなお輝く笑顔は、正直不釣合いだ。
が、しかしだ。
彼女とて伊達に「雷光の舞い手」と呼ばれている訳ではないのだ。
笑ってはいるが、その構えに隙は無い。
「あははぁ、可愛い子猫ちゃんは大好きだよぉっと!」
ナルのスイッチが入ったようだ。
言い終わる前に全身のブースターを全開にして突撃した。
腰を落とし、前傾姿勢で駆けるナル。
だが、それに臆する事無くねここも駆けた。
機動性に定評のあるマオチャオ型であるねここの速度はブースターを併用したナルに劣りはするが、運動性では遥か上を行く。
一瞬でお互いの距離を詰め、交錯する二人。
先手を取ったのはナルだ。
背部の鉤鋼を伸ばし、ねここを握りつぶそうとする。
しかし、それを前方に大きく跳ぶ事によって回避するねここ。
懐に入り込み、右腕に搭載された電撃発生装置を使用したねここの決め技「ねここフィンガー」を決めようと構えている。
その威力を知っているものならば、すぐさま距離を離すかバリア系の防御システムを発動させるのが常套手段だ。
ナルもそれに漏れず、突き出した鉤鋼で金属製の屋根を掴み、身体を持ち上げた。
そして、バク転の要領でねここをやり過ごす。
着地と同時に向き直り、刃鋼で迎撃しようとするが。
「うわぁ、子猫ちゃんが一杯だぁ」
そこにいたねここは一体ではなかった。
文字通り無数のねここが其処に居た。
ねここに搭載された「イリュージョン・システム」によって発生した分身がその正体だ。
しかし、恵太郎もナルもそんな事は全く知らない。
知らない場合の結果は、大抵錯乱されてノックアウトだが、ナルはそれに近しい状況にあった。
一度に何十体ものねここがナル目掛けて飛び掛る。
その中に本物が居ないとも限らないので刃鋼で牽制しつつ距離を離そうとする、が。
「もらったのー!」
何もいない筈の背面から、ねここの声が聞こえた。
フックの要領で放たれた攻撃を上空に向かい跳躍する事で何とか回避する。
跳躍した上空からフィールドを眺めてみると、金属家屋の上に無数の緑とオレンジの点がうようよしている。
それら全てがねここの分身だ。
仮に、なんらかのサポートメカがいたとしても、センサー類を潰されている状態では察知は不可能だ。
暫しの空中散歩の後、派手に着地するナル。
その際に生じた金属粉の煙が足元から噴出した。
「第一アーム、直下砲撃」
ナルは銃鋼を足元に広がる金属製の屋根に向けた。
そして、何の躊躇いも無く撃った。
爆音と爆煙が周囲を包んだ。
ナルの足元は完全に陥没し、下にあった謎の工場へと落下していた。
「第二アームシフト。9,9,1」
分離した刃鋼がジャラジャラと音を立てて金属の地面に落ちる。
その場で一回転するように、渾身の力を込めて刃鋼を文字通り振り回す。
刃鋼の、今の最大刀身長は10sm。
それが家屋の柱を悉く斬り砕く。
綺麗な円形に斬り砕かれた一帯の家屋が金属煙を撒き散らしながら一気に倒潰した。
瓦礫がと金属煙が充満するソコは一寸先も見えない。
ナルは今、センサー類を潰されている。
この状況は絶対的に不利の様にも見える。
一方、ねここはイリュージョン・システムを起動、撹乱しつつ必滅のねここフィンガーを決めようとする。
「あはは、分身じゃあボクは倒せないよぉ?」
立ち込める金属煙の中、迫り来るねここの大軍団が身体を透過するのを一瞥もしないで周囲を見回すナル。
「良い事教えてあげるよぉ。投影型の分身っていうのは、当然実体を持たない立体映像だから、風が起きないんだぁ」
その言葉の示すとおり、ねここ達が激しく動いているのにも関わらず、金属煙は立ち込めているだけで動いていない。
「あと、もう一つぅ」
絶えず周囲を見回していた視線を、ある一点に絞りながら言った。
「たとえ光学迷彩をかけていてもぉ、風は起きちゃうん、だぁ!」
ナルは無造作に刃鋼を突き出した。
その先には、一見すると何もいない様に見える。
しかし、充満している金属煙が確かに揺らいでいるのだ。
「ばれちゃったらしょうがないの!」
光学迷彩を解除し、一気に距離を詰めるねここ。
刃鋼の一突きも難なくかわされてしまった。
それを確認すると、ナルは大きく後ろに跳んだ。
ねここは超近接型で、ナルは万能型。
しかもねここは小回りも利き、運動性は随一だ。
ナルの懐に潜り込めさえすれば勝利は確実だろう。
が、逆に言えば、近接以外の攻撃手段が乏しいねここはそれ以外に勝ち目が無いと言う事だ。
もっとも、ねここの二つ名「雷光の舞い手」と呼ばれる由縁たるシューティングスターがあれば別だが、今のところ目にしていない。
接近すればねここの勝ち、それを阻めばナルの勝ち。
それを理解している二人は、それを目指して火花を散らす。
ナルは高速機動で接近するねここに向かい、刃鋼を鋭く振るい応戦する。
しかし、それすらも軽々と避けながら、着実にナルとの距離を狭めていく。
刃鋼が踊る度、瓦礫は粉々に砕かれ破片が飛び散る。
装甲が厚いとは言えないねここに対して、それは必滅の威力を誇る。
刃鋼の剣速は速い。
その上、その複雑怪奇な軌跡を見切ることは普通の神姫には至難の業だろう。
だが、ねここは神姫随一の運動性を誇る。
迫り来る刃鋼を紙一重で避け、次の攻撃を予測する。
そして、それに備えた位置取りをし、また避ける。
ただひたすらにチャンスを待つ。
必ず仕留められるその時を待つ。
敵が隙を見せるその時を待つ。
焦らず、騒がず、冷静に。
理想的な動きであるそれは、経験から来るものではなく、獣の本能、狩りの本能に近いものだ。
そして、それは来た。
刃鋼を振るう合間合間、腕を振り回す時に僅かだが隙が生じている。
どちらかというと、武器を扱いきれない事から来る隙だ。
その一瞬の隙を突いて、一気に懐へと潜り込んだ。
「その間合いもぉ、ボクの間合いだよぉ」
しかし、そこにはナルの第三腕・鉤鋼がいた。
背後から生えたそれは、脇腹付近からねここを握りつぶそうと伸びている、が。
「!?」
突如、ナルの背中が爆発した。
その影響で一瞬動きが止まるナル。
「シューティングスターか!?」
光学迷彩によって隠されていたシューティングスター。
それに搭載されているLC3レーザーライフルの一撃。
遠隔操作によって放たれたその一撃が、ナルに一瞬の隙を生んだ。
しかし、ねここにとってはその一瞬で充分だった。
よろけるナルの懐で、右腕を引き左腕を突き出して構えるねここ。
その右腕に組み込まれた電撃発生装置が低い唸り声を上げる。
「ねここ!」
右腕から発せられる電気の奔流が、火花となって外部に漏れ出す。
電撃発生装置がフル稼働している証拠に、その唸り声も低く、大きくなっていく。
周囲に漏れ出す電撃を靡かせて、唸る右腕は吸い込まれるようにナルに伸びる。
「フィンガー!!」
右腕の唸り声が、否、咆哮が最高潮に達する。
腰を捻り、左手を引き、右腕を突き出す。
咆える右腕をナルの身体に押し当てる。
電撃発生装置によって生じた超高圧電流が、ねここの右手を通してナルの身体に流れ込む。
一撃必滅の威力を孕むその攻撃が、猛毒のように一瞬でナルの内部に浸透する。
雷撃が。
雷刃が。
雷鳴が。
侵略し。
蹂躙し。
壊滅し。
そして。
そして。
そして―――
「スパークぅ、エンド!」
文字通り雷光がナルの身体から発せられた。
断末魔を上げる事すらなく、ナルの身体は焼き切れた。
建物、歩道、樹木、雲、生物etc…。
その全てが金属で構成された異形の国家。
ここに充満するものは、噎せ返るようなオイルの匂い、金属同士が擦れ合う音、蒸気機関によって生じるピストンの重い音。
空は鉄のような鼠色。雲は雷雲のような黒。
見ているだけで気が滅入るようなその場所は、少しずつ異音に包まれつつあった。
「ナル、調子はどうだい?」
「絶好調です」
鈍く銀色に輝く屋根の上を踏み砕いて駆けながら、ナルは主に返答した。
戦闘中にも関わらず、その顔には楽しそうな微笑が浮かんでいる。
「…第二アーム、3・8・5」
刹那、恵太郎の鋭い声が響く。
脚を踏ん張り、屋根を蹴り削ってスライディングの要領で急停止をかける。
勢いを殺しながら、左腕を鋭く、速く、大きく振りぬいた。
その動きは、刀身同士が自由に可動する刃鋼にダイレクトに反映され、腕の動きに一拍遅れて、しかし、何倍も速く飛んだ。
今までの刃鋼の最大刀身長は10sm。
最早ギャグだが、今の最大刀身長は3sm。
マオチャオの様な高運動性神姫に対抗する為の強化策が、刃鋼の可変刀身長と軽量化である。
刀身長を10smの遠距離モードと3smの近距離モードに設定する事によって、相手に応じてそれを切り替えられる様にした。
砲撃戦主体の神姫には遠距離モードで、マオチャオの様に近距離主体の神姫には近距離モードで。
そして、軽量化。
強度を維持しつつ、ぎりぎりまで軽量を重ねた結果、その速度は遥かに上昇した。
近距離モード時の剣速は、特筆に価するだろう。
金属イオンと蒸気で出来た大気を切り裂く様に、マオチャオ型の身体を切り裂こうと飛来する。
そして、実際切り裂いた。
が、しかし。
切り裂かれた筈のマオチャオの身体は、上半身と下半身に分かれているにも関わらず、データの塵へと還らない。
それどころか、一瞬の間の後で砂の城が崩れ落ちるように分解した。
「分身、か」
「…そのようです、マスター」
ナルは自身のセンサー類をチェックしながら主に応えた。
マオチャオ型のジャミングだろうか、センサー類は全く機能していない。
振り抜いた刃鋼を引き寄せながら、周囲に細心の注意をはらう。
異形の音が支配する、一瞬の静寂。
「…後ろだ、ナル!」
ナルの後方に、突如として五体のマオチャオが現れたが、それを確認する事無く前に向かって走り出した。
重装備にも関わらず、かなりの速度で駆けるナル。
しかし、機動性・運動性に秀でるマオチャオから逃げられる道理は無い。
「来るぞ……第三アーム 5、8、4!」
ナルは指令どおり鉤鋼で―――5割の力、8割の速度、4割の精度で―――背後から襲い掛かってきたマオチャオの一機を握りつぶした。
瞬時に崩れる分身。
それを一瞥もせずに、その場で反転するナル。
両足と鉤鋼で屋根を削りながら急停止すると、左腕を振り回した。
腕だけでなく、身体全てを使って刃鋼を自在に操る。
縦に、横に、斜めに、前に、後ろに。
二次元的な軌道ではなく、三次元的な軌道を取る。
銀色の屋根も、鉄色のパイプも、白い蒸気も、一切合切を、触れるもの総てを問答無用で切り刻む。
それに巻き込まれたマオチャオの分身は、文字通り微塵となって消えていく。
最後に残ったのは一体のマオチャオ。
刃鋼を引き寄せ、体勢を立て直すナル。
お互い、間を開けて対峙する。
「さあ、これで一対一ですよ」
周囲にはまるで刃の切っ先の様な鋭い空気が支配
「一対一なの~☆」
していなかった。
マオチャオ型のねここは天真爛漫としか言い様の無い屈託の無い満面の笑顔。
重苦しいフィールドでなお輝く笑顔は、正直不釣合いだ。
が、しかしだ。
彼女とて伊達に「雷光の舞い手」と呼ばれている訳ではないのだ。
笑ってはいるが、その構えに隙は無い。
「あははぁ、可愛い子猫ちゃんは大好きだよぉっと!」
ナルのスイッチが入ったようだ。
言い終わる前に全身のブースターを全開にして突撃した。
腰を落とし、前傾姿勢で駆けるナル。
だが、それに臆する事無くねここも駆けた。
機動性に定評のあるマオチャオ型であるねここの速度はブースターを併用したナルに劣りはするが、運動性では遥か上を行く。
一瞬でお互いの距離を詰め、交錯する二人。
先手を取ったのはナルだ。
背部の鉤鋼を伸ばし、ねここを握りつぶそうとする。
しかし、それを前方に大きく跳ぶ事によって回避するねここ。
懐に入り込み、右腕に搭載された電撃発生装置を使用したねここの決め技「ねここフィンガー」を決めようと構えている。
その威力を知っているものならば、すぐさま距離を離すかバリア系の防御システムを発動させるのが常套手段だ。
ナルもそれに漏れず、突き出した鉤鋼で金属製の屋根を掴み、身体を持ち上げた。
そして、バク転の要領でねここをやり過ごす。
着地と同時に向き直り、刃鋼で迎撃しようとするが。
「うわぁ、子猫ちゃんが一杯だぁ」
そこにいたねここは一体ではなかった。
文字通り無数のねここが其処に居た。
ねここに搭載された「イリュージョン・システム」によって発生した分身がその正体だ。
しかし、恵太郎もナルもそんな事は全く知らない。
知らない場合の結果は、大抵錯乱されてノックアウトだが、ナルはそれに近しい状況にあった。
一度に何十体ものねここがナル目掛けて飛び掛る。
その中に本物が居ないとも限らないので刃鋼で牽制しつつ距離を離そうとする、が。
「もらったのー!」
何もいない筈の背面から、ねここの声が聞こえた。
フックの要領で放たれた攻撃を上空に向かい跳躍する事で何とか回避する。
跳躍した上空からフィールドを眺めてみると、金属家屋の上に無数の緑とオレンジの点がうようよしている。
それら全てがねここの分身だ。
仮に、なんらかのサポートメカがいたとしても、センサー類を潰されている状態では察知は不可能だ。
暫しの空中散歩の後、派手に着地するナル。
その際に生じた金属粉の煙が足元から噴出した。
「第一アーム、直下砲撃」
ナルは銃鋼を足元に広がる金属製の屋根に向けた。
そして、何の躊躇いも無く撃った。
爆音と爆煙が周囲を包んだ。
ナルの足元は完全に陥没し、下にあった謎の工場へと落下していた。
「第二アームシフト。9,9,1」
分離した刃鋼がジャラジャラと音を立てて金属の地面に落ちる。
その場で一回転するように、渾身の力を込めて刃鋼を文字通り振り回す。
刃鋼の、今の最大刀身長は10sm。
それが家屋の柱を悉く斬り砕く。
綺麗な円形に斬り砕かれた一帯の家屋が金属煙を撒き散らしながら一気に倒潰した。
瓦礫がと金属煙が充満するソコは一寸先も見えない。
ナルは今、センサー類を潰されている。
この状況は絶対的に不利の様にも見える。
一方、ねここはイリュージョン・システムを起動、撹乱しつつ必滅のねここフィンガーを決めようとする。
「あはは、分身じゃあボクは倒せないよぉ?」
立ち込める金属煙の中、迫り来るねここの大軍団が身体を透過するのを一瞥もしないで周囲を見回すナル。
「良い事教えてあげるよぉ。投影型の分身っていうのは、当然実体を持たない立体映像だから、風が起きないんだぁ」
その言葉の示すとおり、ねここ達が激しく動いているのにも関わらず、金属煙は立ち込めているだけで動いていない。
「あと、もう一つぅ」
絶えず周囲を見回していた視線を、ある一点に絞りながら言った。
「たとえ光学迷彩をかけていてもぉ、風は起きちゃうん、だぁ!」
ナルは無造作に刃鋼を突き出した。
その先には、一見すると何もいない様に見える。
しかし、充満している金属煙が確かに揺らいでいるのだ。
「ばれちゃったらしょうがないの!」
光学迷彩を解除し、一気に距離を詰めるねここ。
刃鋼の一突きも難なくかわされてしまった。
それを確認すると、ナルは大きく後ろに跳んだ。
ねここは超近接型で、ナルは万能型。
しかもねここは小回りも利き、運動性は随一だ。
ナルの懐に潜り込めさえすれば勝利は確実だろう。
が、逆に言えば、近接以外の攻撃手段が乏しいねここはそれ以外に勝ち目が無いと言う事だ。
もっとも、ねここの二つ名「雷光の舞い手」と呼ばれる由縁たるシューティングスターがあれば別だが、今のところ目にしていない。
接近すればねここの勝ち、それを阻めばナルの勝ち。
それを理解している二人は、それを目指して火花を散らす。
ナルは高速機動で接近するねここに向かい、刃鋼を鋭く振るい応戦する。
しかし、それすらも軽々と避けながら、着実にナルとの距離を狭めていく。
刃鋼が踊る度、瓦礫は粉々に砕かれ破片が飛び散る。
装甲が厚いとは言えないねここに対して、それは必滅の威力を誇る。
刃鋼の剣速は速い。
その上、その複雑怪奇な軌跡を見切ることは普通の神姫には至難の業だろう。
だが、ねここは神姫随一の運動性を誇る。
迫り来る刃鋼を紙一重で避け、次の攻撃を予測する。
そして、それに備えた位置取りをし、また避ける。
ただひたすらにチャンスを待つ。
必ず仕留められるその時を待つ。
敵が隙を見せるその時を待つ。
焦らず、騒がず、冷静に。
理想的な動きであるそれは、経験から来るものではなく、獣の本能、狩りの本能に近いものだ。
そして、それは来た。
刃鋼を振るう合間合間、腕を振り回す時に僅かだが隙が生じている。
どちらかというと、武器を扱いきれない事から来る隙だ。
その一瞬の隙を突いて、一気に懐へと潜り込んだ。
「その間合いもぉ、ボクの間合いだよぉ」
しかし、そこにはナルの第三腕・鉤鋼がいた。
背後から生えたそれは、脇腹付近からねここを握りつぶそうと伸びている、が。
「!?」
突如、ナルの背中が爆発した。
その影響で一瞬動きが止まるナル。
「シューティングスターか!?」
光学迷彩によって隠されていたシューティングスター。
それに搭載されているLC3レーザーライフルの一撃。
遠隔操作によって放たれたその一撃が、ナルに一瞬の隙を生んだ。
しかし、ねここにとってはその一瞬で充分だった。
よろけるナルの懐で、右腕を引き左腕を突き出して構えるねここ。
その右腕に組み込まれた電撃発生装置が低い唸り声を上げる。
「ねここ!」
右腕から発せられる電気の奔流が、火花となって外部に漏れ出す。
電撃発生装置がフル稼働している証拠に、その唸り声も低く、大きくなっていく。
周囲に漏れ出す電撃を靡かせて、唸る右腕は吸い込まれるようにナルに伸びる。
「フィンガー!!」
右腕の唸り声が、否、咆哮が最高潮に達する。
腰を捻り、左手を引き、右腕を突き出す。
咆える右腕をナルの身体に押し当てる。
電撃発生装置によって生じた超高圧電流が、ねここの右手を通してナルの身体に流れ込む。
一撃必滅の威力を孕むその攻撃が、猛毒のように一瞬でナルの内部に浸透する。
雷撃が。
雷刃が。
雷鳴が。
侵略し。
蹂躙し。
壊滅し。
そして。
そして。
そして―――
「スパークぅ、エンド!」
文字通り雷光がナルの身体から発せられた。
断末魔を上げる事すらなく、ナルの身体は焼き切れた。
「マスター、負けちゃいました…」
クレイドルから出て来たナルは、存外に落ち込んでいた。
まあ、対マオチャオ用にセッティングしたと言っても過言じゃないので無理は無い。
「相手はあのライトニング・シルフィーだ。負けるのも無理は無いさ」
項垂れている頭を人差し指で撫でてやる。
これで元気になれば良いんだが。
「…いつか、あの子に勝てるでしょうか?」
俺を見るその眼には、後ろ向きな感情は宿っていない。
「ああ、きっと勝てるさ」
正直、俺は俺で良いバトルが見れたので満足なのだが。
クレイドルから出て来たナルは、存外に落ち込んでいた。
まあ、対マオチャオ用にセッティングしたと言っても過言じゃないので無理は無い。
「相手はあのライトニング・シルフィーだ。負けるのも無理は無いさ」
項垂れている頭を人差し指で撫でてやる。
これで元気になれば良いんだが。
「…いつか、あの子に勝てるでしょうか?」
俺を見るその眼には、後ろ向きな感情は宿っていない。
「ああ、きっと勝てるさ」
正直、俺は俺で良いバトルが見れたので満足なのだが。